117 / 171
その大地、徐州
徐州入り 10
しおりを挟む
「呂布様ぁー! 貴方の劉備が帰ってきましたぁー!」
「うぉわ」
呂布のところに飛びかかってくる劉備に対し、呂布は戦場とは違う種類の身の危険を感じて一歩下がる。
「止めい、兄者」
飛びかかる劉備の頭を、関羽が後ろから鷲掴みにする。
「ぎょわっ」
「失礼した、呂布将軍」
劉備の頭を掴んだまま、関羽が呂布のところへ近付いていくる。
「呂布将軍、留守居役、大義であった」
「混乱を招きました事、この呂布の不徳の致すところ。太守劉備殿のお帰り、お待ちしておりました」
不遜な態度の関羽に対し、呂布はあくまでも低姿勢で礼を尽くした対応をする。
呂布には呂布の事情があったとはいえ、劉備の留守中に一時的な緊急処置だったとはいえ徐州の実権を奪ったと言う負い目があった。
「奥方様も、太守のお帰りをお待ちしておりました」
陳宮も低姿勢で劉備に向かって言う。
劉備が戻ってきたと言う知らせを受けて、劉備の二人の夫人である糜夫人と甘夫人、さらには劉備の母親も出迎えに来ていた。
呂布の妻である厳氏もいるのだが、まるで夫人達の付き人の様な目立たない振る舞いを心がけている。
もっとも、本人は目立たない様にしているつもりだが、厳氏が人並み外れた美女であるせいでこの上なく目立つ事を自覚していない。
劉備を警戒する陳宮は、呂布の無条件降伏の様な行いに賛成では無かったのだが、だからと言って強く反対する事も無かった。
「いやー、相変わらずお美しい。どうです? この劉備と一晩……」
関羽の手を逃れた劉備が家族のところへ来たと呂布は思ったが、劉備が最初に声をかけたのは二人の妻でも母親でも無く、厳氏だった。
「あなた様、妻の前で他人の妻を口説くとはどう言うおつもりですか?」
ニコニコと笑いながら、甘夫人が劉備の耳をつまむ。
実は呂布も甘夫人とはつい先程初対面だったのだが、厳氏が言うには甘夫人は気が弱く、徐州で噂になっていた呂布像に恐れをなして近づかなかったのだと言う。
「あまりでしたら、その耳、引きちぎりますよ?」
笑顔のまま甘夫人は劉備にそんな事を言っているが、それを見る限りでは厳氏の情報の方が間違っているのではないかとも思う。
「母上、ご苦労をおかけしました」
甘夫人に耳をつままれたまま、劉備は母親に頭を下げる。
「いえ、呂布将軍やその奥方様が良くしてくれましたので、私には苦労はありませんでした。ですが、翼徳」
劉備の母が張飛を呼ぶ。
実際の母親と言う訳でも無いはずなのだが、張飛は親に怒られる幼子の様に恐れている。
「お前の粗暴さは純粋さから来るもの。私はそこを責める様な事はしません。ですが、いつまで幼子の様なダダをこねているつもりなのですか。お前と雲長で玄徳を支えていけなければならないのですよ」
「……はい」
張飛はしょぼくれて言う。
「雲長もですよ」
まさか自分にまで飛び火してくると思っていなかったのか、関羽ははっきりと驚いている。
「何ですか、先程の振る舞いは。呂布将軍は雲長より年長で、実績のある武将なのですよ。雲長の媚びないところは非常に頼り甲斐があり心強い限りですが、立てるべきところは立てる。通すべき筋は通す。雲長がしっかりしなくてどうするのですか」
「はっ、申し訳ございません」
関羽は素直に頭を下げる。
「雲長と翼徳がしっかりしてくれないと困りますよ。玄徳はもうどうしようもないのですから、頼みましたよ」
「はっ。心に刻みます」
「……え? ちょっと待って。私的にちょっと聞き逃せないところがあったんだけど」
「頼みましたよ、雲長」
「お任せ下さい、母上様」
関羽と劉備の母は、劉備を無視して話している。
「母上様、太守様は将軍とお話があるみたいですので、その辺りで」
不穏な空気を察したのか、厳氏が劉備の妻や母親を連れて徐州城へ戻っていく。
万事において隙が無く常に完璧な印象の強い陳宮が、こう言う時にはまったく気が利かないので、逆にこんな時に空気を読む能力を発揮する厳氏は、素晴らしく頼りになる。
「呂布将軍、私の耳、ちゃんとあります?」
