56 / 67
兄と弟と聖剣
服従するしか生き延びる道は無かった
しおりを挟む
「そのまま動くな! 動けば即座にその頭を撃ち抜くぞ!」
川下から二人の男がチェルの方へと近づいてきていた。身に纏っているのは紺色の軍服であり、山賊でも無ければイクスガルドの兵でも無い。一昨日夜営をしていたチェルの前に現れた男と同じ服は、敵国からの追手で間違いなかった。
先ほどからチェルへの警告を繰り返している男は剣を構えた中年であり、その表情と声からはチェルへの確かな敵意と憎しみが感じ取れた。
もう一人の男は見るからに若く、年はラノイと同じくらいに見えた。単発式のライフル銃をチェルに向けて構えているものの、敵意というよりも戸惑っているようにチェルには見えた。
「っ……うっ、撃たないでください……何もっ、何もしませんからっ……だから、撃たないでっ……っ」
頭を細腕で頼りなく守りながら、声を震わせながら、チェルは必死に命乞いをした。素直に、ありのままに、今のチェルをそのまま晒した。
聖剣の加護を失ったチェルには同年代の子供にも劣る力しかない。制圧するのに武器など必要なく、肉体すらも必要無い。トラウマを背負った心は、ただ大人の男性に恫喝されるだけで萎縮して負けを認めてしまう。
しかしそんなチェルの弱りようを知らない中年兵に気を緩める様子は無く、蹲って震えるチェルに向けた切っ先を下ろすことはなかった。
凡そ2メートルほどの距離まで近づいたところで、追手は足を止めた。一歩踏み込まなければ剣の届かない距離は、そのままチェルへの警戒心を表しているかのようだった。
「イクスガルドの聖剣使い、チェル・ユーリィで間違いないな?」
中年男から険しい顔で問い詰められ、肯定しても否定しても首を撥ねられかねない心地のチェル。
緊張と不安に追い詰められた頭では、中年兵の問いに対して即答することができなかった。チェル・ユーリィであることは間違いない。しかし、それ以外の情報が今のチェルには当てはまらない。
イクスガルドからは亡命した身であり、聖剣からも見捨てられている。まずは向けられた剣を下してもらうためにも、それを伝えるべきではないか。チェルであることを認めつつ、それ以外を否定する。その為の言葉を探している為にチェルの唇は下手な呼吸を繰り返すことしかできず、代わりに口を開いたのは若い兵だった。
「リザンさん、ほんとにこの子なんですか? その……こう言うのもなんですが、普通の子供にしか見えないですよ?」
若い兵は懐疑的な視線をチェルに向けていた。銃口こそチェルから逸らさないものの、リザンとは異なり敵意は感じられない。チェルのように見るからにか弱い子供に銃を向けることへのためらいも感じられた。
「聖剣使いの姿は以前に見たことがある。双眼鏡を使っても豆粒程度の距離だったが、あの特徴的な輝く金髪はよく憶えてる。短くなっているようだが、その髪は間違いない」
リザンの視線から逃れたい一心で、チェルは外套のフードをすっぽりと被った。カイナに切られたことでフードで十分に隠せる長さにはなったが、見つかってから隠しても意味が無いどころか自分から認めるようなものだ。
それをわかっていても、チェルは隠さずにはいられなかった。
「素性を確認しているのは抵抗の意思を確認するためだ。大人しく認めないということは、何かしら反撃の手立てを持っていると考えられる。足を撃て、イレオン」
「っ!? ちぇっ、ちぇるですっ! ぼくっ……っ、チェル・ユーリィですっ……だからっ、撃たないで……」
発砲をちらつかされただけでチェルの口は勝手にしゃべり出し、そして懇願していた。
「これ以降、こちらの許可なく指の一本も動かすことを許さん。そしてこちらの質問に答える以外に喋ることも禁止だ。この条件を呑むならば、まずはフードを脱げ」
「っ……はい……従います……だから、殺さないでくださいっ……」
恐る恐る、震える指先でフードを摘まみ上げて下すチェル。怯えて縮こまりながら、チェルは再び金髪を晒した。
