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弱者の日常
それだけは許して
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「僕はパンでいいよ……パンちょうだい?」
不味いとしても蜂を食べるよりはパンの方がよっぽどいい。パンは食べ物であるが、蜂はチェルにとって人の食べる物ではない。
勝手な期待を膨らませてしまっていた分、結局はパンを食べなければならないことに気を落とすチェル。しかし、チェルはそのパンを食べることすら許してはもらえないのだった。
「ダメだ。チェル、今日は蜂を食べろ」
「……え?」
チェルは耳を疑った。まさか、不味くてパサパサのパンすら奪われるとは思ってもいなかった。いくら優しくないカイナであろうとも、昆虫食まで強要してくるとは思いたくなかった。
「言っただろう。虫を食べることが出来た方がこの先有利だと。お尋ね者である以上、この先も食料の補給が十分にできるとは限らない。日持ちのするパンは取っておいて、今日はこの蜂で腹を満たすといい」
「お腹を……その虫で……?」
その言葉を聞いた途端に、チェルは想像してしまった。自らの胃の中が蜂でパンパンに詰まる姿を。
胃液が喉を逆流しそうになるのを咄嗟に抑えながら、チェルは必死にカイナに懇願した。どうか、それだけは許して欲しいと一生懸命に媚びた。
「や、やだよ……。お願いカイナ兄、それだけは許して……? もう野菜も果物も食べられなくていいから……不味いパンで我慢するし、二度とお店でおねだりもしないから……っ。だから、虫だけは許して……お願い……お願いしますっ……」
チェルの切望を受け、鉄面皮だったカイナはほんの少しだけ表情を動かした。ほんの少し、眉の角度が下がった程度の変化ではあったが、それは確かな変化だった。
「そんなに嫌か……それなら、こっちならどうだ」
その言葉にチェルは切ない希望を見た。少なくとも虫だけは食べなくて済むのだと期待をした。
麻袋に再び手を突っ込んだカイナが取り出したのは、白くて黄ばんだ楕円形の生き物だった。
「ひぃっ!?」
カイナの掌の上のそれを目にした瞬間に、殆ど声にもなれなかった悲鳴がチェルの喉から漏れた。
「栄養はこっちの方があるし味も良い。その上加熱しなくても食べやすいが、見た目が蜂よりも食べにくいかと思ってな。蜂に慣れた後に出そうと思ってたんだが、そこまで蜂が嫌なら逆にこういうのの方が良いか? 見様によっては、果物の果肉にも見えなくもないかもしれないしな」
「み、見えないよっ……カイナ兄、どんな感性してるの……?」
それは蜂の幼虫だった。足も無く、羽も無ければ節も無い。柔らかくブニブニとしていそうな見た目のそれは、まだカイナの手の中で微かに生きていた。今のチェルと同じように腹を空かせ、口をもぞもぞと動かしては餌を求めて蠢いていた。
ハチノコの腹を人差し指と親指でつまみあげ、カイナはチェルの目の前へと差し出した。目と目が合う、そんな錯覚に陥るような距離で、チェルはハチノコと対面する。
「色はリンゴの中身にそっくりだろう。柔らかさも熟れたナスに似ている。少々動くだけの野菜だと思って見たらどうだ」
「無理っ……むしろそっちの方が気持ち悪いよっ……っ! やっ、止めてよ、そんな物近づけないでよ、カイナ兄っ……それは、食べ物じゃないんだよ?」
チェルは決して虫が苦手な方ではない。好きというわけでもないが、特別苦手というわけでもなく触ることもできる。城に居た頃は聖剣を害虫駆除に使用して叱られていたくらいである。ハチノコなど、ただ見るだけなら何とも思わない。
しかし、それを食べることを想像した途端に嫌悪感が溢れ出してきた。前歯が柔らかな膜を突き破り、口の中にドロドロの体液が溢れ出す様子を想像しただけで吐き気を催した。
「食べて消化できて、栄養があって害が無いならなんだって食べ物だ。むしろ、こいつは栄養面で言えば上等な方の食べ物だろう。その上で味も悪く無いのだから食材としては優秀だな」
まるで見せつけるかのように、カイナはハチノコを口の中に放り込んでしまった。丸呑みするのではなく味わうように、カイナは何度も顎を動かしてハチノコを咀嚼していた。
カイナを見ているだけで、チェルの口の中には想像上のハチノコの味が溢れ出してきていた。苦味と酸味が混ざり合ったようなえぐ味、ドロドロとしていて粘ついた食感、膜が舌に張り付いて侵されるような不快感。味わったこともないのに、実際に口に含んだのと遜色無い幻覚だった。
「っ……うえぇっ……っ」
