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兄と弟と聖剣
自国民をいたずらに殺す殺戮者
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「これだから聖剣を知らん奴は……。いいか、イレオン。我が国の兵士はイクスガルドの聖剣使いによって多大な被害を被っている。重傷、軽傷問わず数千人がイクスガルドに近づくことすらできずに聖剣に蹂躙されたんだ。我が陣地の中で聖剣は見境なく暴れ回り、兵士は戦うことすらできずに死に、非戦闘員にまで被害が及んだ。俺も実際に飛び交う聖剣を目の当たりにしている……我が物顔で陣地の中を飛び回って血飛沫を上げ回る聖剣は、今でも夢に見る恐怖の光景だ。お前の目の前に居るのはただの子供ではなく、血の沼に浸る一人当千の猛者だと思え」
それは、チェルにとっては実感すら無い記憶だった。リザンの言葉は何も間違ってはいないのだろうが、チェルはその光景を目の当たりにしたことが無かった。
ただ、兵士長の指示通りに聖剣を飛ばしていただけ。イクスガルドの砦から、豆粒ほどの大きさにしか見えない敵陣営に聖剣を飛ばして、粗雑に動かしていただけ。
チェルは椅子に座っているだけだから、疲れも知らずに延々と。敵の状況もわからないから、暇を感じながら朝から日が暮れるまで。
その結果として、チェルは剣を向けられることになった。何も背負うことなく命を斬り捨ててきた報いとして、リザンから殺意を向けられることになった。
「それはそうかもしれませんが……しかし過去がどうであれ、今はただの子供でしょう。戦争であれば敵に容赦しないのは兵としては当然です。そしてだからこそ、弱者を甚振るような真似はしたくありません。今のチェル・ユーリィは、明らかにひ弱な子供ですよ」
「それならば、チェル・ユーリィこそが弱者を甚振る悪魔だろうが。忘れたわけではないだろう。こいつは自国民をいたずらに殺す殺戮者だ」
「っ!? ちがっ――っ!」
咄嗟に反応してしまったチェルだったが、リザンに見竦められてすぐに唇を噤むことになった。チェルの唇と喉の所有権は取り上げられてしまい、チェルは自己弁護も出来ずにリザンからの糾弾を聞くことしかできなかった。
「聖剣を笠に着て民を弾圧し、従わぬ者は斬り捨ててきたと報告があったはずだ。それを裏付けるように、イクスガルドの民にはバンドットに寝返る者が多く、兵士すらもこいつを裏切った。幼さでは到底擁護できん行いだ。山のように人を殺しておきながら、いざ聖剣を失えば国を見捨てて逃げ果てて命乞い……こいつは正真正銘、悪魔の子だ。わかったら銃を構えろ、イレオン二等兵」
「っ……了解」
結局、折れたのはイレオンの方だった。その銃口はまっすぐにチェルの鼻先に向けられ、指にほんの少し力を加えるだけでチェルの顔には穴が開くだろう。
一度希望を見せられたことによって、チェルの心はより深く絶望に堕ちていた。
「念の為確認するが、イレオン。聖剣の形状は頭に入っているな?」
「三角形の短剣ですよね? どちらかと言うと盾に近いとか……」
「よろしい。くれぐれも油断するなよ。三角形の飛翔物には特に注意を払っておけ。視界に入ったら問答無用で撃ち落とせ。さて、時間を無駄にしたな……もうそのままの姿勢でいいから答えろ。こんなところで何をしていた?」
「さっ、さかな……魚を捕ってました……」
「イクスガルドの王族だったチェル・ユーリィが、こんなところで食料調達だと? 腑に落ちんな。国を出てからまだ2日だろう、もう食料が無いのか? お供と一緒に馬で逃げたらしいが、そのお供はどうした?」
「っ……それはっ……」
チェルは本当の事を言っていいのか悩み言葉を詰まらせた。