劉備は心配そうに呂布に尋ねてくる。
「ありますよ。立派な耳です」
呂布は笑って答えると、劉備も満面の笑顔を浮かべる。
人並み外れた大きさの劉備の耳なので、自分で触れば簡単に分かりそうなモノじゃないのか、と呂布は後になって不思議に思ったのだが劉備の行動自体がよく分からないものが多い。
陳宮と劉備を除く女性陣が戻ったところで呂布達も移動を始め、呂布は太守の席を劉備に譲る。
「ん? そこは呂布将軍の席でしょう?」
劉備は不思議そうに首を傾げる。
「いやいや、太守は劉備殿です。俺は一時的に混乱を隠しただけの事。俺にこの席に座る資格はありませんよ」
呂布と劉備は互いに太守の席を譲り合う。
「劉備殿、正式な太守の印を持たれているのは劉備殿です。その席に座るべきは劉備殿であり、将軍はそれを補佐する立場にあります」
陳宮が劉備に言う。
「だからこそ、その席は呂布将軍にこそ相応しいと言っているのよ」
劉備は笑いながら言うが、呂布はもちろん陳宮も不可解だと言わんばかりの表情をしている。
「私は正式な徐州太守に任じられたにも関わらず人事を誤り、一時的にとはいえ政治的空白地を作った事になります。正規の太守である私がその責任から逃れるわけにはいかず、それを大事に至る前に収めて下された呂布将軍こそ、徐州太守に相応しいでしょう」
劉備は一切の淀みなく、陳宮に対して答えた。
「劉備殿。最初から徐州を将軍に譲るつもりだったのか?」
「あ、さすがにバレる? すっごい練習したもん、頭の中で」
劉備は下手に論戦をしようとせず、あっけなく白状する。
「でも間違ってなかったでしょ? そりゃダメダメだったのは翼徳だけど、それを任命したのは私だし。翼徳が勝手に失敗しただけで、私関係無いしって訳にはいかないでしょう? ま、本当はそう思ってるけど」
そこまでは言わなくてもいいと思う事まで劉備は言っているが、計算だったとしても天然だったとしても、こう言うところが劉備と言う人物の魅力となっているところでもあった。
が、これは劉備の独断だったらしく、関羽や張飛も驚いている。
「それでは明日からどこに住まうつもりだ?」
「小沛で良いでしょ? 呂布将軍に徐州城に入ってもらって、私達が代わりに小沛に入れば問題ないじゃない」
事も無げに劉備は言う。
案外最初からそのつもりで、以前小沛にやって来たのも復興具合を確かめる為に密書を口実にして、自分たちが入れるか視察に来たのではなかったのかとさえ思える。
劉備はいつもにこやかで明るく天真爛漫とさえ言えるのだが、以前長安で会った貂蝉と比べるとどこか深い闇を感じさせた。
無色透明であの董卓さえも心を許した貂蝉と違い、そう言う深みが劉備と言う人物の恐ろしさでもあると呂布は思う。
「私達は元々曹操から徐州を守る為にここへ来た訳で、そう言う意味でも対曹操の最前線になる小沛に入るのは間違ってないと思うけど、雲長さんどうよ?」
「言っている事はわからなくはないが、言い方が気に入らん」
かなり無茶で理不尽な理由で、関羽は劉備の頭を掴む。
「そう言う訳で呂布将軍、小沛に入らせてもらって良い? 将軍達は徐州城に入って徐州を収めてもらうと言う事で」
あまりにも簡単に話を進める劉備だったが、呂布は即答出来ずに陳宮に助けを求める。
「……まあ、そう言う事でしたら。ですが、我々だけの密談で全てを決めてしまっても徐州の文武官は簡単に納得しないでしょう。後日改めて劉備殿の方から正式に徐州の太守の座を呂布将軍に渡す事を宣言し、皆の前で太守の印を渡していただけますか?」
「えー、めんどくさーい」
「兄者」
関羽が劉備の頭を掴む手に力を込める。
「はい、もちろんやらせていただきます。万事つつがなく陳宮殿のお差配に従わせていただきます」
「では将軍、そのようになりましたので私達も小沛に置いている者達へ連絡しましょう」
陳宮に促され、呂布も頷くしかない。
「じゃ、これでいったん解散?」
「その前に一つ」
部屋を出ていこうとする劉備一行を、呂布が珍しく引き止める。
「張飛殿、我が舅である曹豹殿を討ち取ったと言う報告が入っているが、それは本当か?」
