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第六夜
義兄弟
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「――俺はカオルのことを大切に思っている。あさひちゃんよりも、一条よりも、誰よりも」
「うん」
「カオルが好きだと言ってくれたことも嬉しい。例えそれが義兄に向けるものじゃなくても、その好意はとても嬉しい」
「うん……」
「義務感に縛られているんじゃなくて、本当に俺が好きなんだってのもわかった。カオルの告白でな。純粋に俺が好きで、カオルが自分の意思で選んだんだって」
「……うん」
「でも……」
「……」
「俺にとっては、カオルはやっぱり義弟だ」
それは変えようのない現実で。きっと俺の心の中で永遠に変わらないモノだ。
「……っ」
カオルの大きな黒目がゆらゆらと揺れて、俺の視線から逃れるように顔を伏せた。
「カオルは賢くて、わがままで、いたずら好きで、人見知りで――」
伏せたカオルの顔から、一筋の涙が流れ落ちた。
「甘党で、甘えん坊で、朝に弱くて、可愛らしくて――」
震えるカオルの喉から、嗚咽が漏れた。
「これから先も、ずっと一番大事な義弟だ。だから、カオルと恋人にはなれない……ごめんな」
「っ……ひっ……くっ……お、オレが、男だから……?」
「それは違うってわかってるだろ? 最初は抵抗あったけどさ。もう、そんなことを言い訳にできるような段階はとっくに越えちまってる」
「でも、でもそしたら、もうっ……」
カオルもわかっているのだろう。わかっているから、他に理由が欲しいのだろう。
決して変えることのできない、目を背けられない事実。
俺がカオルを義弟だと認識してしまった時点で、その恋は永遠に報われない。
「っ……義兄弟になんて、家族になんて、ならなければよかったのにっ……!」
その呟きは痛々しくて、とても直視できるようなものではなかった。
それでも俺はカオルから目を逸さなかった。目を逸らしたら、何かを踏みにじるような気がした。
泣きじゃくるカオルを両腕で包み込んで、胸の内へ仕舞い込むように抱きしめる。もう何にもカオルが傷付けられないよう。これが最後のカオルの涙となるように祈りながら。
「そんなこと言うなよ……。義兄弟になったからこうして会えたんだろ? カオルが家族になってくれたから、俺はここまでやってこれたんだ」
「わかってるもんっ……。そんなのっ、オレもいっしょだもん……!」
「俺が義兄で良かったって……そう言ってくれるのか?」
「言わなくたって、わかってよ!」
カオルに唇を塞がれる。ほんの少しの涙の味が口いっぱいに広がって、心の内にじんわりと染み渡っていく。
腕を使えないカオルの代わりにその後頭部に手を添えて、俺はカオルを迎え入れた。
「んっ……っ……好き……好き、好き、好き! ケン君のことが好き!」
「俺もだ。カオルの好きとは違うんだろうけどな」
「っ、言わなくていい! バカ! バカっ!」
足の甲にズンっと重い衝撃が走る。カオルの体重が軽くなかったら叫び声を上げていたところだ。
「っ……こんなバカな義兄だけどさ、もう少しだけ一緒にいてくれないか? カオルにとっては辛いかもしれないけど……でも、せめてカオルが大人になるまでは近くにいて欲しいんだ。一緒にメシ食って、映画見て、ワガママ言われたりイタズラされたりして……カオルの笑ってるところを見ていたいんだ。もう、それが俺の人生になってるんだ」
「そんなの……っ、そんなの、当たり前でしょ……っ。大人になるまでじゃなくても……! 許さないもん……っ、勝手にオレの側から離れたら許さないから!」
カオルの額がぐりぐりと胸に押し当てられる。少しこそばゆいが、それ以上に愛おしいという感情が湧き上がる。
「そうか……じゃあ、尚更離れられないな。まあ、あそこまでやっといて簡単に離れられないか、俺たち」
「キスだって、オレがしてって言ったらいつだってして!」
「ん……了解」
「えっちも、オレだけじゃなくてケン君からも求めてくれないとやだ!」
「それは……ちょっと難しいな。義弟相手に欲情するのは……」
抵抗があるわけではないが、幼いカオル相手に性行為をせがむのは威厳的には大問題だ。
「嫌だって言うの!?」
「嫌じゃないよ。わかった、善処する。他でもない、カオルの頼みだからな」
「あとはっ……あとは……」
