23 / 67
剣の落ちた日
無垢すぎる正義と、圧倒的な力を持ち合わせてしまった聖剣に愛されし子
しおりを挟む
『……?』
誰もが状況を正しく理解できていなかった。随伴していた兵たちも、目を逸らすことを許されていなかった民たちも。ダズの家族も、吊られていたダズ自身も。カイナも……そしてチェルですらも――いや、聖剣の主であるからこそ、誰よりもチェル自身が状況を把握できていなかった。
ダズを吊っていた聖剣。それが突然地に落ちた。当然吊られていたダズも地面へと落下し、受け身も取れずに倒れ伏していた。
「……チェル、疲れているからといって気を抜くな」
疲労によってチェルが聖剣の操作を誤ったのだとカイナは思った。寝ている時ですらチェルは聖剣を落としたことは無かったが、それでも気を抜いたのだとしか考えられなかった。聖剣を操る感覚などわからない人間では、そこまでの理解が限界であった。
「? ……うん。えっと……?」
チェルが聖剣を操作するのに身振りも手振りも必要無い。視界に収めている必要すらなく、チェルはただ意思のみを以て聖剣を従えている。
それ故に、チェルが困ったような様子を見せていても誰もが気にも留めていなかった。ただ、早くいつものように聖剣を動かせばいいのに、としか考えていなかった。
「……チェル?」
「? …………? ねえ、カイナ兄……あの聖剣、何か――」
まるで助けを求めるかのようにカイナの名を呼んだチェル。その言葉が言い終わらぬ内に、今度はカイナの身に剣の雨が降り注いだ。
「なっ!?」
チェルに付き従うように浮遊していた6本の聖剣が一斉に石畳へと落下し、その凶刃がチェルの近くに居た者に降りかかる。
カイナは腕を落下する聖剣によって浅く裂かれ、その手から手綱を奪われた。
チェルを乗せていた馬は尾の付け根に聖剣が刺さり、制御を失ったままに暴れ始めた。
「えっ? わぁっ!?」
暴れ跳ねる馬の背の上のチェルは、今にも落馬しかねない様子だった。手綱を握ることもできずに鞍の上で丸まろうとしているが、体重が軽すぎるせいか鞍にしがみつくことすらできていない。馬が跳ねるのに合わせて、ただ上下に揺さぶられるばかりだ。
「チェル! 何でもいいからとにかくしがみつけ! 絶対に落ちるなよ!」
暴れ始めた馬をチェルの細腕で抑えられるはずもなく、落馬して頭を踏まれるようなことなどあっては致命傷になりかねない。カイナは馬をなだめようと荒ぶる手綱を掴み直したが、その時には既にチェルの身体は宙へ放り出されていた。
「ふぎゅぅっ!?」
受け身など取れるはずもなく、チェルは尻から着地すると石畳の上を転がった。そのあまりに身軽な身体はゴロゴロと転がってカイナの元から離れていき、やがて満身創痍の男の元へとたどり着いた。
「っ!?」
「痛い……」
突如目の前に現れたチェルに目を見開いたダズ。一方のチェルはまだ事態を把握しかねているのか、目の前に殺意むき出しの男が居るというのに呑気に痛みに身悶えしている。
「チェルっ……ダズ、止めろ! 死にたいのか!!」
一度裏切りに身を落としたダズがカイナの忠告に耳を貸すはずもない。ダズは身構えることすらしないチェルの襟を掴むと、右手を振りかぶった。
「……」
自分は今殴られようとしている。それを理解しても尚、チェルに慌てる様子はない。ただ落馬の痛みで涙を滲ませた瞳を、無感情にダズに向けているだけであった。
眼前で大剣を振り下ろされようとも、チェルは目を瞑ることすらしなかった。仮に目を瞑っていようとも、その身は聖剣の自動守護によって守られてきた。チェルの反応は至極当然のものであり、それは周囲の人間も理解していた。
チェルを信奉する者たちは、目の前で振るわれる聖剣の絶技を期待して目を輝かせていた。
チェルに恐怖している民たちは、人が殺される瞬間を見ていられず目を背けていた。
ダズの家族は、眼前で命を張る男の無事を心の内で祈った。
ダズ自身は、ほぼ自殺に等しい心持ちで拳を握っていた。
チェルの兄であるカイナは、間に合わないとはわかっていても止めに入らざるをえなかった。
その場に居る全員がダズの死を予期していた。誰もがダズの死を揺るぎないものとして捉えていて、誰もが心の内にただ一つのひっかかりを感じていた。
チェルが落馬に至った原因。拘束されていたはずのダズがチェルの胸倉を掴めてしまっているその起因。いつだってチェルを守るように浮遊していた聖剣が、一つ残らず地に落ちたという事実。
「その御命、頂戴するぞ! チェル・ユーリィ!!」
イクスガルドの全域にまで響かんばかりの咆哮。ダズ・ブラウンの魂を込めた遺言。守るべき家族の居る男に、裏切り者としての汚名を背負って死ぬことを選ばせた、幼い少年の名前。
無垢すぎる正義と、圧倒的な力を持ち合わせてしまった聖剣に愛されし子。カイナの目の前で、手の届かない場所で、また一人チェルの犠牲が増え――
「っ!?」
その驚愕は、ダズの口から漏れていた。切り落とされた己の手首――ではなく、振り抜けてしまった己の拳を、ダズ自身が信じられていなかった。
いつもは果実の汁で汚れているばかりだったチェルの頬。その白い肌に、赤黒い血がべっとりと付着していた。
誰もが状況を正しく理解できていなかった。随伴していた兵たちも、目を逸らすことを許されていなかった民たちも。ダズの家族も、吊られていたダズ自身も。カイナも……そしてチェルですらも――いや、聖剣の主であるからこそ、誰よりもチェル自身が状況を把握できていなかった。