今のチェルにはカイナが助けに来てくれることを願いながら服従するしか生き延びる道は無かった。チェルの帰りを待っているかも定かではないのに、はたしてカイナがチェルを捜しに来てくれるのか。その可能性には目を瞑って、チェルは心の中でカイナの名前を呼び続けた。
「そのままうつ伏せになって、手は頭の上で組め。顔は伏せて、絶対にこちらを見るな」
「ちょっ、ちょっと、そこまでさせる必要あるんですか? 相手は子供ですよ。それに、聖剣の力だって失ってるんでしょう? 警戒しすぎではないですか?」
リザンの言葉に異を唱えたのはイレオンだった。リザンとは違い、イレオンはチェルに脅威を感じていないようで銃口も下げてしまっていた。
「銃を下げるなイレオン! 確かに報告ではチェル・ユーリィは聖剣の力を失ったと聞いている。しかし、聖剣は8本あるんだ。その全てを失った確証は無い。それに、聖剣を再び使えるようになっている可能性もある。油断していい相手じゃない」
情けないチェルの姿を見て意気を喪失しかけているイレオンとは対照的に、リザンの敵意はむしろ増さんばかりだった。約束を違えてチェルが指の一本でも動かそうものなら、即座に斬りかからんとする迫力でチェルを見据えている。
「しかし……やはり、私にはそこまで警戒するほどには……。ただ怯えているだけの子供にしか見えませんよ。私は、あんな子供に銃を向ける為に兵士を志したわけではありません」
リザンの一喝を受けても、イレオンの士気は上がらなかった。銃を構えるどころか、リザンを説得しようとさえしていた。
そんなイレオンの態度にチェルがわずかな希望を抱き始めたのも束の間、リザンは舌打ちをしたかと思えば大きくため息を吐いた。
川下から二人の男がチェルの方へと近づいてきていた。身に纏っているのは紺色の軍服であり、山賊でも無ければイクスガルドの兵でも無い。一昨日夜営をしていたチェルの前に現れた男と同じ服は、敵国からの追手で間違いなかった。
先ほどからチェルへの警告を繰り返している男は剣を構えた中年であり、その表情と声からはチェルへの確かな敵意と憎しみが感じ取れた。
もう一人の男は見るからに若く、年はラノイと同じくらいに見えた。単発式のライフル銃をチェルに向けて構えているものの、敵意というよりも戸惑っているようにチェルには見えた。
「っ……うっ、撃たないでください……何もっ、何もしませんからっ……だから、撃たないでっ……っ」
頭を細腕で頼りなく守りながら、声を震わせながら、チェルは必死に命乞いをした。素直に、ありのままに、今のチェルをそのまま晒した。
聖剣の加護を失ったチェルには同年代の子供にも劣る力しかない。制圧するのに武器など必要なく、肉体すらも必要無い。トラウマを背負った心は、ただ大人の男性に恫喝されるだけで萎縮して負けを認めてしまう。
しかしそんなチェルの弱りようを知らない中年兵に気を緩める様子は無く、蹲って震えるチェルに向けた切っ先を下ろすことはなかった。
凡そ2メートルほどの距離まで近づいたところで、追手は足を止めた。一歩踏み込まなければ剣の届かない距離は、そのままチェルへの警戒心を表しているかのようだった。
「イクスガルドの聖剣使い、チェル・ユーリィで間違いないな?」
中年男から険しい顔で問い詰められ、肯定しても否定しても首を撥ねられかねない心地のチェル。
緊張と不安に追い詰められた頭では、中年兵の問いに対して即答することができなかった。チェル・ユーリィであることは間違いない。しかし、それ以外の情報が今のチェルには当てはまらない。
イクスガルドからは亡命した身であり、聖剣からも見捨てられている。まずは向けられた剣を下してもらうためにも、それを伝えるべきではないか。チェルであることを認めつつ、それ以外を否定する。その為の言葉を探している為にチェルの唇は下手な呼吸を繰り返すことしかできず、代わりに口を開いたのは若い兵だった。
「リザンさん、ほんとにこの子なんですか? その……こう言うのもなんですが、普通の子供にしか見えないですよ?」
