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彷徨える龍
馬中の赤兎、人中の呂布 6
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張郃が呆れ、審配と張遼が激怒した郭図の作戦は、無理矢理にでも郭図に好意的な解釈をするのであれば包囲殲滅作戦である。
要約すると、まず顔良の袁紹軍本隊が黒山の賊軍の前に姿を現す。
そこで黒山の賊軍のほぼ全軍を引き出した事を確認したら、いったん待機。
その間に張遼と張郃の別働隊が黒山の賊軍の退路を断ち、配置が済み次第殲滅戦に移ると言うものであった。
問題となった呂布の運用法だが、張遼と張郃の別働隊の動きを相手に悟らせない為に、遊撃隊として賊軍の前に出て、場合によっては交戦する役割である。
呂布の能力から考えると適任だと言えなくもないのだが、問題となったのはその遊撃隊の数だった。
せっかく出てきた賊軍がまた山の中に戻られても困るのだが、だからといって無視されても意味がない。
適度に意識させて、多少なりとも敵に被害を与え、尚且つ張遼達別働隊の存在を気付かれない様にしなければならないと言うのが、呂布の遊撃隊の役割である。
郭図が提案した数は、二百から三百。
しかも副将である張遼は別働隊の方の指揮に回されているので、呂布に付き従うのは魏越と成廉。本隊との連絡係として宋憲が同行する事になっていた。
つまり、それぞれが数十騎程度の戦力しか率いる事が出来ない状況で、一万を超えるとされる黒山の賊軍に相対する事になるのだ。
これは郭図の作戦と言うより、呂布と言う目障りな存在を戦場で亡き者にしてやろうと言う露骨な悪意の采配としか思えず、その事に張遼と審配は激怒していた。
が、呂布はその事を別段妙な事だと捉えておらず、そう言う作戦なのだと信じきっている。
おそらく郭図は無理難題を吹っかけて、呂布が命令に従わないと言う実績を作って袁紹に報告、それによって呂布を追放する流れを作りたかったのだろうし、顔良もそれに同意していたと思われる節もあった。
しかし、当の呂布本人がその事に気付いておらず、この無茶な作戦にも好意的に従事する事を約束してしまった。
これには郭図も顔良も困惑の色を見せたが、しかし呂布を亡き者にすると言う当初の目標に戻っただけだと判断して、作戦を決定した。
この呂布遊撃隊には、本人の希望もあり特に役職にもついていないと言う事もあって、何の問題もなく趙雲も配属されている。
「遊撃隊は機動力が命。魏越、成廉はともかく、趙雲は馬術の方は大丈夫か?」
呂布はそこを確認する。
呂布の遊撃隊は騎馬隊で編成されているのだが、趙雲がこちらに編成される事を後から知らされたので、確認が遅れたのだ。
「ご心配には及びません。この趙雲、戦場での働きであれば誰にも負ける事は無いと自負しております」
物腰は柔らかいものの、大層な自信家でもあるらしい。
「しかし呂布将軍。この作戦はいくらなんでも無理難題に過ぎるのでは?」
魏越が心配そうに尋ねる。
「袁紹は少しくらいマシかと思ったが、袁術と大差無いとは。名門とは名ばかりだな」
成廉も露骨に皮肉を言っている。
「すみません。どうにも派閥争いがあるみたいで。お気に触る事とは思いますが、なにとぞ穏便に」
「いや、宋憲殿が悪い訳では無いでしょう」
口が過ぎたと思ったのか、成廉はすぐさま宋憲に頭を下げる。
この宋憲は名門袁紹軍の将軍の中にあって群を抜いて腰が低く、将軍位で言えば張郃と同じくらいの位置なのだが、妙に謙虚で押しや主張の弱さもあって出世から見放された人物でもあった。
しかし張郃が言うには決して無能な人物ではなく、失敗を恐れるあまり出来るだけ人目につかない様に努力していると言う、努力の方向性に大きな問題を抱えた人物らしい。
「この作戦について、呂布将軍はどの様にお考えなのですか? ただ言われるがままに、郭図軍師の言いなりになるおつもりで?」