呂布の質問に、劉備も関羽に頭を掴まれたままの不自由な体勢で張飛の方を見る。
張飛が徐州城から逃げ出した後から曹豹の姿が見えなくなっていたのだが、曹豹は独断で少数の兵を連れて張飛を追撃に出ていた。
そして、その深追いの結果、曹豹は張飛に討たれたと追撃に参加した兵士から報告を受けていたのである。
「それがどうしたってんだ?」
張飛は呂布を睨みながら言う。
その事自体を責めるつもりは、呂布には無かった。
あの時、呂布には張飛を追撃する意志は無く、曹豹が独断で動いた結果張飛に返り討ちにされたのであり、それは曹豹が責を負う必要がある行動だった。
もし曹豹が追撃の意志を伝えていれば、呂布はそれを止めていたはずだった。
それを個人的な武勲にしたかったのか、それとも感情が先走ったのかは分からないが曹豹は誰にも言う事無く動いた為に招いた不幸である。
その事で張飛を責めようとは、同じ武人である呂布は考えていなかった。
が、それでも曹豹は妻である厳氏の養父である。
「その事について、正式に謝罪していただきたい」
「何ぃ?」
「手をつき、頭を下げ、亡き曹豹殿に謝罪してもらいたい。それで全て水に流す事を約束しましょう」
睨みつけてくる張飛に、呂布は一歩も引こうとしない。
「ふざけるな! この俺に頭を下げろだと?」
「本来であれば死罪でもおかしくないところ。太守である劉備殿が責任を取ったからといって、問題を起こした当人を無罪放免と言う訳にはいかないだろう」
「女が口出すんじゃねえ!」
陳宮が説明するのを、張飛が怒鳴りつける。
「それを謝罪するだけで許すと言っているのだから、将軍の器に感謝するが良い」
だが、落雷の如き怒号も陳宮には通用せず、眉一つ動かさずに言い捨てる。
「張飛殿、貴殿は俺に親を殺した不忠者だと罵ったな。確かにそれは事実である以上、弁明のしようもない。だが、それを理由に罪のない娘まで殺せと言った事。本来であればそれだけでも許しがたい蛮行であり、その一事だけで切る事が出来るくらいだ。それを一言謝罪するだけで許すと言っているのだが、それは俺が間違っているのか?」
「切るだとぉ? やれるもんなら、やってみやがれ!」
「いや、そりゃ翼徳が悪い」
剣に手をかけた張飛だったが、意外な事に劉備がそう言って口を挟んできた。
「兄者?」
「だって悪いのは翼徳だもん。何もかも呂布将軍と陳宮殿の言う通り。本当だったらその首で償えって脅されるところよ?」
「何だとぉ? 関羽の兄者よ、何とか言ってやってくれ!」
「これは頭を下げる他あるまい」
頼みの綱だった関羽にまでそう言われ、張飛は愕然とする。
「兄者まで」
「曹豹を討った事だけで言えば、お前にも言い分はあっただろう。だが、それを招いたのはお前自身だ。百歩譲ってその事を不問にしたとしても、呂布将軍本人だけではなくその娘まで殺せと言うのは、どこに義があるのだ? 義において、仁において、忠に、情に、勇に、理に、どれにおいても呂布将軍と陳宮殿の言い分にこそ筋がある。謝罪すべきはお前だ、翼徳よ」
関羽の表情も険しいが、それでも関羽は張飛に謝罪する様に言う。
この場で誰も味方がいなくなった張飛は、唇を血が出るほどに噛み、目から血涙を流しそうなほどに怒りの表情を浮かべたが、その膝を折り、手と頭を床に付ける。
「大層な無礼を働きましたる事、お許し下さいませ」
「では、これにて失礼します」
張飛が謝罪したところを見届け、呂布と陳宮は部屋を出て行く。
だが、この事が呂布と劉備との間に決定的な溝を作る事となってしまったのである。
「うぉわ」
呂布のところに飛びかかってくる劉備に対し、呂布は戦場とは違う種類の身の危険を感じて一歩下がる。
「止めい、兄者」
飛びかかる劉備の頭を、関羽が後ろから鷲掴みにする。
「ぎょわっ」
「失礼した、呂布将軍」
劉備の頭を掴んだまま、関羽が呂布のところへ近付いていくる。
「呂布将軍、留守居役、大義であった」
「混乱を招きました事、この呂布の不徳の致すところ。太守劉備殿のお帰り、お待ちしておりました」
不遜な態度の関羽に対し、呂布はあくまでも低姿勢で礼を尽くした対応をする。
呂布には呂布の事情があったとはいえ、劉備の留守中に一時的な緊急処置だったとはいえ徐州の実権を奪ったと言う負い目があった。
「奥方様も、太守のお帰りをお待ちしておりました」
陳宮も低姿勢で劉備に向かって言う。
劉備が戻ってきたと言う知らせを受けて、劉備の二人の夫人である糜夫人と甘夫人、さらには劉備の母親も出迎えに来ていた。
呂布の妻である厳氏もいるのだが、まるで夫人達の付き人の様な目立たない振る舞いを心がけている。
もっとも、本人は目立たない様にしているつもりだが、厳氏が人並み外れた美女であるせいでこの上なく目立つ事を自覚していない。
劉備を警戒する陳宮は、呂布の無条件降伏の様な行いに賛成では無かったのだが、だからと言って強く反対する事も無かった。
「いやー、相変わらずお美しい。どうです? この劉備と一晩……」
関羽の手を逃れた劉備が家族のところへ来たと呂布は思ったが、劉備が最初に声をかけたのは二人の妻でも母親でも無く、厳氏だった。
「あなた様、妻の前で他人の妻を口説くとはどう言うおつもりですか?」
ニコニコと笑いながら、甘夫人が劉備の耳をつまむ。
実は呂布も甘夫人とはつい先程初対面だったのだが、厳氏が言うには甘夫人は気が弱く、徐州で噂になっていた呂布像に恐れをなして近づかなかったのだと言う。
「あまりでしたら、その耳、引きちぎりますよ?」
笑顔のまま甘夫人は劉備にそんな事を言っているが、それを見る限りでは厳氏の情報の方が間違っているのではないかとも思う。
「母上、ご苦労をおかけしました」
甘夫人に耳をつままれたまま、劉備は母親に頭を下げる。
「いえ、呂布将軍やその奥方様が良くしてくれましたので、私には苦労はありませんでした。ですが、翼徳」
劉備の母が張飛を呼ぶ。
実際の母親と言う訳でも無いはずなのだが、張飛は親に怒られる幼子の様に恐れている。
「お前の粗暴さは純粋さから来るもの。私はそこを責める様な事はしません。ですが、いつまで幼子の様なダダをこねているつもりなのですか。お前と雲長で玄徳を支えていけなければならないのですよ」
「……はい」
張飛はしょぼくれて言う。
「雲長もですよ」
まさか自分にまで飛び火してくると思っていなかったのか、関羽ははっきりと驚いている。
「何ですか、先程の振る舞いは。呂布将軍は雲長より年長で、実績のある武将なのですよ。雲長の媚びないところは非常に頼り甲斐があり心強い限りですが、立てるべきところは立てる。通すべき筋は通す。雲長がしっかりしなくてどうするのですか」
「はっ、申し訳ございません」
関羽は素直に頭を下げる。
「雲長と翼徳がしっかりしてくれないと困りますよ。玄徳はもうどうしようもないのですから、頼みましたよ」
「はっ。心に刻みます」
「……え? ちょっと待って。私的にちょっと聞き逃せないところがあったんだけど」
「頼みましたよ、雲長」
「お任せ下さい、母上様」
関羽と劉備の母は、劉備を無視して話している。
「母上様、太守様は将軍とお話があるみたいですので、その辺りで」
不穏な空気を察したのか、厳氏が劉備の妻や母親を連れて徐州城へ戻っていく。
万事において隙が無く常に完璧な印象の強い陳宮が、こう言う時にはまったく気が利かないので、逆にこんな時に空気を読む能力を発揮する厳氏は、素晴らしく頼りになる。
「呂布将軍、私の耳、ちゃんとあります?」
劉備は心配そうに呂布に尋ねてくる。
「ありますよ。立派な耳です」
呂布は笑って答えると、劉備も満面の笑顔を浮かべる。
人並み外れた大きさの劉備の耳なので、自分で触れば簡単に分かりそうなモノじゃないのか、と呂布は後になって不思議に思ったのだが劉備の行動自体がよく分からないものが多い。
陳宮と劉備を除く女性陣が戻ったところで呂布達も移動を始め、呂布は太守の席を劉備に譲る。
「ん? そこは呂布将軍の席でしょう?」
劉備は不思議そうに首を傾げる。
「いやいや、太守は劉備殿です。俺は一時的に混乱を隠しただけの事。俺にこの席に座る資格はありませんよ」
呂布と劉備は互いに太守の席を譲り合う。
「劉備殿、正式な太守の印を持たれているのは劉備殿です。その席に座るべきは劉備殿であり、将軍はそれを補佐する立場にあります」
陳宮が劉備に言う。
「だからこそ、その席は呂布将軍にこそ相応しいと言っているのよ」
劉備は笑いながら言うが、呂布はもちろん陳宮も不可解だと言わんばかりの表情をしている。
「私は正式な徐州太守に任じられたにも関わらず人事を誤り、一時的にとはいえ政治的空白地を作った事になります。正規の太守である私がその責任から逃れるわけにはいかず、それを大事に至る前に収めて下された呂布将軍こそ、徐州太守に相応しいでしょう」
劉備は一切の淀みなく、陳宮に対して答えた。
「劉備殿。最初から徐州を将軍に譲るつもりだったのか?」
「あ、さすがにバレる? すっごい練習したもん、頭の中で」
劉備は下手に論戦をしようとせず、あっけなく白状する。
「でも間違ってなかったでしょ? そりゃダメダメだったのは翼徳だけど、それを任命したのは私だし。翼徳が勝手に失敗しただけで、私関係無いしって訳にはいかないでしょう? ま、本当はそう思ってるけど」
そこまでは言わなくてもいいと思う事まで劉備は言っているが、計算だったとしても天然だったとしても、こう言うところが劉備と言う人物の魅力となっているところでもあった。
が、これは劉備の独断だったらしく、関羽や張飛も驚いている。
「それでは明日からどこに住まうつもりだ?」
「小沛で良いでしょ? 呂布将軍に徐州城に入ってもらって、私達が代わりに小沛に入れば問題ないじゃない」
事も無げに劉備は言う。
案外最初からそのつもりで、以前小沛にやって来たのも復興具合を確かめる為に密書を口実にして、自分たちが入れるか視察に来たのではなかったのかとさえ思える。
劉備はいつもにこやかで明るく天真爛漫とさえ言えるのだが、以前長安で会った貂蝉と比べるとどこか深い闇を感じさせた。
無色透明であの董卓さえも心を許した貂蝉と違い、そう言う深みが劉備と言う人物の恐ろしさでもあると呂布は思う。
「私達は元々曹操から徐州を守る為にここへ来た訳で、そう言う意味でも対曹操の最前線になる小沛に入るのは間違ってないと思うけど、雲長さんどうよ?」
「言っている事はわからなくはないが、言い方が気に入らん」
かなり無茶で理不尽な理由で、関羽は劉備の頭を掴む。
「そう言う訳で呂布将軍、小沛に入らせてもらって良い? 将軍達は徐州城に入って徐州を収めてもらうと言う事で」
あまりにも簡単に話を進める劉備だったが、呂布は即答出来ずに陳宮に助けを求める。
「……まあ、そう言う事でしたら。ですが、我々だけの密談で全てを決めてしまっても徐州の文武官は簡単に納得しないでしょう。後日改めて劉備殿の方から正式に徐州の太守の座を呂布将軍に渡す事を宣言し、皆の前で太守の印を渡していただけますか?」
「えー、めんどくさーい」
「兄者」
関羽が劉備の頭を掴む手に力を込める。
「はい、もちろんやらせていただきます。万事つつがなく陳宮殿のお差配に従わせていただきます」
「では将軍、そのようになりましたので私達も小沛に置いている者達へ連絡しましょう」
陳宮に促され、呂布も頷くしかない。
「じゃ、これでいったん解散?」
「その前に一つ」
部屋を出ていこうとする劉備一行を、呂布が珍しく引き止める。
「張飛殿、我が舅である曹豹殿を討ち取ったと言う報告が入っているが、それは本当か?」
呂布の質問に、劉備も関羽に頭を掴まれたままの不自由な体勢で張飛の方を見る。
張飛が徐州城から逃げ出した後から曹豹の姿が見えなくなっていたのだが、曹豹は独断で少数の兵を連れて張飛を追撃に出ていた。
そして、その深追いの結果、曹豹は張飛に討たれたと追撃に参加した兵士から報告を受けていたのである。
「それがどうしたってんだ?」
張飛は呂布を睨みながら言う。
その事自体を責めるつもりは、呂布には無かった。
あの時、呂布には張飛を追撃する意志は無く、曹豹が独断で動いた結果張飛に返り討ちにされたのであり、それは曹豹が責を負う必要がある行動だった。
