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其れは連なる環の如く
流血の都へ 9
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連合軍との戦いに一段落がつき、追撃戦に移ったところで追撃の指揮を徐栄に、敗残兵の掃討を李傕に委ねて呂布は張遼と高順を連れて董卓の元へ戻った。
しかし、そこでは奇妙な状態になっていた。
「軍師殿、何が起きているのです?」
敵はいないようだが、異様な緊張状態の雰囲気を漂わせている董卓軍を不審に思い、呂布は李儒を探し出して尋ねる。
「呂布将軍、良いところに戻ってきてくれました。追手の方はもう良いのですか?」
「それは徐栄将軍と李傕将軍に任せてあるので、おそらくは大丈夫だと思います。ところで空気が悪いんですけど、何かあったのですか?」
呂布が尋ねると、李儒も眉を寄せる。
「どうにも情報が錯綜してまして。要約すると、どうやら長安までの間に大規模な賊の軍と遭遇してしまったらしく、朱儁将軍が戦闘状態に入ったとの事なのですが」
「それのどこにおかしな所があるんですか?」
話を聞く分にはさほどおかしな点がある様に、呂布には思えなかった。
「いや、それがところどころ筋が通らないんですよ」
李儒は困り顔で言う。
この報は董卓の元には届いていないのだが、勘の鋭い董卓であれば当然何かしら気付いている。
それでも特に口出ししてこないのは、李儒に対する絶対の信頼と言えるのと、董卓自身が疲れて怠けたいと言うところだろう。
現在行われている戦闘と言うのは、李儒が得た情報によると二万から三万と言うかなり大規模な賊の一団が現れ、それを朱儁の率いる二万で迎え撃っていると言う事だったが、それ自体が妙だと李儒は言っている。
この避難経路は前もって調べてあったのだが、少なくとも一万を超える様な大規模な賊の集団と言うのは痕跡すら見つける事は出来なかったらしい。
もちろん賊が皆無と言う事は有り得ないのだが、漢軍の正規軍や董卓軍を相手に真正面から戦えるほどの賊の集団がいると言う情報があれば、李儒はここを避難経路には選んでいない。
それが突然湧き出したと言うのだ。
また、朱儁が率いている兵二万と言うのも奇妙と言える。
兵権の話をすると責任者は皇甫嵩であり、張温と朱儁はその副将の立場になっていたが、それでも漢の正規軍は避難民の護衛として配されているものの、その総数は数十万を超える大軍である。
全軍を賊に向かわせると言う事は無いのは分かるが、三万と言われる賊軍に対し勇猛とはいえ朱儁の二万と言うのはあまりに少ない。
漢の正規軍が同数での勝負であれば黄巾軍に対して惨敗した事を忘れているわけでは無いはずなのだが、追加で兵を送っている様子も無い。
「まあ、確かに軍師殿にしてはらしくない落ち度とも言えますが、なんだったら俺が見てきましょうか?」
呂布は李儒に対して提案する。
「連戦でお疲れではありませんか?」
「誤報であればすぐに戻ってきますし、本当に戦闘が行われているのであれば皇甫嵩将軍にお任せしますから」
呂布は気楽に言う。
李儒に対して気を使ったと言う訳ではなく、呂布は本当にその程度で考えていた。
「では、将軍の好意に甘えさせていただきます」
「伝令の任、承りました」
「おそらく何事もないとは思いますが、張遼、高順の両名もお供して下さい」
「あー、ちょい待ち、軍師殿」
高順が手を挙げて言う。
「俺は奉先の家族の護衛に着かせてもらう。特に危険は無いとは思うが、念のためにも」
「そうですね。僕の妻も近くにいると思いますので、ついでで構いませんから護衛をお願いします」
李儒は高順の申し出を快く認める。
