新説 呂布奉先伝 異伝

元精肉鮮魚店

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若き武神

荊州の若き武神 1

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「まーたサボってるのか?」

 牧場の柵の上に座っていた青年に、後ろから声を掛けると同時に押す手があった。

「おあっ! 危ねえ!」

「そんなトコに座ってるからだ。今、俺にその背中を押せと天命が下った」

「ふざけんな」

「そんな事より、ちゃんと仕事してんのか?」

「見て分かるだろう? 馬の世話だって、とても大事な仕事だからな」

 柵の上に座っていただけなのに、青年は堂々と言う。

 柵に座っていた青年は、長身の美男子であり、見た目の印象だけで言っても馬飼いの下男には見えない。

 彼の姓はりょ、名を、字を奉先ほうせんと言う。

 新たに荊州の太守となった、丁原ていげん将軍の養子の青年である。

 一方の声をかけてきたのは、姓をこう、名をじゅんと言う。

 一目見てそれと分かる武骨者であるものの、髭面に迫力はあるがそこに下卑たところは無い。

「丁原様んとこの息子さんが、馬の世話か? そんな雑用やるヤツなんか、いくらでもいるだろうが」

「良いんだよ、俺が好きでやってる事だから」

「本当にお前、馬が好きだよな」

 柵に寄りかかって、高順が笑う。

「おいおい、馬の差は大きいぞ? その差を甘く考えると……」

「あー、はいはい、分かったよ、まったく。そんな事だからお前はまだ独り身なんだよ」

「それは関係無いだろ? 関係無いよな。関係無いはずだ」

 呂布は馬の方を見ながら言う。

「で? ここで拗ねてるって事は、丁原オヤジと上手くいってないのか?」

 高順の質問に、呂布は答えない。

「だよな。上手く行ってるんだったら、こんなところで馬を見て慰められてないよな」

「ほっとけ。俺の事は良いから、文遠ぶんえんをからかってこいよ」

「あいつは将来有望な勤勉少年なんだ。俺やお前と違ってな」

「まったくだ」

 高順は皮肉のつもりで言ったのだが、呂布は爽やかに笑う。

 文遠と言うのは字で、姓はちょう、名はりょうと言う少年である。

 丁原が将来有望と見込んで自分の軍に引き入れた評判の良い少年なのだが、無気力で馬飼いに生き甲斐を感じている呂布によく懐き、不良頭である高順にはからかわれている。

「自覚が有るなら仕官したらどうだ? 高順だったらすぐ一軍の将になれるし、俺から売り込んでやるよ。文遠も肩身の狭い思いをしなくても済む事だろう」

「あ? 俺に丁原オヤジに仕えろって言うのか?」

「悪い話じゃないだろう? 少なくとも俺や文遠と敵対しなくて済むわけだし」

「うん? それは悪くない条件だな」

 高順はそう言うと腕を組んで、真面目に考え込む。

「でもなぁ、最近の丁原オヤジは宦官に賄賂送る為の金集めくらいしか仕事無さそうだしなぁ」

「そんな事は無いだろ? 宦官とは仲悪そうだし」

「奉先、お前はもう少し頭を使って生きた方がいいぞ? 物凄く騙されやすそうだし」

「そこは認めるところではあるが、頭を使えと言う話であればお前には言われたくないな」

 呂布は馬を見ながら苦笑いしている。

「奉先、お前個人になら仕えてやるから、さっさと独立しろ」

「俺には俺の事情があるんだよ」

 苦笑いしたまま、呂布は高順に言う。

 呂布は見た目とは裏腹に並外れた武芸の持ち主で、馬術、弓術、槍術においては非常識とさえ言える腕前である。

 世間的にはその腕前に惚れ込んだ丁原が呂布を養子にした、と言う事になっているが真実は違う。

 呂布は父親を早くに亡くし、母親が女手一つで育てていた。

 若く美しい母の方が呂布より先に、丁原の目に止まっていたのだ。

 世間体もあり呂布の母は丁原の側室などにはならず、その代わりと言う形で呂布は丁原の養子となり、母子で丁原の庇護を受ける事になった。

 その頃の呂布は丁原の期待に応える為、その武勇を惜しむことなく振るっていた。

 だが、その幸福な時間は長くは続かなかった。

 呂布の母が急死してしまった為である。

 それから丁原は呂布の圧倒的な武勇を持て余し、今では露骨に煙たがっている。

 高順はその丁原の態度から仕官する気はないと公言しているし、張遼ですら丁原には良い印象を持っていない。

 その一方で呂布とは組んで行動して武勲を重ねているので、さらに丁原にとって頭痛の種になっている。

「そんな話をしに来たわけじゃないんだ。奉先、知ってるか?」

「知らん」

「そこは、何を? って聞けよ。最近妙に流行ってるナントカ道ってヤツだ」

「ああ、太平道の事か。それなら知ってるよ。張角ちょうかくってダンナが、病気治すってアレだろ? 素晴らしい話じゃないか」

「武装して兵馬を鍛えていても、同じ事が言えるのか?」

 呂布の立場上、それは聞き逃せなかった。

 今の世の中、漢王朝に対する不満の声は日に日に膨れ上がり、今では天を突く勢いである事は知っている。

 内政を支配する宦官への献金が官職の優劣に直結する時代であり、能力のは二の次とされるので、高官になればなるほどやりたい放題である。

 丁原も官職を買ったと言われているし、高順はそうだと確信して疑いもしない。

 太平道はそんな中に現れた、民衆の希望の光だった。

 始祖である大賢良師張角は重税に喘ぐ民の側に立ち、天変地異を予測し、病を治し、弱者を助ける。

 今の漢の国の中で、太平道が流行っていない地域は無いと言えるほどであった。

 呂布自身、先ほど高順に言った通り、それは非常に素晴らしい事だと思っている。

 が、そんな農民を武装させて兵馬を鍛えているとなれば、これまでと話が変わってくる。

 ただでさえ急激に勢力を延ばしてくる太平道に対し、漢王朝は危機感を抱いているのだ。

 そんな中でその信者が武装して鍛えていると言う事が噂であっても流れてしまっては、危険極まりない。

「高順、それは本当なのか?」

「ほぼ間違いないと言える。俺にも一軍の任せるって話が来るくらいだからな」

「へえ、見る目があるな。俺もさっきお前に一軍を任せるって言ってたし、お前を引き抜くのならそれくらいの地位は用意するだろう。で、その話を俺にしているって事は、お前はその話を断ったのか?」

「当たり前だ。丁原オヤジが相手ならともかく、奉先と文遠を敵に回して勝てると思うほど、俺はバカじゃない」

「数にもよるだろ? 高順が一万も率いてきたら、今の丁原軍じゃ太刀打ち出来ないだろうな」

「丁原オヤジが相手ならそれでいいけど、文遠相手なら厳しくなるかもしれないし、奉先が相手だったら十万でも勝てる気がしねえよ」

 高順は大真面目に答える。

 見ただけでわかる猛将の高順は自分の実力に自信を持っているのだが、それでも呂布と戦う事は避けようとしていた。

 見た目には細身の優男な呂布だが、いざ戦闘になると一騎当千どころの話ではない戦闘能力を発揮する。特に馬上で戟を持たせると、もはや誰にも止められないくらいになる。

 残念ながらその場合には馬の方が呂布についていけず、先に馬の方が参ってしまう。

 本人が好んで面倒を見ている名馬なので扱いは誰よりも分かっているのだが、それでも呂布に釣り合うような名馬には出会っていない。

「しかし、戦えるくらいに鍛えるとなると、それなりに時間はかかるんじゃないかな? それに率いる将が集まらないと、と言う問題もあるとは思うんだが。積極的に侠を受け入れてるって話ではあるが」

「考え直してくれると、俺としては有難い」

「それは無理じゃないか?」

「……だよな」

 呂布は溜息をつく。

 戦う事、それ自体は構わない。だが、戦うべき相手は太平道を信じていると言うだけの民衆である。

 それは腐敗した漢王朝に喘ぐ民なのだ。

 それが分かっていても、官軍である以上、呂布は漢王朝の為に戦わなければならない。

「やあ、奉先」

 声をかけられたので、呂布と高順はそちらの方を見る。

「あ、李粛りしゅくか。どうしたんだ?」

 呂布は快く迎えるが、高順は露骨に嫌悪感を剥き出しにして溜息をつく。

「俺は外させてもらう。じゃ、奉先、またな」

 高順の声に呂布は手を上げて応える。

 高順はそれを見た後、やって来た人物を睨んでこの場を去っていく。

「どうやら僕はあまり歓迎されていないみたいだね」

「ま、よそ者である事は間違いないんだから、そこは仕方が無いだろう」

「ははっ、確かにそうだね」

 その人物、李粛は笑って答える。

 だが、その目は笑っていないと言う事に呂布は気付いていなかった。

 李粛と呂布は同郷の生まれで、幼馴染である。

 それほど出来が良かったわけではなく、武勇も人並みかそれ以下でしかないのだが、それでも出世して官職に就いている身だ。

 要領の良さがあるのだろうが、そう言うところが高順には卑怯卑屈に見えるのだろう。

「それで、今回はどのような要件で来られたのですか、李粛殿?」

「よしてくれよ、奉先。そんなにかしこまる様な間柄じゃないはずだよ。僕は丁原様から君を呼んで来てくれと頼まれたんだ」

「義父上が? 珍しいな、何事だろう」

「僕が来た理由でもあるんだけどね」

「嫌な予感しかしないな」

「君の為にも良い話だよ、奉先」
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