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第五夜
義兄は相談する
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「ところで、私に頼みたいことってなに?」
コーヒーを一口飲んで、一条は俺に訊ねた。
「ああ、それなんだけどな……。なくなったかもしれない」
「え? どういうこと?」
「本当は一条にカオルと会話をしてみてもらいたかったんだ」
「?」
一条は頭の上にハテナを浮かべて、また一口コーヒーを飲んだ。
ケーキを3つの皿に取り分け、俺は一条の対面に座った。
「私とカオルくんが会話……。鹿島くんからは直接訊けないことがあるから、それを訊き出してほしいとか?」
「いや、そんな複雑な話じゃない。ただカオルと話してもらいたかったんだ」
「???」
一条は眉を八の字にしながらケーキを一口食べた。
「カオルはさ、ここ数か月ずっと外に出てないんだよ」
「事故のケガのせいで?」
「いや、それはあまり大きな原因じゃないと思う。カオルの容態はずっと安定してるし、医者も運動を推奨してるくらいだ。カオルは外に出られないんじゃなくて、外に出たがらないんだ」
「……」
コーヒーを啜る音が響いた。
「ケガのせいといえばそうなのかもしれない。でも、根本的な原因はカオルの心の方にあると思ってる。ずっとこの家で俺とふたりきりで生活していたから、心がそれに慣れてしまった。それでいいんだと、諦めている気がするんだ」
「……だから、私に外に連れ出してほしいの?」
「いや、そうじゃない。カオルを無理やり外に連れ出したくはないんだ」
「? じゃあ、私に何を頼みたいの?」
「だから、話をしてもらいたいだけだったんだ。カオルに俺以外の人間とコミュニケーションを取る機会を作りたかった。そしたら、カオルも少しは外に目を向けるかもしれないって思ったんだ」
「なるほど……」
一条がどこか遠くを見つめながら、ケーキを一口食べた。
「でも、その思惑もご破算になっちまった」
「どうして?」
「今日、カオルは一条が家に来ることを嫌がってた。怯えてるって言ってもいいくらいの様子だったな。あれじゃあ、まともに会話してくれるとも思えない」
「ずっと鹿島くんとこの家でいっしょだったのに、いきなり知らない大人の人が来るってなったらそうだよね……」
「ああ、だから頼み事はなくなった。俺が焦りすぎたんだ。せっかく来てくれたのに、無駄足にして悪かった」
「……」
ケーキを大きく切り分けて、口の中に放り込んだ。ヨーグルトケーキというだけあって、口当たりはとても柔らかい。ただ、少し酸っぱい。
「無駄足じゃないよ」
「え?」
「無駄になんかしないよ、鹿島くん。私に頼ってよかったって、そう思わせてみせるから」
口の中の酸味が溶けていくと共に、ほのかな甘みが広がってきた。酸味の後のせいか、そのかすかな甘みをとても愛おしく感じた。
コーヒーを一口飲んで、一条は俺に訊ねた。
「ああ、それなんだけどな……。なくなったかもしれない」
「え? どういうこと?」
「本当は一条にカオルと会話をしてみてもらいたかったんだ」
「?」
一条は頭の上にハテナを浮かべて、また一口コーヒーを飲んだ。
ケーキを3つの皿に取り分け、俺は一条の対面に座った。
「私とカオルくんが会話……。鹿島くんからは直接訊けないことがあるから、それを訊き出してほしいとか?」
「いや、そんな複雑な話じゃない。ただカオルと話してもらいたかったんだ」
「???」
一条は眉を八の字にしながらケーキを一口食べた。
「カオルはさ、ここ数か月ずっと外に出てないんだよ」
「事故のケガのせいで?」
「いや、それはあまり大きな原因じゃないと思う。カオルの容態はずっと安定してるし、医者も運動を推奨してるくらいだ。カオルは外に出られないんじゃなくて、外に出たがらないんだ」
「……」
コーヒーを啜る音が響いた。
「ケガのせいといえばそうなのかもしれない。でも、根本的な原因はカオルの心の方にあると思ってる。ずっとこの家で俺とふたりきりで生活していたから、心がそれに慣れてしまった。それでいいんだと、諦めている気がするんだ」
「……だから、私に外に連れ出してほしいの?」
「いや、そうじゃない。カオルを無理やり外に連れ出したくはないんだ」
「? じゃあ、私に何を頼みたいの?」
「だから、話をしてもらいたいだけだったんだ。カオルに俺以外の人間とコミュニケーションを取る機会を作りたかった。そしたら、カオルも少しは外に目を向けるかもしれないって思ったんだ」
「なるほど……」
一条がどこか遠くを見つめながら、ケーキを一口食べた。
「でも、その思惑もご破算になっちまった」
「どうして?」
「今日、カオルは一条が家に来ることを嫌がってた。怯えてるって言ってもいいくらいの様子だったな。あれじゃあ、まともに会話してくれるとも思えない」
「ずっと鹿島くんとこの家でいっしょだったのに、いきなり知らない大人の人が来るってなったらそうだよね……」
「ああ、だから頼み事はなくなった。俺が焦りすぎたんだ。せっかく来てくれたのに、無駄足にして悪かった」
「……」
ケーキを大きく切り分けて、口の中に放り込んだ。ヨーグルトケーキというだけあって、口当たりはとても柔らかい。ただ、少し酸っぱい。
「無駄足じゃないよ」
「え?」
「無駄になんかしないよ、鹿島くん。私に頼ってよかったって、そう思わせてみせるから」
口の中の酸味が溶けていくと共に、ほのかな甘みが広がってきた。酸味の後のせいか、そのかすかな甘みをとても愛おしく感じた。
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