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若き武神
魔王の到来 2
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「奉先、お前も何進の呼びかけに乗っかるのかよ」
高順が呂布に向かって言う。
「乗っかると言うか、義父上が愛国心に目覚めちゃってるからなぁ。あの調子だと暴走しそうだし、見張っておかないと。意外と何するか分からないところあるから」
「意外と、と言うか俺からすると常に何するか、何考えてるのか分からないんだが」
相変わらず高順の丁原に対する評価は低い。
あの黄巾の乱以降、丁原の方から呂布に対して何が害意を見せる事も無く、孫である蓉は可愛いらしく、気にしているみたいだ。
が、厳氏が丁原に蓉を近付けようとしない上に、高順も露骨に警戒しているので溝はそれなりに深まっている。
その状態を呂布は何とかしたいと思っているのだが、こう言う時の頼みの綱である張遼からも、下手に手を出すのは事態が悪化すると言われていた。
その張遼も明日には都を離れる事になっている。
「将軍は大丈夫なんですか?」
その張遼が、心配そうに呂布に尋ねる。
「大丈夫って、何が?」
「いや、お前のソレはちょっと大胆過ぎるだろう。丁原オヤジはお前と香ちゃんを殺そうとした前科があるだろう。丁原オヤジと奉先で兵を率いると言う事は、責任者は丁原オヤジだろ? 文遠は手勢を増やさなければならないし、俺だって香ちゃんと蓉ちゃんを見てないといけない」
高順の言葉に、張遼も頷く。
とぼけてみせたものの、呂布もその危険性を考えなかった訳ではない。
ともに出兵した場合、その時を狙って丁原が呂布を討ち取ろうとしてもそれは簡単では無い。
それこそ率いる兵の全てが丁原の命令通りに動くのであれば簡単だが、兵は丁原より呂布寄りである。
丁原もその事は分かっているだろう。
「しかし、文遠。曹操ってヤツは凄いな。むしろ曹操が全てを仕組んでいるかと思えるほどじゃないか」
「途中まではそう言うところもあったと思いますけど、途中からさすがの曹操さんの手の上からもこぼれ落ちたみたいですよ」
近くにいる時にも凄まじさは感じていたが、一歩離れてみると別の見方が出来る事に張遼は気付いた。
曹操が何進や十常侍、董重元帥から一定の距離を置いて接していたのは、それぞれの陣営の興味を引き、それによって適度に情報を流して誘導していたのだ。
特に隙だらけでその隙を取り繕う事で必死の何一族などは、放っておくと簡単に十常侍に潰されてしまう。
そうならないように、曹操は袁紹を使って巧みに誘導していたのだ。
曹操の計画は九割方上手くいっていたのだが、彼が読み損なったところがあるとすれば、それは何進と袁紹が彼の想像を遥かに超えた近視眼だった事である。
ある程度の能力の低さは想定していたはずだが、想定外の能力の低さは曹操が誘導していたにも関わらず、見事に道を踏み外した。
曹操は自分の計画へ戻す為の軌道修正の為に、外部からの介入を嫌がっている。
だからこそ、袁紹まで道を踏み外して外部に協力を求めた事は致命的だった。
それでも、曹操なら軌道修正して、元の計画に戻す事も可能だと考えていた。
……そのはずだった。
しかし、一度曹操の手から離れた事態は、彼の手の中に戻る事は無かった。
丁原が兵を纏めた時には、何進の伝令が届いた諸将の内数人が兵を率いて都へやって来ていると言う報せが届いて来た。
また、それ以上にとてつもない事件が起きていた。
何進暗殺である。
「何が起きているんだ?」
城の前で大混乱になっている中で、呂布は手近なところに立っていた真紅の鎧を身につけた、地味顔で細身の男に質問する。
「あなたは?」
「執金吾丁原旗下の、呂布奉先。そちらは?」
「何進大将軍の近衛隊臨時副隊長を務めます、曹操孟徳です」
「貴公が?」
「意外ですか?」
曹操は首を傾げて言う。
曹操自身が言う通り、呂布は意外過ぎて驚いていた。
張遼は曹操の外見の話はしなかったが、曹操と言う人物の話や噂から、彼は一目見て分かる切れ者で野心家だと思っていたが、実際には本人が名乗らない限り曹操と思わないような人物だった。
むしろ影が薄く、黄巾の乱での武勲から考えると、あまりにも武人らしさが無い。
「でも、私から言わせてもらうと呂布将軍も意外ですよ」
「よく言われるよ。ところで状況は?」
「最悪です」
「そうらしいね」
呂布は曹操から、ここに至る経緯の説明を受ける。
当然の事ながら、曹操は何進の暗殺などさせようと思っていなかった。
十常侍に代表される宦官の専横と、皇帝の外戚による過度の政治干渉が漢王朝の腐敗を呼んでいる。
それで言えばいずれ何進にも舞台から退場してもらう事にはなるのだが、ものには順序がある。
ただでさえ時間をかけると都に諸将が殺到してくるので、曹操と袁紹は手を打つべく話し合っていた。
二人の話し合いは秘密裏に行われていたのだが、曹操達が手を打つ前に十常侍の方から仕掛けてきた。
各地に散っている諸将を呼ぶと言う派手な事をやった事は、曹操がもみ消そうとしても完全に遮断する事は出来ず、十常侍の耳にも入ったのだろう。
何進が動き出したと言う事は、それは十常侍にとって死活問題だった。
曹操でさえ計算出来なかった何進の短絡さに、十常侍も後手に回ったのだが、それでも十常侍の打つべき手は曹操のように複雑なモノではなかったので、次の行動も早かった。
動き出した何進に対し、十常侍も決断する。
そして今日、曹操と袁紹が秘密の話し合いをしているところで、何太后に何進が呼び出されたのだ。
あまりにもあからさまな罠なのだが、いつもならそこにいた袁紹がいなかったのが全てだったと言っていい。
少し考えれば不自然極まりない事は誰でも分かりそうなモノだったが、太后が大将軍を呼ぶ事自体は問題無く、また大将軍も太后に呼ばれたとあっては出向かない訳にはいかない。
が、断る理由はいくらでもある。それが罠とわかっていれば尚更だ。
それが分からないと言うのが、曹操や袁紹が読み違えた何進の無能さである。
袁紹は何進が何太后に会いに行ったと言う報告を受けて、慌てて近衛隊を率いて何進を追い、曹操を臨時の副隊長に任命して同行させた。
もしここで何進と合流出来ていれば結果は全く違っていたのだが、袁紹の近衛隊が追いついたと思った時には何進はすでに城内に入り、近衛隊は城門前で待たされる事になったのだ。
何進に『警護兵がいなくても、十常侍のような宦官であればどれほど群れていても問題にならない武勇』があるはずもなく、袁紹達と門を一枚挟んだ向こうで暗殺されてしまった。
十常侍の致命的な失敗はここだった。
元肉屋である何進に人望は無い。何進に付き従っている者達は利害関係と損得勘定だけで繋がっているので、その利益を保障してやれば良い。
十常侍は、そう思い込んでいた。
圧倒的大多数はそうである。
しかし、圧倒的大多数がそうであったとしても、十常侍は調査を怠るべきではなかった。
何進が袁家でも袁紹ではなく袁術を重用していれば、説得も出来ていただろうが、袁紹は欲得より情義で動く。
どんなに無能のそしりを受けたとしても、何進は袁紹にとって取り立ててくれた恩人であり、その恩人が害されたとなれば袁紹が報復しないはずがない。
城門前で待っていた近衛隊に向かって、十常侍は何進の首を投げてきた。
大逆罪による死罪と言う事であり、極論ではあるがそれも事実なので妥当だと言えなくもない。
本来ならここから、近衛隊も同じく大逆罪に問われる恐れがあるので、ここで解散すればその罪には問わないでやってもいいと言う交渉が始まるはずで、その交渉に入りさえすれば十常侍は難を逃れる事が出来たはずだった。
しかし、激怒した袁紹はその交渉の前に、曹操が止める前に率いた兵と共に城内へ雪崩込んでいった。
その報復行為は分かり易く、苛烈だった。
何進の目的、すなわち袁紹の目的は十常侍の皆殺しである。
城内に雪崩込んだ袁紹と近衛隊は、城内にいる宦官、場合によっては宦官と思しき者を見かけたら切り捨てていく。
あまりに短絡的な行為に城内の混乱が拡大していく中、曹操は十常侍の誅滅は袁紹に任せる事にして事態の収集の為に必要な人物である、新帝の救出に集中しなければならない。
