新説 呂布奉先伝 異伝

元精肉鮮魚店

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その大地、徐州

臧覇という男 7

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 それからも魏続と侯成は数度に渡って攻勢を仕掛けたが、臧覇にことごとく打ち返された。

 五千前後と思われる臧覇の賊軍に対して二万で挑んだ魏続と侯成だったが、山はまだ二合ほどまでしか攻略出来ておらず、死傷者は七千を超えるほどの被害を出していた。

 攻略を楽観していた魏続だけではなく、ここまでの苦戦は呂布も想像していなかった。

「さすがに魏続の坊っちゃんには荷が勝ちすぎましたかな」

 成廉は報告書を読む陳宮に向かっていう。

「私としては、侯成がここまで細やかに報告する事が出来るとは思ってもいなかった。これこそ望外の成果と言える」

 報告書に目を通した後、陳宮はそう言って報告書を置く。

「とはいえ、これ以上の損害は認められない。成廉、何か打開策はあるか?」

「まぁ、賊軍として見るのではなく、敵将の守る城や砦であると見ると、臧覇と言う男は中々侮る事が出来ない事はわかりましたからなぁ。このままズルズルと戦っても魏続達に勝目は無いでしょうな。良いでしょう、行きましょう」

「では成廉、五千の兵を与える。魏続達を助けてやってくれ」

「御意」

 成廉はそう言うと五千の兵を率いて、本陣を離れる。

 初戦の惨敗の報告が届いた時、成廉は魏続達が負けた事を言い当てて見せた。

 その後も成廉は臧覇の戦術を読み取り、陳宮と今後の展開も話し合っていた。

 成廉も立場は違っても、戦い方は臧覇と同じように地の利を利用しながら袁術と戦ってきた実績があり、それだけ戦術も似通ったところがある。

 一方の魏続達はただでさえ経験不足である上に、率いているのは呂布軍や徐州軍の正規兵である。

 徐州には拓けた場所が多く、呂布軍の主力との相性もあり騎馬の訓練が多かった。

 だが、驚異的な戦闘能力を持つ呂布軍の騎馬隊とはいえ、騎馬の実力を出す事が出来ない山での戦いではほぼ役に立たない。

 少数の臧覇が有利に戦えているのは、まさにその地の利によるものだった。

「陳宮、ここまでして臧覇を屈服させる必要があるのか?」

 呂布はずっとその点が疑問だった。

 冷徹で容赦の無い陳宮ではあるが、必ずしも好戦的と言う訳ではない。

 また、内政面でもその能力の高さを見せつける陳宮なので、徐州の財政に余裕が無い事もよく知っているはずである。

 それであれば不安な独立勢力であるとは言え、積極的に敵対行動を取る様子の無い臧覇に対しての出兵と言うのは、本来であれば無意味で無駄な出費のはずだった。

「臧覇を屈服?」

 陳宮は不思議そうに首を傾げる。

「その為の討伐隊ではないのか?」

「もし本気で臧覇を討伐しようと考えているのなら、私は最初から呂布将軍にお願いしています。あるいは、張遼と高順に命令していたでしょう」

 陳宮は当然の様に答えるが、呂布としてはますます分からなくなる。

 だが、陳宮が言う様に本気で臧覇討伐を考えていたとするなら、討伐隊を指揮するのは魏続では無かっただろうと言うのは呂布も納得出来る。

 しかし今回の出兵はおそらく楽勝だろうと言う事で、実戦経験や武勲に恵まれなかった魏続や侯成にその機会を与えてやろうと言う目的だと、呂布は思っていたのだが陳宮の考えは違ったらしい。

「一つには臧覇と言う者の実力を測りたかった事があります。これまで独立勢力として徐州の一角に居座り、陶謙はもちろん劉備でさえ手出ししなかった者がどの程度なのかを知りたかったのです。魏続では相手にならないと予想はしていましたが、それでもこの兵力差であれば厳しいだろうと思っていたのですが、まさかこれほど戦術に優れているとは予想外でした」

 とは言うものの、陳宮は魏続達が負ける事を前提に兵を出したとしか思えない。

 呂布はそう思ったのだが、陳宮ほどの軍師が何を考えて負ける事を前提に兵を出したのかはまったく理解出来ていないのだが、陳宮が何の考えもなく負けようとしているとも思えないので、このまま任せる事にした。

 成廉が魏続達の援軍に行ってからは戦い方も変わり、これまで短絡的に突撃を繰り返して跳ね返されると言う戦い方から、多少時間はかかっても山を攻略するやり方になった。

 山道では騎馬はその戦力を発揮出来ず、また敵側も簡単に姿を隠しせるだけでなく罠を仕掛ける事が出来る。

 そこで成廉は兵を広く配置して山の木々を伐採し、確実に攻略していく方法に切り替えたのだ。

 それが功を奏し、これまで山の二合目までしか進めなかったところ、山の五合目くらいまで攻略が進んだと侯成から報告が入った。

 そこには臧覇達の守り方も変わってきたと記載されていた。

 臧覇達も引き気味に守っているらしく、時折弓矢で牽制してくる程度であり、これまでの様に強く抵抗してこなくなった事も大きいとあった。

「……侯成は悪くないですね」

 陳宮はそう言うものの、表情は険しくなっている。

「どうした? 攻略は進んでいるみたいだが?」

「いや、これは全滅の危機です。我々も少し前に出た方が良いでしょう」

 報告では攻略は順調に進んでいる様な印象を受けたのだが、陳宮の反応は真逆のものだった。

「全滅? どういうことだ?」

「政治や策略抜きで、戦術のみに注目して下さい。将軍であればきっと今の危険性がお分かりのはず」

 それがどう言う事か分からなかったので陳宮に尋ねたのだが、陳宮の方から答えを教えてはくれないみたいだったので、自分で考える事にする。

 と言うより、そうしないと後が怖いと言うのもあったのだが。

 現状山の五合目まで攻略は進んでいると言う事で、その上敵の戦術は引き気味に守りを固め始めているらしいので、このままで行けば山の七合目くらいまでは順調に進んでいけるだろう。

 これまで戦上手な面を見せてきた臧覇だったが、さすがにそこまで行けば数の差を止める事が出来なくなり、討伐されるか降伏するかの二択を迫られる事になる。

 臧覇にもその詰み筋が見えているはずだが、それをただ眺めているだけと言う事はないだろう。

 陳宮が危険を感じるくらいなので、どこかに何かあるはず。

 そこで呂布はふと思いついた。

 これが通常の攻城戦であるのならば、気にする必要は無いかもしれなかったが、攻略が進んでいると言う事はそれだけ山に深く入っていると言う事でもある。

 また木々を伐採して相手の隠れる場所を減らし、こちらの拠点作りを進めているとは言え、山全体を拓いていると言うほどではない。

 木々を切り倒して見晴らしが良くなっても、その切り株まで根こそぎ取り払っている訳ではないので、平地と同様に駿馬を走らせると言う事はさすがに出来ない。

 勘違いしそうになるが、今の状況は相手の防御力を削っていると言うだけでこちらの攻撃力が上がっている訳ではない。

 また、順調に山の攻略が進んでいると言う事は、それだけ敵の抵抗無く山に深く入り込んでいると言う事でもある。

 もし臧覇の兵力に余裕があるのであれば、魏続達の裏手に兵を送る事で山の中腹で挟撃する事も出来るのではないか。

 その場合、裏手から上がってくる敵に対しては高所から迎撃出来そうな気もするが、そうすると自ら遮蔽物を減らした場所で、さらに高所にいる上に遮蔽物の多いところに潜む敵に背を向けて布陣する事になる。

 そしてなにより、臧覇が裏に回ると言う事は山の中で退路を絶たれると言う事である。

 兵力や兵糧に余裕があったとしても、山中で孤立して敵に挟撃されると言う精神的重圧は中々耐えられるものではない。

 そうなると兵力がどれほどいても関係なく、場合によっては大軍であるが故に崩壊してしまう恐れすらある。

 もし臧覇がそれを狙っているとしたら、確かに攻略が順調に進んでいるかのように見えて、実は臧覇に呼び込まれているのかもしれなかった。

 それでも成廉であれば防ぎきれるだろうが、実戦経験に乏しく功を焦りながら結果を出せていない魏続などにはとても耐えられず、指揮を取る者が混乱しては兵にまで簡単に広まってしまう。

 最悪の場合ではあるが、陳宮が言うように全滅を招きかねない事態に陥りかけている状態である事に、呂布も理解出来た。

 その対抗策が、呂布軍の部隊を若干前進させる事だった。

 魏続達の背後に回るには馬で上がれる道を通るはずで、その道でもっとも適しているのは魏続達が山に入った道である。

 そうするとまっすぐ魏続達の背後に、しかも遮蔽物無しで進む事が出来る。

 呂布軍が前進する事によって、その道を使おうとする臧覇軍の横腹なり背後なりを急襲しやすくなるのだ。

 もちろんそう上手くはいかないが、臧覇がそう考えれば裏に回る事を断念しなければならないはずで、その結果として魏続達は全滅を免れる上に山の攻略に専念出来ると言う事になる。

 はずだった。

 陳宮の読み通り、臧覇の軍勢は魏続達の裏に回ろうと呂布軍から向かって右側から姿を現したのだが、臧覇軍は一定の距離以上近づこうとせずに様子を見ている。

 臧覇がどれくらいの自信家であるかは分からないが、天下無双と言われる呂布に対して真正面からぶつかりに来るほど無謀では無いらしい。

 呂布軍が五千に対し、ここから見える臧覇軍は三から四千前後に見え、数の勝負でも呂布軍が有利であり、しかもここでは山の様な地の利が無く呂布の騎馬軍にとってもっとも力を発揮出来る戦場でもある。

「どうやら手詰まりらしいな」

「……いえ、相当な曲者の様ですよ」

 呂布は臧覇軍を見ながら言ったのだが、陳宮は反対側を見ながら言う。

 陳宮の視線の先には、同規模程度の軍が姿を現していた。

 先に現れた軍よりまだ遠いものの、そちらの軍は僅かではあるものの山から離れ呂布軍の本営を狙っているかのような配置で止まっている。

「……なるほど、挟撃でも良いしどちらかを陽動としてこちらの本陣か、あるいは山を攻略している部隊を狙うか、どちらにでも行けると言う事か」

 本来であれば窮地のはずなのだが、呂布が焦る事は無かった。

 一つには臧覇軍の規模である。

 前もっての情報で臧覇軍は五千程度と聞いていたし、実際に泰山で賄える兵数の限界はそれくらいになる。

 今の臧覇軍はその情報より多いのだが、許容量を超えた兵数の場合、無理矢理かき集めた頭数としての兵数か、あるいはカカシによる水増しである。

 臧覇軍が全容を確認できる程度の距離から近付いて来ないのも、こちらの動向を伺うのと同時に、その正体をばらしたくないと言う意図も含まれていた。

 また、姿の現し方も不自然だった。

 本来であれば伏兵として隠しておき、呂布軍が本営から離れるか魏続達の裏に回ろうとした軍に攻撃しているところを、さらに背後から襲う方が効果的である。

 ここで姿を現したのは、裏に回ろうとしている部隊に呂布が攻撃しづらくする為だろう。

 十中八九後から姿を現した臧覇軍は水増し部隊であり、実際にはさほど戦力にならないと思われるが、だがイチかバチかの賭けに出ているとするとアレが本隊である事も無いとは言い切れない。

「臧覇と言う男、中々にキレるな」

 呂布が感心すると、陳宮も頷く。

「武将でありながら、相手が嫌がる事に対する嗅覚が優れているのでしょう。己の武のみを頼りにするだけでは無い辺り、侮れませんね。これ以上は被害が大きくなる一方。そろそろ撤退しましょう」

「そうだな。だが、陳宮。これからどうするのだ? ただ無意味に出兵して、臧覇に勝ちを譲って撤退するだけと言う事は無いのだろう?」

「もちろんです」

 呂布の質問に、陳宮は頷く。

「臧覇に降伏を呼びかけます。おそらくは我々に降る事でしょう」

「……いや、臧覇は勝っているだろう? それなのに負けた側に降るのか?」

 呂布は不思議だったが、陳宮は頷く。

「臧覇自身の為には、ここは勝ってはいけなかったのです。だから劉備は戦わずに逃げ出したのですよ」

 呂布には何の事だか見当もつかなかったものの、陳宮の指示に従う様に全軍に対して撤退の命令を下したのだった。
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