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出会い
本当に、星のような幸運でした
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川岸に用意した焚火の前
「すみません、出会ったばかりの方に、このように甘えてしまって……」
「子供が大人に甘えるのは当然のことだ。それに、この程度は甘えにも入らないだろう」
近くに椅子にできる手頃な物が無く、ルカテを地べたに座らせることもしたくはない。そのため、抱っこをしたまま膝の上にルカテを座らせることにした。少々距離は近いが抱っこと変わらないし、ルカテが同性であるのなら何も問題は無いだろう。
「寒くないか」
「はい。ガルが焚いてくれた火がとても暖かいので……」
「それじゃあ、傷も綺麗に洗えたところで手当てをしよう。運の良いことに、薬と包帯はこの前補充したばかりでな。ルカテには新品を使ってやれる」
「その気持ちは嬉しいですが、どうかその薬はガルが傷ついた時に使ってください。自分の傷は、自分で治しますので」
「自分で? ……もしかして、回復魔法が使えるのか?」
「はい。初級ではありますが、修めています」
「驚いたな。子供ながらにして魔法が使えるとは……そういえば、年齢を聞いてもいいか?」
その身長から判断すると10歳くらいだろうが、品を感じさせる落ち着きからは16は越えていてもおかしくはない。どちらにせよ外していた場合に無礼なので予想は心の内にしまっておいた。
「今年で13になりました」
「13か……今まで出会った魔導士の中でも、ルカテが一番若いな」
「魔導士だなんて呼んでもらえるほどの人間ではありません……一人で本を読んでいることが多くて、魔導書もその一環で……。それに、こうやって落ち着いた状態でないと、禄に使うこともできないので……」
条件付きだとしても、使えるのと使えないのでは大違いだ。恥ずかしながら魔法がからっきしな身からすれば、勤勉であるだけでも十分に尊敬に値する。
「それにしても回復魔法とはな。それは人を癒す魔法であり、人への慈愛の具現でもある。ルカテは賢いだけじゃなく優しい子なんだな」
「っ……」
突然、ルカテの瞳から涙が零れ堕ちた。
「どっ、どうした!?」
「いえ……家族以外にそのようなことを言われたのは初めてで……ありがとうございます、ガル。僕、とても嬉しいです」
「あ、ああ……」
容姿はともかく、子供が魔法を使えて褒められないなどあるのだろうか。もしかすると、ルカテの国の文化はかなり独特なのかもしれない。例えば、魔法を忌避するような文化があるとか。
ルカテは何度か深呼吸を繰り返した後、傷だらけの素足に両手をかざした。
「ふっ……ふぅぅっ……っ……」
深く息を吐きながら、指先で膝にできた擦り傷をなぞる。すると、淡い光を放ちながら徐々にその傷口が閉じ始めた。
「おぉ……見事なもんだな」
「ありがとうございます。でも、まだまだ未熟で……傷を治すのにも時間がかかってしまって……お待たせすることになってしまい、申し訳ない限りです」
その言葉通り、ルカテの回復魔法は時間がかかるようだ。足の傷を全て治すとなると、30分はかかりそうに見えた。
「気にするな。色々と話を聞きたいと思っていたところだ。回復魔法を使用しながらでいいから、聞かせてもらえるか?」
「はい。何でもお聞きください」
「まず、どうしてあの森に居たんだ? 一人だったようだが」
「実は、人攫いに……」
その類だろうとは考えていた。魔物の棲む森に子供が一人で居るなんて、他者の悪意によるものとしか考えられない。
予想していた答えではあったが、ルカテの口から直接聞くとショックだった。こんな幼い子が大人の悪意によって命を危険に晒されるなど、あってはならないことだ。
「別の国で僕を売るつもりのようでした。その為に人目を忍んで森を移動している最中に、魔物に襲われたんです」
そういえば、あの森の魔物には人を食した痕跡が残っていた。おそらく、あれがルカテを攫った賊だったのだろう。
「不幸中の幸いだったな。命がけの幸運ではあったが、おかげで奴隷として売られずにはすんだ」
「はい……本当に、命がけでした……。もう、ここで死んでしまうのだと……っ」
魔物の恐怖を思い出したのだろう。ルカテは両腕でその身を抱くようにして震えていた。