皇帝を押さえられては、何をするにも後手に回る事を曹操は知っていた。
混乱の中にあっても、曹操は何太后の救出には成功したものの、新帝である劉弁とその弟の陳留王劉協は既に十常侍の手によって宮廷から連れ出された後だった。
さすがに十常侍は分かっている。
皇帝さえ手元に置いておけば、その後の身の振り方は有利なのだ。
曹操は身内で編成した一隊に急いで新帝捜索と救出を命じ、自身は拡大し続ける宮廷の混乱を収集しなければならなくなっていた。
そこに、本来の役割を持つ丁原の隊が到着したところである。
「十常侍の行きそうな所に心当たりは?」
呂布は曹操に尋ねるが、曹操は首を振る。
「十常侍の息のかかった者はどこにでもいます。それどころか、向こうには幼いとはいえ帝がいるんですから、漢のどこにでも逃げる事が出来ますよ」
「……そりゃそうだ」
十常侍の息がかかった者は確かにどこにでもいるが、同じように十常侍だけであれば彼らを売ろうとする者の方が多いだろう。
ところが帝の威光をかざすと、その途端にそこは安全な隠れ家に変わる事になる。
「私の出した捜索隊は、私自身より有能です。呂布将軍には私と共に、この混乱の収集に協力していただきたいのですが」
「了解。丁原将軍にも伝えてくる。捜索隊の指揮や報告は、そちらに任せ、こちらの混乱に目処が立ってから捜索に参加させてもらう」
「よろしくお願いします」
二人はそう言ってそれぞれの仕事に戻ったのだが、二人が捜索に向かう事は無かった。
翌日の朝、混乱を収集させた袁紹、曹操、丁原はそれぞれに捜索隊を出そうとしたのだが、その前に帝と陳留王が都に戻って来たのである。
それも十常侍ではなく、西涼から来た董卓軍の大軍によって保護されたのだ。
董卓は十常侍を討ち、皇帝と陳留王を救出した英雄と言う事になる。
「西涼軍の、大軍?」
曹操は都に入っていく董卓軍を見送りながら、不可解だと言わんばかりに言う。
「曹操殿、どうかしたか?」
呂布は曹操に尋ねる。
「何進の伝令が届いてからあの大軍を動員して都に来るには、いくらなんでも早過ぎます。中央にいた我々が千人そこそこ動かすのに苦労していると言うのに、地方の反乱分子に悩まされているはずの董卓将軍が、あれほどの、見たところ二万か三万かの大軍勢を率いて来れるはずがない。少なくとも伝令が来るより前から準備していない限りは」
だが大兵力を動かせる状態を維持するには維持費がかさむし、西涼の地はそこまで豊かな大地では無いのだから、その費用を払い続けるような愚行は犯さないだろう。
と言うより、事実上不可能なので、やりたくても出来ないはずなのだ。
その不自然さに呂布も首を傾げるが、それでも目の前には董卓軍の大軍がいるのだから、何かからくりがあるとは思うのだが、それは呂布に見抜く事は出来なかった。
曹操や呂布と違い、袁紹と丁原は董卓に先を越されて歯噛みしている。
それどころか、睨み倒している。
下手をすると攻めかからんばかりだが、皇帝を守る董卓から皇帝を強奪する訳にもいかず、また率いる兵の数もまったく違うので、残念ながら睨む以外の事は出来ない。
帝と陳留王の乗る馬車と、その前に立つ巨漢。厳ついヒゲの大男こそ、西涼太守であり、黄巾の乱では連戦連敗であった董卓である。
用意周到と言う雰囲気は無いだけでなく、少なくとも黄巾の乱とそれ以降の董卓の評判はすこぶる悪い。
そんな男がこれほど絶妙に兵を出せた理由は、よく見ているとすぐに分かった。
董卓の影に隠れるように線の細い男がつき、董卓に何か言っているのが見えたのだ。
「曹操殿、あれが董卓将軍の軍師みたいだが、知っているか?」
「知っていますよ。李儒と言う知恵者です。でも、参ったな。あの人が軍師になったとなると、これは厄介ですね」
「そんなに優秀ですか」
「優秀ですよ。百点満点で言えば、九十点以上は間違いないでしょう」
「そいつは優秀だ」
曹操自身が何点くらいかも気になるところだが、董卓と言う人物は丁原が言うにはかつては猛将として名を馳せた人物であると言う。