李儒と呂布は特に妻同士の仲が良い事もあり、避難も共に行動しているはずで、忠義に厚く武勇も人並み外れた高順が護衛してくれるのであれば有難いと思っていた。
さっそく呂布は張遼と、直属の軍を率いて避難民の先頭集団を目指す。
「軍師殿はあえて言葉を濁していたみたいですが、これは朱儁将軍の謀反なのではありませんか?」
張遼が呂布に尋ねる。
「謀反? 漢の名将、朱儁将軍が?」
呂布は首を傾げる。
「だからこそ、ではないでしょうか」
張遼が思うには、朱儁は董卓の専横が許せず、今回の洛陽を焼き捨てた事が決定打となって行動に移ったのではないか、と言う事だった。
「でも、何故ここで? 行動を起こすべきだったとすれば、それは連合軍との戦いで内側から動くべきだったのではないか?」
「おそらくそれが理想だったんでしょうけど、あの時には軍師殿の目も内側に向かって光ってましたから動きづらかったのではないでしょうか。ここで行動を起こしたのは、おそらく連合の追撃隊と挟撃するつもりだったと思いますよ」
「それが上手くいかなくて、賊と戦ってるのか?」
「いえ、最初から賊はいなかったんですよ。あくまでも予想でしか無いんですけど、謀反を起こそうとした朱儁軍だったものの、追撃軍の足が止められて挟撃が見込めなくなったと言う事で、謀反を続けるか董相国に頭を下げるかで意見が割れたのでは?」
「はー、なるほどなー」
「まあ、俺が分かる事なら軍師殿も分かっていると思うんですが」
「ほー、なるほどなー」
「……将軍?」
「いやいや、本当に感心してるんだよ」
おそらく張遼の言っている事は当たっているのではないかと、呂布も思う。
そして張遼が言っていた通り、李儒はその流れを予測しているとも思う。
だが、それをどの程度の問題にするべきなのかで悩んでいるのだろう。
皇甫嵩、朱儁、引退した廬植の三人は黄巾の乱以前からの名将として讃えられた人物であり、その一人が謀反を起こしたと知れると後に続く者も現れ大混乱を招く恐れがある。
その一方で、行動しているのが朱儁だけであるのも不自然だった。
これほどの大規模な行動であれば、成功させるつもりなら皇甫嵩達も共に行動した方が成功の見込みがあるのは間違いなく、朱儁がそれを持ちかけなかったとは思えない。
それでも行動に出たのが朱儁だけと言う事から、本当に朱儁の独断なのか、その行動を軽率として皇甫嵩は良しとしなかったのかも分からなかった。
さらに言えば半数で意見が分かれて同士討ちと言うのも、奇妙と言えば奇妙な話である。
朱儁と言えば、漢正規軍の中枢の一人であり、現状では董卓軍の武将達の方が軍の主力になっているとはいえ、その影響力で言えば彼を上回る者など片手の指ほどもいないと言っても良いくらいだ。
そんな人物に対し、反対意見を出して半数もの兵士を従える事が出来るほどの武将が、皇甫嵩以外にいるとも思えないほどである。
むしろ本当に賊が出て、朱儁が賊討伐の為に兵を出したと考える方が自然なのではないかと考えてしまう。
その辺りの情報が李儒の元まで来ていないという事もあって、李儒は慎重な判断を下したらしい。
実は張遼の予測はずばり的中していたのだが、漢正規軍とは一定の距離を取っていた董卓軍は、切れ者である軍師李儒も見落としていた問題を抱えていた。
漢軍は先の黄巾の乱での苦戦で、大きな打撃を受けていた。
それを補充する為に投降した黄巾の将や兵を漢軍に吸収したのだが、投降した元黄巾党の面々は正式に漢の正規軍として扱われず、賊徒と呼ばれて迫害される事になっていた。
本来であれば同等のはずの漢正規軍と黄巾党の投降兵だったが、危険な戦場には優先的に黄巾の投降兵が送り込まれ、武功も正しく評価されずに正規軍との差別は大きく、恨みは深くなっていった事を、引退した老将廬植は常に心配していた。
「朱儁将軍! 話が違うではないですか! どういう事ですか!」
