お兄ちゃんと最強から最弱に成り下がった弟

papporopueeee

文字の大きさ
55 / 67
兄と弟と聖剣

はたしてチェルが戻った時、其処にカイナはまだ居るだろうか

しおりを挟む
 何度も何度も、穏やかな流れの川に水音を立てながら上下を行き来するチェル。籠に入りそうで入らない魚にある種の射幸心を感じながら、チェルは呑気な狩りをしばらく続けていた。

 そしてランプの灯りが必要無くなる程に空も明るくなり始め、水の抵抗によって歩くのも辛く感じてきた頃、ついにその時が訪れた。

「えっ……あっ!」

 カイナからのお説教を覚悟し、どうか森で拾い集めた草葉か木の実の中に食べられる物がありますようにと願い始めたチェルの目の前で、ついに魚が籠に入った。

 疲れきって重くなっていた足取りも急に軽くなり、チェルは慌てて籠へと駆け寄った。シャツまで濡れるのも気にせずに四つん這いになって、籠の口を上に向けて見れば、その中には見間違いではなく魚が確かに入っていた。

「おぉ……おぉー……」

 念願叶った獲物を前にして、チェルはどこかぼんやりとした感嘆の声を上げた。サイズは15センチ程度であり妄想していたよりは小さいが、小食なチェルの一食分としては十分だろう。どれだけ低く見積もってもハチノコ1匹よりは栄養がありそうだった。

「っ……」

 籠を胸に抱いたチェルの瞳から涙が零れた。籠の重さとそのボロボロの肌触りの悪さが、チェルの小さな鼻にツンとした痛みをもたらした。

 少なくとも今朝の昆虫食は避けられることへの安堵。優しくないカイナが少しは優しくなってくれるかもしれないことへの期待。初めての工作と狩猟が上手くいったことの喜び。

 まだその魚が食べられる種類かどうかもわかっていないけれど、チェルの胸は達成感に満ち満ちていた。

「ふふっ……早く帰ろっと……。カイナ兄、もう起きてるかな?」

 籠を愛おしそうに抱きながら川から出ると、チェルは帰り道の目印を探し始めた。しかし川を歩き回ったせいか、森のどの辺りから出てきたのかがわからず、印をつけた木は中々見つからなかった。

「あれ? この辺りだったと思うんだけど……あんまり遅くなると、カイナ兄に怒られるかも……」

 木にはかなり大きな傷をつけているため、見つからないはずはない。隈なく虱潰しに川に面した木を探せば必ず帰り道はわかる。帰れないことへの不安は無かったが、代わりにチェルの脳裏には別の懸念が浮かび始めていた。

「カイナ兄……まだ居るよね……? 僕のこと、ちゃんと待ってくれてるよね?」

 はたしてチェルが戻った時、其処にカイナはまだ居るだろうか。勝手に居なくなったチェルを置いて、疾うに出発してやいないか。

 一度顔を見せた不安は徐々にチェルの胸に満ちていた達成感を浸食し、頭から思考を回す為の余白を奪っていく。

 冷や汗が一滴垂れ落ちたのを皮切りにして、チェルは慌てて目印を探し始めた。

「はぁっ……はぁっ……どこっ……どこっ? これ……じゃないっ。もっとあっち……? でも、そんなに離れてたっけ?」

 チェルの為に亡命までしているカイナがチェルを置いていくはずがない。カイナにチェルを見捨てるつもりがあったのなら、それこそイクスガルドで首を撥ねればよかった。この森の中にチェルを一人置いていくということは、チェルを見殺しにするのと同義であるのだから、今更になってカイナがそんなことをするとは思えない。

 心の中では、置いて行かれる可能性を否定する材料をいくらでも思い浮かべることができた。どう考えてもカイナがチェルを見捨てる理屈は存在しない。しかし頭の中で思い起こされる昨夜の出来事が、見捨てられたかもしれないという可能性を否定することを許してはくれなかった。

 昨夜、ハチノコを食べさせようとするカイナをチェルは感情的に拒絶した。溢れる感情をそのまま撒き散らして、号泣しながら駄々をこねたのだから、カイナの中でチェルへの心証が悪くなったことは想像に難くない。

 そして一晩明けてカイナが目を覚ますと、そのチェルが消えているのだ。離れるなという指示も守らず、カイナにも何も告げず、一人で勝手に居なくなったチェルの帰りをカイナは待つだろうか。

 カイナからすれば目的がわからないのだから、チェルがどの程度で戻るのかはわからない。そもそもチェルに戻ってくるつもりがあるのかもわからない。あのチェルの拒絶を見た後では、全てが嫌になって逃げだしたと思われている可能性もある。

 何より、カイナはチェルの事を好ましく思っていない。亡命についてきてくれて、守ってくれてはいるけれども、チェルの事が好きではないことはその態度から伝わってくる。ただ父から頼まれたからここまで面倒を見ているだけで、自分から逃げ出したチェルを追いかけることまでする義理は無いのかもしれない。

「あっ――!」

 水と魚の入った籠を抱え必死に走っていたチェルであったが、足がもつれて転んでしまった。食べられるかもしれないという希望の元に集めていた草葉や木の実が辺りにぶちまけられ、腕と指に傷をつけてまで作り上げた籠も壊れてただの枝に戻ってしまった。

「いっつぅっ……あぁっ!?」

 擦りむいた膝の痛みに悶える暇もチェルには無かった。懸命に作った籠が壊れたことによって、中に入っていた獲物も外に飛び出してしまっていた。

 転んで地面に這いつくばるチェルの目の前では、苦労して捕まえた魚が川へと逃げ込もうとピチピチと跳ねていた。

「だっ、だめっ……待って……待ってっ……!」

 苦労して作った籠の残骸に嘆く暇も無い。痛む足を庇いながら、這いずるようにして魚へと手を伸ばすチェル。生死と尊厳と賭けた人と魚の追いかけっこは、わずかに人が優勢なように見えた。

 血を流す膝の痛みに耐えながら、魚へと震える指先を伸ばすチェル。指先が触れたが跳ねる魚は上手く捕まえられず、むしろ川へと押し出してしまう。

「あっ……あっ……もうっ……んぅっ」

 足を庇っていたせいで魚を逃してしまっては目も当てられない。カイナのこともあるのにもたもたしてもいられない。

 チェルは痛みを覚悟し意を決して立ち上がり、魚を逃がさないように身体全体を被せようとした。

 しかし――

「そこを動くなっ!!」

「ひぃっ!?」

 突然の怒声にチェルは反射的に縮こまった。知らない男性の声はチェルの脳裏に拳を振り上げるダズの姿を思い起こさせ、一瞬で身体を硬直させられてしまった。

「なっ、なにっ……? だれ……? なんなの? あっ――」

 か細い腕で頭を覆いながら周囲を警戒するチェル。その視界の端で、魚が飛沫を上げながら川の中へと潜っていくのが見えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最初から最強ぼっちの俺は英雄になります

総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。 異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。 せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。 そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。 これは天啓か。 俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...