そんな猛将が李儒と言う知恵者と、皇帝救出と言う絶大な功績を上げた以上、全てが丸く収まると言う事は考えにくい。
さほど切れ者ではない自覚のある呂布でさえそう思っていたのだが、丸く収まるどころか、この事が天下に大乱を呼び込む事になり自分の人生を大きく変える事になる事など、想像もしていなかった。
高順が呂布に向かって言う。
「乗っかると言うか、義父上が愛国心に目覚めちゃってるからなぁ。あの調子だと暴走しそうだし、見張っておかないと。意外と何するか分からないところあるから」
「意外と、と言うか俺からすると常に何するか、何考えてるのか分からないんだが」
相変わらず高順の丁原に対する評価は低い。
あの黄巾の乱以降、丁原の方から呂布に対して何が害意を見せる事も無く、孫である蓉は可愛いらしく、気にしているみたいだ。
が、厳氏が丁原に蓉を近付けようとしない上に、高順も露骨に警戒しているので溝はそれなりに深まっている。
その状態を呂布は何とかしたいと思っているのだが、こう言う時の頼みの綱である張遼からも、下手に手を出すのは事態が悪化すると言われていた。
その張遼も明日には都を離れる事になっている。
「将軍は大丈夫なんですか?」
その張遼が、心配そうに呂布に尋ねる。
「大丈夫って、何が?」
「いや、お前のソレはちょっと大胆過ぎるだろう。丁原オヤジはお前と香ちゃんを殺そうとした前科があるだろう。丁原オヤジと奉先で兵を率いると言う事は、責任者は丁原オヤジだろ? 文遠は手勢を増やさなければならないし、俺だって香ちゃんと蓉ちゃんを見てないといけない」
高順の言葉に、張遼も頷く。
とぼけてみせたものの、呂布もその危険性を考えなかった訳ではない。
ともに出兵した場合、その時を狙って丁原が呂布を討ち取ろうとしてもそれは簡単では無い。
それこそ率いる兵の全てが丁原の命令通りに動くのであれば簡単だが、兵は丁原より呂布寄りである。
丁原もその事は分かっているだろう。
「しかし、文遠。曹操ってヤツは凄いな。むしろ曹操が全てを仕組んでいるかと思えるほどじゃないか」
「途中まではそう言うところもあったと思いますけど、途中からさすがの曹操さんの手の上からもこぼれ落ちたみたいですよ」
近くにいる時にも凄まじさは感じていたが、一歩離れてみると別の見方が出来る事に張遼は気付いた。
曹操が何進や十常侍、董重元帥から一定の距離を置いて接していたのは、それぞれの陣営の興味を引き、それによって適度に情報を流して誘導していたのだ。
特に隙だらけでその隙を取り繕う事で必死の何一族などは、放っておくと簡単に十常侍に潰されてしまう。
そうならないように、曹操は袁紹を使って巧みに誘導していたのだ。
曹操の計画は九割方上手くいっていたのだが、彼が読み損なったところがあるとすれば、それは何進と袁紹が彼の想像を遥かに超えた近視眼だった事である。
ある程度の能力の低さは想定していたはずだが、想定外の能力の低さは曹操が誘導していたにも関わらず、見事に道を踏み外した。
曹操は自分の計画へ戻す為の軌道修正の為に、外部からの介入を嫌がっている。
だからこそ、袁紹まで道を踏み外して外部に協力を求めた事は致命的だった。
それでも、曹操なら軌道修正して、元の計画に戻す事も可能だと考えていた。
……そのはずだった。
しかし、一度曹操の手から離れた事態は、彼の手の中に戻る事は無かった。
丁原が兵を纏めた時には、何進の伝令が届いた諸将の内数人が兵を率いて都へやって来ていると言う報せが届いて来た。
また、それ以上にとてつもない事件が起きていた。
何進暗殺である。
「何が起きているんだ?」
城の前で大混乱になっている中で、呂布は手近なところに立っていた真紅の鎧を身につけた、地味顔で細身の男に質問する。
「あなたは?」
「執金吾丁原旗下の、呂布奉先。そちらは?」
「何進大将軍の近衛隊臨時副隊長を務めます、曹操孟徳です」
「貴公が?」
「意外ですか?」
曹操は首を傾げて言う。
曹操自身が言う通り、呂布は意外過ぎて驚いていた。
張遼は曹操の外見の話はしなかったが、曹操と言う人物の話や噂から、彼は一目見て分かる切れ者で野心家だと思っていたが、実際には本人が名乗らない限り曹操と思わないような人物だった。
むしろ影が薄く、黄巾の乱での武勲から考えると、あまりにも武人らしさが無い。
「でも、私から言わせてもらうと呂布将軍も意外ですよ」
「よく言われるよ。ところで状況は?」
「最悪です」
「そうらしいね」
呂布は曹操から、ここに至る経緯の説明を受ける。
当然の事ながら、曹操は何進の暗殺などさせようと思っていなかった。
十常侍に代表される宦官の専横と、皇帝の外戚による過度の政治干渉が漢王朝の腐敗を呼んでいる。
それで言えばいずれ何進にも舞台から退場してもらう事にはなるのだが、ものには順序がある。
ただでさえ時間をかけると都に諸将が殺到してくるので、曹操と袁紹は手を打つべく話し合っていた。
二人の話し合いは秘密裏に行われていたのだが、曹操達が手を打つ前に十常侍の方から仕掛けてきた。
各地に散っている諸将を呼ぶと言う派手な事をやった事は、曹操がもみ消そうとしても完全に遮断する事は出来ず、十常侍の耳にも入ったのだろう。
何進が動き出したと言う事は、それは十常侍にとって死活問題だった。
曹操でさえ計算出来なかった何進の短絡さに、十常侍も後手に回ったのだが、それでも十常侍の打つべき手は曹操のように複雑なモノではなかったので、次の行動も早かった。
動き出した何進に対し、十常侍も決断する。
そして今日、曹操と袁紹が秘密の話し合いをしているところで、何太后に何進が呼び出されたのだ。
あまりにもあからさまな罠なのだが、いつもならそこにいた袁紹がいなかったのが全てだったと言っていい。
少し考えれば不自然極まりない事は誰でも分かりそうなモノだったが、太后が大将軍を呼ぶ事自体は問題無く、また大将軍も太后に呼ばれたとあっては出向かない訳にはいかない。
が、断る理由はいくらでもある。それが罠とわかっていれば尚更だ。
それが分からないと言うのが、曹操や袁紹が読み違えた何進の無能さである。
袁紹は何進が何太后に会いに行ったと言う報告を受けて、慌てて近衛隊を率いて何進を追い、曹操を臨時の副隊長に任命して同行させた。
もしここで何進と合流出来ていれば結果は全く違っていたのだが、袁紹の近衛隊が追いついたと思った時には何進はすでに城内に入り、近衛隊は城門前で待たされる事になったのだ。
何進に『警護兵がいなくても、十常侍のような宦官であればどれほど群れていても問題にならない武勇』があるはずもなく、袁紹達と門を一枚挟んだ向こうで暗殺されてしまった。
十常侍の致命的な失敗はここだった。
元肉屋である何進に人望は無い。何進に付き従っている者達は利害関係と損得勘定だけで繋がっているので、その利益を保障してやれば良い。
十常侍は、そう思い込んでいた。
圧倒的大多数はそうである。
しかし、圧倒的大多数がそうであったとしても、十常侍は調査を怠るべきではなかった。
何進が袁家でも袁紹ではなく袁術を重用していれば、説得も出来ていただろうが、袁紹は欲得より情義で動く。
どんなに無能のそしりを受けたとしても、何進は袁紹にとって取り立ててくれた恩人であり、その恩人が害されたとなれば袁紹が報復しないはずがない。
城門前で待っていた近衛隊に向かって、十常侍は何進の首を投げてきた。
大逆罪による死罪と言う事であり、極論ではあるがそれも事実なので妥当だと言えなくもない。
本来ならここから、近衛隊も同じく大逆罪に問われる恐れがあるので、ここで解散すればその罪には問わないでやってもいいと言う交渉が始まるはずで、その交渉に入りさえすれば十常侍は難を逃れる事が出来たはずだった。
しかし、激怒した袁紹はその交渉の前に、曹操が止める前に率いた兵と共に城内へ雪崩込んでいった。
その報復行為は分かり易く、苛烈だった。
何進の目的、すなわち袁紹の目的は十常侍の皆殺しである。
城内に雪崩込んだ袁紹と近衛隊は、城内にいる宦官、場合によっては宦官と思しき者を見かけたら切り捨てていく。
あまりに短絡的な行為に城内の混乱が拡大していく中、曹操は十常侍の誅滅は袁紹に任せる事にして事態の収集の為に必要な人物である、新帝の救出に集中しなければならない。