若い兵は懐疑的な視線をチェルに向けていた。銃口こそチェルから逸らさないものの、リザンとは異なり敵意は感じられない。チェルのように見るからにか弱い子供に銃を向けることへのためらいも感じられた。
「聖剣使いの姿は以前に見たことがある。双眼鏡を使っても豆粒程度の距離だったが、あの特徴的な輝く金髪はよく憶えてる。短くなっているようだが、その髪は間違いない」
リザンの視線から逃れたい一心で、チェルは外套のフードをすっぽりと被った。カイナに切られたことでフードで十分に隠せる長さにはなったが、見つかってから隠しても意味が無いどころか自分から認めるようなものだ。
それをわかっていても、チェルは隠さずにはいられなかった。
「素性を確認しているのは抵抗の意思を確認するためだ。大人しく認めないということは、何かしら反撃の手立てを持っていると考えられる。足を撃て、イレオン」
「っ!? ちぇっ、ちぇるですっ! ぼくっ……っ、チェル・ユーリィですっ……だからっ、撃たないで……」
発砲をちらつかされただけでチェルの口は勝手にしゃべり出し、そして懇願していた。
「これ以降、こちらの許可なく指の一本も動かすことを許さん。そしてこちらの質問に答える以外に喋ることも禁止だ。この条件を呑むならば、まずはフードを脱げ」
「っ……はい……従います……だから、殺さないでくださいっ……」
恐る恐る、震える指先でフードを摘まみ上げて下すチェル。怯えて縮こまりながら、チェルは再び金髪を晒した。
今のチェルにはカイナが助けに来てくれることを願いながら服従するしか生き延びる道は無かった。チェルの帰りを待っているかも定かではないのに、はたしてカイナがチェルを捜しに来てくれるのか。その可能性には目を瞑って、チェルは心の中でカイナの名前を呼び続けた。
「そのままうつ伏せになって、手は頭の上で組め。顔は伏せて、絶対にこちらを見るな」
「ちょっ、ちょっと、そこまでさせる必要あるんですか? 相手は子供ですよ。それに、聖剣の力だって失ってるんでしょう? 警戒しすぎではないですか?」
リザンの言葉に異を唱えたのはイレオンだった。リザンとは違い、イレオンはチェルに脅威を感じていないようで銃口も下げてしまっていた。
「銃を下げるなイレオン! 確かに報告ではチェル・ユーリィは聖剣の力を失ったと聞いている。しかし、聖剣は8本あるんだ。その全てを失った確証は無い。それに、聖剣を再び使えるようになっている可能性もある。油断していい相手じゃない」
情けないチェルの姿を見て意気を喪失しかけているイレオンとは対照的に、リザンの敵意はむしろ増さんばかりだった。約束を違えてチェルが指の一本でも動かそうものなら、即座に斬りかからんとする迫力でチェルを見据えている。
「しかし……やはり、私にはそこまで警戒するほどには……。ただ怯えているだけの子供にしか見えませんよ。私は、あんな子供に銃を向ける為に兵士を志したわけではありません」
リザンの一喝を受けても、イレオンの士気は上がらなかった。銃を構えるどころか、リザンを説得しようとさえしていた。
そんなイレオンの態度にチェルがわずかな希望を抱き始めたのも束の間、リザンは舌打ちをしたかと思えば大きくため息を吐いた。
0
あなたにおすすめの小説
レベルアップは異世界がおすすめ!
まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。
そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
おっさん冒険者のおいしいダンジョン攻略
神崎あら
ファンタジー
冒険者歴20年以上のおっさんは、若い冒険者達のように地位や権威を得るためにダンジョンには行かない。
そう、おっさんは生活のためにダンジョンに行く。
これはそんなおっさんの冒険者ライフを描いた生活記である。
チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。
克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる