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剣の落ちた日
勉強になって良かったね
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「チェル、これを」
「聖剣……いいの?」
「聖剣がお前の物であるならば自分で持つべきだ。これなら無暗に肌を傷つけることもない」
カイナは聖剣を茶色い革製の鞘に納めると、パチンと音を立てて留め具をつけた。三角形の形をした聖剣に合わせた特注の鞘に包まれていれば、両腕で抱いても肌を傷つけることは無い。
「……僕の、なのかな」
昨日までのチェルであれば、そこに疑問など持たなかった。聖剣を唯一操れる人間が持ち主でなければ、誰が持ち主たりえるというのか。
そしてだからこそ、今のチェル自身が持ち主だと思うことができなかった。今のチェルは、この世の誰よりも聖剣を扱うのが下手な人間だという自覚があった。
「少なくとも俺の物ではない。もちろん、反乱兵の物なんてこともありえない。持ち主という意味ならば現イクスガルド国王であるご当主が相応しいだろう。そして、ご当主はこの聖剣はお前に託すと仰られた。お前はどうしたい?」
「……じゃあ、もらっておくね」
フートラがどんな気持ちでチェルに聖剣を託すと言ったのか。国宝たる聖剣の内の1本を、聖剣に捨てられたチェルに再び託すと決めた心境は、チェルにはわからなかった。
ただ、チェル自身が諦めきれていなかった。物心が付いた頃からずっと聖剣と共に在ったチェルには、少なからず聖剣への思い入れがあった。
叶うならば、もう一度聖剣の加護を。希望を胸に抱くように、チェルはカイナの手から鞘に包まれた聖剣を受け取り胸に抱いた。
「帯剣はできるか?」
「できると思う?」
「……」
「んー……ありがとう?」
「まだ何もしていない」
カイナはチェルの腰にベルトを巻くと、左腰に聖剣を吊るす。すると途端にチェルはバランスを崩し、身体が左に傾いたまま戻らなくなってしまった。
左斜め下からカイナの顔を見上げながら、チェルはいつもの無表情でカイナに問うた。
「……どう思う?」
「帯剣するにも才能が必要だったとはな。知らなかった」
「勉強になって良かったね」
カイナはため息を吐くと肩に斜め掛けする形でベルトを巻き直し、チェルの背中に聖剣を装着させた。
「これでどうだ?」
「うん……多分バッチリ……わぷっ?」
「少しデカいが……まあ、ちょうどいいだろう」
「すんすん……臭い……」
カイナに無理矢理外套を着せられたチェル。袖に鼻を寄せて匂いを嗅ぐと、ジト目のしかめっ面になってしまった。
「亡命の王子様にはお似合いの恰好だな」
「埃の匂いがすごいんだけど……」
「おかげで誇りを忘れずに済むだろう」
「……?」
「さ、乗るんだ」
「っ……馬に乗るの? 荷物を載せるだけじゃなくて?」
馬の背から宙に放り出された記憶がチェルの脳裏に浮かび、連鎖するようにダズの鬼の形相が浮かび上がる。
殴られた痛み。聖剣の喪失。眼前に突きつけられた殺意による恐怖。今のチェルにとって、馬はトラウマを思い起こさせるトリガーであった。
「徒歩でのんびりと逃げるとでも思っていたのか? 大人用の馬ではあるが、歩くだけなら手綱をしっかり握っていれば落馬しない。実際に逃げる時には俺も騎乗し手綱も握る。そう怯えることじゃないはずだ」
「……もしも手綱を放してしまったら?」
「その時は落馬するだろうな」
にべもなく言い放つカイナ。チェルは無言で後退ったが、あえなく両脇に手を差し込まれてしまった。
「あっ、暴れない? この馬は大丈夫なの?」
浮いた足をぱたぱたと動かしながら抵抗を示すチェル。しかしチェルの細い足がいくらぶつかってもカイナにダメージが入っている様子はなく、全く意にも介していなかった。
「この国で一等の軍馬だ。尻を剣で刺されない限りは暴れない」
「お尻に剣が刺さっても暴れない馬がいい」
「それなら乗馬の練習用の模型にしようか。いくら剣で刺そうとも暴れないし、鳴かないし、餌も必要無い。チェルにはお似合いだ」
「いじわる……」
チェルはカイナを優しい兄だと思ったことは一度も無かった。口うるさいし、冷たいし、このようにシニカルだからだ。
ダズから守ってくれた時のカイナは幻だったのか。傷を癒してくれたカイナは偽者だったのか。亡命の共をすると言ってくれたカイナはどこへ行ったのか。
不満が満ちるチェルの唇は自然と尖り、そんなことはお構いなしにカイナはチェルを馬に乗せた。
「っ……」
勝手に身体がきゅっと縮こまり、鼓動の速度が跳ね上がった。お尻から直接伝わる、生き物特有の生きているという感覚。チェルの手ではとても御しきれない生物に、その身を預けなければならない不安。カイナに渡された手綱を握る手にも勝手に力が入り、もう自分の意思では離せない。
「緊張していると本当に落ちるぞ。走る時には手綱は俺が握る。ああは言ったが、そう簡単には暴れることも落とすことも……」
最後まで言い切らないカイナ。それを不審に思ったチェルの視界に、一人の男が映った。