主従関係に無い強みなのか性格的なものなのか、趙雲は聞きにくい事もまったく意に介さず呂布に尋ねてくる。
張郃に対しても言いたい事を言っていたところを見ると、おそらくは後者ではないかと思われる。
「言いなり、と言われるとそう言うつもりは無いよ。一応の作戦の目的や役割も教えてもらった訳だから、そこから逸脱しない程度でこちらの好きにやらせてもらうつもりだ」
そう言うと、呂布は自身の作戦を説明する。
と言っても、さほど込み入った作戦というわけでも、大してあくどいと言う事もなく、少数の遊撃隊としてはいたって基本的な事だった。
端的に言うと出来るだけ遊撃隊を隠しながら敵の小隊を見つけて、それを攻撃していくという、ごくありふれた事である。
その役割分担だが、初手の攻撃を担うのは呂布の役割である。
「将軍が? 危険過ぎませんか?」
「まぁ危険が無い訳じゃないけど、俺がもっとも適任だと思うから」
魏越は心配したが、呂布は軽く答える。
まず最初に姿を現して敵に挑むのだから、もっとも危険な役割だと言ってもいい。
しかし、本人が言う様にもっとも適任なのも呂布なのである。
まず人並み外れた長身と騎乗する馬も巨大という、誰よりも目立つ容姿もそうなのだが、非常識な飛距離と速度と貫通力を誇る強弓、それを恐れて近接戦に挑まれても何ら問題のない高過ぎる戦闘能力などから、他の候補を選びようがない。
だからといって呂布が一人で全軍を相手に殲滅する事が出来ると言う事も無いので、魏越と成廉の連携は不可欠になる。
むしろこの二人の部隊こそが、この遊撃隊の主力となって戦う事が求められる。
そして、冷静そうな趙雲が戦況を見極めて最後の一撃となる役割を担う。
趙雲の参戦そのものが撤退の合図を意味するので、趙雲はもちろん、呂布達もすぐさま戦闘行為を切り上げて撤退に移る。
少数の遊撃隊がいつまでも足を止めて戦い続ける訳にもいかないので、言葉などによる連絡を省略する事によって生存率を高めると言う意味もあった。
呂布の立てた作戦に策らしいところを見るとすると、撤退の際には出来るだけ顔良の率いる本隊の方に逃げた様に見せるようにする、と言う事くらいである。
その偽装は、宋憲が工作する事になっていた。
と言っても大掛かりなモノではなく、遊撃隊の行方をくらませる為に痕跡を隠すと言うより、本隊の方に向かった痕跡を作る方が主となる工作である。
実際に上手くいくかを試すと言う意味も込めて、呂布遊撃隊は本隊から離れて黒山に入って賊軍の一隊と戦ってみた。
相手にも問題はあったかもしれないが、呂布の考えた戦法は驚く程効果があった。
自他共に認める自信家である趙雲が、あまりにも上手く行き過ぎて撤退の合図となる自身の参戦が出来なかったくらいである。
呂布遊撃隊の総数は三百程度ではあるものの、それぞれが率いている騎兵は数十騎ずつでしかない。
それで黒山の賊軍五百くらいの小隊を、ものの見事に粉砕して見せた。
「呂布将軍、貴方は『本物』です。さすがにあの張郃さんが認めていただけの事はある」
趙雲が手放しに呂布を賞賛する。
「それはありがとう。ところで魏越がいないみたいだが、逃げ遅れたりとかは無いか?」
圧倒的な快勝であったものの、念のため呂布達はいったん散り散りになって逃げて所在を掴まれにくくした上で、決めていた合流地点に集まる。
そこに魏越の姿が無い事が、呂布には気になっていた。
特に苦戦していた印象も無かったし、先ほど言った通り逃げ遅れたと言う事も無さそうだったのだが。
「すみません、遅れました」
呂布が心配していたところで、魏越が合流地点にやってきた。
「ですが、これで我々の仕事は問題なく遂行出来るはずです」
魏越はそう言うと、黒山の詳細な地図を広げて見せる。
「これは?」
「黒山の賊軍と言っても、元々からの黒山の地主が袁紹軍からそう呼ばれているわけではなく、元黄巾党の張燕が根城にしたから賊軍と呼ばれているだろう?」
趙雲の質問に、魏越が答える。