ダズを吊っていた聖剣。それが突然地に落ちた。当然吊られていたダズも地面へと落下し、受け身も取れずに倒れ伏していた。
「……チェル、疲れているからといって気を抜くな」
疲労によってチェルが聖剣の操作を誤ったのだとカイナは思った。寝ている時ですらチェルは聖剣を落としたことは無かったが、それでも気を抜いたのだとしか考えられなかった。聖剣を操る感覚などわからない人間では、そこまでの理解が限界であった。
「? ……うん。えっと……?」
チェルが聖剣を操作するのに身振りも手振りも必要無い。視界に収めている必要すらなく、チェルはただ意思のみを以て聖剣を従えている。
それ故に、チェルが困ったような様子を見せていても誰もが気にも留めていなかった。ただ、早くいつものように聖剣を動かせばいいのに、としか考えていなかった。
「……チェル?」
「? …………? ねえ、カイナ兄……あの聖剣、何か――」
まるで助けを求めるかのようにカイナの名を呼んだチェル。その言葉が言い終わらぬ内に、今度はカイナの身に剣の雨が降り注いだ。
「なっ!?」
チェルに付き従うように浮遊していた6本の聖剣が一斉に石畳へと落下し、その凶刃がチェルの近くに居た者に降りかかる。
カイナは腕を落下する聖剣によって浅く裂かれ、その手から手綱を奪われた。
チェルを乗せていた馬は尾の付け根に聖剣が刺さり、制御を失ったままに暴れ始めた。
「えっ? わぁっ!?」
暴れ跳ねる馬の背の上のチェルは、今にも落馬しかねない様子だった。手綱を握ることもできずに鞍の上で丸まろうとしているが、体重が軽すぎるせいか鞍にしがみつくことすらできていない。馬が跳ねるのに合わせて、ただ上下に揺さぶられるばかりだ。
「チェル! 何でもいいからとにかくしがみつけ! 絶対に落ちるなよ!」
暴れ始めた馬をチェルの細腕で抑えられるはずもなく、落馬して頭を踏まれるようなことなどあっては致命傷になりかねない。カイナは馬をなだめようと荒ぶる手綱を掴み直したが、その時には既にチェルの身体は宙へ放り出されていた。
「ふぎゅぅっ!?」
受け身など取れるはずもなく、チェルは尻から着地すると石畳の上を転がった。そのあまりに身軽な身体はゴロゴロと転がってカイナの元から離れていき、やがて満身創痍の男の元へとたどり着いた。
「っ!?」
「痛い……」
突如目の前に現れたチェルに目を見開いたダズ。一方のチェルはまだ事態を把握しかねているのか、目の前に殺意むき出しの男が居るというのに呑気に痛みに身悶えしている。
「チェルっ……ダズ、止めろ! 死にたいのか!!」
一度裏切りに身を落としたダズがカイナの忠告に耳を貸すはずもない。ダズは身構えることすらしないチェルの襟を掴むと、右手を振りかぶった。
「……」
自分は今殴られようとしている。それを理解しても尚、チェルに慌てる様子はない。ただ落馬の痛みで涙を滲ませた瞳を、無感情にダズに向けているだけであった。
眼前で大剣を振り下ろされようとも、チェルは目を瞑ることすらしなかった。仮に目を瞑っていようとも、その身は聖剣の自動守護によって守られてきた。チェルの反応は至極当然のものであり、それは周囲の人間も理解していた。
チェルを信奉する者たちは、目の前で振るわれる聖剣の絶技を期待して目を輝かせていた。
チェルに恐怖している民たちは、人が殺される瞬間を見ていられず目を背けていた。
ダズの家族は、眼前で命を張る男の無事を心の内で祈った。
ダズ自身は、ほぼ自殺に等しい心持ちで拳を握っていた。
チェルの兄であるカイナは、間に合わないとはわかっていても止めに入らざるをえなかった。
その場に居る全員がダズの死を予期していた。誰もがダズの死を揺るぎないものとして捉えていて、誰もが心の内にただ一つのひっかかりを感じていた。
チェルが落馬に至った原因。拘束されていたはずのダズがチェルの胸倉を掴めてしまっているその起因。いつだってチェルを守るように浮遊していた聖剣が、一つ残らず地に落ちたという事実。
「その御命、頂戴するぞ! チェル・ユーリィ!!」
イクスガルドの全域にまで響かんばかりの咆哮。ダズ・ブラウンの魂を込めた遺言。守るべき家族の居る男に、裏切り者としての汚名を背負って死ぬことを選ばせた、幼い少年の名前。
無垢すぎる正義と、圧倒的な力を持ち合わせてしまった聖剣に愛されし子。カイナの目の前で、手の届かない場所で、また一人チェルの犠牲が増え――
「っ!?」
その驚愕は、ダズの口から漏れていた。切り落とされた己の手首――ではなく、振り抜けてしまった己の拳を、ダズ自身が信じられていなかった。
いつもは果実の汁で汚れているばかりだったチェルの頬。その白い肌に、赤黒い血がべっとりと付着していた。
0
あなたにおすすめの小説
最初から最強ぼっちの俺は英雄になります
総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。
異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。
せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。
そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。
これは天啓か。
俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる