新説 呂布奉先伝 異伝

元精肉鮮魚店

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若き武神

魔王の到来 7

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 実際に出た被害は両軍共に一割程度と言えるのだが、丁原軍が三百人前後に対し、董卓軍の損害は三千人以上。

 董卓軍はこの僅かな接触だけで、丁原軍として立ちはだかった軍と同数を失ったと言う事になる。

 それでもこの一時撤退は、あくまでも一時的なものであって敗北と言うほどではない。

 問題は精神面である。

 接触はごく僅かと言えた。それでも董卓軍は呂布奉先と言う非凡な武将の脅威を見せつけられたのだ。

 意識させられるのは当然の事であり、謹慎処分とされていた華雄もすぐに将軍位に復帰する事になった。

 董卓にとって目下の急務となったのは服従しようとしない丁原を、さらに限定して言えば、丁原軍最強の矛である呂布奉先をどうするかと言う事である。

「丁原如き、恐るるに足らず! 問題は呂布一人のみ。この胡軫が一万の兵を率いて、今度こそ呂布の首を取ってみせましょう!」

「ぬかせ、胡軫。この李傕であれば、八千で十分だ!」

「フン、この郭氾であれば七千で事足りるわ!」

 三将が名乗りを上げて程度の低い主張を繰り広げているが、董卓はいい顔をせず、李儒に至っては呆れて言葉も無い。

 董卓軍は三万の兵力を持ってしても、丁原軍三千の前に混乱に陥れられた。

 と言うのが周りから見た場合の事実だろうが、実際には丁原軍の一部、呂布が率いる五百程度の兵力で混乱させられたのだ。

 呂布を討ち丁原軍を破る事が出来るとすれば、この場にいる面子では華雄か董卓自身が全軍を持って当たるしかない。

 少なくとも名乗りを上げた三将軍では、三万の兵を率いたところで呂布を打ち破る事は出来ないだろうと、李儒は考えていた。

「李儒、何か良い案は無いのか! お前は軍師だろう!」

 真っ先に逃げ出したと言う事も忘れたかのように、董卓は李儒に八つ当たりする。

「……良い案、ですか」

 無くはない。

 董卓が想像を超えた速さで逃げ出した為、李儒は呂布と話す機会を得る事が出来た。

 その雰囲気から、呂布は丁原に対して絶対の忠誠を誓っていると言う感じは受けなかった。信じられない事ではあるが、呂布と養父である丁原とはかなり不仲であると言う噂も聞いた事がある。

 李儒が調べた黄巾軍と呂布の戦いは極めて不自然なところがあり、明らかに何らかの作為が動いた事は間違い無いのだが、それを丁原が仕組んだ事とは限らない。

 それに黄巾の乱はすでに数年前の話であり、今でも呂布が丁原軍の務めている事を考えると、いかに不仲であったとしても呂布は丁原の為に戦う事を選んだと言う事だ。

「閣下、僕に良策がございます」

 李儒が沈黙を保ち、他の武将からも建設的な意見が出てこなくなったところを見計らったかのように、一人の提案者が現れた。

「誰だ、貴様は!」

 李傕が提案者を睨みつけ、威嚇するように怒鳴る。

「よせ、李傕。良策とは何だ。申してみよ」

 董卓が李傕を押さえて言う。

「はっ。僕は李粛と申します。以後、お見知りおきを」

「それはいい。策を言え」

「僕は呂布とは同郷であり、幼い頃から呂布の事はよく知っています」

「それで?」

「戦場で呂布を討ち取る事は困難、一騎討ちにて討ち取る事はさらに至難と言えます。それは皆様も分かった事でしょう」

 李粛の持って回った言い方に、董卓はもちろん、周囲の短気な西涼軍の武将達は苛立ちを表に出す。

「ですが、僕であれば呂布を討ち取るどころか、説得して董卓閣下の為に働かせて見せましょう」

 自信満々に宣言する李粛だが、周りの目は冷たい。

「具体的にどうやってだ?」

 丁原軍に勝つ為にはそれしかないと考えていた李儒は、李粛に尋ねる。

「呂布は勇あれど、知の無い武人。また、何よりも天下の名馬を欲しております。養父丁原との仲も良好とは言えず、養子である呂布に対して強い疑念を持っています。二人の間の溝は深く、こちらに寝返らせる事は可能です」

「李儒よ、今の策はどう思う」

 董卓は李粛の言葉のみを良しとせず、軍師である李儒の意見を求める。

「正直に申しますと、今の状況では成功は五分かと。ですが、やらせてみるのもよろしいのではないかと思います」

 李儒はその程度の答えに抑える。

 一つには、李粛と言う男を信用出来ないと言う事があった。

 名前が売れていると言う武将では無いが、悪い噂は絶えない。軍師として扱いやすいかどうか以前に、人として信用出来ない人物である。

 また、幼少の頃に呂布と同郷の幼馴染だったとしても、別に李粛は荊州軍と言うわけでも無いので現在の丁原軍の内情に詳しいと言うのも疑わしいし、あまりにも都合が良すぎるのではないか、と李儒は疑っていた。

「天下の名馬と申したな」

 董卓は脅すように睨みつけてくるが、まったく空気の読めない李粛は満面の笑顔で頷く。

「はい。閣下がお持ちの千年の名馬、赤兎馬です。かの名馬であれば、必ずや呂布は感激して閣下の為に命を懸けてお仕えする事でしょう」

 李粛はひたすら売り込んでくるが、董卓はいい顔をしない。

 差し出せと言われているのが名馬の中の名馬、千年に一頭の名馬とまでうたわれる董卓の愛馬、赤兎馬である。

 この名馬のお陰で命拾いした事は、一度や二度ではない。

 それだけに物欲の強い董卓は決めかねているのだ。

「閣下、いかがでしょうか?」

 当然採用されると信じて疑わなかった李粛だが、中々良い返事がもらえない事に焦りを感じ始め、董卓を急かす。

 気に入らない事に関しては即断即決の董卓と言う事を西涼軍の武将達は知っているので、ここまで悩んでいると言う事は李粛の提案を董卓が真剣に検討しているのだと分かり驚いていた。

 ここまで悩むと董卓は自分では答えを決められなくなるので、李儒の一言が全てを決める事になる場合が多い。

「李粛、成功させる自信はあるのだろうな」

 董卓から振られるより先に、李儒が口を開く。

「もちろんです! 必ずや成功させてみせます!」

 我が事成れり、と言わんばかりに李粛は満面の笑顔で大きく頷く。

「当然その首も賭けられるのだろうな」

「く、首?」

 李儒の口調は柔らかかったが、それでも李粛を凍りつかせるには十分過ぎた。

「それくらい当然ではないか? 千年の名馬、赤兎を交渉の材料にしようと言うのだから。馬は奪われた上に説得には失敗しました、と言うのではお前如きの首だけで収まる問題ではない。お前はもちろん、妻子とその両親に至るまで皆殺しにされても文句は言えないくらいの損失を招く事になる。それとも、名馬を手に入れた後はそれを手土産に丁原軍に寝返るつもりだったか?」

 李儒自身は線の細い、いかにも文官と言う見た目であり、今も口調自体は特に凄みを効かせているわけでもない。

 しかし、董卓軍において新参者である李粛であっても、李儒の恐ろしさは知っている。

 この軍師が例え話でもそう言う事を言った以上、三族、五族皆殺しは有り得る事だ。

 それでも見返りの大きさは、李儒が説明するまでもなく李粛には分かっている。

 損得勘定を最大の行動指針にしている李粛が、その莫大な見返りを考えないはずがない。

 この話が上手くまとまった場合、まず反董卓の急先鋒である丁原が消える。その一点でも十分なのだが、荊州の若き武神呂布奉先を得る事が出来る。呂布の精鋭の強さは、現時点で最強の軍と言われる西涼軍さえも凌駕している事は、先程証明された。その精強な軍だけでなく、張遼などの丁原軍の武将達も呂布を慕って董卓軍に参加する事にもなる事も考えられる。

 地方からの成り上がりである董卓軍にとって、丁原軍を吸収して戦力増強の効果は計り知れないものだ。

 それらの手柄をほぼ独り占めに出来るのだから、新参者であったとしても李粛の事を無視する事はできなくなるほどの影響力を持てる功績になる。

「……やります。やれます。必ずや成功させて見せます!」

 悩みに悩んだ末に、李粛は絞り出したような声で答えるのを聞いて、李儒は頷くと董卓の方を見る。

「天下を狙うのです。馬一頭で英雄とその一軍を得られると言うのであれば安いものでしょう。あの呂布奉先が我が軍に加わるのであれば、閣下が自ら戦場に出る必要などなくなるのですから」

 李儒の説得もあって、董卓もようやく納得する。

「李儒がそう言うのであれば良いだろう、貴様の策を試してやろう。ただし、失敗した時には覚悟しろ。例えどこへ逃げようとも必ず見つけ出し、家族と同じ穴に埋めてやるぞ」

 李儒とは違い、董卓は露骨に脅してくる。

「閣下のご期待を裏切る事など、有り得ません」

 青ざめた顔で李粛は答えた。

 方針が決まったところで集会は解散となり、それぞれの武将は各々の部隊への待機となったのだが、李儒だけは董卓の元に残っていた。

「どうしたのだ、李儒よ」

「先ほどの李粛の策なのですが、正直なところ今のままでは成功するかは五分と言ったところでしょう」

 李儒の言葉に、董卓は言葉を失った。

「な、何をいまさら! 貴様も押したではないか!」

「今のままでも五分の成功なのですが、私も成功させるために丁原軍への使者として行こうと思います」

 李儒の言葉と腰の低さに、董卓も冷静さを取り戻す。

「だが、軍師不在はいかんぞ。今は一刻を争うのだからな」

「万が一にも私が戻らない時には、長安に賈詡と言う男を置いていますので、その者に代行させて下さい。十分に優秀な男ですので、閣下の期待を裏切る事は無いでしょう」

「うむ。それで、何をしようと言うのだ?」

「李粛が呂布を説得出来ればそれで良いのですが、もし失敗した場合には、私が丁原に呂布を討たせてみせましょう。李粛が説得に失敗した場合、呂布は李粛を密偵として捉えて丁原の前に連れて行くはずです。そこで丁原が呂布を討てば、丁原は軍の兵士達に見限られる事になります。呂布を失い兵に見限られた丁原を討つ事は容易く、軍を吸収する事も出来ます。結果としてみれば上々と言えるのではないでしょうか」

 李儒の言葉に董卓は満足げに頷く。

「それでこそ我が軍師よ!」

「そこで閣下には、呂布への貢物として李粛には赤兎馬の他に金銀などを大量に持たせ、閣下の器の大きさを示してやって欲しいのです」

「うむ、良かろう」

 董卓は上機嫌に言う。

 李粛が失敗しようものなら、こちらにも飛び火する。あんな小物と一緒に責任を取らされて殺されたら、死ぬに死ねないからな。

 董卓に向かって頭を下げながら、李儒は心の中でそう考えていた。
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