ろくろ首

坂田火魯志

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第一章

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                       ろくろ首
  吉原は今日も賑わっている。
  どの店も花魁達が艶やかな姿を見せ酒と白粉の匂いに満ちている。部屋という部屋から嬌声と琴や三味線の音が聴こえてくる。
  夜であるが灯りで照らされそれが闇の中に浮かんでいる。今二郎吉はその吉原の中にいてだ。花魁を物色していたのである。
 「吉原に来たからにはな」
  彼は飄々とした足取りで人の波の中を歩いている。
 「酒と女は仇じゃねえからな」
  それを求めて来る場所である。それで敵である筈がなかった。 
  そこでだ。店の方から彼に声をかけてきたのであった。
 「ちょっとそこの旦那」
 「おう、何だい?」
 「いい娘がいるよ」
  こう言ってきたのである。
 「とてもいい娘がね」
 「吉原にはいい娘は幾らでもいるけれどな」
  二郎吉は笑ってその客引きに返した。
 「それこそ花魁の数だけな」
 「言うねえ。旦那通だね」
 「少なくとも吉原は好きさ」
  彼もこのことは認めた。
 「ただな」
 「ただ。何だい?」
 「いい娘は多くてもとびきりのは少ないよな」
  客引きに対して笑ってこう言うのであった。髷は少し傾き悪ぶったものである。実は彼は腕利きの鳶職なのである。それで金には困っていないのだ。
 「そうじゃないかい?」
 「そのとびきりのがいるんだよ」
 「へえ、そんなにいいのかい」
 「いいってものじゃないんだよこれが」
  客引きは助平そのものの笑顔になって彼に言ってきた。
 「もうこれがね。天女みたいなものでね」
 「吉原に天女かい」
 「興味を持ったかい?」
 「ああ、一度見てみようかな」
  こうしてであった。二郎吉は店に入った。そうしてその花魁のところに行くとだ。
  畳と襖に障子の部屋にいた花魁は小さな顔に黒髪の姿だった。花魁の帯が前にある赤と金、それに白の絢爛な着物に顔は白く化粧をしている。細く書いた眉に紅の小さな唇が艶かしい。
 「はじめまして」
 「ああ」
  二郎吉は花魁のその挨拶に応えた。
 「あんた名前は?」
 「朝顔でありんす」
  花魁はこう名乗ってきた。
 「これがあちきの名でありんすよ」
 「そうかい、朝顔かい」
 「あい」
 「中々いい名前だな」
  二郎吉は笑ってその朝顔に述べた。
 「それで俺の名は二郎吉だ」
 「二郎吉さんですか」
 「仕事は鳶職だよ」
 「へえ、そうでありんすか」
 「ああ。それで今夜はあんたと二人になりたくてな」
  笑顔でその朝顔の傍に座ったうえで話す。
 「それで来たんだよ」
 「来てくれたでありんすか」
 「じゃあ今夜は二人で楽しもうか」
 「あい。それじゃあ」  
  そうしてであった。朝顔は早速杯を差し出してきた。二郎吉もそれを受け取る。
 「まずは挨拶に」
 「おう、悪いな」
 「夜は長いでありんすよ。それじゃあ」
 「ああ、まずは飲んでな」
  こうしてであった。二人で楽しむ飲みそのうえで楽しい夜を過ごす。そうしてそのうえでだ。床も共にしたのであった。
  二郎吉はこの日かなり飲んだ。それで寝汗もかなりかいてしまった。そのあまりもの暑さに喉が渇いて目を覚ました。するとであった。
 「んっ?」
  暗い中でだ。横に何かを見た。
 「何だこりゃ」
  見れば白く細長いものだ。それが床から出て来たのだ。
  それを見てであった。彼は目を凝らした。
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