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討伐
親が我が子に入れ墨を掘るなんて、どんな文化圏でも理由は大体いっしょだ
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森の中にて
「そういえば、ルカテは結局王子様なのか?」
僕を片手で抱いたまま悠々と森を進むガルが、突然そんなことを言い出した。
「ちっ、違いますよ。そういうの、本当にレスト国の中では言ったりしちゃダメですからね?」
「むっ……だが、レスト王が妾の子と言っていただろう? 王様の子供なんだから、王子様なんじゃないのか?」
「僕はあくまで先代のレスト王の子供です。現レスト王とは親子の関係にはありませんから」
そもそも、妾の子の時点で正統な子供でもない。先代の時から、王子として扱われたことなんて一度も無いし、自分でも王子なんて思ったことは無い。
「ということは、レスト王とは母親違いの兄弟の関係か。他にも兄弟はいるのか?」
「いいえ、先代の血を引いた子は僕とレスト王だけです」
「ふむ……ルカテとレスト王の年齢が離れているところを見ると、ルカテの母親は相当に魅力的な人だったんだろうな」
「? どうしてそうなるんですか?」
「先代は現レスト王が生まれてからも、ずっと側室を作らなかったってことだろ? それだけ一途だった王様が正妻以外で初めて惹かれたのがルカテの母親ってことだ」
「それは……そうなのかもしれませんが……」
「何か思うところがあるのか?」
「……確かに母様は綺麗な方でした。僕は知りませんでしたが、ガルの話を聞く限りでは砂漠がある地方の出身だったんだと思います。僕と同じ褐色の肌をしていましたし、この服も母様がくれたものですから」
「ルカテは母親似なんだな。レスト王とルカテは母親が違うが、それを考慮しても似ていなかった」
「はい……ですので、母様も嫌われていました……僕と同様に。父様だけ……僕と母様に優しいのは先代レスト王だけで……3年前に逝去されてからは、僕と母様を守ってくれる人は居なくなってしまいました」
今思うと、どうして父様は母様に惹かれたのだろうか。国の皆が肌の色を気味悪く思う中で、どうして子供をつくるまでに母様を愛したのだろうか。レスト王が言っていたように、母様が取り入ったのだろうか。
「そうか、あの国ではそうなるんだよな……」
「あの国? 他の国では違うのですか?」
「もちろんだ。極端なことを言えば、砂漠の国では逆になることだってあるだろう。そこでは、褐色肌の人間ばかりになるわけだからな。俺のような肌の人間は珍しく、気味悪がられるかもしれない。だから、ルカテがその肌のことで気に病む必要は無い。レスト国では馴染みが無いだけなんだ」
「そうなのですか……だから、母様は……でも、どうして?」
「ルカテ?」
「他の国なら肌のことで迫害を受けないから、母様は1年前に国を出て失踪した……でも、それならどうして……僕は置いていかれてしまったのでしょうか? どうして、僕を連れていってはくれなかったのでしょうか?」
それは今もずっと、心の奥の中で漂い続けている問いかけ。応えてくれる人がいないから、ずっと胸の奥で反響し続けている。
母様は僕が邪魔だったのだろうか。僕が母様を苦しめていたんだろうか。母様はずっと僕を捨てたかったのだろうか。母様は、僕のことを愛してくれては――
「わからないな、それは。本人に聞いてみないと答えは出ないだろう」
「……そう、ですよね。すみません、変なことを聞いてしまって」
「わからないことは考えても仕方がない。だから、ルカテは事実だけを受け止めるべきだ」
「っ……捨てられたことを素直に受け入れた方がいいということですか?」
「違う。捨てられたというのも、ルカテの主観が入っている。俺が言っているのは目に見える物、ルカテが母親からもらった物のことだ」
