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剣の落ちた日
ラノイは、裏切った側だったんだね
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「やはり……此処に居ましたか……。チェル様を我々から奪い逃げるおつもりですか、カイナ様?」
「ラノイ……?」
チェルにとっては見知った顔のはずだった。いつも人懐っこい笑みを浮かべていて、まるで年下かのように無邪気にチェルを慕っていた男だった。
しかし今、チェルは目の前の男がラノイであることに自信を持てなかった。それほどに、チェルの知っているラノイとは人相が異なっていた。
「下がれ、ラノイ。それ以上近づくことは許さん」
ラノイの異様な雰囲気をカイナも感じ取ったのだろう。ラノイを制す声は昨日の会議室の時よりもずっと厳しく険しかった。
しかし、カイナの制止も無視してラノイは近づいてきた。その瞳に唯一映っているチェルの元へと、しっかりとしながらもどこか不安定な足取りで。
「チェル様、騙されてはなりません。その男はチェル様から聖剣の加護を奪うおつもりなのです。聖剣はこちらで確保しておりますので、どうか馬をお降りください」
「……カイナ兄が教えてくれた。聖剣を奪って立て籠もって、僕のことを探してる反乱兵が居るって……。ラノイは、裏切った側だったんだね」
それは、何となく予感していたことだった。
誰よりも聖剣に憧れを抱いていたラノイ。ラノイはいつもチェルが聖剣を振るう姿に目を輝かせていた。ずっと年下のチェルのことを心の底から尊敬してくれていた。
ダズの引き回しにはラノイも参加していた。聖剣の加護を失ったチェルの姿を目の前にして、ラノイがどんな感情を抱いたのか。
チェルは見限られたものとばかり思っていたけれども、ラノイの様子を見るとそうではないようだった。
「チェル様、どうか冷静になってお考えください。私がチェル様を裏切ったなど、その男の狂言なのです。聖剣に選ばれし御身に忠誠を誓ったあの時から、私は何一つ変わっておりません。むしろ、本当の裏切り者はどちらなのか、神に等しき御身にならわかるはず。チェル様の身を誘拐しようとしているこの状況こそが答えなのです。その男は聖剣を持つチェル様を妬み、憎しみ続けてきた男です。ついて行けば何をされるかわかりません。私について来れば、再びチェル様の元へと聖剣の加護を宿して見せます。だからどうか、こちらにお戻りください」
危うくチェルは馬から落ちかけた。地に足のついていない状態で身を引いてしまったが故に。
ラノイが正気ではないことはチェルにもわかった。目の焦点が、もう何も浮かんではいないチェルの背後に固執してしまっていたから。
昨日まではチェルの遊びに付き合ってくれた人間が、今は狂気の瞳と共に血に濡れた剣を携えている。聖剣に憧れを抱く少し夢見がちだっただけの若者が、血塗れの腕をこちらに伸ばしている。
チェルが聖剣を失ったがばかりに、一人の男が狂気に堕ちた。恐怖と、罪悪感と、友達を失ったという寂寥がチェルの心を覆い、その唇は勝手に呟いていた。
「ごめんなさい……ラノイ……」
それは謝罪の言葉であり、別れの言葉であり、拒絶の言葉だった。贖罪の為にラノイの人生を背負い込むことは、今のチェルにはできなかった。
「……再びチェルに聖剣の加護を宿すと言ったな、ラノイ。いったいどうやってだ?」
受け止めきれず、呑み込み切れない感情に気を失いそうになるチェル。それとは対照的に、カイナは毅然とラノイに相対していた。
チェルの姿をラノイの視界から隠すようにしながら、正面からラノイを睨みつけていた。
「チェル様は聖剣に選ばれた特別なお方です。聖剣の聖地たるこのイクスガルドの地で、聖剣に囲まれながら時を過ごせば、自然と加護は戻ることでしょう」
「話にならないな。悪いが、チェルを渡すことはできない」
「……貴方の意思は聞いておりません。先に生まれておきながら、後に生まれた弟君に聖剣を奪われた落ちこぼれが。チェル様の御身は、私を含めた真のイクスガルド兵たちがお守りいたしますので。部外者はどうかお引き取りください」
カイナが何を言おうと、ラノイの意思は覆せない。今のラノイはチェル自身の言葉ですら都合の良いように捻じ曲げかねない。
飛びそうになる意識を何とか繋ぎ止めながら、チェルは何とか言葉を絞り出そうとした。友であった男の期待を裏切ってしまった者として、その意思に正面から向き合うべきだと思った。
しかし、やはりチェルには誰かを気遣う言葉は思い浮かばず、ラノイに応えたのはカイナであった。
