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真実の愛の祝福
しおりを挟む皇子フェルナンドは、この国で最も美しい侯爵令嬢と言われた皇后の美貌を受け継いでおり、頭脳明晰で人格者として尊敬されていた。
金髪に青く金色の美しい光彩の入った珍しい瞳で、外祖父の侯爵と皇后からただ一人受け継いだものだった。
他にも弟妹がいるが、彼は抜きん出た能力で幼いころから皇太子に任命されていた。
そんな彼も弱点があり、思春期の恋に溺れてしまっていた。
フェルナンドが定例の茶会のため、目の前に座っている婚約者にこう言い放った。
「ティアラリーゼ、君との婚約を解消したい」
彼女は震えながら、その言葉に応じた。
「それはいったいどうしてなのかお伺いしても?」
「君がそれを理解できないとは驚きしかない。
国母としてふさわしい人格者ではないからだ」
「と言いますと?
思い当たることはございません」
「君が私の愛するミリーを苛めていたことはわかっているのだ!」
フェルナンドとティアラリーゼは、幼少のころからの遊び相手で非常に仲が良かった。
明るくちょっぴり生意気なところがあったが、その率直なかわいらしさを彼は好ましく思っていた。
公爵令嬢であった彼女は身分の問題もなく、そのまますんなりと婚約することになったのだ。
ただ周囲から何十回も彼女でいいのか聞かれた。
それはこの婚約が女神の祝福を受けるからだった。
それでも彼はティアラリーゼを選んだ。
女神の祝福を受けた者は真実の愛を育み、幸せになると言い伝えられてきたのだ。
だがフェルナンドは成長するにつれて、女性の好みが変わってしまった。
いやティアラリーゼが変わってしまったと言った方が良い。
彼が愛した明るさや率直さはなりを潜め、美しいが生気のない人形のように完璧すぎる女性になってしまったのだ。
ただひたすらフェルナンドを愛してくれるのだが、その愛が重かった。
そんな時に出会ったのが男爵家に引き取られたミリーだった。
彼女は父である男爵がメイドをしていた女に産ませた子どもで、ずっと孤児院で暮らしていた。
男爵の妻が死んだことで、娘として認められることになったのだ。
そんな平民の自由さと快活さを持ち合わせるミリーが眩しくて、フェルナンドは目が離せなくなった。
彼女を好きになってしまったのだ。
そうして愛し合うようになり、ミリーはお腹に彼の子を宿した。
すると完璧なはずのティアラリーゼは彼女を苛めるようになった。
ミリーを社交の場で仲間外れにする。
手下の女どもを使って陰口を叩く。
茶会では紅茶を掛ける。
学校では足を引っかける。
教科書を破り、授業を受けさせないように倉庫に閉じ込めることもした。
フェルナンドは許せなかった。
このままではミリーと子どもの命が危ういかもしれない。
そんな浅ましい考えの女が自分の妻に、国母になることは認められなかった。
皇帝である父には、皇后である母が同席している時に話した。
「それはティアラリーゼの権利だ。
お前こそ、彼女でよいと言ったではないか!」
と取り合ってくれない。
このままでは彼女を娶るしかない。
ミリーは目立つ舞踏会で婚約破棄をすればいいと言ったが、なにぶん女神の祝福を受けた婚約者だ。
めったのことをして女神の怒りというより、女神を信じる人たちの反感を買ってはいけない。
だから婚約者との交流のために行われる定例の茶会で婚約解消を申し出たのだ。
「殿下はミリーとやらを愛妾ではなく、正妃になさるのですか?
あの女は不実な嘘つきなのですよ」
「嫉妬でそのような妄言を吐くな!
私が誰を正妃にしようと、そんなことは関係ない。
とにかく私はもう君に一切の愛も感じないのだ」
ティアラリーゼはいつものようにフェルナンドの言葉に従った。
彼女は決して逆らわないのだ。
「さようでございますか。
では2人で女神の神殿へ参りましょう。
わたくしたちに掛けられた祝福を解いていただくのです」
「わかった、すぐ手配する」
「ただし皇帝陛下と皇后殿下にも、このことはお伝えした方がよろしいでしょう」
「お2人には後で話せばよい」
「本当にそれでよろしいのですか?
後悔なさいませんか?」
「くどい! 私の気持ちは変わらぬ‼」
それで2人で女神の神殿へ赴くことになった。
神殿に着くと、神殿長直々に迎えに来てくれた。
「フェルナンド皇太子殿下、ティアラリーゼ嬢。ようこそお越しくださいました。
本日はどのようなご用件でございますか?」
「我々に掛けられた真実の愛の祝福を解いてもらうために来たのだ」
「何ですと! そんなことできません。
皇帝陛下や皇后殿下はご存じなのですか?」
顔を青ざめさせた神殿長が必死でフェルナンドを止め始めた。
「お2人には後で話す」
「いえ、そのようなことは出来かねます。
どうか、お考え直しになってください」
必死の説得もフェルナンドには届かなかった。
「ええい、くどい!
私はティアラリーゼに一筋もの愛も感じないのだ。
何が真実の愛の祝福だ!
そのようなまやかしは私には不要だ‼」
するとそれまで必死で止めていた神殿長はフッと態度を変えた。
「たとえ皇太子殿下と言え、女神さまに対するその不敬な態度は許せませぬ。
よろしいでしょう。
どうぞ身をもって真実を味わうとよろしいでしょう」
儀式はさほど難しいものではなかった。
神殿長が他の神官たちと共に祈祷すると、ティアラリーゼの胸に一輪の赤いバラが咲いた。
「このバラをあなた様が受け入れれば婚姻の成立を、潰せば真実の愛は失われます。
皇太子殿下、これが最後のチャンスです。
ご自身の考えを改めて、女神さまより授かったお恵みを受け入れるのです」
「うるさい!
こんなものすぐにでも潰してくれる!」
そういってフェルナンドはティアラリーゼのバラを握りつぶしてしまった。
するとフェルナンドの脳裏にティアラリーゼとの数々の素晴らしい思い出がよぎっていった。
2人が仲良く幸せだったころのことだ。
だがもう終わりだった。
「あああ!」
ティアラリーゼが叫び、膝をついた。
彼女は肩で呼吸をしていたが、しばらくすると立ち上がった。
「やっと呪いが解けたわ」
その瞬間、フェルナンドの呼吸ができなくなった。
苦しくて立っていられず倒れ込んだが、いつもなら心配して飛びついてくるティアラリーゼも、神殿の人々も冷たいまなざしを向けるだけだった。
「殿下、真実の愛の祝福のことをちゃんと聞いていられなかったのですね。
いえ、皇帝陛下がわざとお話にならなかったのかもしれません。
昔のあなたさまはわたくしを愛してくださっていたから、知らない方がよいと思われたのでしょう」
「ど、どういう……こと」
苦しくてここまでしか言えなかった。
「わたくしは婚約者ですが、あなたさまの女遊びを容認して注意いたしませんでしたし、おっしゃることは全て受け入れてきました。
ただわたくしの立場を危うくするものに関しては、危害を加えることを許されておりましたので、ミリーと言う女が諦めるように苛めました。
皇后殿下には殺害せよと言われたのですが、わたくしにはどうしてもできませんでした。
わたくし以外にあの女を殺しても許される存在はいなかったというのに……。
余計な情けが仇となってしまいました」
「それはティアラリーゼ様が真にお優しい性質だからです。
あなたこそ国母にふさわしいお方でしたのに……。
どうかご自分をお責めになりませんように」
「神殿長、ありがとう存じます。
どうかわたくしたちを2人にしてくださいませ。
皇帝陛下にもお知らせしなくてはなりません」
神殿長や神殿の人々は出ていき、ティアラリーゼはフェルナンドに近づいてきた。
「真実の愛の祝福とは、わたくしの意志に関係なくあなたさまの完全なる愛の奴隷になる呪いだったのです。
国母となる女が、不貞や閨での拒否などを行わないように縛るためのものでした。
これは皇配の場合も同じです。
ですからわたくしがどんなに嫌だと思っても、あなたさまに逆らうことは出来ませんでした。
自分を殺して人形になるしかなかったのです。
その代わりにあなたさまはわたくしに愛を誓いました。
この祝福を、違えた方は命を奪われるのです。
わたくしの自由意思を奪っていたのですから、そのくらいの罰は当然ですわね」
ティアラリーゼは嗤ったが、フェルナンドはその姿を見ることは出来なかった。
彼の苦しみはとうとう視力が奪われるまで進んでいたのだ。
「あのミリーと言う女は、処刑されるでしょう。
残念ですが、皇太子殿下を間接的に死なせてしまったのですから。
それにしてもお腹の子がかわいそうですね。
ですが皇太子殿下の御子ならともかく、同じ孤児院にいた男の子ですからそれも仕方がないでしょう」
フェルナンドはそのことは知らなかったようで、苦しみながらもその手をティアラリーゼに伸ばしてきた。
だが彼女はその手を取らなかった。
「2人は孤児院時代からの恋人同士で、ミリーが男爵家に引き取られなければ結婚するはずでした。
金髪の、碧眼に金の光彩が入ったとても美しい男です。
皇后殿下の年の離れた弟だそうですよ。
老侯爵も頑張りましたこと。
でも母親は平民で、どんなに高貴な父親でも庶子は平民でしかありません。
きっと彼も死罪ですわね」
フェルナンドはもう聞くこともできなくなった。
「同じ髪と目を持つのは皇太子殿下しかいなかったから、子どもの命を守るためミリーはあなたさまを篭絡するしかなかったのです。
ですがそのことは皇帝陛下もご存じだったのですよ。
皇族に近づくものは全て調査されるのですから。
だから皇帝陛下と皇后殿下にご進言するように申し上げましたのに。
あなたさまはわたくしの言葉をすべて嫉妬だと聞いてくださいませんでしたもの。
それに皇帝陛下以外に、この祝福の秘密を話すことが許されたお方はいらっしゃらないのですから。
国政のこともご心配にはおよびません。
あなたさまには弟君や妹君がいらっしゃいますし、その伴侶たちも女神の祝福を賜っています。
この国はこれまで通り、真実の愛の祝福を受けた女神の奴隷たちによって繫栄していくのです」
ティアラリーゼはフェルナンドが死亡したことを確認した。
「ミリーがうらやましいですわ。
わたくしは恋も知らぬまま、奴隷になっていたのですから。
最後になりましたが、わたくしに自由をくださったことは感謝いたします。
あなたさまを死なせ、話してはならない秘密を明かしたのです。
わたくしもこのままでは済まないと存じます。
良くて修道院、悪くて死罪。
ですが奴隷ではなく、ティアラリーゼとして死ぬことが許されたのです。
それでよしといたしましょう」
そう言ってもう動くことのできなくなったフェルナンドに対して、ティアラリーゼは最大級の敬意を込めたカーテシーを捧げたのだった。
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いつもなら『ティアラリーゼが叫び、膝をついた』で切って次話に移行するのですが、今回は全体で4300文字程度なので1話だけで終了です。
私は読みやすさを考えて1話を2000~3000文字台、内容によっては最高5000文字台までと考えています。
それ以上になる場合は内容をみて、話数を増やしています。
ちなみに皇帝がミリーの不貞をすぐに明かさなかったのは、2つ理由があります。
1つは皇后に父親の女遊びを聞かせたくなかったからです。
皇帝は皇后を愛していました。
なぜなら愛のバラを受け取ると、相手が死ぬまで愛さずにはいられないからです。
これも女神による、奴隷に対するある種の祝福ですね。
もう1つが愛のバラを受け取ると他の女性と恋なんてできないので、学生時代だけは大目に見てミリーがそれ以上を望むなら処罰する手はずをつけていたからでした。
今回もあとがきはございません。
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