新説 呂布奉先伝 異伝

元精肉鮮魚店

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其れは連なる環の如く

龍は放たれた 9

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 その変事はすぐに呂布の元へも届いたが、さすがにすぐに信じる事は出来なかった。

「樊稠と張済が、都の中にいる?」

 先の徐栄の敗戦によって減った兵力の再編を済ませた韓暹は、都からやって来た伝令に聞き返した。

「そんなバカな! 樊稠も張済も、戦場にいるではないか! その二人が都に現れたと言うのであれば、我々が戦っているのは誰なんだ?」

 楊奉も信じられないと言う様に、伝令に向かっていう。

 信じられない、と言う点においては呂布や張遼も同じだった。

 旧董卓軍、漢軍共に夜戦を避けている為、各々の武将も集まって状況を確認していたところ、長安からの急報がもたらされたのである。

「で、ですが、事実都にはその二将が現れ、司徒王允様から呂布将軍に伝えろと言われた次第でございます」

 伝令は慌てて言う。

「事実の究明は都へ行けば分かる事だろう。急ぎ長安へ撤退する」

「呂布将軍! 我々は負けてなどいない! それなのに退くと言うのか?」

 楊奉が食ってかかるが、呂布は首を振る。

「天子様のいる都を守る事こそ、我ら漢軍の勤め。今ここで戦いを続けようとすると、確実に都から締め出され、下手をすると我々が反乱軍とされて挟撃される恐れすらある。それであれば、ここは撤退するべきだ」

「将軍がそういうのであれば従いますが、当面の敵、つまり旧董卓軍の十五万はどうするのです? 放置して撤退となれば、それはそのまま流れ込んでくるのでは?」

 韓暹は言葉の割には不満そうな素振りを隠そうともせず、呂布に尋ねてくる。

「では、韓暹将軍には何か妙案があるのですか?」

 韓暹の態度の悪さに苛立っているらしく、張遼が聞き返す。

「されば、呂布将軍本隊のみが都へ取って返して逆賊を討ち果たし、呂布将軍の隊以外の我らはここで旧董卓軍の動向を牽制する。それによって挟撃は防げるだけでなく、敵方の浅知恵程度いくらでも防ぐ事が出来ましょう」

 韓暹は自信満々に、呂布に向かって言う。

「それでは各個撃破の的になるのみ。敵も呂布将軍を警戒しているからこそ、攻めてこないのです。将軍が戦場を離れたとあっては、一気に攻めかかってくるでしょうし、その時我々でそれを止める事など出来ないのは、あの徐栄将軍がなすすべ無く討ち取られた事でもお分かりのはず」

「あぁ? 何だ、小童。含みのある言い方をするではないか」

 そう言って韓暹は凄んでくるが、そんな事で動じる張遼ではない。

「都のお偉いさんが戻ってこいと言っている事で、将軍の判断でもあるのだから、ここは撤退なのでしょうが、その敗戦の責は将軍が負われるのでしょうな?」

「それはもちろんだ。そう判断したのは俺なのだから」

 これまで上官の勝手な判断によって敗戦の責を背負わされてきた楊奉に、呂布はそう答える。

 何分楊奉や韓暹は元黄巾党である為、漢の正規兵との待遇の違いには嫌気がさしていた。

 呂布も旧董卓軍であり董卓の養子と言う立場ではあったのだが、それでも司徒王允のお墨付きのある武将である。

 これまで同様にこちらの意見を聞かないにも関わらず、責任だけを押し付けてくる事を楊奉は恐れたのだ。

「とは言え、敵の正面からの撤退は容易な事ではありませんが、いかがなさるおつもりで?」

 相変わらず口調も態度も悪い韓暹だったが、方針には従うようだ。

「事ここに至っては打つべき手も無し。俺が殿軍を務めよう。予備兵力である韓暹より、楊奉、張遼と撤退して行ってくれ。もし敵が追撃に来るようであれば、俺が時間を稼ぐ。都に着き次第、王允殿と事を図って都の鎮圧、随時漢軍を派遣して外敵の侵攻を食い止めるより他は無いだろう」

 呂布の発案に、反対意見を出す者はいなかった。

 戦術でも何でもない、呂布の非常識な個人技に頼った作戦ではあるのだが、それが知恵者である賈詡にとっても嫌な作戦だと言う事は、張遼には分かった。

 行動の指針も決まったところで行動に移ろうとした時、予想外の使者が呂布の幕舎を訪れた。

「皇甫酈将軍? 将軍がどの様なご要件で?」

 使者としてやって来た皇甫酈を、張遼は幕舎に迎える。

「呂布将軍、急報をお持ちしました」

「……良くない知らせのようですな」

「はい。凶報です」

 皇甫酈は呂布の言葉に頷く。

「すぐに戦闘行為を終了する様に、との命令を伝えに来ました」

「それに関してはこちらも撤退準備を……、戦闘行為を終了? 停戦と言う事か?」

「停戦だと? バカな! 何を考えている!」

 楊奉は卓を叩いて怒鳴る。

 都に樊稠と張済が現れたと言う報せを受けたばかりだったところだが、ここで停戦命令と言うのは不可解な事だと考えたのは、何も楊奉だけではない。

「戦いは終わったのです。漢の権力者の構図が、改めて書き換えられたのですよ」

 その言葉に、呂布は眉を寄せる。

「……王允殿は?」

 権力者の構図が変わると言う事は、その最上位に位置する王允の身に何かあったと言う事だと呂布はすぐに察知した。

「都に入り込んだ樊稠、張済の二人は、董卓に罪有りとするのであれば、同様の罪は王允にも有りと主張しました。王允殿は道理を持って説得しようとしたのですが、樊稠と張済には通用せず、下手をすると暴動になる恐れもあり苦渋の末樊稠達の目の前で皇城よりその身を投げ出し、その屍を樊稠達の前に晒したのです」

「……何と、壮絶な事よ」

 呂布は眉を寄せて、言葉を絞り出した。

「旧董卓軍の面々はそれにて当面の目的を達成し、これ以上を望むにも向けるべき矛先を失った形となりました。それゆえ、いち早くこの戦いを切り上げて知恵者賈詡を手元に引き寄せたいのです。また、外の兵を中へ入れなければ漢軍と戦う武力を得る事は出来ません」

「なれば! ここで退く事必要無し! 徹底的に敵を叩くべし!」

 徹底抗戦を望む楊奉は停戦をよしとせず、声を荒らげて主張する。

「今、総攻撃をかければ敵将無き偽りの樊稠、張済の軍は崩壊させる事も容易! これで半数の敵を撃滅する事も出来、配置も中央である事から李傕、郭汜を分断して殲滅する好機! その後で都の逆賊を討ち果たせば、我らの完全勝利! 呂布将軍、ここは攻勢を仕掛けるべき時!」