「おそらく張燕は自身の勢力の他、黒山の集落に住む者も無理矢理にでも吸収したはずと思って、先ほどの賊から聞き出したんです。やはり張燕の賊軍の中にはそれなりにそう言う兵がいるらしく、こちらへの協力を申し出てくる者もいましたので、その者達の集落を守る条件でこれらの情報を入手しました」
魏越のやった事は、厳密に言えば越権行為なので本来であれば罰せられてもおかしくない。
だが、それ以上に魏越の得てきた情報は大きかった。
魏越の持っていた地図には黒山の詳細な地図だけでなく、張燕軍の黒山における配置なども記されていたのだ。
「これを見る限りでは、張燕は張郃さんが言うみたいな無能と言う訳では無さそうですね」
趙雲が地図を見ながら言う。
黒山はさほど高さは無い山だが、ところどころに奇妙に険しい地形が点在する。
張燕はそこを抑えて拠点を作り、黒山を天然の要塞へと変貌させていた。
確かに張郃は張燕の事を一切評価していないが、それでも張燕は黄巾党時代では地公将軍張宝の配下として一軍を与えられていたし、漢軍に在籍していた時には朱儁の副将も務めた男なので、趙雲が評した通り決して無能と言う訳ではない。
だが、黄巾の乱の時からそうだったが相手が悪いとしか言い様がなかった。
ただの力押しであっても呂布は張燕の拠点を叩き潰す事が出来るが、その上に拠点の場所まで詳細に知られているとなっては防ぎようが無い。
「さて、それじゃどこから叩きますか?」
成廉も乗り気で、呂布に尋ねる。
「うーん、俺達の役割から考えると、片っ端から拠点を叩いていくと言うより、より顔良将軍の本隊へ注意を向けてもらう必要がある訳だから、本隊の近くで、なおかつ本隊の進路に沿ったところを狙うべきじゃないかな?」
手薄な拠点を次々と襲って手柄を上げる事を予想していた魏越と成廉は、呂布の言葉に驚きを隠せなかった。
それでは呂布の遊撃隊の評価ではなく、普通だったら絶対に上手くいくわけがない策を立てた郭図が功労者になりかねない。
「わざわざ本隊の為にそこまでお膳立てする必要がありますか? あいつらはあいつらで何とかするでしょうし、何とかしないといけないでしょう」
成廉は不満を口にする。
口には出さないが、魏越も同じ様な表情である。
「呂布将軍、それはあまり良い手とは言えないのではありませんか?」
趙雲も呂布の提案に疑問を持っているらしい。
「だよな、子龍もそう思うだろ?」
「あ、いや、成廉さんとはちょっと違うと思いますよ」
同意を求める成廉に対して、趙雲は首を振る。
「先ほど呂布将軍が提案した方法は、例えば私や成廉さんや魏越さんが行う分には本隊との連携も取れる方法でしょうが、呂布将軍は敵将の張燕に顔バレしている事も考えられるでしょう? 何より目立ちますし」
張燕と戦ったのは十年近く前の事であり、その当時で言えば呂布は黄金の鎧姿でも無ければ赤兎馬にも乗っていなかったのだが、あの当時と比べると『呂布』の名は本人が思う以上に知れ渡っている。
そう考えると、趙雲が指摘する通り、張燕がこの遊撃隊を指揮しているのが呂布である事に気づく可能性は低くない。
「そうなると、張郃さん達が退路を断つ配置につく前に撤退と言う選択をする事も十分に考えられます。そうすると作戦は失敗して、全責任を私達遊撃隊に押し付けられかねません」
この場にいる全員が、最年少の趙雲の言葉に耳を傾けている。
呂布自身が立場や肩書きなどにうるさくない事や、魏越、成廉といったところも長く袁術と張り合っていた事から、生き残る為の知恵を出すのに年齢や肩書きはさほど重要ではないと考える柔軟さが身についていたと言う事もあった。
「つまり私達が狙うべきは、張郃さん達の展開しようとしている場所と本隊に敵軍を押し付ける事では無いでしょうか」
「……なるほど、子龍の言う通り。呂布将軍、俺もそう思います」
魏越が趙雲に賛同する。
「ああ、俺もそうするべきだと思った。で、趙雲。君は俺達が狙うべき拠点はどこだと思う?」
「それは呂布将軍にもお分かりでしょう」
呂布の質問に、趙雲はそう答えた。
張郃や張遼が展開している敵軍の退路に押し付けると言う事は、条件だけで言えばまったく難しくない。
