新説 呂布奉先伝 異伝

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その大地、徐州

徐州入り 7

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 小沛の急速な復興に伴ってと言う訳でもないだろうが、それに合わせる様に徐州軍も急速に強大化していった。

 動員数はせいぜい一万が限度だったところ、僅かな期間で三万まで増やしている。

 それには関羽、張飛と言った猛将の存在もさることながら、やはり劉備の群を抜いた魅力によって人が集まってきた事が大きい。

 また、虐殺を行った曹操を撃退した武神、呂布も同じ陣営にいる事も人を呼び込む一因にもなっている。

 だが、そんな徐州に凶報がもたらされた。

 袁術が攻めてくると言うのである。

 そこで小沛にいる呂布にも劉備からの使者がやって来たのだが、その要件は呂布達が予想したものではなかった。

「……徐州城に?」

 呂布は首を傾げる。

「はい。太守の書状の通りにございます」

 使者は孫乾そんけんと言い、徐州ではそこまで名士とは言えない家の生まれながら官職にある人物だった。

 呂布は返答に困って、陳宮に書状を渡す。

 その書状には呂布にも出陣を要請するように、とは書かれておらず、呂布には徐州城を守る為に徐州城に入って待機してほしいと書かれていた。

「……これは呂布将軍に徐州の太守を任せると言う事か?」

「いえ、そうではありません」

 陳宮の質問に、孫乾は首を振る。

「劉備様の留守中、徐州太守には義弟の張飛殿が任じられております」

「張飛? 関羽ではないのか?」

 陳宮は眉を寄せる。

「あの様な粗暴者に太守が務まると、本気で思っているのか?」

 陳宮は詰め寄る様な口調で孫乾に言うが、一使者である孫乾に出来る答えは決まっている。

「劉備様には劉備様のお考えあっての事。また、張飛殿も今は粗暴なれど、立場が人を作ると申します。まだまだ伸び代の大きい方ですので、劉備様もそこに期待されているのでは?」

「……見事な弁舌だな、孫乾とやら。太守もさぞ重宝する事だろう」

 陳宮の嫌味とも取れる賛辞に対し、孫乾は素直に頭を下げる。

 立場的には友軍であるとはいえ、単身呂布軍にやって来る事自体が相当な胆力が無ければ出来ない事でもある。

 あの曹操を退けた徐州の軍神と言われる呂布ではあるが、復興著しい小沛ならともかく徐州城近辺ではまだ呂布は虎を捕えて頭から丸囓りしていると噂されていた。

 さすがに馬鹿馬鹿しいとは思うのだが、曹操の大軍を焼き払った無慈悲な戦い方も知られている為、恐れられているところを孫乾は意に介さずやって来たのである。

 その上、この堂々たる返答は知識と教養だけでなく武将にも劣らない胆力の持ち主と言えた。

「待て。ここは徐州の最前線。そこから呂布将軍を持っていかれるのは、最前線に不安を抱える事にならないか?」

 高順が言う。

 徐州城からの使者と言う事で、呂布軍の武将達も一部集められている。

 呂布と軍師の陳宮はもちろん、呂布の副将も兼ねる張遼や内勤が多い宋憲の他、高順もこの場に呼ばれていた。

 これは張遼たっての願いでもあった。

 高順は武勲も立て、兵の信頼も厚く呂布からの信用もある猛者ではあるものの、本人の意志で将軍位には無い。

 呂布や張遼はしつこいくらいに勧めているのだが、高順もしつこいくらい断り続けている。

 これまでは呂布の家族を守る為と言う大義をかざしていたが、今ではそれがさらに強まったと本人は言って譲ろうとしない。

 そう言う事もあって高順は将軍では無いのだが、待遇は何ら変わらない扱いであり、陳宮もその例外を認めていた。

「小沛は曹操軍に対する最前線ではあるものの、先の大敗によって曹操軍に今すぐ動く気配は無く、勢力、兵数、装備に至るまで脅威の度合いであれば袁術の方が数段危険であります。故に武神、軍神と崇められる呂布将軍に徐州城に入って欲しいと言う太守の要請なのです」

 小沛さえ良ければ徐州城を見捨てるのか、と直接言わない辺りに孫乾の配慮は伺える。

 しかし、言外にそれを匂わされては高順も強く言う事は出来なかった。

「ですが、そちらの方の懸念もごもっとも。それ故に太守である劉備様も主だった武将や兵は小沛に残し、精神的支柱として呂布将軍に徐州城へお入りを願い出ている次第です。もし万が一にも曹操軍が動いた場合、天下の名馬である赤兎馬にて急ぎ小沛へ戻っていただく事も出来ますので、是非、よろしくお願いします」