「まさに! この韓暹も命を惜しまず戦いましょう!」

 元黄巾党の二人は、あくまでも徹底抗戦の構えを崩さない。

「上意です。それに刃向うは、謀反と取られますがそれでもよろしいのか?」

 感情的な二人と違って、皇甫酈は淡々と伝える。

「何が上意か! 都の奴らが何も出来ないから、こうなっているのではないか! 我らが外の敵を一蹴して都に取って返し、逆賊全て討ち果たすと伝えぃ!」

 韓暹は皇甫酈を脅す様に凄む。

 いかにも温室育ちで荒事慣れなどしていなさそうな皇甫酈だが、こう見えても董卓に意見して皇甫の家を守ったほどの肝の太さを持っている。

 韓暹程度の圧力で、言葉を失う様な人物ではないのだ。

「真の凶報は別にあるのです」

 その皇甫酈は凄む韓暹を相手にせず、呂布に向かって言う。

「王允殿が亡くなられた以上の凶報が?」

 驚く呂布に、皇甫酈は頷く。

「より直接的な凶報です」

 その言葉にこれまで高圧的な態度を取り続けていた楊奉と韓暹も、皇甫酈の言葉を遮る事無く耳を傾ける。

「呂布将軍、その任を解き、追放を命じるとの事」

「何をバカな!」

 これまで大人しくしていた張遼が突然声を上げたので、元黄巾党の二将も驚いている。

「呂布将軍には功あれど罪無し! それを、任を解くばかりか追放など、正気の沙汰とは思えません!」

「まったくその通りだと、僕も思っているよ、文遠」

 怒りを表に出す張遼に対し、皇甫酈はあくまでも冷静である。

「だが、向こうには向こうの言い分もある。事象だけを見た場合、呂布将軍は董太師守護の責任者であったにも関わらず、その任を投げ出したばかりか董太師を手がけた張本人でもある。その呂布将軍に罪無しとは言えぬ、との事」

「それは王允殿からの命令で……!」

「うん、それも分かっている。でも、王允殿は高楼から自ら飛び降りて自害して果てたのに対し、呂布将軍にお咎め無しで通る道理も無いだろう」

「ですが」

「文遠、逆の立場で考えてみよ。例えば僕が呂布将軍を害したとする。その計画を立てたのが僕で、実行したのが樊稠であった場合、僕が処罰されれば実際に呂布将軍を討った樊稠は利用されただけとして不問に処す事が出来るか? 漢の貴重な戦力であるとして、咎めがないばかりか現職を続行させられるか?」

 皇甫酈の例えに、張遼は絶句させられる。

 確かにそうだ、と呂布も納得させられた。

 董卓を討ったあの時、呂布は確かにまだ董卓の警護役であり、しかもその責任者であった。

 にも関わらず、警護すべき対象の董卓を守るどころか自ら手にかけてしまった。

 そこに罪無しなどと言えるはずもなく、むしろ任を解き追放と言う処分は軽すぎるのではないかとさえ思える。

「……皇甫酈将軍、俺が処分を受けるのは当然の事であるとして、例えばこの戦に参加した楊奉、韓暹の両将軍はどの様になるのです? 彼らこそ、功あれど罪無く、不当に罰せられる様な事はありませんか?」

 自分の事も大変だと言うのに、呂布が気にしているのは自分が率いた者達の事だった。

 しかしその事は気になっていたらしく、楊奉と韓暹も皇甫酈の答えを舞っている。

「お二方は董太師の件には関わり合いの無い方。おそらくですが、樊稠将軍達も漢の武将たるお二方を罰する事は無いでしょう」

 そうだろうとは思ったのだが、確証は無いとは言え皇甫酈がそう口にした事で、楊奉と韓暹は露骨に安堵の表情を浮かべる。

「呂布将軍のご家族はどの様になるのですか? 都に残っておられるはずですが、もし害される様な事になったら、俺はこの命にかえても敵を討ち取る覚悟」

 張遼が怒りの形相で呟く。

「皇甫酈将軍、俺は追放を受け入れる」

「呂布将軍!」

 張遼が講義しようとするのを、呂布は遮る。

「ただ、先ほど文遠が申した通り、家族はどうなるのでしょうか。もし家族に一切の手出しをしないと言う事を約束していただけるのであれば、俺はその処分に対して申し立てる事もなく受け入れますが」

「……残念ですが、手出し無しと言う事を約束する事は出来ません」

 全てを丸く収める提案であったにも関わらず、皇甫酈はその申し出を拒絶する。

 一瞬にして色めき立つ張遼だったが、皇甫酈はそれを気にする事なく続ける。

「と言うのも、追放を受け入れた場合、呂布将軍は大罪を犯した罪人と言う事になりますので、家族も同様の処分が降ると言う事。将軍が受け入れると言うのであれば、そのご家族も当然都に住む事は叶いません。何卒、ご了承下さいませ」