要は敵軍を撤退させてしまえば良いだけの話である。
しかし、配置が完了する前に全軍に撤退を開始されてしまうと、さすがの張郃や張遼であっても撃ち漏らしが発生する恐れがあった。
それを起きない様にして、さらにこちらの本隊に敵を押し付けるにはどうすれば良いか。
実はこれも、条件だけで言えば簡単である。
呂布達遊撃隊も敵の予想退路の方から進撃して、敵を顔良の本隊の方まで誘導すれば良いのだ。
その条件を満たしているところと言えば、地図を見る限りでは一箇所しかない。
「……本拠地を狙う、か」
「必ずしも陥落させる必要はありません。理想で言えば、本隊を陽動でこちらを主力だと勘違いしてもらったら、それで私達の役目も完了でしょう。いきなり全軍全力で撤退と言う凄まじい判断を下さない限り、私達と張郃さん達全員が抜かれて取り逃がすと言う事も無いはずです」
趙雲は頷いて、そう答えた。
そこまで大胆な決断を下せそうなのは、呂布が知る限りで現時点においては曹操ただ一人くらいなものだろう。
「やりましょう、呂布将軍」
魏越と成廉も、趙雲に賛同する。
「……ただ、距離があるな」
「機動力を重視していますので、兵糧などの物資の面から考えると最大で四日から五日が行動限界だと思われます」
今まで出番無しと思っていたのか、まったく口を開かなかった宋憲が言う。
「拠点までの移動で一日、休養で一日、拠点襲撃に一日、撤退して本隊と合流に一日ってところか」
「十分でしょう」
成廉が鼻息荒く息巻いている。
「余裕がある、とは言えないにしても、郭図が提案したこの作戦よりは十分に常識の範囲内ですから」
魏越もそう言い、趙雲も頷いている。
「……よし、それじゃやってみるか」
呂布もようやく頷いた。
「ただし、俺達の目的は敵の拠点を陥落させる事ではなく、あくまでも敵の目を退路遮断しようとしている別働隊に向けさせない事だ。無理して討たれる様な事なしてくれるなよ?」
その条件で、呂布達遊撃隊による黒山の賊軍とごく短期間であるものの本格的な戦闘が始まる事となった。
要約すると、まず顔良の袁紹軍本隊が黒山の賊軍の前に姿を現す。
そこで黒山の賊軍のほぼ全軍を引き出した事を確認したら、いったん待機。
その間に張遼と張郃の別働隊が黒山の賊軍の退路を断ち、配置が済み次第殲滅戦に移ると言うものであった。
問題となった呂布の運用法だが、張遼と張郃の別働隊の動きを相手に悟らせない為に、遊撃隊として賊軍の前に出て、場合によっては交戦する役割である。
呂布の能力から考えると適任だと言えなくもないのだが、問題となったのはその遊撃隊の数だった。
せっかく出てきた賊軍がまた山の中に戻られても困るのだが、だからといって無視されても意味がない。
適度に意識させて、多少なりとも敵に被害を与え、尚且つ張遼達別働隊の存在を気付かれない様にしなければならないと言うのが、呂布の遊撃隊の役割である。
郭図が提案した数は、二百から三百。
しかも副将である張遼は別働隊の方の指揮に回されているので、呂布に付き従うのは魏越と成廉。本隊との連絡係として宋憲が同行する事になっていた。
つまり、それぞれが数十騎程度の戦力しか率いる事が出来ない状況で、一万を超えるとされる黒山の賊軍に相対する事になるのだ。
これは郭図の作戦と言うより、呂布と言う目障りな存在を戦場で亡き者にしてやろうと言う露骨な悪意の采配としか思えず、その事に張遼と審配は激怒していた。
が、呂布はその事を別段妙な事だと捉えておらず、そう言う作戦なのだと信じきっている。
おそらく郭図は無理難題を吹っかけて、呂布が命令に従わないと言う実績を作って袁紹に報告、それによって呂布を追放する流れを作りたかったのだろうし、顔良もそれに同意していたと思われる節もあった。
しかし、当の呂布本人がその事に気付いておらず、この無茶な作戦にも好意的に従事する事を約束してしまった。
これには郭図も顔良も困惑の色を見せたが、しかし呂布を亡き者にすると言う当初の目標に戻っただけだと判断して、作戦を決定した。
この呂布遊撃隊には、本人の希望もあり特に役職にもついていないと言う事もあって、何の問題もなく趙雲も配属されている。
「遊撃隊は機動力が命。魏越、成廉はともかく、趙雲は馬術の方は大丈夫か?」
呂布はそこを確認する。
呂布の遊撃隊は騎馬隊で編成されているのだが、趙雲がこちらに編成される事を後から知らされたので、確認が遅れたのだ。
「ご心配には及びません。この趙雲、戦場での働きであれば誰にも負ける事は無いと自負しております」
物腰は柔らかいものの、大層な自信家でもあるらしい。
「しかし呂布将軍。この作戦はいくらなんでも無理難題に過ぎるのでは?」
魏越が心配そうに尋ねる。
「袁紹は少しくらいマシかと思ったが、袁術と大差無いとは。名門とは名ばかりだな」
成廉も露骨に皮肉を言っている。
「すみません。どうにも派閥争いがあるみたいで。お気に触る事とは思いますが、なにとぞ穏便に」
「いや、宋憲殿が悪い訳では無いでしょう」
口が過ぎたと思ったのか、成廉はすぐさま宋憲に頭を下げる。
この宋憲は名門袁紹軍の将軍の中にあって群を抜いて腰が低く、将軍位で言えば張郃と同じくらいの位置なのだが、妙に謙虚で押しや主張の弱さもあって出世から見放された人物でもあった。
しかし張郃が言うには決して無能な人物ではなく、失敗を恐れるあまり出来るだけ人目につかない様に努力していると言う、努力の方向性に大きな問題を抱えた人物らしい。
「この作戦について、呂布将軍はどの様にお考えなのですか? ただ言われるがままに、郭図軍師の言いなりになるおつもりで?」
主従関係に無い強みなのか性格的なものなのか、趙雲は聞きにくい事もまったく意に介さず呂布に尋ねてくる。
張郃に対しても言いたい事を言っていたところを見ると、おそらくは後者ではないかと思われる。
「言いなり、と言われるとそう言うつもりは無いよ。一応の作戦の目的や役割も教えてもらった訳だから、そこから逸脱しない程度でこちらの好きにやらせてもらうつもりだ」
そう言うと、呂布は自身の作戦を説明する。
と言っても、さほど込み入った作戦というわけでも、大してあくどいと言う事もなく、少数の遊撃隊としてはいたって基本的な事だった。
端的に言うと出来るだけ遊撃隊を隠しながら敵の小隊を見つけて、それを攻撃していくという、ごくありふれた事である。
その役割分担だが、初手の攻撃を担うのは呂布の役割である。
「将軍が? 危険過ぎませんか?」
「まぁ危険が無い訳じゃないけど、俺がもっとも適任だと思うから」
魏越は心配したが、呂布は軽く答える。
まず最初に姿を現して敵に挑むのだから、もっとも危険な役割だと言ってもいい。
しかし、本人が言う様にもっとも適任なのも呂布なのである。
まず人並み外れた長身と騎乗する馬も巨大という、誰よりも目立つ容姿もそうなのだが、非常識な飛距離と速度と貫通力を誇る強弓、それを恐れて近接戦に挑まれても何ら問題のない高過ぎる戦闘能力などから、他の候補を選びようがない。
だからといって呂布が一人で全軍を相手に殲滅する事が出来ると言う事も無いので、魏越と成廉の連携は不可欠になる。
むしろこの二人の部隊こそが、この遊撃隊の主力となって戦う事が求められる。
そして、冷静そうな趙雲が戦況を見極めて最後の一撃となる役割を担う。
趙雲の参戦そのものが撤退の合図を意味するので、趙雲はもちろん、呂布達もすぐさま戦闘行為を切り上げて撤退に移る。
少数の遊撃隊がいつまでも足を止めて戦い続ける訳にもいかないので、言葉などによる連絡を省略する事によって生存率を高めると言う意味もあった。
呂布の立てた作戦に策らしいところを見るとすると、撤退の際には出来るだけ顔良の率いる本隊の方に逃げた様に見せるようにする、と言う事くらいである。
その偽装は、宋憲が工作する事になっていた。
と言っても大掛かりなモノではなく、遊撃隊の行方をくらませる為に痕跡を隠すと言うより、本隊の方に向かった痕跡を作る方が主となる工作である。
実際に上手くいくかを試すと言う意味も込めて、呂布遊撃隊は本隊から離れて黒山に入って賊軍の一隊と戦ってみた。
相手にも問題はあったかもしれないが、呂布の考えた戦法は驚く程効果があった。
自他共に認める自信家である趙雲が、あまりにも上手く行き過ぎて撤退の合図となる自身の参戦が出来なかったくらいである。
呂布遊撃隊の総数は三百程度ではあるものの、それぞれが率いている騎兵は数十騎ずつでしかない。
それで黒山の賊軍五百くらいの小隊を、ものの見事に粉砕して見せた。
「呂布将軍、貴方は『本物』です。さすがにあの張郃さんが認めていただけの事はある」
趙雲が手放しに呂布を賞賛する。
「それはありがとう。ところで魏越がいないみたいだが、逃げ遅れたりとかは無いか?」
圧倒的な快勝であったものの、念のため呂布達はいったん散り散りになって逃げて所在を掴まれにくくした上で、決めていた合流地点に集まる。
そこに魏越の姿が無い事が、呂布には気になっていた。
特に苦戦していた印象も無かったし、先ほど言った通り逃げ遅れたと言う事も無さそうだったのだが。
「すみません、遅れました」
呂布が心配していたところで、魏越が合流地点にやってきた。
「ですが、これで我々の仕事は問題なく遂行出来るはずです」
魏越はそう言うと、黒山の詳細な地図を広げて見せる。
「これは?」
「黒山の賊軍と言っても、元々からの黒山の地主が袁紹軍からそう呼ばれているわけではなく、元黄巾党の張燕が根城にしたから賊軍と呼ばれているだろう?」
趙雲の質問に、魏越が答える。
「おそらく張燕は自身の勢力の他、黒山の集落に住む者も無理矢理にでも吸収したはずと思って、先ほどの賊から聞き出したんです。やはり張燕の賊軍の中にはそれなりにそう言う兵がいるらしく、こちらへの協力を申し出てくる者もいましたので、その者達の集落を守る条件でこれらの情報を入手しました」
魏越のやった事は、厳密に言えば越権行為なので本来であれば罰せられてもおかしくない。
だが、それ以上に魏越の得てきた情報は大きかった。
魏越の持っていた地図には黒山の詳細な地図だけでなく、張燕軍の黒山における配置なども記されていたのだ。
「これを見る限りでは、張燕は張郃さんが言うみたいな無能と言う訳では無さそうですね」
趙雲が地図を見ながら言う。
黒山はさほど高さは無い山だが、ところどころに奇妙に険しい地形が点在する。
張燕はそこを抑えて拠点を作り、黒山を天然の要塞へと変貌させていた。
確かに張郃は張燕の事を一切評価していないが、それでも張燕は黄巾党時代では地公将軍張宝の配下として一軍を与えられていたし、漢軍に在籍していた時には朱儁の副将も務めた男なので、趙雲が評した通り決して無能と言う訳ではない。
だが、黄巾の乱の時からそうだったが相手が悪いとしか言い様がなかった。
ただの力押しであっても呂布は張燕の拠点を叩き潰す事が出来るが、その上に拠点の場所まで詳細に知られているとなっては防ぎようが無い。
「さて、それじゃどこから叩きますか?」
成廉も乗り気で、呂布に尋ねる。
「うーん、俺達の役割から考えると、片っ端から拠点を叩いていくと言うより、より顔良将軍の本隊へ注意を向けてもらう必要がある訳だから、本隊の近くで、なおかつ本隊の進路に沿ったところを狙うべきじゃないかな?」
手薄な拠点を次々と襲って手柄を上げる事を予想していた魏越と成廉は、呂布の言葉に驚きを隠せなかった。
それでは呂布の遊撃隊の評価ではなく、普通だったら絶対に上手くいくわけがない策を立てた郭図が功労者になりかねない。
「わざわざ本隊の為にそこまでお膳立てする必要がありますか? あいつらはあいつらで何とかするでしょうし、何とかしないといけないでしょう」
成廉は不満を口にする。
口には出さないが、魏越も同じ様な表情である。
「呂布将軍、それはあまり良い手とは言えないのではありませんか?」
趙雲も呂布の提案に疑問を持っているらしい。
「だよな、子龍もそう思うだろ?」
「あ、いや、成廉さんとはちょっと違うと思いますよ」
同意を求める成廉に対して、趙雲は首を振る。
「先ほど呂布将軍が提案した方法は、例えば私や成廉さんや魏越さんが行う分には本隊との連携も取れる方法でしょうが、呂布将軍は敵将の張燕に顔バレしている事も考えられるでしょう? 何より目立ちますし」
張燕と戦ったのは十年近く前の事であり、その当時で言えば呂布は黄金の鎧姿でも無ければ赤兎馬にも乗っていなかったのだが、あの当時と比べると『呂布』の名は本人が思う以上に知れ渡っている。
そう考えると、趙雲が指摘する通り、張燕がこの遊撃隊を指揮しているのが呂布である事に気づく可能性は低くない。
「そうなると、張郃さん達が退路を断つ配置につく前に撤退と言う選択をする事も十分に考えられます。そうすると作戦は失敗して、全責任を私達遊撃隊に押し付けられかねません」
この場にいる全員が、最年少の趙雲の言葉に耳を傾けている。
呂布自身が立場や肩書きなどにうるさくない事や、魏越、成廉といったところも長く袁術と張り合っていた事から、生き残る為の知恵を出すのに年齢や肩書きはさほど重要ではないと考える柔軟さが身についていたと言う事もあった。
「つまり私達が狙うべきは、張郃さん達の展開しようとしている場所と本隊に敵軍を押し付ける事では無いでしょうか」
「……なるほど、子龍の言う通り。呂布将軍、俺もそう思います」
魏越が趙雲に賛同する。
「ああ、俺もそうするべきだと思った。で、趙雲。君は俺達が狙うべき拠点はどこだと思う?」
「それは呂布将軍にもお分かりでしょう」
呂布の質問に、趙雲はそう答えた。
張郃や張遼が展開している敵軍の退路に押し付けると言う事は、条件だけで言えばまったく難しくない。
要は敵軍を撤退させてしまえば良いだけの話である。
しかし、配置が完了する前に全軍に撤退を開始されてしまうと、さすがの張郃や張遼であっても撃ち漏らしが発生する恐れがあった。
それを起きない様にして、さらにこちらの本隊に敵を押し付けるにはどうすれば良いか。
実はこれも、条件だけで言えば簡単である。
呂布達遊撃隊も敵の予想退路の方から進撃して、敵を顔良の本隊の方まで誘導すれば良いのだ。
その条件を満たしているところと言えば、地図を見る限りでは一箇所しかない。
「……本拠地を狙う、か」
「必ずしも陥落させる必要はありません。理想で言えば、本隊を陽動でこちらを主力だと勘違いしてもらったら、それで私達の役目も完了でしょう。いきなり全軍全力で撤退と言う凄まじい判断を下さない限り、私達と張郃さん達全員が抜かれて取り逃がすと言う事も無いはずです」
趙雲は頷いて、そう答えた。
そこまで大胆な決断を下せそうなのは、呂布が知る限りで現時点においては曹操ただ一人くらいなものだろう。
「やりましょう、呂布将軍」
魏越と成廉も、趙雲に賛同する。
「……ただ、距離があるな」
「機動力を重視していますので、兵糧などの物資の面から考えると最大で四日から五日が行動限界だと思われます」
今まで出番無しと思っていたのか、まったく口を開かなかった宋憲が言う。
「拠点までの移動で一日、休養で一日、拠点襲撃に一日、撤退して本隊と合流に一日ってところか」
「十分でしょう」
成廉が鼻息荒く息巻いている。
「余裕がある、とは言えないにしても、郭図が提案したこの作戦よりは十分に常識の範囲内ですから」
魏越もそう言い、趙雲も頷いている。
「……よし、それじゃやってみるか」
呂布もようやく頷いた。
「ただし、俺達の目的は敵の拠点を陥落させる事ではなく、あくまでも敵の目を退路遮断しようとしている別働隊に向けさせない事だ。無理して討たれる様な事なしてくれるなよ?」
その条件で、呂布達遊撃隊による黒山の賊軍とごく短期間であるものの本格的な戦闘が始まる事となった。
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糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
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