「カオルが喜んでくれるなら何だってするよ。だから、一々宣言しなくたって大丈夫だ」
「っ……じゃあ、ケン君のしたいことは?」
「ん?」
「今、ケン君がしたいことは何? オレにして欲しいことを、教えてよ」
カオルにして欲しいこと。それは簡単には思いつかない。
カオルが側にいてくれるだけでいい。カオルが思うままに生きて、考えて、幸せになってくれればそれでいい。自身の将来のために、オレを使ってくれれば満足だ。
それでも、一つだけ願うならば。
「……じゃあ、一つだけ」
カオルが少しだけ思いつめた顔で俺の顔を見つめた。
「なるべくでいいから、カオルのことを俺に話して欲しい。どんな気持ちで、何を考えているのか。困っていたら頼って欲しい。一人になりたい時はそう言って欲しい。もちろん、隠したいことは隠していい。ただ、俺に遠慮することだけはしないでくれ。それだけが、俺の望みだ」
「……じゃあ、早速教えてあげる」
「おう。今、カオルはどんな気持ちなんだ?」
「ケン君にフラれてショックだから、いっぱい甘やかして欲しいです……」
「甘やかすって、何して欲しいんだ?」
カオルは何かを言おうとして、咄嗟に口を閉じた。
柔らかな頬をパッと朱に染めて、少しだけ視線を落として――
「……」
「カオル?」
見上げるように、躊躇いがちに視線を合わせて、カオルはポツリと呟いた。
「言わなくても、わかってよ」
「…………あー」
「遅い……バカ」
「いや、何だ……。気持ちを話して欲しいって言った直後に隠されるとは思わなかった」
「隠したいことは隠してもいいって言ってたでしょ」
「そうだな……うん。これは俺が悪かった。だから、汚名は返上しないとな」
少し強引にカオルの体を引き寄せ、顔を接近させる。
「っ……!」
「何だ、今更恥ずかしがってるのか?」
「……ケン君だって、顔赤いし」
「まあ、そりゃな……」
互いに無言で視線を交差させる。カオルの瞳の中に映る俺の顔は、少し強張っていた。
「……っ」
カオルが目を閉じて、その体とこれからを俺に委ねた。
これからどうなるかはわからない。
俺たちは互いに気持ちを伝え合って、その思いがすれ違っていることを確認して、それでも近くにいることを選んだ。
願いは、カオルがもう悲しまないこと。
誓いは、カオルをもう悲しませないこと。
そして、俺はカオルに口付けた。
「うん」
「カオルが好きだと言ってくれたことも嬉しい。例えそれが義兄に向けるものじゃなくても、その好意はとても嬉しい」
「うん……」
「義務感に縛られているんじゃなくて、本当に俺が好きなんだってのもわかった。カオルの告白でな。純粋に俺が好きで、カオルが自分の意思で選んだんだって」
「……うん」
「でも……」
「……」
「俺にとっては、カオルはやっぱり義弟だ」
それは変えようのない現実で。きっと俺の心の中で永遠に変わらないモノだ。
「……っ」
カオルの大きな黒目がゆらゆらと揺れて、俺の視線から逃れるように顔を伏せた。
「カオルは賢くて、わがままで、いたずら好きで、人見知りで――」
伏せたカオルの顔から、一筋の涙が流れ落ちた。
「甘党で、甘えん坊で、朝に弱くて、可愛らしくて――」
震えるカオルの喉から、嗚咽が漏れた。
「これから先も、ずっと一番大事な義弟だ。だから、カオルと恋人にはなれない……ごめんな」
「っ……ひっ……くっ……お、オレが、男だから……?」
「それは違うってわかってるだろ? 最初は抵抗あったけどさ。もう、そんなことを言い訳にできるような段階はとっくに越えちまってる」
「でも、でもそしたら、もうっ……」
カオルもわかっているのだろう。わかっているから、他に理由が欲しいのだろう。
決して変えることのできない、目を背けられない事実。
俺がカオルを義弟だと認識してしまった時点で、その恋は永遠に報われない。
「っ……義兄弟になんて、家族になんて、ならなければよかったのにっ……!」
その呟きは痛々しくて、とても直視できるようなものではなかった。
それでも俺はカオルから目を逸さなかった。目を逸らしたら、何かを踏みにじるような気がした。
泣きじゃくるカオルを両腕で包み込んで、胸の内へ仕舞い込むように抱きしめる。もう何にもカオルが傷付けられないよう。これが最後のカオルの涙となるように祈りながら。
「そんなこと言うなよ……。義兄弟になったからこうして会えたんだろ? カオルが家族になってくれたから、俺はここまでやってこれたんだ」