 温厚な呂布も一瞬怒りを覚えたが、その処分もまた奇妙である事に気付いた。

 そう言う事であれば、家族は追放などという回りくどい事はせずに捕らえて処罰される事になるのが常である。

 董卓政権の時に追放処分となった武将はいなかったが、穏便な解決より血を好む董卓軍の武将達にしては、余りにもらしくない方法だった。

 それは現在軍師となっている賈詡の手腕か、あるいは……。

「……皇甫酈将軍が手を回して下さったのか?」

 そうとしか考えられないところがあった。

 この場に皇甫酈がいる、と言う事がまさにそう言う事ではないかと思えたのだ。

 皇甫酈は若いとはいえ正規の将軍職にある者で、一伝令としてやってきて良い立場ではなく、また長安の政変に成功したとは言ってもその直後に都の守備の人材を伝令として戦場に送り出すのは、いくら何でも考えにくい。

 まして皇甫酈は漢の名門皇甫の家の者であるのだから、下手に行動の自由を与えてしまった場合、反乱を起こされる恐れさえある人物である。

「僕に出来る事はここまでです。恩有る呂布将軍に対して、申し訳ございません」

「いや、そこまで手を回して頂ければそれで十分。後は楊奉と韓暹、文遠の事をよろしくお願いします」

「呂布将軍が職を辞すると言うのであれば、俺もここに留まるつまりはありません。将軍が流浪すると言うのであれば、当然俺もお供します」

 張遼は迷う事無く言う。

「実は将軍、文遠はきっとそう言うと思って将軍と共に行動する様に手配してしまっています。今から都に戻ると、間者である事を疑われる恐れもありますので、そこは是非将軍と共に行動させて下さい」

 呂布の申し出を皇甫酈は断ってきたので、張遼も職を辞して呂布と共に都を離れる事となった。

 こうして呂布軍は戦わずして敗れ、楊奉と韓暹は撤退の準備にかかる。

 呂布と張遼は軍を離れる事となり流浪の呂布に付き従う志願兵として三千ほどが残ったが、これは荊州時代からの精鋭がほとんどだった。

「皇甫酈将軍」

 撤退を始めた漢軍と共に去ろうとした皇甫酈を、呂布が呼び止める。

「色々とお手数をおかけしました。ですが俺の事はともかく、漢の弱体に繋がるのでは?」

 呂布と共にいた張遼が、皇甫酈に尋ねる。

「僕も遠からず都を追われる事になるだろう。正直に言ってしまうと、僕では国を守る事など出来ないと分かったから、せめて皇甫の家だけでも守れればと思ってね。ただそれだけだよ」

「皇甫酈将軍、いくら夜陰に紛れてとはいえ不用意な撤退は相手の攻勢を招くのでは?」

 呂布はそこを心配していたが、皇甫酈は首を振る。

「さすがに李傕、郭汜の両将軍は呂布将軍がまだいる間は攻めてこないでしょう。賈詡軍師にすれば、ここで犠牲を払って漢軍を打ち破る事に何の意味も無い事は知っているはずですから、日中に敵の目の前で撤退しても追撃はありませんよ」

「ですが、樊稠や張済は……」

「その二将は、最初から戦場にはいませんでした。今は都を制圧しています」

 皇甫酈が言うには、樊稠と張済は李粛との戦いの時から既に軍から離れて別行動を取っていたと言う。

 そこで重装備で正体を隠しやすい樊稠軍は影武者として賈詡が自ら率い、張済軍は彼の族子で軍才に優れる張繍ちょうしゅうが率いていたらしい。

 それでも戦場の責任者は李傕、郭汜であり、賈詡と張繍はあくまでも補佐と言う立場であったため、李傕と郭汜は万が一の場合には責任を取らされる立場にあった。

 その二人としては失敗した場合、全責任を賈詡のせいにしようと画策していたため、結果として賈詡が全軍の指揮をとる事になり、それがあの統一性につながったと言う事だった。

「呂布将軍、近日中に将軍のご家族は都の外へ逃がしますので、どうかご安心下さい」

「申し訳ない。家には高順と言う者がいますので、その者に仔細を説明してもらえると、察すると思います」

 呂布がそう言うと、皇甫酈は頷く。

「漢は、この国はどうなるのでしょうね」

 去り際に呟いた皇甫酈の言葉を最後に、これ以降呂布と皇甫酈の道は違え、彼らの生涯で二度と会う事は無かった。
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