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龍の生きた時代
何を望み何を求め何を得て、そして何を失ったのか 20
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しつこく抵抗するかと思われていた泰山の別働隊だったが、下邳城陥落の報せを受けた後、驚く程あっさりと降伏してきた。
彼らはあくまでも呂布軍であり、呂布が敗れた後に戦い続ける必要も無いらしい。
張遼と臧覇の二人が降ってきたが、孫観と尹礼は泰山に残っている。
降るをよしとしなかったと言う訳ではなく、泰山の兵をまとめているからであった。
「曹操殿、この扱いはまるで猛獣扱いだと思うのだが」
呂布は曹操の前に引き出され、曹操に対して言う。
他の投降した呂布軍の武将達とは違い、呂布は徹底的に縛り上げられている。
「猛獣と言うのであれば、もしそれが人里に現れた大猪程度であれば、楽進や于禁が手を焼く様な事はありません。それが猛虎であったとしても許褚の敵にはなりえないでしょう。怒り狂った熊だったとしても、夏侯惇と夏侯淵であれば犠牲もなく退治出来るはずです。ですが将軍はそれらの武将に張飛まで含んで戦ったにも関わらず負けないどころか、怪我一つ負わなかった。兵には将軍が猛獣以上に見えているのです」
曹操は呂布に説明するが、戒めを解いたり緩めようとはしない。
曹操が説明した通り、呂布は恐れられているのだ。
本人の意志で降ったにも関わらず、曹操軍の兵士や武将達は呂布を恐れているのだが、あの戦いを見せられては無理もない。
むしろ恐るなと言う方が無茶だろう。
「ですが将軍、私は将軍と共に戦いたいと思っています」
曹操は呂布に向かって言う。
この場には曹操と呂布の他にも、曹操軍の主だった武将達や軍師達、劉備と関羽と張飛もいた。
そして曹操の申し出は本人の独断だったらしく、劉備達だけでなく曹操軍の武将や軍師達も驚いている。
「呂布将軍はその武勇において他に類を見ない実力を持ち、しかもその騎兵たるや我らの精鋭と比べても十倍は優れた天下無敵とさえ言えるでしょう。これからの私の戦いにおいて、呂布将軍の実力は失うにはあまりにも惜しい。どうですか、将軍。私と一緒に漢の再興に尽力いたしませんか?」
「それは素晴らしい考えです」
曹操の言葉に最初に反応したのは、呂布や軍師達ではなく劉備だった。
どこまで信用できたものかは分からないが、劉備は呂布の味方であると常々言っている。
呂布が捕らえられた時ですらそう言っていたので、呂布は成り行きを任せる事にした。
と言うより、そうしか出来なかった。
「ほう、劉備殿は賛成してくれるのか」
曹操の言葉に劉備は大きく頷く。
「もちろんです。呂布将軍は天下無双の豪傑。将軍を味方につければ位人臣を極める事が出来ます。先の丁原は執金吾に、董卓は太師にまで上り詰めました。その二人を手本とするのが良いかと思います」
劉備は平然と曹操に対してそう答えた。
丁原も董卓も呂布に切られた人物であり、劉備は曹操も同じ末路を辿ると言っているのである。
「……なるほど。劉備殿は呂布将軍を私の臣下とする事には反対と言う事ですか」
「いえいえ、私は曹操殿が呂布将軍を配下に置くと言う事には賛成ですとも。配下が気に入らなかったと言うのであれば、盟友とするのはいかがですか? 呂布将軍は温厚で誠実な人柄。お互いの両親の面倒を見ると約束した張邈殿と同じ様な信頼関係が築ける事でしょう」
劉備は笑顔で言う。
張邈もまた呂布と陳宮によって、曹操を裏切った人物である。
「……劉備殿?」
さすがに真意が読めず、呂布は劉備に声をかける。
劉備は曹操の傍らから、呂布の方へ行く。
「呂布将軍。私は将軍の味方です。今でもなお、私の事を信じて下さいますか?」
劉備は呂布の耳元で囁く。
少なくとも曹操に向かって言っている事だけ聞けば、劉備は曹操に対して呂布を殺すべきだと主張しているとしか思えない。
その劉備を信用しろと言うのは、極めて難しい。
「……分かった。最後まで付き合おう」
それでも呂布は劉備にそう答え、劉備は小さく頷く。
「荀彧、郭嘉、意見が聞きたい」
曹操は軍師に意見を求める。
「呂布将軍は古今に比類無き名将であり、豪傑です。味方であるのならばこれ以上無いほど心強い限り。劉備殿の言う様に、人柄も温厚で誠実。まず信用に値すると言えましょう。ですが、もし、万が一にも丁原、董卓の様な事になった場合、我が軍きっての豪将である許褚、夏侯淵、夏侯惇、楽進、于禁、徐晃などが協力しあっても、おそらく討つ事がかないますまい。その場合、我々はどうなるのでしょうか」
珍しく郭嘉がかしこまった口調で曹操に説明する。
その時、劉備も小声で呂布に説明していた。
「私は将軍の最大の望みを知っています。将軍の望みは妻子の平穏でしょう? もし将軍が生きて曹操に仕えた場合、将軍は栄達を望める事でしょう。ですが、妻子はどうなりますか? 皇族、特に国舅の董承は今の境遇を良しとしていないはず。もし曹操を除こうと考えた場合、必ず呂布将軍に声がかかります。おそらく妻子を人質として。そうやって政争に巻き込まれた時、戦場に立つ将軍が奥方と姫君を守る事が出来るでしょうか」
劉備は呂布を真っ直ぐに見て言う。
「ですが、呂布将軍がここで斬首されれば誰にとっても奥方や姫君を利用する必要も無く、呂布軍の武将、宋憲と魏続はともかく、張遼将軍や侯成将軍などが曹操軍に降った場合、彼らの信頼を得る為にも、曹操は残された将軍の妻子を厚遇しなければなりません。呂布将軍、残酷な様ですがここで将軍が死ぬ事こそ、奥方様達を守る事になるのです」
劉備に嘘をついている様な気配は無い。
それどころか、まるで自らが切られるかの様な苦しげな表情である。
「どうしますか? 例え妻子を危険に晒してでも生き延びたいか、それともせめて妻子だけは助けるか。将軍が選んで下さい。将軍の決断に、前言を撤回してでも将軍のために尽力しましょう」
劉備の提案する二択は極限のものだったが、呂布の答えは決まっていた。
「本当にそれで家族が守れるのか?」
「守れます。ただし、それは呂布将軍の汚名と引換になります。将軍は後世に残す名声を捨て、残るのは汚名だけ。それでも構わないのですか?」
「構わない。後世に残す名など、妻と娘の幸せと比べれば惜しむべき何物も無い」
呂布は迷う事無く、即答する。
「であれば、とことん無様な姿を晒して下さい。私を罵り、命乞いをして、これまでの威風堂々たる将軍ではなく惨めで無様な姿を皆に晒して下さい。優秀な曹操軍の軍師が愛想を尽かして、将軍を切る事に躊躇わないように」
それによって呂布の部下達が曹操に降りやすくする様にしようと、劉備は考えているのだと呂布にも読み取れた。
呂布に愛想を尽かして曹操に降ったからと言って、曹操は呂布の妻子をぞんざいに扱う事は出来ないと劉備は踏んでいる。
それは降った呂布軍の武将達の不信を招かない様にと言う事もあったが、曹操の性格によるところもあった。
もし自分に敵対するのであれば容赦はしないだろうが、そうでもない限り曹操が女性をぞんざいに扱う事は無い。
それは呂布も知る、曹操の性格だった。
「向こうも結論が出そうです」
劉備が僅かに曹操の方を見て、呂布に呟く。
「劉備殿、信じているからな」
呂布が呟くと、劉備は小さく頷く。
「ふざけるな! この大耳の賊め! 俺の命乞いに協力すると言う約束だったではないか! 何が大義の士だ! 貴様こそが不義不忠の賊だ、劉備!」
「命乞いに協力しているではありませんか。将軍の武名は轟いております。丁原や董卓の様に位人臣を極められるでしょう? 盟友となれば張邈と同じくらい信用出来ると言うのも疑いないでしょう? 私は事実を伝え、曹操殿の判断に委ねようとしているのですけど」
呂布の言葉に、劉備はどこ吹く風で答えている。
が、曹操に背を向けて呂布に向かい合っている劉備の表情は、恐ろしく辛そうだった。
「……やはり、呂布将軍は危険です」
荀彧が曹操に対して、最後の言葉をかけて曹操もそれに頷いた。
最終的に制御出来ない最強部隊ほど、味方にしても厄介な事はない。
戦場ではほぼ無敵とさえ言える圧倒的戦力を持つ呂布だが、妻子と言う致命的な弱点を持つことに変わりはないのだから、誰しもが呂布の妻子を利用しようとする。
曹操軍の軍師にとって、呂布の騎馬隊と言う圧倒的戦力を得る事よりその制御が効かなくなる事の方が恐ろしく、取り返しがつかなくなりかねない。
曹操は最後まで呂布を臣下に加える事を望んでいたが、曹操軍の軍師や武将達は強く反対し、呂布自身も露骨なほどに劉備を罵り命乞いをしていたからこそ曹操も見切りをつけた。
この切羽詰まった状況だからこそ、人の真価が問われる事を劉備はいち早く気付き、呂布に自らの価値を下げさせたのである。
もし呂布が死の間際であっても、いつも通りおっとりとした態度で受け入れようとした場合、曹操は何があっても呂布の事を諦める様な事はしなかっただろう。
これ以降は、劉備の言葉を信じるしか無いのだが、呂布も曹操であれば自身に敵対していない限り女性に対して無体な事はしないだろうと思う。
曹操は洛陽にいた時から複数の妻を養っていたのだが、意外なほど仲睦まじく大きな問題も無かった。
きっと大丈夫だろう。
呂布はそう思って刑場へ向かう。
「将軍、うなだれないで下さい」
刑場に向かう際に、張遼から声をかけられた。
先にすれ違った高順は、視線を合わせこそしたが何も言ってこなかった。
「俺もすぐに後を追いますから」
その言葉を聞いた時、呂布は張遼に声をかけようとしたが、思いとどまった。
張遼はかなり頑固なところがあり、下手に何か言ってしまったら逆に意地になりかねない。
呂布はそう思って、あえてうなだれながら刑場へと兵に連れられていった。
「将軍、真意は受け取りました。俺にお任せ下さい」
うなだれる呂布に、張遼の後ろにいた臧覇が囁く。
単純な武勇では張遼や高順と比べて格下であると自覚している臧覇だが、その戦術眼の鋭さで言えば臧覇は高順より上で張遼より視野も広い。
張遼であれば、曹操軍に残っても十分な実力を示せるだろうし、その張遼がいる限り厳氏や蓉を守らなければならなくなると言う事だ。
俺に出来る事はここまで、か。
呂布は刑場へ来てからは妙に清々しい気持ちになっていた。
生きて確認出来ない事だけが心残りではあるが、後は全てを委ねるしか無い。
香、すぐには追って来てくれるなよ。蓉はあの通りの娘だから、蓉が妻となり子供が出来たとしても、きっと香の力が必要になるだろう。孫達の面倒を見て、その孫達からも惜しまれるくらい長生きしてくれ。その時に詳しい話を聞かせてもらうよ。
彼らはあくまでも呂布軍であり、呂布が敗れた後に戦い続ける必要も無いらしい。
張遼と臧覇の二人が降ってきたが、孫観と尹礼は泰山に残っている。
降るをよしとしなかったと言う訳ではなく、泰山の兵をまとめているからであった。
「曹操殿、この扱いはまるで猛獣扱いだと思うのだが」
呂布は曹操の前に引き出され、曹操に対して言う。
他の投降した呂布軍の武将達とは違い、呂布は徹底的に縛り上げられている。
「猛獣と言うのであれば、もしそれが人里に現れた大猪程度であれば、楽進や于禁が手を焼く様な事はありません。それが猛虎であったとしても許褚の敵にはなりえないでしょう。怒り狂った熊だったとしても、夏侯惇と夏侯淵であれば犠牲もなく退治出来るはずです。ですが将軍はそれらの武将に張飛まで含んで戦ったにも関わらず負けないどころか、怪我一つ負わなかった。兵には将軍が猛獣以上に見えているのです」
曹操は呂布に説明するが、戒めを解いたり緩めようとはしない。
曹操が説明した通り、呂布は恐れられているのだ。
本人の意志で降ったにも関わらず、曹操軍の兵士や武将達は呂布を恐れているのだが、あの戦いを見せられては無理もない。
むしろ恐るなと言う方が無茶だろう。
「ですが将軍、私は将軍と共に戦いたいと思っています」
曹操は呂布に向かって言う。
この場には曹操と呂布の他にも、曹操軍の主だった武将達や軍師達、劉備と関羽と張飛もいた。
そして曹操の申し出は本人の独断だったらしく、劉備達だけでなく曹操軍の武将や軍師達も驚いている。
「呂布将軍はその武勇において他に類を見ない実力を持ち、しかもその騎兵たるや我らの精鋭と比べても十倍は優れた天下無敵とさえ言えるでしょう。これからの私の戦いにおいて、呂布将軍の実力は失うにはあまりにも惜しい。どうですか、将軍。私と一緒に漢の再興に尽力いたしませんか?」
「それは素晴らしい考えです」
曹操の言葉に最初に反応したのは、呂布や軍師達ではなく劉備だった。
どこまで信用できたものかは分からないが、劉備は呂布の味方であると常々言っている。
呂布が捕らえられた時ですらそう言っていたので、呂布は成り行きを任せる事にした。
と言うより、そうしか出来なかった。
「ほう、劉備殿は賛成してくれるのか」
曹操の言葉に劉備は大きく頷く。
「もちろんです。呂布将軍は天下無双の豪傑。将軍を味方につければ位人臣を極める事が出来ます。先の丁原は執金吾に、董卓は太師にまで上り詰めました。その二人を手本とするのが良いかと思います」
劉備は平然と曹操に対してそう答えた。
丁原も董卓も呂布に切られた人物であり、劉備は曹操も同じ末路を辿ると言っているのである。
「……なるほど。劉備殿は呂布将軍を私の臣下とする事には反対と言う事ですか」
「いえいえ、私は曹操殿が呂布将軍を配下に置くと言う事には賛成ですとも。配下が気に入らなかったと言うのであれば、盟友とするのはいかがですか? 呂布将軍は温厚で誠実な人柄。お互いの両親の面倒を見ると約束した張邈殿と同じ様な信頼関係が築ける事でしょう」
劉備は笑顔で言う。
張邈もまた呂布と陳宮によって、曹操を裏切った人物である。
「……劉備殿?」
さすがに真意が読めず、呂布は劉備に声をかける。
劉備は曹操の傍らから、呂布の方へ行く。
「呂布将軍。私は将軍の味方です。今でもなお、私の事を信じて下さいますか?」
劉備は呂布の耳元で囁く。
少なくとも曹操に向かって言っている事だけ聞けば、劉備は曹操に対して呂布を殺すべきだと主張しているとしか思えない。
その劉備を信用しろと言うのは、極めて難しい。
「……分かった。最後まで付き合おう」
それでも呂布は劉備にそう答え、劉備は小さく頷く。
「荀彧、郭嘉、意見が聞きたい」
曹操は軍師に意見を求める。
「呂布将軍は古今に比類無き名将であり、豪傑です。味方であるのならばこれ以上無いほど心強い限り。劉備殿の言う様に、人柄も温厚で誠実。まず信用に値すると言えましょう。ですが、もし、万が一にも丁原、董卓の様な事になった場合、我が軍きっての豪将である許褚、夏侯淵、夏侯惇、楽進、于禁、徐晃などが協力しあっても、おそらく討つ事がかないますまい。その場合、我々はどうなるのでしょうか」
珍しく郭嘉がかしこまった口調で曹操に説明する。
その時、劉備も小声で呂布に説明していた。
「私は将軍の最大の望みを知っています。将軍の望みは妻子の平穏でしょう? もし将軍が生きて曹操に仕えた場合、将軍は栄達を望める事でしょう。ですが、妻子はどうなりますか? 皇族、特に国舅の董承は今の境遇を良しとしていないはず。もし曹操を除こうと考えた場合、必ず呂布将軍に声がかかります。おそらく妻子を人質として。そうやって政争に巻き込まれた時、戦場に立つ将軍が奥方と姫君を守る事が出来るでしょうか」
劉備は呂布を真っ直ぐに見て言う。
「ですが、呂布将軍がここで斬首されれば誰にとっても奥方や姫君を利用する必要も無く、呂布軍の武将、宋憲と魏続はともかく、張遼将軍や侯成将軍などが曹操軍に降った場合、彼らの信頼を得る為にも、曹操は残された将軍の妻子を厚遇しなければなりません。呂布将軍、残酷な様ですがここで将軍が死ぬ事こそ、奥方様達を守る事になるのです」
劉備に嘘をついている様な気配は無い。
それどころか、まるで自らが切られるかの様な苦しげな表情である。
「どうしますか? 例え妻子を危険に晒してでも生き延びたいか、それともせめて妻子だけは助けるか。将軍が選んで下さい。将軍の決断に、前言を撤回してでも将軍のために尽力しましょう」
劉備の提案する二択は極限のものだったが、呂布の答えは決まっていた。
「本当にそれで家族が守れるのか?」
「守れます。ただし、それは呂布将軍の汚名と引換になります。将軍は後世に残す名声を捨て、残るのは汚名だけ。それでも構わないのですか?」
「構わない。後世に残す名など、妻と娘の幸せと比べれば惜しむべき何物も無い」
呂布は迷う事無く、即答する。
「であれば、とことん無様な姿を晒して下さい。私を罵り、命乞いをして、これまでの威風堂々たる将軍ではなく惨めで無様な姿を皆に晒して下さい。優秀な曹操軍の軍師が愛想を尽かして、将軍を切る事に躊躇わないように」