「わかってるもんっ……。そんなのっ、オレもいっしょだもん……!」
「俺が義兄で良かったって……そう言ってくれるのか?」
「言わなくたって、わかってよ!」
カオルに唇を塞がれる。ほんの少しの涙の味が口いっぱいに広がって、心の内にじんわりと染み渡っていく。
腕を使えないカオルの代わりにその後頭部に手を添えて、俺はカオルを迎え入れた。
「んっ……っ……好き……好き、好き、好き! ケン君のことが好き!」
「俺もだ。カオルの好きとは違うんだろうけどな」
「っ、言わなくていい! バカ! バカっ!」
足の甲にズンっと重い衝撃が走る。カオルの体重が軽くなかったら叫び声を上げていたところだ。
「っ……こんなバカな義兄だけどさ、もう少しだけ一緒にいてくれないか? カオルにとっては辛いかもしれないけど……でも、せめてカオルが大人になるまでは近くにいて欲しいんだ。一緒にメシ食って、映画見て、ワガママ言われたりイタズラされたりして……カオルの笑ってるところを見ていたいんだ。もう、それが俺の人生になってるんだ」
「そんなの……っ、そんなの、当たり前でしょ……っ。大人になるまでじゃなくても……! 許さないもん……っ、勝手にオレの側から離れたら許さないから!」
カオルの額がぐりぐりと胸に押し当てられる。少しこそばゆいが、それ以上に愛おしいという感情が湧き上がる。
「そうか……じゃあ、尚更離れられないな。まあ、あそこまでやっといて簡単に離れられないか、俺たち」
「キスだって、オレがしてって言ったらいつだってして!」
「ん……了解」
「えっちも、オレだけじゃなくてケン君からも求めてくれないとやだ!」
「それは……ちょっと難しいな。義弟相手に欲情するのは……」
抵抗があるわけではないが、幼いカオル相手に性行為をせがむのは威厳的には大問題だ。
「嫌だって言うの!?」
「嫌じゃないよ。わかった、善処する。他でもない、カオルの頼みだからな」
「あとはっ……あとは……」
「カオルが喜んでくれるなら何だってするよ。だから、一々宣言しなくたって大丈夫だ」
「っ……じゃあ、ケン君のしたいことは?」
「ん?」
「今、ケン君がしたいことは何? オレにして欲しいことを、教えてよ」
カオルにして欲しいこと。それは簡単には思いつかない。
カオルが側にいてくれるだけでいい。カオルが思うままに生きて、考えて、幸せになってくれればそれでいい。自身の将来のために、オレを使ってくれれば満足だ。
それでも、一つだけ願うならば。
「……じゃあ、一つだけ」
カオルが少しだけ思いつめた顔で俺の顔を見つめた。
「なるべくでいいから、カオルのことを俺に話して欲しい。どんな気持ちで、何を考えているのか。困っていたら頼って欲しい。一人になりたい時はそう言って欲しい。もちろん、隠したいことは隠していい。ただ、俺に遠慮することだけはしないでくれ。それだけが、俺の望みだ」
「……じゃあ、早速教えてあげる」
「おう。今、カオルはどんな気持ちなんだ?」
「ケン君にフラれてショックだから、いっぱい甘やかして欲しいです……」
「甘やかすって、何して欲しいんだ?」
カオルは何かを言おうとして、咄嗟に口を閉じた。
柔らかな頬をパッと朱に染めて、少しだけ視線を落として――
「……」
「カオル?」
見上げるように、躊躇いがちに視線を合わせて、カオルはポツリと呟いた。
「言わなくても、わかってよ」
「…………あー」
「遅い……バカ」
「いや、何だ……。気持ちを話して欲しいって言った直後に隠されるとは思わなかった」
「隠したいことは隠してもいいって言ってたでしょ」
「そうだな……うん。これは俺が悪かった。だから、汚名は返上しないとな」
少し強引にカオルの体を引き寄せ、顔を接近させる。
「っ……!」
「何だ、今更恥ずかしがってるのか?」
「……ケン君だって、顔赤いし」
「まあ、そりゃな……」
互いに無言で視線を交差させる。カオルの瞳の中に映る俺の顔は、少し強張っていた。
「……っ」
カオルが目を閉じて、その体とこれからを俺に委ねた。
これからどうなるかはわからない。
俺たちは互いに気持ちを伝え合って、その思いがすれ違っていることを確認して、それでも近くにいることを選んだ。
願いは、カオルがもう悲しまないこと。
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