皇帝を押さえられては、何をするにも後手に回る事を曹操は知っていた。
混乱の中にあっても、曹操は何太后の救出には成功したものの、新帝である劉弁とその弟の陳留王劉協は既に十常侍の手によって宮廷から連れ出された後だった。
さすがに十常侍は分かっている。
皇帝さえ手元に置いておけば、その後の身の振り方は有利なのだ。
曹操は身内で編成した一隊に急いで新帝捜索と救出を命じ、自身は拡大し続ける宮廷の混乱を収集しなければならなくなっていた。
そこに、本来の役割を持つ丁原の隊が到着したところである。
「十常侍の行きそうな所に心当たりは?」
呂布は曹操に尋ねるが、曹操は首を振る。
「十常侍の息のかかった者はどこにでもいます。それどころか、向こうには幼いとはいえ帝がいるんですから、漢のどこにでも逃げる事が出来ますよ」
「……そりゃそうだ」
十常侍の息がかかった者は確かにどこにでもいるが、同じように十常侍だけであれば彼らを売ろうとする者の方が多いだろう。
ところが帝の威光をかざすと、その途端にそこは安全な隠れ家に変わる事になる。
「私の出した捜索隊は、私自身より有能です。呂布将軍には私と共に、この混乱の収集に協力していただきたいのですが」
「了解。丁原将軍にも伝えてくる。捜索隊の指揮や報告は、そちらに任せ、こちらの混乱に目処が立ってから捜索に参加させてもらう」
「よろしくお願いします」
二人はそう言ってそれぞれの仕事に戻ったのだが、二人が捜索に向かう事は無かった。
翌日の朝、混乱を収集させた袁紹、曹操、丁原はそれぞれに捜索隊を出そうとしたのだが、その前に帝と陳留王が都に戻って来たのである。
それも十常侍ではなく、西涼から来た董卓軍の大軍によって保護されたのだ。
董卓は十常侍を討ち、皇帝と陳留王を救出した英雄と言う事になる。
「西涼軍の、大軍?」
曹操は都に入っていく董卓軍を見送りながら、不可解だと言わんばかりに言う。
「曹操殿、どうかしたか?」
呂布は曹操に尋ねる。
「何進の伝令が届いてからあの大軍を動員して都に来るには、いくらなんでも早過ぎます。中央にいた我々が千人そこそこ動かすのに苦労していると言うのに、地方の反乱分子に悩まされているはずの董卓将軍が、あれほどの、見たところ二万か三万かの大軍勢を率いて来れるはずがない。少なくとも伝令が来るより前から準備していない限りは」
だが大兵力を動かせる状態を維持するには維持費がかさむし、西涼の地はそこまで豊かな大地では無いのだから、その費用を払い続けるような愚行は犯さないだろう。
と言うより、事実上不可能なので、やりたくても出来ないはずなのだ。
その不自然さに呂布も首を傾げるが、それでも目の前には董卓軍の大軍がいるのだから、何かからくりがあるとは思うのだが、それは呂布に見抜く事は出来なかった。
曹操や呂布と違い、袁紹と丁原は董卓に先を越されて歯噛みしている。
それどころか、睨み倒している。
下手をすると攻めかからんばかりだが、皇帝を守る董卓から皇帝を強奪する訳にもいかず、また率いる兵の数もまったく違うので、残念ながら睨む以外の事は出来ない。
帝と陳留王の乗る馬車と、その前に立つ巨漢。厳ついヒゲの大男こそ、西涼太守であり、黄巾の乱では連戦連敗であった董卓である。
用意周到と言う雰囲気は無いだけでなく、少なくとも黄巾の乱とそれ以降の董卓の評判はすこぶる悪い。
そんな男がこれほど絶妙に兵を出せた理由は、よく見ているとすぐに分かった。
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「優秀ですよ。百点満点で言えば、九十点以上は間違いないでしょう」
「そいつは優秀だ」
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そんな猛将が李儒と言う知恵者と、皇帝救出と言う絶大な功績を上げた以上、全てが丸く収まると言う事は考えにくい。
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