口の中で歯に磨り潰されてぐちゃぐちゃになるハチノコの姿を幻視したチェルは苦悶の声を漏らした。空腹のおかげで嘔吐は免れたが、ハチノコを食べてしまったらきっと抑えきれないだろうことは想像に容易かった。
不味いとしても蜂を食べるよりはパンの方がよっぽどいい。パンは食べ物であるが、蜂はチェルにとって人の食べる物ではない。
勝手な期待を膨らませてしまっていた分、結局はパンを食べなければならないことに気を落とすチェル。しかし、チェルはそのパンを食べることすら許してはもらえないのだった。
「ダメだ。チェル、今日は蜂を食べろ」
「……え?」
チェルは耳を疑った。まさか、不味くてパサパサのパンすら奪われるとは思ってもいなかった。いくら優しくないカイナであろうとも、昆虫食まで強要してくるとは思いたくなかった。
「言っただろう。虫を食べることが出来た方がこの先有利だと。お尋ね者である以上、この先も食料の補給が十分にできるとは限らない。日持ちのするパンは取っておいて、今日はこの蜂で腹を満たすといい」
「お腹を……その虫で……?」
その言葉を聞いた途端に、チェルは想像してしまった。自らの胃の中が蜂でパンパンに詰まる姿を。
胃液が喉を逆流しそうになるのを咄嗟に抑えながら、チェルは必死にカイナに懇願した。どうか、それだけは許して欲しいと一生懸命に媚びた。
「や、やだよ……。お願いカイナ兄、それだけは許して……? もう野菜も果物も食べられなくていいから……不味いパンで我慢するし、二度とお店でおねだりもしないから……っ。だから、虫だけは許して……お願い……お願いしますっ……」
チェルの切望を受け、鉄面皮だったカイナはほんの少しだけ表情を動かした。ほんの少し、眉の角度が下がった程度の変化ではあったが、それは確かな変化だった。
「そんなに嫌か……それなら、こっちならどうだ」
その言葉にチェルは切ない希望を見た。少なくとも虫だけは食べなくて済むのだと期待をした。
麻袋に再び手を突っ込んだカイナが取り出したのは、白くて黄ばんだ楕円形の生き物だった。
「ひぃっ!?」
カイナの掌の上のそれを目にした瞬間に、殆ど声にもなれなかった悲鳴がチェルの喉から漏れた。
「栄養はこっちの方があるし味も良い。その上加熱しなくても食べやすいが、見た目が蜂よりも食べにくいかと思ってな。蜂に慣れた後に出そうと思ってたんだが、そこまで蜂が嫌なら逆にこういうのの方が良いか? 見様によっては、果物の果肉にも見えなくもないかもしれないしな」
「み、見えないよっ……カイナ兄、どんな感性してるの……?」
それは蜂の幼虫だった。足も無く、羽も無ければ節も無い。柔らかくブニブニとしていそうな見た目のそれは、まだカイナの手の中で微かに生きていた。今のチェルと同じように腹を空かせ、口をもぞもぞと動かしては餌を求めて蠢いていた。
ハチノコの腹を人差し指と親指でつまみあげ、カイナはチェルの目の前へと差し出した。目と目が合う、そんな錯覚に陥るような距離で、チェルはハチノコと対面する。
「色はリンゴの中身にそっくりだろう。柔らかさも熟れたナスに似ている。少々動くだけの野菜だと思って見たらどうだ」
「無理っ……むしろそっちの方が気持ち悪いよっ……っ! やっ、止めてよ、そんな物近づけないでよ、カイナ兄っ……それは、食べ物じゃないんだよ?」
チェルは決して虫が苦手な方ではない。好きというわけでもないが、特別苦手というわけでもなく触ることもできる。城に居た頃は聖剣を害虫駆除に使用して叱られていたくらいである。ハチノコなど、ただ見るだけなら何とも思わない。
しかし、それを食べることを想像した途端に嫌悪感が溢れ出してきた。前歯が柔らかな膜を突き破り、口の中にドロドロの体液が溢れ出す様子を想像しただけで吐き気を催した。
「食べて消化できて、栄養があって害が無いならなんだって食べ物だ。むしろ、こいつは栄養面で言えば上等な方の食べ物だろう。その上で味も悪く無いのだから食材としては優秀だな」
まるで見せつけるかのように、カイナはハチノコを口の中に放り込んでしまった。丸呑みするのではなく味わうように、カイナは何度も顎を動かしてハチノコを咀嚼していた。
カイナを見ているだけで、チェルの口の中には想像上のハチノコの味が溢れ出してきていた。苦味と酸味が混ざり合ったようなえぐ味、ドロドロとしていて粘ついた食感、膜が舌に張り付いて侵されるような不快感。味わったこともないのに、実際に口に含んだのと遜色無い幻覚だった。
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