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剣の落ちた日
チェルが運べるのなら、全部持っていけばいい
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「? ……??」
白黒と目まぐるしく変わるチェルの瞳。目を見るだけで、その動揺具合が伝わってきた。
何が起きたのかわからない。何をされたのかわからない。何がおかしいのかわからない。何が欠如しているのかわからない。
それは周りで傍観しているカイナ達も同様で、ただ一人だけ――ダズ・ブラウンだけが、その表情を憤怒の鬼へと変貌させていた。
「うおおおぉっ!!」
もう一度ダズが右の拳を振りかぶり、そして当然のように降り抜いた。何に邪魔されることもなく、チェルの左頬を殴り抜けた。
当のチェルは抵抗もせず、防御すらせず、ただ殴られていた。襟を掴まれ衝撃を逃がすこともできず。チェルの胴並に太い腕で小さな顔を殴られていた。
「ああぁぁっ! あああぁあぁっ!!」
ダズは無抵抗のチェルを地面に組み伏せると、馬乗りになって両手で殴り始めた。人の物とは思えないほどに憎しみに満ちた声で叫び、獣の物とは思えないほどの悲しみに溢れた声で咆哮しながら。ただ殴られるがままのチェルに向けて何度も拳を振り下ろした。
それを、周りの人間はただ見ていることしかできなかった。まるで、ダズ以外の人間は時が止まってしまっているかのように。ただ、大の大人が子供を蹂躙する姿を見守ることしかできなかった。
どうしてチェルはやられるがままなのか。なぜ聖剣で反撃をしないのか。まさか――
「死ねええぇぇっ!!」
手首に繋がる縄を手繰り寄せ、その手に聖剣を握ったダズ。チェルの意思で幾人もの血を啜ってきた聖剣。その切っ先を掲げると、まっすぐにチェルの胸目掛けて、ダズは全体重をかけて振り下ろした。
「っ!?」
しかし、届かなかった。確かにダズは聖剣を握って腕を振り下ろしたが、チェルの胸に触れたのはダズの手首だけだった。聖剣も、指も、掌もチェルに触れることはできず、ただ手首の先から零れ出る血液がチェルのブラウスを赤く染めていくばかりだ。
「っ……カイナ……様……っ!」
己の手首を切り落とした者の名前を、ダズは喉の奥から搾り出した。心底恨めしそうな瞳と口惜しいと唇を嚙み締めた表情で、鮮血が滴る大剣を携えたカイナを睨みつけていた。
「言ったはずだ……ダズ・ブラウンには殺せないと」
「っ……もう、おわかりでしょうっ……終わりですよ、全部っ……」
「……最期は、家族に看取られるといい。せめて穏やかにな……」
ステップを踏むようにして勢いをつけると、カイナはダズを家族たちの元へと蹴り飛ばした。
瀕死のダズの身体にふたりが縋りつくのを見届けてから、カイナは足元に目を向ける。
「チェル……」
綺麗な金髪も、透けるような白い肌も、全てを塗り潰すように赤色に塗れていた。もしもこの赤色が全てチェルの血液であったのなら、とっくに失血死しているほどだ。
「? ? ??」
右往左往と泳ぐチェルの瞳。その目じりからはぼたぼたと涙が零れている。鼻からは鮮血が流れ出ていて、小さな口が酸素を求めてパクパクと喘いでいる。
その表情には痛みも苦しみもなく、ただ驚きと困惑だけが渦巻いている。チェルは涙を流しているものの、自分がどうして泣いているのかすらも理解していないようにカイナには見えた。
「……大丈夫か? 喋れるか?」
カイナはしゃがみこんでチェルの身体を抱き起すと、上手く呼吸も出来ていない様子の口元に耳を寄せた。
「っ……カイナ兄……っ?」
チェルは喋れてはいた。混乱しているものの意識があり、乱れてこそいるものの呼吸をしており、耳をつけなくともわかるくらいに心臓も動いていた。
しかし依然として正常な状態では無かった。普段の無表情さからは想像もできないほどの狼狽えようで、カイナの存在を認めるや否やか弱い力で精一杯にその服を握りしめていた。まるで離したら死んでしまいかねないような必死さでありながら、その行動すらも自覚できていない様子だった。
「治療は城に戻ってからにしよう。馬には乗れそうか?」
「うま……っ!? やっ、やだっ……馬はやだっ……っ!」
胸の内で取り乱すチェルを、無理矢理抑え込むように強くカイナは抱いた。
「わかった……それなら、このまま抱えていく」
「あっ……剣は……?」
「……もちろん持っていく」
カイナは手近に落ちていた聖剣を拾い上げると、腰のベルトに差した。そして、残りの聖剣は回収した後にイクスガルド王の元へと運ぶように兵に指示を出した。
「一本だけ……? だって、全部僕のなのに……」
「チェルが運べるのなら、全部持っていけばいい。それが無理なら、ひとまずはご当主に預けておくんだ」
「…………どうして?」
ぽつりと、自分自身に問いかけるように呟くチェル。カイナは背中と膝の裏に腕を回してチェルを抱き上げた。
「…………」