元黄巾党の武将だった張燕が、朱儁に向かって言う。
張燕は黄巾時代には地公将軍張宝軍の武将だったが、呂布と張郃によって捕らえられそのまま漢軍の武将になっていた。
あまりにも相手が悪すぎたという事もあってほとんど何も出来ずに捉えられた張燕だが、その実力は黄巾党内でも上位であり、投降した元黄巾兵達の半数近くは張燕が率いている。
今回の朱儁の謀反に近い行動は、連合との連携による挟撃作戦であり、呂布は連合にかかりきりになるという事だったので張燕も協力したのだが、すでに連合は破れ呂布も董卓の本陣に戻っているという情報が伝わってきた。
「呂布と戦うくらいなら、俺はこのまま離脱させてもらう!」
「どうしたというのだ、張燕。呂布と言ってもしょせんは一武将に過ぎず、率いているのも三千程度と聞く。貴様の賊徒は二万五千を下らないというのに、何を恐れている?」
「呂布を相手に、二万五千は少なすぎる! その程度で討ち取れるようならば、とうの昔に討ち取っている! とにかく、俺は呂布とは戦わないからな!」
張燕は朱儁に向かって、言葉を叩きつける様に言う。
他の漢正規軍と違って、張燕は戦場での呂布を知っている。
これまで黄巾党として漢正規軍はもちろん、他の賊の集団と戦っていた時にも黄巾の主力部隊であった張宝妖術部隊の前には、誰もまともに戦う事も出来なかったのだが呂布は力だけで粉砕してしまった。
漢正規軍の間では武神と呼ばれる呂布を過大評価だと言われているが、張燕はその恐怖をよく知っている。
「張燕、貴様まさか裏切るつもりか?」
「もし戦うとすれば、呂布よりあんたの方が勝てそうだ。漢の正規軍だか精鋭だか知らないが、お前らは危険な戦場に出る事もなく戦っているフリだけの連中。本当に血を流して戦っていたのは、我ら黄巾党の投降兵だったではないか!」
こうして朱儁と張燕は決裂、漢軍同士の大規模な同士討ちが始まる事となった。
だが、元々連合との挟撃作戦であり、連合が攻め込んできたところを伏兵として董卓本隊を狙おうと考えていた朱儁は、兵を伏せられる所に布陣していた。
その為に逃走経路からは外れた所で同士討ちが始まった事もあって、情報が届いた時には漢軍同士の同士討ちではなく賊の襲撃と言うふうに情報が歪んでいたのである。
この間の事情が呂布達に届く事は無く、呂布は道中の護衛兵達に話を聞きながらその戦場を探し回る事になっていた。
「呂布将軍? 何故こんな最前列に?」
戦場を探してウロウロしていた呂布を見つけて、皇甫嵩が驚いて声をかけてくる。
呂布はとにかく目立つ容姿なので、見つけやすいと言う事もあった。
「これは、皇甫嵩将軍。お役目、ご苦労様です」
呂布は慌てて礼を取る。
現状の漢軍は大将軍不在であり、実務能力などから皇甫嵩が最上位の将軍として扱われている。
「そちらこそ。後方から連合の追撃軍が来ていたと聞きましたが、民に被害などは出ていないのですか?」
「その前に食い止める事が出来ました。それより皇甫将軍、この辺りで賊の集団が出て朱儁将軍が討伐に出たと聞き、僅かではありますが加勢に来たのですが、それはどの辺りかご存知ですか?」
「賊ですか。それならここより少し北に外れたところでしょうが、呂布将軍が少数で加勢したとなれば朱儁将軍の顔を潰す事になります。呂布将軍ほど武名が轟いている武将であれば、呂布将軍が加勢に来たと伝えるだけで賊将も肝を潰して逃げ出す事でしょう。ここは策を持って当たるが良しかと」
上位で年長者でもある皇甫嵩だが、呂布に対して居丈高になる事も無く、むしろ一歩引いた柔らかい物言いである。
董卓が漢の実権を握ってから漢の武将達は冷遇される事が多くなったが、その中で皇甫嵩だけが相変わらず重役について重用されているのも、こう言う人柄によるところは大きい。
「ですが、皇甫嵩将軍。数万もの賊を討ち果たさず逃がすと言うのですか? それは後日の災いを残すのでは?」
呂布に同行していた張遼が、皇甫嵩に尋ねる。
本来ならそれは非礼に値する行為なのだが、皇甫嵩は特に気にした様子も無い。
「これほど多くの民を抱えた状態で賊と戦う事は避けるべきだと、私は考えます。最優先は民を新都へ移住させる事。その後で改めて討伐隊を派遣しても、遅すぎると言う事は無いでしょう。今無理に賊討伐を優先させて民の不安を煽っては、ただでさえ不安を抱えて移動している民を混乱させ、場合によっては暴動にまで発展する恐れもあります。そうなっては、賊の被害どころの話ではなくなりますからね」
「なるほど、将軍のおっしゃる通りでした」
基本的には頑固で融通の利かない張遼ではあるが、事の善悪になると正確に判断出来る。
それが軍事であればなお的確で、この場合であれば皇甫嵩の言い分に理があると判断したため、あっさりと引き下がる。
この判断と行動が出来るからこそ、張遼は若くして名将の片鱗を見せていると言えた。
呂布と張遼は、さっそく皇甫嵩の協力の元、呂布が援軍として駆けつけたと言う情報を戦場と思われる朱儁の軍の元へ走らせると、皇甫嵩の予想通り賊は逃げ出したと言う報告と共に、朱儁の軍がその日のうちに戻ってきた。
詳細な報告は朱儁の方から李儒へ行ってもらう事にして、呂布と張遼は皇甫嵩に礼を言って董卓の本隊へと戻る。
結局のところ事態はうやむやの内に終わり、呂布としては首を傾げるだけの結果に思われたが、皇甫嵩はこの事態の深刻さを痛感していた。
もはや漢の正規軍には黄巾党の残党すら束ねる力は無く、董卓軍に対しては戦う意思さえ持つ事が出来ないほど無力になってしまっていると言う事実を見せつけられたのである。
董卓の台頭によって居場所を追われた漢の武将達は、それでも数の上なら漢の正規軍の方が多いので、いざとなれば力で董卓から政権を奪い取れると夢想していた者も少なくなかったのだが、朱儁と言う名声武功共に申し分のない武将ですら、もはや兵を率いて戦場で迎え撃つ事も敵わないほど、漢軍は弱体化していたのだった。
しかし、そこでは奇妙な状態になっていた。
「軍師殿、何が起きているのです?」
敵はいないようだが、異様な緊張状態の雰囲気を漂わせている董卓軍を不審に思い、呂布は李儒を探し出して尋ねる。
「呂布将軍、良いところに戻ってきてくれました。追手の方はもう良いのですか?」
「それは徐栄将軍と李傕将軍に任せてあるので、おそらくは大丈夫だと思います。ところで空気が悪いんですけど、何かあったのですか?」
呂布が尋ねると、李儒も眉を寄せる。
「どうにも情報が錯綜してまして。要約すると、どうやら長安までの間に大規模な賊の軍と遭遇してしまったらしく、朱儁将軍が戦闘状態に入ったとの事なのですが」
「それのどこにおかしな所があるんですか?」
話を聞く分にはさほどおかしな点がある様に、呂布には思えなかった。
「いや、それがところどころ筋が通らないんですよ」
李儒は困り顔で言う。
この報は董卓の元には届いていないのだが、勘の鋭い董卓であれば当然何かしら気付いている。
それでも特に口出ししてこないのは、李儒に対する絶対の信頼と言えるのと、董卓自身が疲れて怠けたいと言うところだろう。
現在行われている戦闘と言うのは、李儒が得た情報によると二万から三万と言うかなり大規模な賊の一団が現れ、それを朱儁の率いる二万で迎え撃っていると言う事だったが、それ自体が妙だと李儒は言っている。
この避難経路は前もって調べてあったのだが、少なくとも一万を超える様な大規模な賊の集団と言うのは痕跡すら見つける事は出来なかったらしい。
もちろん賊が皆無と言う事は有り得ないのだが、漢軍の正規軍や董卓軍を相手に真正面から戦えるほどの賊の集団がいると言う情報があれば、李儒はここを避難経路には選んでいない。
それが突然湧き出したと言うのだ。
また、朱儁が率いている兵二万と言うのも奇妙と言える。
兵権の話をすると責任者は皇甫嵩であり、張温と朱儁はその副将の立場になっていたが、それでも漢の正規軍は避難民の護衛として配されているものの、その総数は数十万を超える大軍である。
全軍を賊に向かわせると言う事は無いのは分かるが、三万と言われる賊軍に対し勇猛とはいえ朱儁の二万と言うのはあまりに少ない。
漢の正規軍が同数での勝負であれば黄巾軍に対して惨敗した事を忘れているわけでは無いはずなのだが、追加で兵を送っている様子も無い。
「まあ、確かに軍師殿にしてはらしくない落ち度とも言えますが、なんだったら俺が見てきましょうか?」
呂布は李儒に対して提案する。
「連戦でお疲れではありませんか?」
「誤報であればすぐに戻ってきますし、本当に戦闘が行われているのであれば皇甫嵩将軍にお任せしますから」
呂布は気楽に言う。
李儒に対して気を使ったと言う訳ではなく、呂布は本当にその程度で考えていた。
「では、将軍の好意に甘えさせていただきます」
「伝令の任、承りました」
「おそらく何事もないとは思いますが、張遼、高順の両名もお供して下さい」
「あー、ちょい待ち、軍師殿」
高順が手を挙げて言う。
「俺は奉先の家族の護衛に着かせてもらう。特に危険は無いとは思うが、念のためにも」
「そうですね。僕の妻も近くにいると思いますので、ついでで構いませんから護衛をお願いします」
李儒は高順の申し出を快く認める。
李儒と呂布は特に妻同士の仲が良い事もあり、避難も共に行動しているはずで、忠義に厚く武勇も人並み外れた高順が護衛してくれるのであれば有難いと思っていた。
さっそく呂布は張遼と、直属の軍を率いて避難民の先頭集団を目指す。
「軍師殿はあえて言葉を濁していたみたいですが、これは朱儁将軍の謀反なのではありませんか?」
張遼が呂布に尋ねる。
「謀反? 漢の名将、朱儁将軍が?」
呂布は首を傾げる。
「だからこそ、ではないでしょうか」
張遼が思うには、朱儁は董卓の専横が許せず、今回の洛陽を焼き捨てた事が決定打となって行動に移ったのではないか、と言う事だった。
「でも、何故ここで? 行動を起こすべきだったとすれば、それは連合軍との戦いで内側から動くべきだったのではないか?」
「おそらくそれが理想だったんでしょうけど、あの時には軍師殿の目も内側に向かって光ってましたから動きづらかったのではないでしょうか。ここで行動を起こしたのは、おそらく連合の追撃隊と挟撃するつもりだったと思いますよ」
「それが上手くいかなくて、賊と戦ってるのか?」
「いえ、最初から賊はいなかったんですよ。あくまでも予想でしか無いんですけど、謀反を起こそうとした朱儁軍だったものの、追撃軍の足が止められて挟撃が見込めなくなったと言う事で、謀反を続けるか董相国に頭を下げるかで意見が割れたのでは?」
「はー、なるほどなー」
「まあ、俺が分かる事なら軍師殿も分かっていると思うんですが」
「ほー、なるほどなー」
「……将軍?」
「いやいや、本当に感心してるんだよ」
おそらく張遼の言っている事は当たっているのではないかと、呂布も思う。
そして張遼が言っていた通り、李儒はその流れを予測しているとも思う。
だが、それをどの程度の問題にするべきなのかで悩んでいるのだろう。
皇甫嵩、朱儁、引退した廬植の三人は黄巾の乱以前からの名将として讃えられた人物であり、その一人が謀反を起こしたと知れると後に続く者も現れ大混乱を招く恐れがある。
その一方で、行動しているのが朱儁だけであるのも不自然だった。
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それでも行動に出たのが朱儁だけと言う事から、本当に朱儁の独断なのか、その行動を軽率として皇甫嵩は良しとしなかったのかも分からなかった。
さらに言えば半数で意見が分かれて同士討ちと言うのも、奇妙と言えば奇妙な話である。
朱儁と言えば、漢正規軍の中枢の一人であり、現状では董卓軍の武将達の方が軍の主力になっているとはいえ、その影響力で言えば彼を上回る者など片手の指ほどもいないと言っても良いくらいだ。
そんな人物に対し、反対意見を出して半数もの兵士を従える事が出来るほどの武将が、皇甫嵩以外にいるとも思えないほどである。
むしろ本当に賊が出て、朱儁が賊討伐の為に兵を出したと考える方が自然なのではないかと考えてしまう。
その辺りの情報が李儒の元まで来ていないという事もあって、李儒は慎重な判断を下したらしい。
実は張遼の予測はずばり的中していたのだが、漢正規軍とは一定の距離を取っていた董卓軍は、切れ者である軍師李儒も見落としていた問題を抱えていた。
漢軍は先の黄巾の乱での苦戦で、大きな打撃を受けていた。
それを補充する為に投降した黄巾の将や兵を漢軍に吸収したのだが、投降した元黄巾党の面々は正式に漢の正規軍として扱われず、賊徒と呼ばれて迫害される事になっていた。
本来であれば同等のはずの漢正規軍と黄巾党の投降兵だったが、危険な戦場には優先的に黄巾の投降兵が送り込まれ、武功も正しく評価されずに正規軍との差別は大きく、恨みは深くなっていった事を、引退した老将廬植は常に心配していた。
「朱儁将軍! 話が違うではないですか! どういう事ですか!」
元黄巾党の武将だった張燕が、朱儁に向かって言う。
張燕は黄巾時代には地公将軍張宝軍の武将だったが、呂布と張郃によって捕らえられそのまま漢軍の武将になっていた。
あまりにも相手が悪すぎたという事もあってほとんど何も出来ずに捉えられた張燕だが、その実力は黄巾党内でも上位であり、投降した元黄巾兵達の半数近くは張燕が率いている。
今回の朱儁の謀反に近い行動は、連合との連携による挟撃作戦であり、呂布は連合にかかりきりになるという事だったので張燕も協力したのだが、すでに連合は破れ呂布も董卓の本陣に戻っているという情報が伝わってきた。
「呂布と戦うくらいなら、俺はこのまま離脱させてもらう!」
「どうしたというのだ、張燕。呂布と言ってもしょせんは一武将に過ぎず、率いているのも三千程度と聞く。貴様の賊徒は二万五千を下らないというのに、何を恐れている?」
「呂布を相手に、二万五千は少なすぎる! その程度で討ち取れるようならば、とうの昔に討ち取っている! とにかく、俺は呂布とは戦わないからな!」
張燕は朱儁に向かって、言葉を叩きつける様に言う。
他の漢正規軍と違って、張燕は戦場での呂布を知っている。
これまで黄巾党として漢正規軍はもちろん、他の賊の集団と戦っていた時にも黄巾の主力部隊であった張宝妖術部隊の前には、誰もまともに戦う事も出来なかったのだが呂布は力だけで粉砕してしまった。
漢正規軍の間では武神と呼ばれる呂布を過大評価だと言われているが、張燕はその恐怖をよく知っている。
「張燕、貴様まさか裏切るつもりか?」
「もし戦うとすれば、呂布よりあんたの方が勝てそうだ。漢の正規軍だか精鋭だか知らないが、お前らは危険な戦場に出る事もなく戦っているフリだけの連中。本当に血を流して戦っていたのは、我ら黄巾党の投降兵だったではないか!」
こうして朱儁と張燕は決裂、漢軍同士の大規模な同士討ちが始まる事となった。
だが、元々連合との挟撃作戦であり、連合が攻め込んできたところを伏兵として董卓本隊を狙おうと考えていた朱儁は、兵を伏せられる所に布陣していた。
その為に逃走経路からは外れた所で同士討ちが始まった事もあって、情報が届いた時には漢軍同士の同士討ちではなく賊の襲撃と言うふうに情報が歪んでいたのである。
この間の事情が呂布達に届く事は無く、呂布は道中の護衛兵達に話を聞きながらその戦場を探し回る事になっていた。
「呂布将軍? 何故こんな最前列に?」
戦場を探してウロウロしていた呂布を見つけて、皇甫嵩が驚いて声をかけてくる。
呂布はとにかく目立つ容姿なので、見つけやすいと言う事もあった。
「これは、皇甫嵩将軍。お役目、ご苦労様です」
呂布は慌てて礼を取る。
現状の漢軍は大将軍不在であり、実務能力などから皇甫嵩が最上位の将軍として扱われている。
「そちらこそ。後方から連合の追撃軍が来ていたと聞きましたが、民に被害などは出ていないのですか?」
「その前に食い止める事が出来ました。それより皇甫将軍、この辺りで賊の集団が出て朱儁将軍が討伐に出たと聞き、僅かではありますが加勢に来たのですが、それはどの辺りかご存知ですか?」
「賊ですか。それならここより少し北に外れたところでしょうが、呂布将軍が少数で加勢したとなれば朱儁将軍の顔を潰す事になります。呂布将軍ほど武名が轟いている武将であれば、呂布将軍が加勢に来たと伝えるだけで賊将も肝を潰して逃げ出す事でしょう。ここは策を持って当たるが良しかと」
上位で年長者でもある皇甫嵩だが、呂布に対して居丈高になる事も無く、むしろ一歩引いた柔らかい物言いである。
董卓が漢の実権を握ってから漢の武将達は冷遇される事が多くなったが、その中で皇甫嵩だけが相変わらず重役について重用されているのも、こう言う人柄によるところは大きい。
「ですが、皇甫嵩将軍。数万もの賊を討ち果たさず逃がすと言うのですか? それは後日の災いを残すのでは?」
呂布に同行していた張遼が、皇甫嵩に尋ねる。
本来ならそれは非礼に値する行為なのだが、皇甫嵩は特に気にした様子も無い。
「これほど多くの民を抱えた状態で賊と戦う事は避けるべきだと、私は考えます。最優先は民を新都へ移住させる事。その後で改めて討伐隊を派遣しても、遅すぎると言う事は無いでしょう。今無理に賊討伐を優先させて民の不安を煽っては、ただでさえ不安を抱えて移動している民を混乱させ、場合によっては暴動にまで発展する恐れもあります。そうなっては、賊の被害どころの話ではなくなりますからね」
「なるほど、将軍のおっしゃる通りでした」
基本的には頑固で融通の利かない張遼ではあるが、事の善悪になると正確に判断出来る。
それが軍事であればなお的確で、この場合であれば皇甫嵩の言い分に理があると判断したため、あっさりと引き下がる。
この判断と行動が出来るからこそ、張遼は若くして名将の片鱗を見せていると言えた。
呂布と張遼は、さっそく皇甫嵩の協力の元、呂布が援軍として駆けつけたと言う情報を戦場と思われる朱儁の軍の元へ走らせると、皇甫嵩の予想通り賊は逃げ出したと言う報告と共に、朱儁の軍がその日のうちに戻ってきた。
詳細な報告は朱儁の方から李儒へ行ってもらう事にして、呂布と張遼は皇甫嵩に礼を言って董卓の本隊へと戻る。
結局のところ事態はうやむやの内に終わり、呂布としては首を傾げるだけの結果に思われたが、皇甫嵩はこの事態の深刻さを痛感していた。
もはや漢の正規軍には黄巾党の残党すら束ねる力は無く、董卓軍に対しては戦う意思さえ持つ事が出来ないほど無力になってしまっていると言う事実を見せつけられたのである。
董卓の台頭によって居場所を追われた漢の武将達は、それでも数の上なら漢の正規軍の方が多いので、いざとなれば力で董卓から政権を奪い取れると夢想していた者も少なくなかったのだが、朱儁と言う名声武功共に申し分のない武将ですら、もはや兵を率いて戦場で迎え撃つ事も敵わないほど、漢軍は弱体化していたのだった。
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