カイナの助けに期待するならば、カイナの存在は知らせない方がいいことは明白だ。敵に情報を渡しては、カイナが助けに来ても負けてしまう可能性が上がってしまう。
しかしここで嘘を言っているのがバレたら元も子も無い。イレオンはともかく、リザンに嘘が知られれば即座に首を落とされてしまうだろう。
本当の事を話すか、一か八かで嘘を吐くか。懸命に視線を泳がせながら考えるチェルであったが、リザンはそれを見逃す人間では無かった。
「撃て、イレオン」
「了解っ……恨んでくれるなよっ……」
「あっ、ぅっ……い、居ますっ! もう一人、居ますっ……ご、ごめんなさいっ……撃たないでっ……」
恐怖には勝てなかった。もしかしたらイレオンが躊躇してくれるかもという希望も砕かれたチェルは、あっさりとカイナの存在を話してしまった。
「特徴は? 武装しているなら、その内容も答えろ」
「くっ、黒髪でっ、年はそっちの人よりも上……。武器はクレイモアを持ってるけど……でもっ……」
「なんだ? 早く言え」
「ひぃっ……その……あんまり強くないかも……」
「はっ……それは頼りないことだな」
べらべらとカイナの情報を漏らすチェルを、リザンは鼻で笑った。
そしてリザンの嘲笑を受けた途端に、本当にこれで良かったのかという疑問がチェルの胸に渦巻き始めた。
チェルがほんの少しの勇気を見せるだけで、カイナの存在は隠し通せたかもしれない。銃で撃たれたわけでもなく、ただ脅されただけで流暢に全てを漏らすチェルをもし見ていたら、カイナはどう思うだろうか。自分の命惜しさに容易く兄を売る弟の姿を見ていたとしたら。
実はカイナが既に近くに居て、森の木々に隠れて助けてくれる機会を窺っていたのだとしたら。そんなカイナが、簡単に自身の存在を漏らすチェルに失望して踵を返してしまっていたら。もしくは、大剣という武器を知られてしまったせいでカイナが負けてしまったら。
もしかしたら、自分はとんでもないことをしてしまったのかもしれない。そんな後悔がチェルの心の底から滲み出し、大粒の涙となって零れだしていた。
「それで、その黒髪の大剣使いは今どこに居る?」
「わっ、わかりません……もしかしたら……もうっ、ちっ、近くには居ないのかも……ひっ、んくっ……」
その可能性を自分で口にした途端に、涙が一層溢れてきた。喉が何度も勝手に収斂してしまって息が吸えず、頭の中は銃への恐怖と軽率な行動の後悔で締め付けられてずきずきと痛んだ。
それは、チェルにとっては実感すら無い記憶だった。リザンの言葉は何も間違ってはいないのだろうが、チェルはその光景を目の当たりにしたことが無かった。
ただ、兵士長の指示通りに聖剣を飛ばしていただけ。イクスガルドの砦から、豆粒ほどの大きさにしか見えない敵陣営に聖剣を飛ばして、粗雑に動かしていただけ。
チェルは椅子に座っているだけだから、疲れも知らずに延々と。敵の状況もわからないから、暇を感じながら朝から日が暮れるまで。
その結果として、チェルは剣を向けられることになった。何も背負うことなく命を斬り捨ててきた報いとして、リザンから殺意を向けられることになった。
「それはそうかもしれませんが……しかし過去がどうであれ、今はただの子供でしょう。戦争であれば敵に容赦しないのは兵としては当然です。そしてだからこそ、弱者を甚振るような真似はしたくありません。今のチェル・ユーリィは、明らかにひ弱な子供ですよ」
「それならば、チェル・ユーリィこそが弱者を甚振る悪魔だろうが。忘れたわけではないだろう。こいつは自国民をいたずらに殺す殺戮者だ」
「っ!? ちがっ――っ!」
咄嗟に反応してしまったチェルだったが、リザンに見竦められてすぐに唇を噤むことになった。チェルの唇と喉の所有権は取り上げられてしまい、チェルは自己弁護も出来ずにリザンからの糾弾を聞くことしかできなかった。