城へと戻るまでの道のりの間。カイナに抱えられながら、チェルは地面に散らばる聖剣たちを、見えなくなるまでずっと見つめていた。
白黒と目まぐるしく変わるチェルの瞳。目を見るだけで、その動揺具合が伝わってきた。
何が起きたのかわからない。何をされたのかわからない。何がおかしいのかわからない。何が欠如しているのかわからない。
それは周りで傍観しているカイナ達も同様で、ただ一人だけ――ダズ・ブラウンだけが、その表情を憤怒の鬼へと変貌させていた。
「うおおおぉっ!!」
もう一度ダズが右の拳を振りかぶり、そして当然のように降り抜いた。何に邪魔されることもなく、チェルの左頬を殴り抜けた。
当のチェルは抵抗もせず、防御すらせず、ただ殴られていた。襟を掴まれ衝撃を逃がすこともできず。チェルの胴並に太い腕で小さな顔を殴られていた。
「ああぁぁっ! あああぁあぁっ!!」
ダズは無抵抗のチェルを地面に組み伏せると、馬乗りになって両手で殴り始めた。人の物とは思えないほどに憎しみに満ちた声で叫び、獣の物とは思えないほどの悲しみに溢れた声で咆哮しながら。ただ殴られるがままのチェルに向けて何度も拳を振り下ろした。
それを、周りの人間はただ見ていることしかできなかった。まるで、ダズ以外の人間は時が止まってしまっているかのように。ただ、大の大人が子供を蹂躙する姿を見守ることしかできなかった。
どうしてチェルはやられるがままなのか。なぜ聖剣で反撃をしないのか。まさか――
「死ねええぇぇっ!!」
手首に繋がる縄を手繰り寄せ、その手に聖剣を握ったダズ。チェルの意思で幾人もの血を啜ってきた聖剣。その切っ先を掲げると、まっすぐにチェルの胸目掛けて、ダズは全体重をかけて振り下ろした。
「っ!?」
しかし、届かなかった。確かにダズは聖剣を握って腕を振り下ろしたが、チェルの胸に触れたのはダズの手首だけだった。聖剣も、指も、掌もチェルに触れることはできず、ただ手首の先から零れ出る血液がチェルのブラウスを赤く染めていくばかりだ。
「っ……カイナ……様……っ!」
己の手首を切り落とした者の名前を、ダズは喉の奥から搾り出した。心底恨めしそうな瞳と口惜しいと唇を嚙み締めた表情で、鮮血が滴る大剣を携えたカイナを睨みつけていた。
「言ったはずだ……ダズ・ブラウンには殺せないと」
「っ……もう、おわかりでしょうっ……終わりですよ、全部っ……」
「……最期は、家族に看取られるといい。せめて穏やかにな……」
ステップを踏むようにして勢いをつけると、カイナはダズを家族たちの元へと蹴り飛ばした。
瀕死のダズの身体にふたりが縋りつくのを見届けてから、カイナは足元に目を向ける。
「チェル……」
綺麗な金髪も、透けるような白い肌も、全てを塗り潰すように赤色に塗れていた。もしもこの赤色が全てチェルの血液であったのなら、とっくに失血死しているほどだ。
「? ? ??」
右往左往と泳ぐチェルの瞳。その目じりからはぼたぼたと涙が零れている。鼻からは鮮血が流れ出ていて、小さな口が酸素を求めてパクパクと喘いでいる。
その表情には痛みも苦しみもなく、ただ驚きと困惑だけが渦巻いている。チェルは涙を流しているものの、自分がどうして泣いているのかすらも理解していないようにカイナには見えた。
「……大丈夫か? 喋れるか?」
カイナはしゃがみこんでチェルの身体を抱き起すと、上手く呼吸も出来ていない様子の口元に耳を寄せた。
「っ……カイナ兄……っ?」
チェルは喋れてはいた。混乱しているものの意識があり、乱れてこそいるものの呼吸をしており、耳をつけなくともわかるくらいに心臓も動いていた。
しかし依然として正常な状態では無かった。普段の無表情さからは想像もできないほどの狼狽えようで、カイナの存在を認めるや否やか弱い力で精一杯にその服を握りしめていた。まるで離したら死んでしまいかねないような必死さでありながら、その行動すらも自覚できていない様子だった。
「治療は城に戻ってからにしよう。馬には乗れそうか?」
「うま……っ!? やっ、やだっ……馬はやだっ……っ!」
胸の内で取り乱すチェルを、無理矢理抑え込むように強くカイナは抱いた。
「わかった……それなら、このまま抱えていく」
「あっ……剣は……?」
「……もちろん持っていく」
カイナは手近に落ちていた聖剣を拾い上げると、腰のベルトに差した。そして、残りの聖剣は回収した後にイクスガルド王の元へと運ぶように兵に指示を出した。
「一本だけ……? だって、全部僕のなのに……」
「チェルが運べるのなら、全部持っていけばいい。それが無理なら、ひとまずはご当主に預けておくんだ」
「…………どうして?」
ぽつりと、自分自身に問いかけるように呟くチェル。カイナは背中と膝の裏に腕を回してチェルを抱き上げた。
「…………」
城へと戻るまでの道のりの間。カイナに抱えられながら、チェルは地面に散らばる聖剣たちを、見えなくなるまでずっと見つめていた。
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