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第六夜

義兄は諦観する

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「……キスしてよ」

 それがカオルの求める贖罪。
 誤解だ、なんて言葉は意味がないだろう。俺の気持ちがどうであろうと、夕美と唇を重ねたことは事実だ。

 それに仮にカオルからの許しを得られたとしても、もうふたりがカオルの思いを聞き遂げてしまった。

 一条朝日は狼狽えている。言葉の意味がわからなかったわけではないだろう。ただ、その事実を受け止めきれていないように見える。

 一条夕美は目を見開いていた。カオルが俺に向けている感情がただの家族愛ではなかったと知って、何を考えているのだろうか。

「ねえ、いつもみたいにキスしてよ……してくれないなら、全部言っちゃうよ?」

 それを口にした時点で、ふたりは人には言えないことをしている関係だとバラしているようなものだ。カオルも、それはわかっているのだろう。それでも口にせずにはいられなかったのだろう。

 つい先ほどまでは信頼を寄せてくれていたはずなのに、今はまるで縋り付くように。カオルを抱く腕に力を込めても、それでも足りないと。骨が折れてしまうくらいに抱きしめても、もっととせがみそうなほどに。

「ねえ、ケン君……?」

 必死に笑おうとしている顔。笑顔になり損ねた、不安が滲み出てきてしまっている表情。信じたくても、信じきれない、信じさせて欲しいとその瞳は語っている。

「……わかった」
「っ……」

 微かに声を漏らしたのはあさひだった。俺がカオルの言葉を受け入れたことによって、ようやく事実を呑み込めたのかもしれない。

 これで、一条姉妹との縁は切れてしまうだろう。

 あさひは今日のことがトラウマにならないだろうか。同性での情事だけでも相当なショックだろうに、その片割れが一目惚れしたカオルだ。できることなら今日のことなんて全部忘れてもらいたいが、俺にそんなことを願う権利はないだろうか。

 夕美にはただただ申し訳ないという気持ちだ。俺が愚かだった。カオルばかり見ていて夕美の抱いていた気持ちに気付こうともしなかった。俺がもっとちゃんとしていれば、少なくともこんな結末は避けられて、誰かが傷つくこともなかっただろう。

 後悔はしてもしきれないほどに浮かんでくる。それでも、今は目の前のカオルと向き合おう。もう、俺にはそれしかできないから。

『……』

 無言で視線を交わす。
 カオルが目を閉じたのに合わせて俺は顔を寄せた。

 誰かに見られながらのキスなんて初めてだ。それも義弟とのキスだなんて、普通はそんなことありえない。それでも、緊張はなかった。心音は静かで、思考の流れも冷静で、体は自然にカオルとのキスに向かっていた。

 どうしてなのだろうかと考えて、もう諦めてしまったからなのかもしれないと思った。

 カオルに普通の恋愛を、なんて望まなければこんなことにはならなかった。
 カオルの恋路に義兄以外の選択肢を、なんて傲慢な望みを持たなければ、こんなことにはならなかった。

 これは運命だった。カオルはこの閉じた世界で、俺に縋って生きなければならなかった。俺以外の誰とも縁を結ばず、俺以外の誰かに恋をすることも叶わず。
 俺がカオルからの好意を受け入れてさえいれば――

「待って!」

 確かな意思を持った力強い言葉が、俺の心臓に響いた。
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