もし曹豹が追撃の意志を伝えていれば、呂布はそれを止めていたはずだった。
それを個人的な武勲にしたかったのか、それとも感情が先走ったのかは分からないが曹豹は誰にも言う事無く動いた為に招いた不幸である。
その事で張飛を責めようとは、同じ武人である呂布は考えていなかった。
が、それでも曹豹は妻である厳氏の養父である。
「その事について、正式に謝罪していただきたい」
「何ぃ?」
「手をつき、頭を下げ、亡き曹豹殿に謝罪してもらいたい。それで全て水に流す事を約束しましょう」
睨みつけてくる張飛に、呂布は一歩も引こうとしない。
「ふざけるな! この俺に頭を下げろだと?」
「本来であれば死罪でもおかしくないところ。太守である劉備殿が責任を取ったからといって、問題を起こした当人を無罪放免と言う訳にはいかないだろう」
「女が口出すんじゃねえ!」
陳宮が説明するのを、張飛が怒鳴りつける。
「それを謝罪するだけで許すと言っているのだから、将軍の器に感謝するが良い」
だが、落雷の如き怒号も陳宮には通用せず、眉一つ動かさずに言い捨てる。
「張飛殿、貴殿は俺に親を殺した不忠者だと罵ったな。確かにそれは事実である以上、弁明のしようもない。だが、それを理由に罪のない娘まで殺せと言った事。本来であればそれだけでも許しがたい蛮行であり、その一事だけで切る事が出来るくらいだ。それを一言謝罪するだけで許すと言っているのだが、それは俺が間違っているのか?」
「切るだとぉ? やれるもんなら、やってみやがれ!」
「いや、そりゃ翼徳が悪い」
剣に手をかけた張飛だったが、意外な事に劉備がそう言って口を挟んできた。
「兄者?」
「だって悪いのは翼徳だもん。何もかも呂布将軍と陳宮殿の言う通り。本当だったらその首で償えって脅されるところよ?」
「何だとぉ? 関羽の兄者よ、何とか言ってやってくれ!」
「これは頭を下げる他あるまい」
頼みの綱だった関羽にまでそう言われ、張飛は愕然とする。
「兄者まで」
「曹豹を討った事だけで言えば、お前にも言い分はあっただろう。だが、それを招いたのはお前自身だ。百歩譲ってその事を不問にしたとしても、呂布将軍本人だけではなくその娘まで殺せと言うのは、どこに義があるのだ? 義において、仁において、忠に、情に、勇に、理に、どれにおいても呂布将軍と陳宮殿の言い分にこそ筋がある。謝罪すべきはお前だ、翼徳よ」
関羽の表情も険しいが、それでも関羽は張飛に謝罪する様に言う。
この場で誰も味方がいなくなった張飛は、唇を血が出るほどに噛み、目から血涙を流しそうなほどに怒りの表情を浮かべたが、その膝を折り、手と頭を床に付ける。
「大層な無礼を働きましたる事、お許し下さいませ」
「では、これにて失礼します」
張飛が謝罪したところを見届け、呂布と陳宮は部屋を出て行く。
だが、この事が呂布と劉備との間に決定的な溝を作る事となってしまったのである。
0
あなたにおすすめの小説
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
徳川慶勝、黒船を討つ
克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
尾張徳川家(尾張藩)の第14代・第17代当主の徳川慶勝が、美濃高須藩主・松平義建の次男・秀之助ではなく、夭折した長男・源之助が継いでおり、彼が攘夷派の名君となっていた場合の仮想戦記を書いてみました。夭折した兄弟が活躍します。尾張徳川家15代藩主・徳川茂徳、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬、特に会津藩主・松平容保と会津藩士にリベンジしてもらいます。
もしかしたら、消去するかもしれません。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
小日本帝国
ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。