「すまない。死に直面していたのに、幸運などと表現するべきでは無かったな」
「……いいえ、むしろ幸運以外の言葉が当てはまりません。本当に、星のような幸運でした……」
ルカテは俺の顔を見つめていた。何か考え事でもしているのか、傷を癒す手も止まってしまっている。
幸運を表すのに星で例えるのは珍しい。聞き慣れない慣用句ではあるが、俺も真似してみようか。
「星の巡り合わせに感謝だな。親も心配しているだろうし、早く戻らないとな」
「そう……ですね」
その表情が曇るのを見て思い出す。母親の話をする度にルカテはその顔に影を落としていたのだから、事情があるのは明白だ。
気遣いのできる人間なら、もっと言葉を選べただろうに。俺はもう舌を切り落とした方がいいのかもしれない。
「すまない……俺はまた失言を……」
「僕が勝手に落ち込んでいるだけですから、ガルは悪くありません。両親が居ないんです、僕。父が3年前に病気で逝去してしまって……母も、1年前に失踪してしまって……僕にこの入れ墨を残して……」
ルカテの指が褐色の肌に刻まれた漆黒の入れ墨をなぞる。その細い指に寂しさを纏わせて。
「そうか……」
「わわっ!?」
気づいた時には、ルカテの銀髪を撫でていた。その髪はルカテの優しさを宿しているかのように柔らかく、その寂しさが零れだしているように暗く輝いている。
その心を少しでも労うことができたらと、ルカテの頭を撫で続けた。
「頑張ってきたんだな、ルカテは。大丈夫だ、家族だけじゃない。国の皆が、ルカテの無事を祈っているよ」
「っ……そう、ですね……」
やはり、行きずりの俺なんかの言葉では響かないのだろう。ルカテの表情は浮かないままだった。
しかし、人攫いに遭った子供の安否を思わない大人など存在しない。それが同じ国の仲間ならば猶更だ。ルカテも直接その思いを肌に受ければ、少しは寂しさを紛らわせることができるだろう。
「安心しろ。俺が付いている限り、魔物にも賊にも指一本触れさせない。傷を治せたら、すぐに帰ろうな」
「はい……ありがとうございます……」
その儚い回復魔法の光に照らされながら、ルカテの頭を撫でながら、その褐色の足に刻まれた傷が一つと一つと消える様子を俺は見守っていた。
「すみません、出会ったばかりの方に、このように甘えてしまって……」
「子供が大人に甘えるのは当然のことだ。それに、この程度は甘えにも入らないだろう」
近くに椅子にできる手頃な物が無く、ルカテを地べたに座らせることもしたくはない。そのため、抱っこをしたまま膝の上にルカテを座らせることにした。少々距離は近いが抱っこと変わらないし、ルカテが同性であるのなら何も問題は無いだろう。
「寒くないか」
「はい。ガルが焚いてくれた火がとても暖かいので……」
「それじゃあ、傷も綺麗に洗えたところで手当てをしよう。運の良いことに、薬と包帯はこの前補充したばかりでな。ルカテには新品を使ってやれる」
「その気持ちは嬉しいですが、どうかその薬はガルが傷ついた時に使ってください。自分の傷は、自分で治しますので」
「自分で? ……もしかして、回復魔法が使えるのか?」
「はい。初級ではありますが、修めています」
「驚いたな。子供ながらにして魔法が使えるとは……そういえば、年齢を聞いてもいいか?」
その身長から判断すると10歳くらいだろうが、品を感じさせる落ち着きからは16は越えていてもおかしくはない。どちらにせよ外していた場合に無礼なので予想は心の内にしまっておいた。
「今年で13になりました」
「13か……今まで出会った魔導士の中でも、ルカテが一番若いな」
「魔導士だなんて呼んでもらえるほどの人間ではありません……一人で本を読んでいることが多くて、魔導書もその一環で……。それに、こうやって落ち着いた状態でないと、禄に使うこともできないので……」
条件付きだとしても、使えるのと使えないのでは大違いだ。恥ずかしながら魔法がからっきしな身からすれば、勤勉であるだけでも十分に尊敬に値する。
「それにしても回復魔法とはな。それは人を癒す魔法であり、人への慈愛の具現でもある。ルカテは賢いだけじゃなく優しい子なんだな」
「っ……」
突然、ルカテの瞳から涙が零れ堕ちた。
「どっ、どうした!?」
「いえ……家族以外にそのようなことを言われたのは初めてで……ありがとうございます、ガル。僕、とても嬉しいです」
「あ、ああ……」
容姿はともかく、子供が魔法を使えて褒められないなどあるのだろうか。もしかすると、ルカテの国の文化はかなり独特なのかもしれない。例えば、魔法を忌避するような文化があるとか。
ルカテは何度か深呼吸を繰り返した後、傷だらけの素足に両手をかざした。
「ふっ……ふぅぅっ……っ……」
深く息を吐きながら、指先で膝にできた擦り傷をなぞる。すると、淡い光を放ちながら徐々にその傷口が閉じ始めた。
「おぉ……見事なもんだな」
「ありがとうございます。でも、まだまだ未熟で……傷を治すのにも時間がかかってしまって……お待たせすることになってしまい、申し訳ない限りです」
その言葉通り、ルカテの回復魔法は時間がかかるようだ。足の傷を全て治すとなると、30分はかかりそうに見えた。
「気にするな。色々と話を聞きたいと思っていたところだ。回復魔法を使用しながらでいいから、聞かせてもらえるか?」
「はい。何でもお聞きください」
「まず、どうしてあの森に居たんだ? 一人だったようだが」
「実は、人攫いに……」
その類だろうとは考えていた。魔物の棲む森に子供が一人で居るなんて、他者の悪意によるものとしか考えられない。
予想していた答えではあったが、ルカテの口から直接聞くとショックだった。こんな幼い子が大人の悪意によって命を危険に晒されるなど、あってはならないことだ。
「別の国で僕を売るつもりのようでした。その為に人目を忍んで森を移動している最中に、魔物に襲われたんです」
そういえば、あの森の魔物には人を食した痕跡が残っていた。おそらく、あれがルカテを攫った賊だったのだろう。
「不幸中の幸いだったな。命がけの幸運ではあったが、おかげで奴隷として売られずにはすんだ」
「はい……本当に、命がけでした……。もう、ここで死んでしまうのだと……っ」
魔物の恐怖を思い出したのだろう。ルカテは両腕でその身を抱くようにして震えていた。
「すまない。死に直面していたのに、幸運などと表現するべきでは無かったな」
「……いいえ、むしろ幸運以外の言葉が当てはまりません。本当に、星のような幸運でした……」
ルカテは俺の顔を見つめていた。何か考え事でもしているのか、傷を癒す手も止まってしまっている。
幸運を表すのに星で例えるのは珍しい。聞き慣れない慣用句ではあるが、俺も真似してみようか。
「星の巡り合わせに感謝だな。親も心配しているだろうし、早く戻らないとな」
「そう……ですね」
その表情が曇るのを見て思い出す。母親の話をする度にルカテはその顔に影を落としていたのだから、事情があるのは明白だ。
気遣いのできる人間なら、もっと言葉を選べただろうに。俺はもう舌を切り落とした方がいいのかもしれない。
「すまない……俺はまた失言を……」
「僕が勝手に落ち込んでいるだけですから、ガルは悪くありません。両親が居ないんです、僕。父が3年前に病気で逝去してしまって……母も、1年前に失踪してしまって……僕にこの入れ墨を残して……」
ルカテの指が褐色の肌に刻まれた漆黒の入れ墨をなぞる。その細い指に寂しさを纏わせて。
「そうか……」
「わわっ!?」
気づいた時には、ルカテの銀髪を撫でていた。その髪はルカテの優しさを宿しているかのように柔らかく、その寂しさが零れだしているように暗く輝いている。
その心を少しでも労うことができたらと、ルカテの頭を撫で続けた。
「頑張ってきたんだな、ルカテは。大丈夫だ、家族だけじゃない。国の皆が、ルカテの無事を祈っているよ」
「っ……そう、ですね……」
やはり、行きずりの俺なんかの言葉では響かないのだろう。ルカテの表情は浮かないままだった。
しかし、人攫いに遭った子供の安否を思わない大人など存在しない。それが同じ国の仲間ならば猶更だ。ルカテも直接その思いを肌に受ければ、少しは寂しさを紛らわせることができるだろう。
「安心しろ。俺が付いている限り、魔物にも賊にも指一本触れさせない。傷を治せたら、すぐに帰ろうな」
「はい……ありがとうございます……」
その儚い回復魔法の光に照らされながら、ルカテの頭を撫でながら、その褐色の足に刻まれた傷が一つと一つと消える様子を俺は見守っていた。
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