「無理だな。ラノイ・パーラーではチェルを守るなど不可能だ」
「……どうしてですか?」
「俺が居るからだ」
「ラノイ……?」
チェルにとっては見知った顔のはずだった。いつも人懐っこい笑みを浮かべていて、まるで年下かのように無邪気にチェルを慕っていた男だった。
しかし今、チェルは目の前の男がラノイであることに自信を持てなかった。それほどに、チェルの知っているラノイとは人相が異なっていた。
「下がれ、ラノイ。それ以上近づくことは許さん」
ラノイの異様な雰囲気をカイナも感じ取ったのだろう。ラノイを制す声は昨日の会議室の時よりもずっと厳しく険しかった。
しかし、カイナの制止も無視してラノイは近づいてきた。その瞳に唯一映っているチェルの元へと、しっかりとしながらもどこか不安定な足取りで。
「チェル様、騙されてはなりません。その男はチェル様から聖剣の加護を奪うおつもりなのです。聖剣はこちらで確保しておりますので、どうか馬をお降りください」
「……カイナ兄が教えてくれた。聖剣を奪って立て籠もって、僕のことを探してる反乱兵が居るって……。ラノイは、裏切った側だったんだね」
それは、何となく予感していたことだった。
誰よりも聖剣に憧れを抱いていたラノイ。ラノイはいつもチェルが聖剣を振るう姿に目を輝かせていた。ずっと年下のチェルのことを心の底から尊敬してくれていた。
ダズの引き回しにはラノイも参加していた。聖剣の加護を失ったチェルの姿を目の前にして、ラノイがどんな感情を抱いたのか。
チェルは見限られたものとばかり思っていたけれども、ラノイの様子を見るとそうではないようだった。
「チェル様、どうか冷静になってお考えください。私がチェル様を裏切ったなど、その男の狂言なのです。聖剣に選ばれし御身に忠誠を誓ったあの時から、私は何一つ変わっておりません。むしろ、本当の裏切り者はどちらなのか、神に等しき御身にならわかるはず。チェル様の身を誘拐しようとしているこの状況こそが答えなのです。その男は聖剣を持つチェル様を妬み、憎しみ続けてきた男です。ついて行けば何をされるかわかりません。私について来れば、再びチェル様の元へと聖剣の加護を宿して見せます。だからどうか、こちらにお戻りください」
危うくチェルは馬から落ちかけた。地に足のついていない状態で身を引いてしまったが故に。
ラノイが正気ではないことはチェルにもわかった。目の焦点が、もう何も浮かんではいないチェルの背後に固執してしまっていたから。
昨日まではチェルの遊びに付き合ってくれた人間が、今は狂気の瞳と共に血に濡れた剣を携えている。聖剣に憧れを抱く少し夢見がちだっただけの若者が、血塗れの腕をこちらに伸ばしている。
チェルが聖剣を失ったがばかりに、一人の男が狂気に堕ちた。恐怖と、罪悪感と、友達を失ったという寂寥がチェルの心を覆い、その唇は勝手に呟いていた。
「ごめんなさい……ラノイ……」
それは謝罪の言葉であり、別れの言葉であり、拒絶の言葉だった。贖罪の為にラノイの人生を背負い込むことは、今のチェルにはできなかった。
「……再びチェルに聖剣の加護を宿すと言ったな、ラノイ。いったいどうやってだ?」
受け止めきれず、呑み込み切れない感情に気を失いそうになるチェル。それとは対照的に、カイナは毅然とラノイに相対していた。
チェルの姿をラノイの視界から隠すようにしながら、正面からラノイを睨みつけていた。
「チェル様は聖剣に選ばれた特別なお方です。聖剣の聖地たるこのイクスガルドの地で、聖剣に囲まれながら時を過ごせば、自然と加護は戻ることでしょう」
「話にならないな。悪いが、チェルを渡すことはできない」
「……貴方の意思は聞いておりません。先に生まれておきながら、後に生まれた弟君に聖剣を奪われた落ちこぼれが。チェル様の御身は、私を含めた真のイクスガルド兵たちがお守りいたしますので。部外者はどうかお引き取りください」
カイナが何を言おうと、ラノイの意思は覆せない。今のラノイはチェル自身の言葉ですら都合の良いように捻じ曲げかねない。
飛びそうになる意識を何とか繋ぎ止めながら、チェルは何とか言葉を絞り出そうとした。友であった男の期待を裏切ってしまった者として、その意思に正面から向き合うべきだと思った。
しかし、やはりチェルには誰かを気遣う言葉は思い浮かばず、ラノイに応えたのはカイナであった。
「無理だな。ラノイ・パーラーではチェルを守るなど不可能だ」
「……どうしてですか?」
「俺が居るからだ」
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