「もらった物……それって、この服と入れ墨……?」
「俺の見立てだと、その服はかなり価値がある。この地方では簡単には手に入らない素材が使われているし、どうやって縫われてるのかもよくわからん。大金を払っても、簡単には手に入らないだろうな」
「……この露出度の高いヒラヒラの布がですか?」
「おいおい、ぞんざいな物言いだな」
「僕個人としては、母様からもらった大切な服ですが……そんなに価値があるものだとは思ってもいなかったので……」
布が少ないのは節約のためだと思っていたのだけれども、ガルの言い振りからするとそうではないようだ。
ガルはこの服を見て巫女衣装だと言っていた。つまりは儀式的な意味を持つ礼服ということになるけれども、このデザインや意匠にも何か意味があったりするのだろうか。
「入れ墨もそうだ。その大きくて凝った紋様は、おそらくは母親の故郷では特別な意味を持つんじゃないかと俺は思っている。意味まではわからないが、少なくとも悪い意味では無いだろう。親が我が子に入れ墨を掘るなんて、どんな文化圏でも理由は大体いっしょだ」
「どんな理由ですか……?」
「愛情だよ。悪いものを遠ざけて、良いものを呼び寄せる……子供が健やかに成長できるように、愛情を込めて刻むものだ」
「愛……僕は、母様に愛されていたのでしょうか?」
母様を感じることのできる、大切な服と入れ墨。これは僕の独りよがりな思い入れではなかったのだろうか。母様も、特別な思いをこれに込めてくれていたのだろうか。
「当たり前だろ。ルカテをこの国に残したのも、何か事情があったんだ。深刻に考えるよりも、いつか再会できた時に聞く楽しみとして考えておいた方がいい」
「再会……」
そんなこと、考えたことも無かった。母様がまたレスト国に戻ってくるなんて。もしくは、僕が母様を探しに国を出るなんて。
「……ねえ、ガル……僕は……ガル?」
話しかけようとしたところで、ガルが突然歩みを止めてしまった。どうしたのだろうと顔を覗くと、その表情は硬く緊張していた。
「魔物だ」
言うや否や、ガルは背負っていた大盾を構えた。僕を盾の中に隠すように。
「そういえば、ルカテは結局王子様なのか?」
僕を片手で抱いたまま悠々と森を進むガルが、突然そんなことを言い出した。
「ちっ、違いますよ。そういうの、本当にレスト国の中では言ったりしちゃダメですからね?」
「むっ……だが、レスト王が妾の子と言っていただろう? 王様の子供なんだから、王子様なんじゃないのか?」
「僕はあくまで先代のレスト王の子供です。現レスト王とは親子の関係にはありませんから」
そもそも、妾の子の時点で正統な子供でもない。先代の時から、王子として扱われたことなんて一度も無いし、自分でも王子なんて思ったことは無い。
「ということは、レスト王とは母親違いの兄弟の関係か。他にも兄弟はいるのか?」
「いいえ、先代の血を引いた子は僕とレスト王だけです」
「ふむ……ルカテとレスト王の年齢が離れているところを見ると、ルカテの母親は相当に魅力的な人だったんだろうな」
「? どうしてそうなるんですか?」
「先代は現レスト王が生まれてからも、ずっと側室を作らなかったってことだろ? それだけ一途だった王様が正妻以外で初めて惹かれたのがルカテの母親ってことだ」
「それは……そうなのかもしれませんが……」
「何か思うところがあるのか?」
「……確かに母様は綺麗な方でした。僕は知りませんでしたが、ガルの話を聞く限りでは砂漠がある地方の出身だったんだと思います。僕と同じ褐色の肌をしていましたし、この服も母様がくれたものですから」
「ルカテは母親似なんだな。レスト王とルカテは母親が違うが、それを考慮しても似ていなかった」
「はい……ですので、母様も嫌われていました……僕と同様に。父様だけ……僕と母様に優しいのは先代レスト王だけで……3年前に逝去されてからは、僕と母様を守ってくれる人は居なくなってしまいました」
今思うと、どうして父様は母様に惹かれたのだろうか。国の皆が肌の色を気味悪く思う中で、どうして子供をつくるまでに母様を愛したのだろうか。レスト王が言っていたように、母様が取り入ったのだろうか。
「そうか、あの国ではそうなるんだよな……」
「あの国? 他の国では違うのですか?」
「もちろんだ。極端なことを言えば、砂漠の国では逆になることだってあるだろう。そこでは、褐色肌の人間ばかりになるわけだからな。俺のような肌の人間は珍しく、気味悪がられるかもしれない。だから、ルカテがその肌のことで気に病む必要は無い。レスト国では馴染みが無いだけなんだ」
「そうなのですか……だから、母様は……でも、どうして?」
「ルカテ?」
「他の国なら肌のことで迫害を受けないから、母様は1年前に国を出て失踪した……でも、それならどうして……僕は置いていかれてしまったのでしょうか? どうして、僕を連れていってはくれなかったのでしょうか?」
それは今もずっと、心の奥の中で漂い続けている問いかけ。応えてくれる人がいないから、ずっと胸の奥で反響し続けている。
母様は僕が邪魔だったのだろうか。僕が母様を苦しめていたんだろうか。母様はずっと僕を捨てたかったのだろうか。母様は、僕のことを愛してくれては――
「わからないな、それは。本人に聞いてみないと答えは出ないだろう」
「……そう、ですよね。すみません、変なことを聞いてしまって」
「わからないことは考えても仕方がない。だから、ルカテは事実だけを受け止めるべきだ」
「っ……捨てられたことを素直に受け入れた方がいいということですか?」
「違う。捨てられたというのも、ルカテの主観が入っている。俺が言っているのは目に見える物、ルカテが母親からもらった物のことだ」
「もらった物……それって、この服と入れ墨……?」
「俺の見立てだと、その服はかなり価値がある。この地方では簡単には手に入らない素材が使われているし、どうやって縫われてるのかもよくわからん。大金を払っても、簡単には手に入らないだろうな」
「……この露出度の高いヒラヒラの布がですか?」
「おいおい、ぞんざいな物言いだな」
「僕個人としては、母様からもらった大切な服ですが……そんなに価値があるものだとは思ってもいなかったので……」
布が少ないのは節約のためだと思っていたのだけれども、ガルの言い振りからするとそうではないようだ。
ガルはこの服を見て巫女衣装だと言っていた。つまりは儀式的な意味を持つ礼服ということになるけれども、このデザインや意匠にも何か意味があったりするのだろうか。
「入れ墨もそうだ。その大きくて凝った紋様は、おそらくは母親の故郷では特別な意味を持つんじゃないかと俺は思っている。意味まではわからないが、少なくとも悪い意味では無いだろう。親が我が子に入れ墨を掘るなんて、どんな文化圏でも理由は大体いっしょだ」
「どんな理由ですか……?」
「愛情だよ。悪いものを遠ざけて、良いものを呼び寄せる……子供が健やかに成長できるように、愛情を込めて刻むものだ」
「愛……僕は、母様に愛されていたのでしょうか?」
母様を感じることのできる、大切な服と入れ墨。これは僕の独りよがりな思い入れではなかったのだろうか。母様も、特別な思いをこれに込めてくれていたのだろうか。
「当たり前だろ。ルカテをこの国に残したのも、何か事情があったんだ。深刻に考えるよりも、いつか再会できた時に聞く楽しみとして考えておいた方がいい」
「再会……」
そんなこと、考えたことも無かった。母様がまたレスト国に戻ってくるなんて。もしくは、僕が母様を探しに国を出るなんて。
「……ねえ、ガル……僕は……ガル?」
話しかけようとしたところで、ガルが突然歩みを止めてしまった。どうしたのだろうと顔を覗くと、その表情は硬く緊張していた。
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