カイナとチェルが逃走の準備をしている厩。其処に現れたのは、刃を赤い血に塗れさせた抜き身の剣を右手に持ち、血走った眼をした男だった。
「聖剣……いいの?」
「聖剣がお前の物であるならば自分で持つべきだ。これなら無暗に肌を傷つけることもない」
カイナは聖剣を茶色い革製の鞘に納めると、パチンと音を立てて留め具をつけた。三角形の形をした聖剣に合わせた特注の鞘に包まれていれば、両腕で抱いても肌を傷つけることは無い。
「……僕の、なのかな」
昨日までのチェルであれば、そこに疑問など持たなかった。聖剣を唯一操れる人間が持ち主でなければ、誰が持ち主たりえるというのか。
そしてだからこそ、今のチェル自身が持ち主だと思うことができなかった。今のチェルは、この世の誰よりも聖剣を扱うのが下手な人間だという自覚があった。
「少なくとも俺の物ではない。もちろん、反乱兵の物なんてこともありえない。持ち主という意味ならば現イクスガルド国王であるご当主が相応しいだろう。そして、ご当主はこの聖剣はお前に託すと仰られた。お前はどうしたい?」
「……じゃあ、もらっておくね」
フートラがどんな気持ちでチェルに聖剣を託すと言ったのか。国宝たる聖剣の内の1本を、聖剣に捨てられたチェルに再び託すと決めた心境は、チェルにはわからなかった。
ただ、チェル自身が諦めきれていなかった。物心が付いた頃からずっと聖剣と共に在ったチェルには、少なからず聖剣への思い入れがあった。
叶うならば、もう一度聖剣の加護を。希望を胸に抱くように、チェルはカイナの手から鞘に包まれた聖剣を受け取り胸に抱いた。
「帯剣はできるか?」
「できると思う?」
「……」
「んー……ありがとう?」
「まだ何もしていない」
カイナはチェルの腰にベルトを巻くと、左腰に聖剣を吊るす。すると途端にチェルはバランスを崩し、身体が左に傾いたまま戻らなくなってしまった。
左斜め下からカイナの顔を見上げながら、チェルはいつもの無表情でカイナに問うた。
「……どう思う?」
「帯剣するにも才能が必要だったとはな。知らなかった」
「勉強になって良かったね」
カイナはため息を吐くと肩に斜め掛けする形でベルトを巻き直し、チェルの背中に聖剣を装着させた。
「これでどうだ?」
「うん……多分バッチリ……わぷっ?」
「少しデカいが……まあ、ちょうどいいだろう」
「すんすん……臭い……」
カイナに無理矢理外套を着せられたチェル。袖に鼻を寄せて匂いを嗅ぐと、ジト目のしかめっ面になってしまった。
「亡命の王子様にはお似合いの恰好だな」
「埃の匂いがすごいんだけど……」
「おかげで誇りを忘れずに済むだろう」
「……?」
「さ、乗るんだ」
「っ……馬に乗るの? 荷物を載せるだけじゃなくて?」
馬の背から宙に放り出された記憶がチェルの脳裏に浮かび、連鎖するようにダズの鬼の形相が浮かび上がる。
殴られた痛み。聖剣の喪失。眼前に突きつけられた殺意による恐怖。今のチェルにとって、馬はトラウマを思い起こさせるトリガーであった。
「徒歩でのんびりと逃げるとでも思っていたのか? 大人用の馬ではあるが、歩くだけなら手綱をしっかり握っていれば落馬しない。実際に逃げる時には俺も騎乗し手綱も握る。そう怯えることじゃないはずだ」
「……もしも手綱を放してしまったら?」
「その時は落馬するだろうな」
にべもなく言い放つカイナ。チェルは無言で後退ったが、あえなく両脇に手を差し込まれてしまった。
「あっ、暴れない? この馬は大丈夫なの?」
浮いた足をぱたぱたと動かしながら抵抗を示すチェル。しかしチェルの細い足がいくらぶつかってもカイナにダメージが入っている様子はなく、全く意にも介していなかった。
「この国で一等の軍馬だ。尻を剣で刺されない限りは暴れない」
「お尻に剣が刺さっても暴れない馬がいい」
「それなら乗馬の練習用の模型にしようか。いくら剣で刺そうとも暴れないし、鳴かないし、餌も必要無い。チェルにはお似合いだ」
「いじわる……」
チェルはカイナを優しい兄だと思ったことは一度も無かった。口うるさいし、冷たいし、このようにシニカルだからだ。
ダズから守ってくれた時のカイナは幻だったのか。傷を癒してくれたカイナは偽者だったのか。亡命の共をすると言ってくれたカイナはどこへ行ったのか。
不満が満ちるチェルの唇は自然と尖り、そんなことはお構いなしにカイナはチェルを馬に乗せた。
「っ……」
勝手に身体がきゅっと縮こまり、鼓動の速度が跳ね上がった。お尻から直接伝わる、生き物特有の生きているという感覚。チェルの手ではとても御しきれない生物に、その身を預けなければならない不安。カイナに渡された手綱を握る手にも勝手に力が入り、もう自分の意思では離せない。
「緊張していると本当に落ちるぞ。走る時には手綱は俺が握る。ああは言ったが、そう簡単には暴れることも落とすことも……」
最後まで言い切らないカイナ。それを不審に思ったチェルの視界に、一人の男が映った。
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