お兄ちゃんと最強から最弱に成り下がった弟

papporopueeee

文字の大きさ
24 / 67
剣の落ちた日

チェルが運べるのなら、全部持っていけばいい

しおりを挟む
「? ……??」

 白黒と目まぐるしく変わるチェルの瞳。目を見るだけで、その動揺具合が伝わってきた。

 何が起きたのかわからない。何をされたのかわからない。何がおかしいのかわからない。何が欠如しているのかわからない。

 それは周りで傍観しているカイナ達も同様で、ただ一人だけ――ダズ・ブラウンだけが、その表情を憤怒の鬼へと変貌させていた。

「うおおおぉっ!!」

 もう一度ダズが右の拳を振りかぶり、そして当然のように降り抜いた。何に邪魔されることもなく、チェルの左頬を殴り抜けた。

 当のチェルは抵抗もせず、防御すらせず、ただ殴られていた。襟を掴まれ衝撃を逃がすこともできず。チェルの胴並に太い腕で小さな顔を殴られていた。

「ああぁぁっ! あああぁあぁっ!!」

 ダズは無抵抗のチェルを地面に組み伏せると、馬乗りになって両手で殴り始めた。人の物とは思えないほどに憎しみに満ちた声で叫び、獣の物とは思えないほどの悲しみに溢れた声で咆哮しながら。ただ殴られるがままのチェルに向けて何度も拳を振り下ろした。

 それを、周りの人間はただ見ていることしかできなかった。まるで、ダズ以外の人間は時が止まってしまっているかのように。ただ、大の大人が子供を蹂躙する姿を見守ることしかできなかった。

 どうしてチェルはやられるがままなのか。なぜ聖剣で反撃をしないのか。まさか――

「死ねええぇぇっ!!」

 手首に繋がる縄を手繰り寄せ、その手に聖剣を握ったダズ。チェルの意思で幾人もの血を啜ってきた聖剣。その切っ先を掲げると、まっすぐにチェルの胸目掛けて、ダズは全体重をかけて振り下ろした。

「っ!?」

 しかし、届かなかった。確かにダズは聖剣を握って腕を振り下ろしたが、チェルの胸に触れたのはダズの手首だけだった。聖剣も、指も、掌もチェルに触れることはできず、ただ手首の先から零れ出る血液がチェルのブラウスを赤く染めていくばかりだ。

「っ……カイナ……様……っ!」

 己の手首を切り落とした者の名前を、ダズは喉の奥から搾り出した。心底恨めしそうな瞳と口惜しいと唇を嚙み締めた表情で、鮮血が滴る大剣を携えたカイナを睨みつけていた。

「言ったはずだ……ダズ・ブラウンには殺せないと」

「っ……もう、おわかりでしょうっ……終わりですよ、全部っ……」

「……最期は、家族に看取られるといい。せめて穏やかにな……」

 ステップを踏むようにして勢いをつけると、カイナはダズを家族たちの元へと蹴り飛ばした。

 瀕死のダズの身体にふたりが縋りつくのを見届けてから、カイナは足元に目を向ける。

「チェル……」

 綺麗な金髪も、透けるような白い肌も、全てを塗り潰すように赤色に塗れていた。もしもこの赤色が全てチェルの血液であったのなら、とっくに失血死しているほどだ。

「? ? ??」

 右往左往と泳ぐチェルの瞳。その目じりからはぼたぼたと涙が零れている。鼻からは鮮血が流れ出ていて、小さな口が酸素を求めてパクパクと喘いでいる。

 その表情には痛みも苦しみもなく、ただ驚きと困惑だけが渦巻いている。チェルは涙を流しているものの、自分がどうして泣いているのかすらも理解していないようにカイナには見えた。

「……大丈夫か? 喋れるか?」

 カイナはしゃがみこんでチェルの身体を抱き起すと、上手く呼吸も出来ていない様子の口元に耳を寄せた。

「っ……カイナ兄……っ?」

 チェルは喋れてはいた。混乱しているものの意識があり、乱れてこそいるものの呼吸をしており、耳をつけなくともわかるくらいに心臓も動いていた。

 しかし依然として正常な状態では無かった。普段の無表情さからは想像もできないほどの狼狽えようで、カイナの存在を認めるや否やか弱い力で精一杯にその服を握りしめていた。まるで離したら死んでしまいかねないような必死さでありながら、その行動すらも自覚できていない様子だった。

「治療は城に戻ってからにしよう。馬には乗れそうか?」

「うま……っ!? やっ、やだっ……馬はやだっ……っ!」

 胸の内で取り乱すチェルを、無理矢理抑え込むように強くカイナは抱いた。

「わかった……それなら、このまま抱えていく」

「あっ……剣は……?」

「……もちろん持っていく」

 カイナは手近に落ちていた聖剣を拾い上げると、腰のベルトに差した。そして、残りの聖剣は回収した後にイクスガルド王の元へと運ぶように兵に指示を出した。

「一本だけ……? だって、全部僕のなのに……」

「チェルが運べるのなら、全部持っていけばいい。それが無理なら、ひとまずはご当主に預けておくんだ」

「…………どうして?」

 ぽつりと、自分自身に問いかけるように呟くチェル。カイナは背中と膝の裏に腕を回してチェルを抱き上げた。

「…………」

 城へと戻るまでの道のりの間。カイナに抱えられながら、チェルは地面に散らばる聖剣たちを、見えなくなるまでずっと見つめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

底辺動画主、配信を切り忘れてスライムを育成していたらバズった

椎名 富比路
ファンタジー
ダンジョンが世界じゅうに存在する世界。ダンジョン配信業が世間でさかんに行われている。 底辺冒険者であり配信者のツヨシは、あるとき弱っていたスライムを持ち帰る。 ワラビと名付けられたスライムは、元気に成長した。 だがツヨシは、うっかり配信を切り忘れて眠りについてしまう。 翌朝目覚めると、めっちゃバズっていた。

足手まといだと言われて冒険者パーティから追放されたのに、なぜか元メンバーが追いかけてきました

ちくわ食べます
ファンタジー
「ユウト。正直にいうけど、最近のあなたは足手まといになっている。もう、ここらへんが限界だと思う」 優秀なアタッカー、メイジ、タンクの3人に囲まれていたヒーラーのユウトは、実力不足を理由に冒険者パーティを追放されてしまう。 ――僕には才能がなかった。 打ちひしがれ、故郷の実家へと帰省を決意したユウトを待ち受けていたのは、彼の知らない真実だった。

異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。 異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。 せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。 そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。 これは天啓か。 俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。

ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします

ランド犬
ファンタジー
 異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは ――〈ホームセンター〉 壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。 気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。 拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?

処理中です...