それによって呂布の部下達が曹操に降りやすくする様にしようと、劉備は考えているのだと呂布にも読み取れた。
呂布に愛想を尽かして曹操に降ったからと言って、曹操は呂布の妻子をぞんざいに扱う事は出来ないと劉備は踏んでいる。
それは降った呂布軍の武将達の不信を招かない様にと言う事もあったが、曹操の性格によるところもあった。
もし自分に敵対するのであれば容赦はしないだろうが、そうでもない限り曹操が女性をぞんざいに扱う事は無い。
それは呂布も知る、曹操の性格だった。
「向こうも結論が出そうです」
劉備が僅かに曹操の方を見て、呂布に呟く。
「劉備殿、信じているからな」
呂布が呟くと、劉備は小さく頷く。
「ふざけるな! この大耳の賊め! 俺の命乞いに協力すると言う約束だったではないか! 何が大義の士だ! 貴様こそが不義不忠の賊だ、劉備!」
「命乞いに協力しているではありませんか。将軍の武名は轟いております。丁原や董卓の様に位人臣を極められるでしょう? 盟友となれば張邈と同じくらい信用出来ると言うのも疑いないでしょう? 私は事実を伝え、曹操殿の判断に委ねようとしているのですけど」
呂布の言葉に、劉備はどこ吹く風で答えている。
が、曹操に背を向けて呂布に向かい合っている劉備の表情は、恐ろしく辛そうだった。
「……やはり、呂布将軍は危険です」
荀彧が曹操に対して、最後の言葉をかけて曹操もそれに頷いた。
最終的に制御出来ない最強部隊ほど、味方にしても厄介な事はない。
戦場ではほぼ無敵とさえ言える圧倒的戦力を持つ呂布だが、妻子と言う致命的な弱点を持つことに変わりはないのだから、誰しもが呂布の妻子を利用しようとする。
曹操軍の軍師にとって、呂布の騎馬隊と言う圧倒的戦力を得る事よりその制御が効かなくなる事の方が恐ろしく、取り返しがつかなくなりかねない。
曹操は最後まで呂布を臣下に加える事を望んでいたが、曹操軍の軍師や武将達は強く反対し、呂布自身も露骨なほどに劉備を罵り命乞いをしていたからこそ曹操も見切りをつけた。
この切羽詰まった状況だからこそ、人の真価が問われる事を劉備はいち早く気付き、呂布に自らの価値を下げさせたのである。
もし呂布が死の間際であっても、いつも通りおっとりとした態度で受け入れようとした場合、曹操は何があっても呂布の事を諦める様な事はしなかっただろう。
これ以降は、劉備の言葉を信じるしか無いのだが、呂布も曹操であれば自身に敵対していない限り女性に対して無体な事はしないだろうと思う。
曹操は洛陽にいた時から複数の妻を養っていたのだが、意外なほど仲睦まじく大きな問題も無かった。
きっと大丈夫だろう。
呂布はそう思って刑場へ向かう。
「将軍、うなだれないで下さい」
刑場に向かう際に、張遼から声をかけられた。
先にすれ違った高順は、視線を合わせこそしたが何も言ってこなかった。
「俺もすぐに後を追いますから」
その言葉を聞いた時、呂布は張遼に声をかけようとしたが、思いとどまった。
張遼はかなり頑固なところがあり、下手に何か言ってしまったら逆に意地になりかねない。
呂布はそう思って、あえてうなだれながら刑場へと兵に連れられていった。
「将軍、真意は受け取りました。俺にお任せ下さい」
うなだれる呂布に、張遼の後ろにいた臧覇が囁く。
単純な武勇では張遼や高順と比べて格下であると自覚している臧覇だが、その戦術眼の鋭さで言えば臧覇は高順より上で張遼より視野も広い。
張遼であれば、曹操軍に残っても十分な実力を示せるだろうし、その張遼がいる限り厳氏や蓉を守らなければならなくなると言う事だ。
俺に出来る事はここまで、か。
呂布は刑場へ来てからは妙に清々しい気持ちになっていた。
生きて確認出来ない事だけが心残りではあるが、後は全てを委ねるしか無い。
香、すぐには追って来てくれるなよ。蓉はあの通りの娘だから、蓉が妻となり子供が出来たとしても、きっと香の力が必要になるだろう。孫達の面倒を見て、その孫達からも惜しまれるくらい長生きしてくれ。その時に詳しい話を聞かせてもらうよ。
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