大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく…
戦線拡大が甚だしいですが、何卒!
改大和型戦艦一番艦「若狭」抜錨す
みにみ
歴史・時代
史実の第二次世界大戦が起きず、各国は技術力を誇示するための
「第二次海軍休日」崩壊後の無制限建艦競争に突入した
航空機技術も発達したが、それ以上に電子射撃装置が劇的に進化。
航空攻撃を無力化する防御陣形が確立されたことで、海戦の決定打は再び「巨大な砲」へと回帰した。
そんな中⑤計画で建造された改大和型戦艦「若狭」 彼女が歩む太平洋の航跡は
対ソ戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。
前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。
未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!?
小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!
神典日月神示 真実の物語
蔵屋
歴史・時代
私は二人の方々の神憑りについて、今から25年前にその真実を知りました。
この方たちのお名前は
大本開祖•出口なお(でぐちなお)、
神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)です。
この日月神示(ひつきしんじ)または日尽神示(ひつくしんじ)は、神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)に「国常立尊(国之常立神)という高級神霊からの神示を自動書記によって記述したとされる書物のことです。
昭和19年から27年(昭和23・26年も無し)に一連の神示が降り、6年後の昭和33、34年に補巻とする1巻、さらに2年後に8巻の神示が降りたとされています。
その書物を纏めた書類です。
この書類は神国日本の未来の預言書なのだ。
私はこの日月神示(ひつきしんじ)に出会い、研究し始めてもう25年になります。
日月神示が降ろされた場所は麻賀多神社(まかたじんじゃ)です。日月神示の最初の第一帖と第二帖は第二次世界大戦中の昭和19年6月10日に、この神社の社務所で岡本天明が神憑りに合い自動書記さされたのです。
殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」もあります。
本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻あり、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っています。
日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。
そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。
なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。
縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。
日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。
この小説は真実の物語です。
「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」
どうぞ、お楽しみ下さい。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神の伝えし 愛善の道』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる