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洛陽動乱
陽人の戦い ~汜水関~ 6
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翌日から、孫堅軍による汜水関攻略戦が始まった。
孫堅の攻撃は特別特殊な戦法ではなく、むしろ凡庸と言っていい戦い方であった。
それでも戦上手な孫堅の指揮と戦う事に慣れている江東兵による攻撃は、戦法ほど凡庸では無い。
しかし、趙岑の敷いた防衛線は呂布や華雄が想像していたより的確かつ強固であり、孫堅軍を跳ね除ける事に成功した。
孫堅の攻撃は連日続き、初日は孫堅軍だけだったのに対し、二日目からは鮑信軍も参戦、三日目からは袁術軍も前線に出てくる動きを見せた。
攻城部隊が日に日に増えていくのに対し、呂布は李粛を伝令として軍師である李儒に助言を求める一方で、虎牢関を守る張遼に守備兵を率いらせて汜水関を守る為の援軍として対抗する。
その三日目の戦いも日没と共に孫堅が軍を退いた為に、ひとまず終了となる。
「孫堅は何を考えているんだ? イマイチ本気とは思えないんだが」
華雄は腕を組んで言う。
「向こうの攻城兵器が揃っていないのだろう。だから無理攻めしか手がないのではないか?」
趙岑は自分の手柄を誇ろうとしたのだが、それでも冷静な部分でそう判断している。
こう言うところが董卓軍の武将にしては極めて珍しく、地味で目立たない端役でしかない趙岑を華雄が高く評価するところでもある。
しかし、孫堅も攻城兵器の不備は知っていながら戦闘に踏み切った。
一見凡戦を続けているとしか思えない孫堅だが、何かあるのだ。
身内でさえ想像以上の堅固さを見せる汜水関を攻略する方法が。
「……まさか」
ぽつりと呟いたのは、この場では最年少の武将である張遼だった。
「どうした、文遠?」
「あ、いえ」
高順がそれを聞きつけて尋ねるが、張遼は言葉を濁した。
「構わないから、言ってみろ」
呂布が張遼に向かって言う。
「……孫堅は、我々がもっとも恐れた手を打ってきたのではありませんか?」
「もっとも恐れた手?」
全員が張遼の方を見る。
「孫堅はあえて凡将を演じ、苦戦を演出しているのではないでしょうか。これで援軍を要請し続け、なし崩し的に総力戦に持ち込むつもりなのでは?」
張遼の言葉に、全員が考え込む。
それを実行した場合、孫堅の武勲にはならないだろう。
むしろ援軍を要請しまくった凡将と言う評価になりかねないのだが、孫堅がその事を気にせずに勝利を求めているとすると大きな問題になる。
「それは考え過ぎだと思うぞ? まあ、まだ若いから想像力を働かせるのは悪くないが」
趙岑は笑いながら言うが、華雄の表情は深刻だった。
「華雄?」
呂布は、華雄に尋ねる。
「孫堅なら、やりますよ。あの男は西涼での戦いでも自分の武勲を誇るような真似はせず、張温将軍に功績を譲って勝利にこだわった。ここで受ける凡将の評価など、あの男は毛ほども気にしないでしょう」
「だが、もう繰り出せる部隊はいないはずではないか? すでに孫堅、鮑信、袁術の軍勢が集まっている状態だ」
趙岑の質問は、おそらく全員が考えた問題だが華雄は首を傾げる。
「それは先鋒隊だろ? 連合の全軍じゃない。孫堅が先鋒としてやって来た時からこの手を考えていたのであれば、もう連合の他の諸将に援軍を要請しているはず。特に孔伷、王匡、橋瑁、孔融、張楊などの弱小勢力や陶謙、韓馥、袁遺などの弱小兵の勢力であれば、ここで援軍として参加して戦果を上げるのはむしろ渡りに船。張邈も性格を考えれば、喜んで参加するだろう。そうすると連合の半数以上が参戦する事になり、今度はそれを統括する為に袁紹がやって来る。これで全軍総攻撃の下地は完成だ」
「……見事」
呂布は感心して言う。
まず間違いなく孫堅の狙いは、華雄が説明した通りであろうと思う。
それを看破した華雄、ごく僅かな情報からその可能性を見出した張遼も見事だとは思うのだが、問題は大器、孫堅文台である。
張遼と華雄のお陰で孫堅の狙いを看破する事は出来たのだが、孫堅自身がそれを隠そうともしていないからこそ、看破出来たと言える。
孫堅からすると、見破られても問題無いのだ。
圧倒的数量による総攻撃を実行された場合、呂布達守備軍にとって打てる手が無いと言う事を孫堅は知っている為である。
「念の為、軍師に報告して助言を仰ごう。後、こちらにも援軍を出してもらって、守備兵を増やすくらいしか打てる手が無い」
消極的な手ではあるが、それくらいしか対策できないと言うのが現状である。
こうなってくるとこちらも総力戦しかない。
高い武勇を誇る胡軫を失った事は痛手だが、それでもまだ華雄、張遼、将軍位ではないが高順は健在であり、防衛能力の高い趙岑の存在も有難い。
しかも猛将であるはずの華雄、張遼、高順は董卓軍の将軍達の様に攻めに特化した者達ではなく、器用かつ柔軟に対応出来るのも大きい。
それでも、その三人は攻めでこそ活きるのだが、ここでこれ以上の贅沢は言っていられない。
頼みの綱は、軍師である李儒がどう対策するか、と言う事になっていた。
汜水関防衛戦が始まって五日目、戦場に見える旗は孫堅、鮑信、袁術の他、劉岱と張邈軍のモノも見えた。
呂布達の予想では弱小勢力が一斉に参加する事によって諸侯を集める事が目的かと思っていたが、参加してきた劉岱と張邈はそれなりに勢力も大きく、戦う事にも慣れている武将でもある。
孫堅は本気で勝ちに来ている、と言う事が見て取れる。
しかも陰に隠れたままで。
呂布軍が予想した様に弱小勢力はこの戦場こそが参加の好機であるのだが、そうした場合最前線で急造連合軍の指揮を取るのは袁紹、袁術ではなく孫堅が取る事になる。
なし崩し的に総攻撃を企てる孫堅としては、盟主袁紹から任命されていないと言う負い目は致命的になりかねないと判断したのだ。
そこで、ある程度独力で戦う事の出来る劉岱と張邈を選んだのだろう。
それは張遼の読みであったが、華雄もその考えを支持した。
元々連合の先鋒隊だった孫堅、鮑信、袁術の部隊の総数がすでに汜水関防衛軍よりはるかに多かったのだが、そこにさらに援軍が来たのだ。
翌日からの戦いに絶望感を覚えてきた防衛軍だったが、李粛が軍師である李儒の助言と更なる増援を持って汜水関に戻って来たのである。
「軍師様からの書簡です」
李粛は自信満々に言う。
確かに軍師の助言は防衛軍にとって死活問題であり、それを心待ちにしていた事は間違いないのだが、それは別に李粛の手柄と言う訳ではない。
それを気付いていないのか、持ち帰った自分の手柄だと本気で思っているのか、李粛の態度の大きさは見た目の割に腰の低い華雄でさえ辟易させるものだった。
高順や張遼はいまさら言うまでもなく、露骨に李粛を無視している。
狭量な李粛だが、張遼は李粛より下位であり高順は将軍位にすら無いと言う事もあり、痛くも痒くもないと言う態度だった。
「呂布将軍、軍師殿は何と?」
いたたまれない空気の悪さに耐えられなくなったのか、趙岑が書簡を読む呂布に尋ねる。
「懇切丁寧に色々書かれているが、要約すると敵の攻勢はどんなに長くても十日と持たず、さらに十日もすれば反撃して敵軍壊滅の好機が訪れる、と言う事が書かれている」
「戦場も見ずに、何を言っている事やら」
趙岑は呆れている。
「奉先、根拠は書かれているのか?」
高順は質問するが、呂布は隅々まで書簡を見直した後で首を振る。
「いや、具体的な事は何も書かれていない。『頑張って守れ』以上の指示も特にない」
趙岑だけでなく、高順や張遼でさえ李儒に対して失望の色を浮かべる中、華雄だけが腕を組んで大きく頷いている。
「いかにも軍師殿らしい返答ですな。これは安心出来る」
周囲の反応とは真逆と言える華雄の言葉に、高順は首を傾げる。
「いやいや、軍師殿も打つ手無しと言う事ではないのか?」
「いや、もし本当に打つ手無しであれば、打つ手が無いから全力で守れと言う人だよ、李儒と言う軍師は。敢えて何も言わないのは、敵に情報が漏れる事を避ける為。らしくない事を言ってるより、遥かにマシだって。それに、大した指示が無いって事は、俺達なら兵を増員するだけで守りきれると言う信頼でもあるんだ」
董卓軍では外様だった事もあり李儒と組んで戦場に出る機会の多かった華雄の言葉なだけに、説得力は十分だった。
「趙岑将軍、明日からはさらに重責となるが、貴将がもっとも頼りだ」
呂布がそう言うと、趙岑は礼を取る。
「御意!」
趙岑は意気も強く応える。
本音を言えば、防衛戦であったとしてもそれを得意とする趙岑より、得意とは言い難い華雄の方が優れているのではないかと呂布は見立てている。
それでも趙岑を重視していると伝えるのは、士気の維持によるところでもある。
猛将でありながら冷静沈着な華雄は率いる兵に至るまで士気は高く、大軍を相手にしても怯むところはない。
しかし、小心者の趙岑はそうもいかず、こちらから煽り立ててやらないとこちらの方が優勢であったとしても、敵の勢いに飲み込まれる恐れがある。
こう言う心遣いは、丁原軍で鍛えられた呂布なのでお手の物だ。
丁原軍も董卓軍と似たところがあり、宿将達は実績乏しい割に意識ばかり高く、いざと言う時に臆病風に吹かれる者も多かった。
若手だった呂布はそう言う人物達をおだてたり、なだめたりとあの手この手で誘導して戦線の維持に務める必要があったのだ。
しかし、なし崩しにとはいえ総攻撃を企てようとしている孫堅の狙いは、短期決戦である。
袁術の軍は参戦している様に見えるものの、旗をなびかせるだけで後方から出てこようとはしていない。
攻城は孫堅軍が中心となり、大幅に兵力を減らしている鮑信軍は孫堅と袁術の繋ぎとして連携を取っている。
その役割分担はそのままに、攻撃の手に精強な兵を持つ劉岱と張邈が加わっているのだから、防衛側が有利といっても苦戦は免れなかった。
混戦が深くなるにつれ、孫堅の戦術眼の鋭さも脅威になりつつあった。
最前線で戦闘指揮をとる孫堅は、守りの薄いところや連携の悪いところを的確に見抜き、そこを狙って増援を繰り出してくる。
特に狙われているのが、援軍を率いて参戦する事になった李粛である。
そこを孫堅軍から直接狙われていなかったからこそ戦線も崩壊せずに来たのだが、呂布は孫堅の狙いが分かった。
孫堅はあくまでも自分の印象を薄くする事にこだわっているので、討ち取り易いと見た武将を別の誰かに討たせて手柄を喧伝する事を狙っている。
この状況の中で、孫堅には勝ち方を選ぶだけの余裕があった。
八日目にはさらなる援軍として徐州の陶謙軍が参戦して来た。
徐州軍の兵の弱さは呂布や高順は良く知っているので、おそらく陶謙軍が後方支援に回り、いよいよ袁術軍が参戦して来るかと恐れていたが、袁術軍には前線に出てくる気配は無い。
かと言って陶謙軍に前線で戦うだけの戦力も無く、鮑信軍の代わりにしようにも鮑信軍にはもはや前線で戦うだけの兵力は残されていない。
連合にも目に見える歪みが現れたが、それに対する孫堅の手は早く鋭く、強烈だった。
防衛戦八日目、張邈軍の手によって防衛の要であった趙岑が討ち取られたのである。
孫堅の攻撃は特別特殊な戦法ではなく、むしろ凡庸と言っていい戦い方であった。
それでも戦上手な孫堅の指揮と戦う事に慣れている江東兵による攻撃は、戦法ほど凡庸では無い。
しかし、趙岑の敷いた防衛線は呂布や華雄が想像していたより的確かつ強固であり、孫堅軍を跳ね除ける事に成功した。
孫堅の攻撃は連日続き、初日は孫堅軍だけだったのに対し、二日目からは鮑信軍も参戦、三日目からは袁術軍も前線に出てくる動きを見せた。
攻城部隊が日に日に増えていくのに対し、呂布は李粛を伝令として軍師である李儒に助言を求める一方で、虎牢関を守る張遼に守備兵を率いらせて汜水関を守る為の援軍として対抗する。
その三日目の戦いも日没と共に孫堅が軍を退いた為に、ひとまず終了となる。
「孫堅は何を考えているんだ? イマイチ本気とは思えないんだが」
華雄は腕を組んで言う。
「向こうの攻城兵器が揃っていないのだろう。だから無理攻めしか手がないのではないか?」
趙岑は自分の手柄を誇ろうとしたのだが、それでも冷静な部分でそう判断している。
こう言うところが董卓軍の武将にしては極めて珍しく、地味で目立たない端役でしかない趙岑を華雄が高く評価するところでもある。
しかし、孫堅も攻城兵器の不備は知っていながら戦闘に踏み切った。
一見凡戦を続けているとしか思えない孫堅だが、何かあるのだ。
身内でさえ想像以上の堅固さを見せる汜水関を攻略する方法が。
「……まさか」
ぽつりと呟いたのは、この場では最年少の武将である張遼だった。
「どうした、文遠?」
「あ、いえ」
高順がそれを聞きつけて尋ねるが、張遼は言葉を濁した。
「構わないから、言ってみろ」
呂布が張遼に向かって言う。
「……孫堅は、我々がもっとも恐れた手を打ってきたのではありませんか?」
「もっとも恐れた手?」
全員が張遼の方を見る。
「孫堅はあえて凡将を演じ、苦戦を演出しているのではないでしょうか。これで援軍を要請し続け、なし崩し的に総力戦に持ち込むつもりなのでは?」
張遼の言葉に、全員が考え込む。
それを実行した場合、孫堅の武勲にはならないだろう。
むしろ援軍を要請しまくった凡将と言う評価になりかねないのだが、孫堅がその事を気にせずに勝利を求めているとすると大きな問題になる。
「それは考え過ぎだと思うぞ? まあ、まだ若いから想像力を働かせるのは悪くないが」
趙岑は笑いながら言うが、華雄の表情は深刻だった。
「華雄?」
呂布は、華雄に尋ねる。
「孫堅なら、やりますよ。あの男は西涼での戦いでも自分の武勲を誇るような真似はせず、張温将軍に功績を譲って勝利にこだわった。ここで受ける凡将の評価など、あの男は毛ほども気にしないでしょう」
「だが、もう繰り出せる部隊はいないはずではないか? すでに孫堅、鮑信、袁術の軍勢が集まっている状態だ」
趙岑の質問は、おそらく全員が考えた問題だが華雄は首を傾げる。
「それは先鋒隊だろ? 連合の全軍じゃない。孫堅が先鋒としてやって来た時からこの手を考えていたのであれば、もう連合の他の諸将に援軍を要請しているはず。特に孔伷、王匡、橋瑁、孔融、張楊などの弱小勢力や陶謙、韓馥、袁遺などの弱小兵の勢力であれば、ここで援軍として参加して戦果を上げるのはむしろ渡りに船。張邈も性格を考えれば、喜んで参加するだろう。そうすると連合の半数以上が参戦する事になり、今度はそれを統括する為に袁紹がやって来る。これで全軍総攻撃の下地は完成だ」
「……見事」
呂布は感心して言う。
まず間違いなく孫堅の狙いは、華雄が説明した通りであろうと思う。
それを看破した華雄、ごく僅かな情報からその可能性を見出した張遼も見事だとは思うのだが、問題は大器、孫堅文台である。
張遼と華雄のお陰で孫堅の狙いを看破する事は出来たのだが、孫堅自身がそれを隠そうともしていないからこそ、看破出来たと言える。
孫堅からすると、見破られても問題無いのだ。
圧倒的数量による総攻撃を実行された場合、呂布達守備軍にとって打てる手が無いと言う事を孫堅は知っている為である。
「念の為、軍師に報告して助言を仰ごう。後、こちらにも援軍を出してもらって、守備兵を増やすくらいしか打てる手が無い」
消極的な手ではあるが、それくらいしか対策できないと言うのが現状である。
こうなってくるとこちらも総力戦しかない。
高い武勇を誇る胡軫を失った事は痛手だが、それでもまだ華雄、張遼、将軍位ではないが高順は健在であり、防衛能力の高い趙岑の存在も有難い。
しかも猛将であるはずの華雄、張遼、高順は董卓軍の将軍達の様に攻めに特化した者達ではなく、器用かつ柔軟に対応出来るのも大きい。
それでも、その三人は攻めでこそ活きるのだが、ここでこれ以上の贅沢は言っていられない。
頼みの綱は、軍師である李儒がどう対策するか、と言う事になっていた。
汜水関防衛戦が始まって五日目、戦場に見える旗は孫堅、鮑信、袁術の他、劉岱と張邈軍のモノも見えた。
呂布達の予想では弱小勢力が一斉に参加する事によって諸侯を集める事が目的かと思っていたが、参加してきた劉岱と張邈はそれなりに勢力も大きく、戦う事にも慣れている武将でもある。
孫堅は本気で勝ちに来ている、と言う事が見て取れる。
しかも陰に隠れたままで。
呂布軍が予想した様に弱小勢力はこの戦場こそが参加の好機であるのだが、そうした場合最前線で急造連合軍の指揮を取るのは袁紹、袁術ではなく孫堅が取る事になる。
なし崩し的に総攻撃を企てる孫堅としては、盟主袁紹から任命されていないと言う負い目は致命的になりかねないと判断したのだ。
そこで、ある程度独力で戦う事の出来る劉岱と張邈を選んだのだろう。
それは張遼の読みであったが、華雄もその考えを支持した。
元々連合の先鋒隊だった孫堅、鮑信、袁術の部隊の総数がすでに汜水関防衛軍よりはるかに多かったのだが、そこにさらに援軍が来たのだ。
翌日からの戦いに絶望感を覚えてきた防衛軍だったが、李粛が軍師である李儒の助言と更なる増援を持って汜水関に戻って来たのである。
「軍師様からの書簡です」
李粛は自信満々に言う。
確かに軍師の助言は防衛軍にとって死活問題であり、それを心待ちにしていた事は間違いないのだが、それは別に李粛の手柄と言う訳ではない。
それを気付いていないのか、持ち帰った自分の手柄だと本気で思っているのか、李粛の態度の大きさは見た目の割に腰の低い華雄でさえ辟易させるものだった。
高順や張遼はいまさら言うまでもなく、露骨に李粛を無視している。
狭量な李粛だが、張遼は李粛より下位であり高順は将軍位にすら無いと言う事もあり、痛くも痒くもないと言う態度だった。
「呂布将軍、軍師殿は何と?」
いたたまれない空気の悪さに耐えられなくなったのか、趙岑が書簡を読む呂布に尋ねる。
「懇切丁寧に色々書かれているが、要約すると敵の攻勢はどんなに長くても十日と持たず、さらに十日もすれば反撃して敵軍壊滅の好機が訪れる、と言う事が書かれている」
「戦場も見ずに、何を言っている事やら」
趙岑は呆れている。
「奉先、根拠は書かれているのか?」
高順は質問するが、呂布は隅々まで書簡を見直した後で首を振る。
「いや、具体的な事は何も書かれていない。『頑張って守れ』以上の指示も特にない」
趙岑だけでなく、高順や張遼でさえ李儒に対して失望の色を浮かべる中、華雄だけが腕を組んで大きく頷いている。
「いかにも軍師殿らしい返答ですな。これは安心出来る」
周囲の反応とは真逆と言える華雄の言葉に、高順は首を傾げる。
「いやいや、軍師殿も打つ手無しと言う事ではないのか?」
「いや、もし本当に打つ手無しであれば、打つ手が無いから全力で守れと言う人だよ、李儒と言う軍師は。敢えて何も言わないのは、敵に情報が漏れる事を避ける為。らしくない事を言ってるより、遥かにマシだって。それに、大した指示が無いって事は、俺達なら兵を増員するだけで守りきれると言う信頼でもあるんだ」
董卓軍では外様だった事もあり李儒と組んで戦場に出る機会の多かった華雄の言葉なだけに、説得力は十分だった。
「趙岑将軍、明日からはさらに重責となるが、貴将がもっとも頼りだ」
呂布がそう言うと、趙岑は礼を取る。
「御意!」
趙岑は意気も強く応える。
本音を言えば、防衛戦であったとしてもそれを得意とする趙岑より、得意とは言い難い華雄の方が優れているのではないかと呂布は見立てている。
それでも趙岑を重視していると伝えるのは、士気の維持によるところでもある。
猛将でありながら冷静沈着な華雄は率いる兵に至るまで士気は高く、大軍を相手にしても怯むところはない。
しかし、小心者の趙岑はそうもいかず、こちらから煽り立ててやらないとこちらの方が優勢であったとしても、敵の勢いに飲み込まれる恐れがある。
こう言う心遣いは、丁原軍で鍛えられた呂布なのでお手の物だ。
丁原軍も董卓軍と似たところがあり、宿将達は実績乏しい割に意識ばかり高く、いざと言う時に臆病風に吹かれる者も多かった。
若手だった呂布はそう言う人物達をおだてたり、なだめたりとあの手この手で誘導して戦線の維持に務める必要があったのだ。
しかし、なし崩しにとはいえ総攻撃を企てようとしている孫堅の狙いは、短期決戦である。
袁術の軍は参戦している様に見えるものの、旗をなびかせるだけで後方から出てこようとはしていない。
攻城は孫堅軍が中心となり、大幅に兵力を減らしている鮑信軍は孫堅と袁術の繋ぎとして連携を取っている。
その役割分担はそのままに、攻撃の手に精強な兵を持つ劉岱と張邈が加わっているのだから、防衛側が有利といっても苦戦は免れなかった。
混戦が深くなるにつれ、孫堅の戦術眼の鋭さも脅威になりつつあった。
最前線で戦闘指揮をとる孫堅は、守りの薄いところや連携の悪いところを的確に見抜き、そこを狙って増援を繰り出してくる。
特に狙われているのが、援軍を率いて参戦する事になった李粛である。
そこを孫堅軍から直接狙われていなかったからこそ戦線も崩壊せずに来たのだが、呂布は孫堅の狙いが分かった。
孫堅はあくまでも自分の印象を薄くする事にこだわっているので、討ち取り易いと見た武将を別の誰かに討たせて手柄を喧伝する事を狙っている。
この状況の中で、孫堅には勝ち方を選ぶだけの余裕があった。
八日目にはさらなる援軍として徐州の陶謙軍が参戦して来た。
徐州軍の兵の弱さは呂布や高順は良く知っているので、おそらく陶謙軍が後方支援に回り、いよいよ袁術軍が参戦して来るかと恐れていたが、袁術軍には前線に出てくる気配は無い。
かと言って陶謙軍に前線で戦うだけの戦力も無く、鮑信軍の代わりにしようにも鮑信軍にはもはや前線で戦うだけの兵力は残されていない。
連合にも目に見える歪みが現れたが、それに対する孫堅の手は早く鋭く、強烈だった。
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