 孫乾は徐州からの正式な使者であり、その正式な使者にここまで言われては居候の呂布にこれ以上反対する事はもちろん、粘る事も出来ない。

 結局呂布は押し切られる形で、小沛から徐州城へ向かう事になった。

 同行者には張遼と高順を連れ、陳宮に小沛を任せようとしたのだが高順から強く反対された。

 一つには劉備の思惑が掴みきれないところがある為、呂布と共に徐州城へ同行した方が良いと言う事。

 もう一つには、陳宮が曹操と内応して小沛を曹操へ売る可能性があると言う事。

 いくらなんでもそれはないと呂布は思うのだが、とにかく高順は陳宮を信用していない。

 そこで呂布は陳宮を伴って徐州城へ向かい、小沛は張遼に任せ高順もその補佐とする事になった。

 高順の提案にも一理あるにはあるのだが、単純な好き嫌いによるところも大きいのが気になるところでもある。

 高順は地位こそ求めていない為に低位であるものの、武の要として外す事の出来ない人物であり、陳宮は呂布軍唯一の軍師であり、天下でも有数の名参謀である事は疑いない。

 この二人に不協和音があっては、いずれ立ち行かなくなるのではないかと言う懸念があった。

 が、それを今考えても仕方が無い。

 それに高順にしても陳宮にしても、口で言ったからといって簡単に考え方を変える様な人物ではない事もよく知っている。

 好き嫌いとは別に、徐州城へ出立する際にもっとも喜んでいたのは、一時的にとはいえ陳宮から解放される宋憲だったかもしれない。

「後の事は分からないとはいえ、今の張飛は粗暴に過ぎる。太守は何かそれを押さえる方法は考えているのか?」

 陳宮は孫乾に尋ねる。

「それはもちろん。張飛殿には禁酒を命じられ、むやみに兵に乱暴を振るわない事、よく人の話を聞く事と念入りに言って聞かせていました。ああ見えて張飛殿は非常に義理堅く忠義に厚いお方ですので、劉備様の言葉には逆らう事はありません」

「だと良いがな」

 陳宮の反応はどこまでも冷たい。

 呂布としては、孫乾の言葉に頷けていた。

 直接手合わせした呂布は知っているが、あの豪腕の猛将にしては劉備に対して極端なくらい従順である。

 もし単純な腕力勝負であれば、劉備が五人いても張飛の片手にも及ばないところだが、その張飛を黙らせる為に劉備は手を上げる事もあった。

 張飛はそれをされるがままに受け入れているところだけでも、劉備と張飛の間に絶対の主従関係が築かれている事が分かる。

 その主命とあれば、遵守する事だろうと呂布は思っている。

「それだけ劉備に対して絶対服従であれば、逆に劉備と離れた今、張飛は誰の意見にも耳を貸さない恐れもある。いかに主命にて人の話を聞けと言われても、張飛が聞き入れる言葉はおそらく劉備と関羽の言葉のみ」

 陳宮に言われると、呂布も不安になってくる。

「張飛殿に挨拶しておいた方が良いか?」

「止めておいた方が良いでしょう」

 徐州城に到着してから呂布は提案したが、陳宮と孫乾の二人から同時に否定された。

「だが、それでは礼を失する事にならないか?」

「それには及びません。下手をすると刃傷沙汰になりかねない」

 陳宮が止めるのを、孫乾も大きく何度も頷いている。

「……何故に? 俺は別に張飛殿から嫌われる事はしていないと思うんだが」

 呂布の言葉に、珍しく陳宮は大きく驚いた表情を浮かべている。

「本気で言っているのですか?」

「ん? 何かやったのか?」

「いえ、将軍が何かやったと言う事はないと思いますが、張飛殿が将軍を目の敵にしている事は誰の目にも明らかではないかと」

「……やっぱりそうかぁ。そうじゃないかなぁ、とは思っていたのだが、心当たりが無いから俺の気のせいだと思いたかったのだが」

 呂布はがっかりした様に言う。

「……どこまでお人好しなんですか」

 陳宮は呆れた様に言い、孫乾も苦笑いしている。

 出来る事なら思い違いであって欲しかったので考えない様にしていたのだが、はっきり言われてしまっては少なからず落ち込んでしまう。

「奥方様にお会いにお会いになられますか?」

 孫乾が話を変える為に提案する。

 とはいえ、劉備の家族もいるところなので呂布が出向くと言う訳にも行かず、呂布の仮宿所とした所に呂布の妻と娘を呼ぶ事になった。

 が、やって来たのは妻と娘の二人だけではなかった。

 初めて徐州城に呼ばれた時に顔を合わせた劉備の夫人、糜夫人の他、同年代の女性が一人とふた回りは年上と思われる年配の女性、その女性陣の護衛なのか関平も一緒にやって来た。

「将軍、こちらは太守様の夫人のかん夫人と糜夫人、そして太守様のお母様です」

 厳氏が呂布に女性陣を紹介する。

「これはどうも、初めまして。呂布奉先です。こちらからご挨拶に伺うべきところ、大変失礼いたしました」

 呂布が頭を下げ、その背後に控えて隠れる様に立っている陳宮も合わせて頭を下げる。

「これはどうも、ご丁寧に。こちらこそ、物見高さ故にこの様な形での訪問、ご容赦下さい」

 甘夫人のいかにも育ちが良さそうな挨拶に、呂布は思わず気後れする。

「これは、随分と素直なお方ですね。いかにもお嬢の父君のようだ」

 劉備の母親が、笑顔で蓉に向かって言う。

「ね? ウチの父ちゃん、そんな化物じゃなかったでしょ?」

 蓉は得意気に話しているが、どうやら城内でも呂布は相変わらず化物として語られていたらしい。

 相変わらずと言えばもう一つ。

 蓉にもそろそろ礼儀作法を教えなければならないと、呂布は本気で考え始めていた。

 董卓の母に対してもそうだったが、劉備の母に対しても失礼極まりない。

 董卓の母親は見た目にも豪快で性格も大らかな人物だったが、劉備の母親は元はむしろ売りをしていたらしいが、美しくどこか上品な気品を感じさせる人物である。

 そんな人物に蓉の無礼さを注意されないかと冷や冷やしていたが、どうやら蓉の無礼さも無邪気さと捉えてもらっている様で、可愛がってもらっているらしい。

 随分と年上から気に入られる事が多い蓉だが、父親としては同年代で同性の友人を作って欲しいと思っている。

 劉備の母や妻達の話を聞く限りでは、蓉は関平ら徐州の少年兵達と行動を共にしている事が多く、その腕っ節の強さは猛将関羽の息子の関平でさえかろうじて互角に戦える程度であり、他の少年兵ではまるで歯が立たないと言う。

 父親である呂布としては微笑ましい反面、もう少し女らしくなって欲しいと望んでいるのだが、それは妻の厳氏も同じ考えらしい。

 が、蓉にはまったくその気が無いみたいで、さらに武勇の腕前を関平と競っている事を楽しそうに語っていた。

「しかし、そろそろ姫君にも婿を取らせても良いのでは?」

「婿?」

 陳宮の提案に、呂布と厳氏、蓉の三人が同時に声を上げる。

「それほど驚かれる事では無いでしょう。お年頃といい、また将軍の娘と言う事もありますのでお子はお早目にお作りになられた方が良いでしょう」

「蓉もそんな歳なのか?」

 呂布は驚いて娘を見るが、娘の方がより驚いているらしく目を丸くして固まっている。

「それも良いかもしれませんね」

 甘夫人は笑顔で頷いている。

 妻達の方はそれもアリと思っているらしく、さっそくどの様な婿が良いかを話して盛り上がっているが、呂布と蓉は置いていかれてきょとんとしていた。

「父ちゃん、私、結婚するの?」

「うーん、まあいつか結婚するとは思うけど、まさかいきなりそんな話になるとは思ってもいなかったからなぁ」

 そんな和気あいあいとした空気の中、突然大慌ての足音が近付き、乱暴に部屋に入ってくる者がいた。

「呂布将軍、助けて下さい!」

 入って来たのは、厳氏の養父であり徐州の武将である曹豹だった。

「張飛に殺されます!」

「義父上、落ち着いて。何事ですか?」

 いきなり過ぎて、呂布はまったく追いつけずに困り果てる。

「張飛の乱心、いや、謀反です!」

 事態は蓉の結婚話などとは比べ物にならないほど、呂布の予想を遥かに超えた大きな問題が迫っていた。
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