新説 呂布奉先伝 異伝

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其れは連なる環の如く

流血の都へ 2

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 曹操にも考えはあった。

 罠がある事はわかっていたが、大掛かりな仕掛けではなく単純な待ち伏せだった事に、軍師李儒の恐ろしさを感じていた。

 突出してくる相手に対して部隊を展開して待ち構えると言うのは、常道と言える手であるのだが、その戦術の善し悪しではなく、待ち伏せを効果的な状況に持っていく事が凄まじい。

 曹操の感覚では、この虎牢関での戦闘自体が最初から予定されていたモノとは思えない。

 洛陽の都は守りに適した都とは言えないものの、それでも城壁を活かした守備が出来ないと言う事もない。

 常道と言うのであれば、がっちり守りを固めて迎撃すると言う戦術が常道のはずである。

 だが、初戦から徐栄が出しゃばったところから、その計画は崩れたはずだった。

 その徐栄の暴走を先手として組み込む事によって、防衛側の利とした手腕は見事と言える。

 そこからは巧みな心理操作で、李儒は戦場から離れたところから戦場を把握して操作していた。

 その最たる例が、汜水関の攻略失敗である。

 曹操はその場にいなかったが、夏侯惇が言うには孫堅への補給の失敗の前に袁術陣営で密談が行われたらしい。

 何かしらの密書が届けられたようだったと夏侯惇が言っていたが、それが李儒の策だったのだろう。

 真偽のほどは定かではないものの、李儒は呂布の丁原殺しにも関わっていたのではないかと言われている。

 考えてみると細かい部族が多い西涼で戦う場合、相手は敵に対して連合を組む事が基本であり、李儒はそう言う連合軍を相手に戦う専門家とさえ言える。

 そんな実戦によって鍛えられた軍師である李儒は相手の心理操作を得意として、相手の心理を操作する事によって相手の思考を鈍らせ、その上で自分の描いた戦場へ引きずり込んでくる。

 だが、作戦を立てるだけでは勝てない。

 徐栄の猪突を作戦に組み込んだ李儒だったが、その後の戦術面では華雄が、その華雄を討たれた後は呂布が、さらに呂布が敗走した後に控えるのが董卓と、持てる戦力を惜しみなく投入している。

 それぞれの卓越した戦闘能力があったからこそ、連合は焦りが出て李儒の策により深くハマる事になった。

 しかし、この窮地の中で曹操は董卓軍にも焦りがある事を読み取っていた。

 ここで勝負を決めに来ているのは、ここが決定的な勝機と見ての事ではなく、ここを決定的な勝機にする為に全力を投入してきたのだ。

 董卓軍にも、そこまでの余裕は無い。

 戦いが長引けば急造の董卓軍は国内に大きな不安を抱えている事や、董卓軍より漢の正規軍の方が多い事もあり、連合に呼応する動きを見せる恐れがある。

 そうなっては連合と漢軍に挟撃される形になり、いかに武神呂布や魔王董卓といえども打てる手は無くなる。

 だとすれば、連合にとっての最善はここで踏みとどまる事。

 必ずしも虎牢関に留まる必要は無く、董卓軍が動きを見せた時にすぐに動けるところに待機する事が重要である。

 それならば、ここで無意味な出血を続ける事より戦線を一時縮小し、汜水関攻略用の拠点まで下がって軍を再編するべきだ。

「袁紹! ここは一旦退くべきだ!」

 曹操は袁紹に向かって言う。

 盟主である袁紹が引けば、全軍がそれに続くはずだ。

「盟主、豫州の孔伷殿、河内の王匡殿が董卓に討ち取られて戦死! さらに袁遺、張楊殿も負傷! 現在、張邈殿を中心に戦線を維持していますが、長くは持ちません!」

「何だと! すぐに援軍を送るぞ! 馬騰、公孫瓚、劉岱を向かわせろ!」

 袁紹はそう言うと、伝令を走らせる。

「待て、袁紹! ここは一旦後方へ退いて立て直すべきだ!」

「何を言うか、孟徳! ここで退いては敗北を意味する!」

 袁紹が危惧する通り、配下の武将や豪傑達ではなく諸将までも討ち取られて退いたのでは敗北したと受け止められるかもしれない。

 だが、それでも前線の拠点に踏みとどまれば最悪の状況は回避出来るのだ。

 ……最悪の状況?

 ふと曹操はそこに思い至る。

 今は正にその最悪の状況に向かっているのだが、もしそうだったら李儒の策はこの正面での迎撃だけではないはずだ。

「孟徳、この罠だが早く手を打たないとまずいぞ」

 曹操の元にやって来たのは、鮑信軍に援軍として紛れ込んでいた曹仁そうじんである。

 初戦で徐栄を絡め取った実績もある、曹一族の中でも突出した知将だった。

「それはわかってますが……」

「これだけ正面から脅威を与えても、連合に対して致命傷にはならない。董卓軍が連合に対して致命傷を与えるとすると」

「補給基地か」

 曹操も、そこに思い当たった。

 これだけの大軍なので物資も大量であり、今は副盟主であり補給担当である袁術が後方で物資を守っている。

 ある意味では袁術はこの戦いから外されたのだが、もし李儒が今の袁術の心理までも読んでいるのであれば、補給基地は非常に危険な状態だと言えた。

「最後方にいるのは鮑信、孫堅だ。ここで予備戦力として待機させておくより、拠点防衛に戻らせるべきだ」

 曹仁の言葉に曹操が頷いた時、一騎の騎馬が曹操の元へやって来る。

「曹操殿、我が主鮑信からの注進です」

于禁うきんか」

「あ、これは曹仁殿」

 鮑信軍に援軍で入っていた曹仁は、鮑信軍の武将とも多少顔見知りである。

 この于禁は鮑信軍では若手ではあるが、鮑信軍では随一の武将ではないかと曹仁は高く評価していた。

「これが罠であれば、後方に危険があると思われます。我が軍が一時後退する事をお許し下さい」

 于禁がそう言った時、さらに一騎がやって来る。

 孫堅軍の少年兵、周瑜である。

 内容は先の曹仁、于禁と同じではあったが、さらに追加情報もあった。

 周瑜が言うには孫堅は曹操達の予想と同じく、補給拠点が狙われる事を警戒するべきだと伝えてきたが、もう一点あった。

「もし補給拠点を狙うのであれば、汜水関も放棄されているように見えて伏兵が潜んでいる恐れがあります。我ら孫堅軍が汜水関を制圧し、鮑信軍には残る袁術軍と協力して防衛に注力すべし、と。事は急を要しますので、盟主袁紹殿には、曹操殿よりお伝え下さい」

「了解しました。袁紹には私から伝えておきます。両軍には急ぎ、向かって下さいとお伝えください」

「御意」

 于禁と周瑜はすぐにその場を離れて、自軍へと戻っていく。

 この二人が行動の自由を求める為に盟主袁紹ではなく、曹操に許可を求めに来たのには理由がある。

 まず何より曹操であれば戦術の話の理解が早く、余計な手続きなどにこだわって無為の時を費やす事が無いだろうと踏んだ事。

 また、孫堅軍も鮑信軍も曹操の兵を受け入れている。

 それは曹操から頼み込んで来た事であって、些細とはいえ曹操に貸しを作っている状況と言えた為、曹操はこの両軍の行動の自由を袁紹に伝える事を強要する事も出来た。

 もちろんその必要もなく、曹操は両軍の申し出を受けて袁紹に両軍の行動の自由を確約させる。

 ここに来るまでの戦いでは孫堅、鮑信の両軍は連合でも最大の被害を受けていたので、兵数で考えた時には戦力として数えられなかった事もあった。

 曹操としては、数を減らしているとはいえ勇猛果敢な孫堅軍にこそ拠点防衛に当たった方が良いのではと思ったのだが、拠点に残っているのが袁術である事を考えると鮑信がそれに当たった方が良いと言うのも分かる。

 だが、結果的にはそれらの事は全て無駄になった。

 虎牢関の前線を支えていた張邈軍が、援軍の到着まで耐えられなかったのだ。

 前線が決壊し、いやでも虎牢関から追い散らされていく。

 張邈や張楊、孔融と言った諸将は退却する事に成功したものの、それでも甚大な打撃を受けていた。

 関から追撃をかけてくる徐栄と郭汜の勢いは侮り難く、援軍に向かうはずだった劉岱や馬騰も出鼻をくじかれる事になった。

 その二隊が道を開いた時、そこからさらに一軍が突撃してくる。

 真紅の炎を思わせる巨馬に乗る、黄金の甲冑を身にまとう若き武神。

 呂布奉先が、董卓軍後方より連合軍に向かって突撃してきたのだ。

 これまでは不思議と積極的に攻撃を仕掛けてくるような事は無かった呂布だったが、それでも十分に手が付けられなかったのだ。

 その男が一軍を率いて牙をむいて襲いかかってきた。

「くっ、全軍、後退だ!」

 袁紹は勢いに押されて後退を指示する。

 後方にいた袁紹や陶謙、敵軍に捕まらなかった公孫瓚軍などはすぐに退く事は出来たが、逃げ遅れた諸将の軍は次々と貫かれていく。

 中には降伏を求める者もいたのだが、その声が董卓に届く事は無く、呂布は戦意を失った者と戦うつもりは無かったものの、郭汜、徐栄、さらには城壁に登った李傕などは武器を捨てた者であっても容赦無くその命を奪っていく。

 董卓の命令が殲滅である以上、呂布の方が命令違反を問われる行為なのだ。

 連合軍は汜水関近辺まで押し戻されたる。

 もう少し連合が踏みとどまっていれば孫堅が制圧出来たかも知れなかったが、この時点ではまだ汜水関に到着したところであり、そこに李粛の伏兵が一斉に矢を射掛けてきた。

 本来であれば李粛の伏兵は連合が軍の再編を図るところを狙うはずだったが、孫堅が迫ってきた為に、そこまで待つ事が出来なかった。

 伏兵の数がそれほど多くないとはいえ、城壁の上に広がっている李粛達を掃討するには時間がかかるのだが、後ろから迫ってくる董卓軍の暴威はそれを待つような事はない。

 袁紹はやむを得ず、そのまま汜水関からも退く。

 それでも董卓軍は追撃の手を緩めない。

 後方から郭汜、徐栄の軍が迫ってくる。

 この二隊に疲労が見え始めると、その後方から呂布軍が襲いかかってくる。

 恐ろしく的確な攻撃は、数で言えば郭汜、徐栄の半分以下しか率いていない呂布軍なのだが、その脅威は郭汜、徐栄の部隊を足しても倍以上に感じられていた。

 しかも連合軍を襲ってくるのは後方からだけではない。

 おそらく拠点を攻める為の伏兵だったのだろうが、標的を拠点から撤退してくる連合軍に変えて襲いかかってきた。

 それは牛輔や董卓の弟である董旻とうびんと言った、董卓の親族の部隊だった。

 それぞれが勇猛果敢でありながら、董卓の後継候補として李儒や呂布と武勲を競わないといけないと言う事もあり、その攻勢は苛烈を極めた。

 その狂気さえ感じる攻勢から連合の崩壊を防いだのが、馬騰、公孫瓚と言った連合軍の中でも野戦を得意とする諸将である。

 公孫瓚軍にはあの規格外の豪傑、劉備三兄弟が猛威を振るう牛輔の伏兵を防ぎきる。

 馬騰軍も董旻に苦戦させられていたが、馬騰の長男であり白銀の甲冑を身にまとう少年、馬超ばちょうが勇戦して馬騰軍の崩壊を防いでいた。

 また、後方にいる韓馥軍も華雄戦で豪傑潘鳳を失っているにも関わらず、張郃が踏み止まって戦っているので全軍崩壊には至っていない。

 若年層に支えられなんとか拠点に戻って来た連合軍だったが、そこはすでに呂布軍の別働隊と思われる部隊に襲撃を受けていた為、集結した董卓軍の勢いを支えられるほどでは無く、連合軍はこの前線拠点を再び放棄せざるを得なかった。

 この戦いが始まってから常に最前線に立ち続けた呂布軍は、一足先に撤収を始める。

 郭汜、徐栄、牛輔、董旻は手柄を稼ごうとこぞって深追いしていったが、そこには無傷の袁紹軍が立ちはだかった為に、それ以上の手柄を立てる事も出来ず、その腹いせもあって連合軍の前線拠点は徹底的に破壊され、焼き払われた。

 また、兵力だけでも半数近い被害を出した上に参加した諸将の中から戦死者まで出して、董卓軍の追撃を恐れて後方まで下がった反董卓連合軍の士気は地に落ち、敗北は決定的なものとなった。
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