カーネーション

坂田火魯志

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第一章

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           カーネーション
 暇だった、ただひたすら。
  水守青蔵は漫画家である。月刊誌に連載を持っておりライトノベルのイラストも手がけている、ついでに言えば同人誌も描いている。
  本来は多忙だ、だが今は暇だった。それは何故かというと。
 「終わったんだよ、全部」
 「今月の仕事はか」
 「ああ、全部な」
  飲みながらだ、スマートフォンで仕事仲間の宮城幹雄に話す。ゲームをしつつ酒を飲み彼に話しているのである。
 「終わったしな。同人誌も描いたしな」
 「じゃあ暫くはか」
 「暇だよ」
  何もすることがなくなったというのだ。
 「幸いにな」
 「それはいいな。けれどな」
 「時間があればあれでな」
  どうしたものかと、彼は自分の部屋でゲームをして飲みつつ言うのだった。
 「何もすることがないな」
 「飲みに行けばいいだろ」
 「飲んでるよ、今」
  実際に缶のチューハイを飲みながら言う。
 「美味いぜ」
 「何だよ、飲んでるのかよ」
 「ついでに言えばゲームもしてるよ」
  このことも言うのだった。
 「もっと言えばサイトの更新も終わったよ、ブログもツイッターもフェイスブックも更新したさ」
 「全部終わったんだな」
 「綺麗にな」
 「ラノベのイラストもか」
 「そっちも終わったよ」
  本当にだ、やるべきことは全部終わったというのだ。
 「何もかもな」
 「風俗にでも行ったらどうだよ」
 「ああ、飲んだからもうそっちもな」
  飲んで風俗に行くのはよくあることだ、だがそれはだというのだ。
 「もう飲み過ぎてな」
 「遊べる状況じゃないんだな」
 「外に行くのも面倒臭いしな」
 「何だよ、本当に何もすることがないんだな」
 「そうなんだよ、飲んでゲームをしてもな」
 「じゃあ後は風呂入って寝るだけか」
 「本当にな」
  もう夜の十二時だ、実は水守は漫画家にしては珍しく朝型なのだ。ついでに言えば元バスケ部で日課のランニングと健康的な食事を忘れずにしている。こうした漫画家もいるのだ。
 「それだけだよ」
 「何かそういうのはかえってな」
 「ぼうっとして飲んでゲームするだけの日常ってな」
 「かえって嫌か」
 「こんなのだったら気合入れて締切よりずっと前に終わらせるんじゃなかったよ」
  今持っている全部の仕事をだというのだ。
 「参ったよ」
 「そうか。俺も今な」
  宮城もだ、ここで言うのだった。
 「仕事全部終わってな」
 「暇か」
 「滅茶苦茶な」
  そうだというのだ。
 「だからもう寝るさ」
 「お互い仕事が全部終わるとそれはそれで困るな」
 「ないと余計にな」
  仕事がないと食べてすらいけなくなる、この辺り漫画家というものは公務員やサラリーマンよりも過酷である。
 「あるだけずっとましだろうな」
 「そうだよな、じゃあな」
 「ああ、今はな」
  寝ようという話になった、それでだった。 
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