「聖剣を笠に着て民を弾圧し、従わぬ者は斬り捨ててきたと報告があったはずだ。それを裏付けるように、イクスガルドの民にはバンドットに寝返る者が多く、兵士すらもこいつを裏切った。幼さでは到底擁護できん行いだ。山のように人を殺しておきながら、いざ聖剣を失えば国を見捨てて逃げ果てて命乞い……こいつは正真正銘、悪魔の子だ。わかったら銃を構えろ、イレオン二等兵」
「っ……了解」
結局、折れたのはイレオンの方だった。その銃口はまっすぐにチェルの鼻先に向けられ、指にほんの少し力を加えるだけでチェルの顔には穴が開くだろう。
一度希望を見せられたことによって、チェルの心はより深く絶望に堕ちていた。
「念の為確認するが、イレオン。聖剣の形状は頭に入っているな?」
「三角形の短剣ですよね? どちらかと言うと盾に近いとか……」
「よろしい。くれぐれも油断するなよ。三角形の飛翔物には特に注意を払っておけ。視界に入ったら問答無用で撃ち落とせ。さて、時間を無駄にしたな……もうそのままの姿勢でいいから答えろ。こんなところで何をしていた?」
「さっ、さかな……魚を捕ってました……」
「イクスガルドの王族だったチェル・ユーリィが、こんなところで食料調達だと? 腑に落ちんな。国を出てからまだ2日だろう、もう食料が無いのか? お供と一緒に馬で逃げたらしいが、そのお供はどうした?」
「っ……それはっ……」
チェルは本当の事を言っていいのか悩み言葉を詰まらせた。
カイナの助けに期待するならば、カイナの存在は知らせない方がいいことは明白だ。敵に情報を渡しては、カイナが助けに来ても負けてしまう可能性が上がってしまう。
しかしここで嘘を言っているのがバレたら元も子も無い。イレオンはともかく、リザンに嘘が知られれば即座に首を落とされてしまうだろう。
本当の事を話すか、一か八かで嘘を吐くか。懸命に視線を泳がせながら考えるチェルであったが、リザンはそれを見逃す人間では無かった。
「撃て、イレオン」
「了解っ……恨んでくれるなよっ……」
「あっ、ぅっ……い、居ますっ! もう一人、居ますっ……ご、ごめんなさいっ……撃たないでっ……」
恐怖には勝てなかった。もしかしたらイレオンが躊躇してくれるかもという希望も砕かれたチェルは、あっさりとカイナの存在を話してしまった。
「特徴は? 武装しているなら、その内容も答えろ」
「くっ、黒髪でっ、年はそっちの人よりも上……。武器はクレイモアを持ってるけど……でもっ……」
「なんだ? 早く言え」
「ひぃっ……その……あんまり強くないかも……」
「はっ……それは頼りないことだな」
べらべらとカイナの情報を漏らすチェルを、リザンは鼻で笑った。
そしてリザンの嘲笑を受けた途端に、本当にこれで良かったのかという疑問がチェルの胸に渦巻き始めた。
チェルがほんの少しの勇気を見せるだけで、カイナの存在は隠し通せたかもしれない。銃で撃たれたわけでもなく、ただ脅されただけで流暢に全てを漏らすチェルをもし見ていたら、カイナはどう思うだろうか。自分の命惜しさに容易く兄を売る弟の姿を見ていたとしたら。
実はカイナが既に近くに居て、森の木々に隠れて助けてくれる機会を窺っていたのだとしたら。そんなカイナが、簡単に自身の存在を漏らすチェルに失望して踵を返してしまっていたら。もしくは、大剣という武器を知られてしまったせいでカイナが負けてしまったら。
もしかしたら、自分はとんでもないことをしてしまったのかもしれない。そんな後悔がチェルの心の底から滲み出し、大粒の涙となって零れだしていた。
「それで、その黒髪の大剣使いは今どこに居る?」
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