ろくろ首

坂田火魯志

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第四章

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「気に入ったぜ。これから贔屓にしてやるよ」
 「嬉しいでありんすね。ああ、あちきは化け物ですから」
 「何だってんだい?」
 「老いることはありませんよ」
  彼の顔の正面に顔を持って来ての言葉だった。
 「絶対に」
 「人間は年取るのにかい」
 「化け物ですから」
  それが理由であった。
 「もう絶対に」
 「そうなのかい」
 「ええ。それに人間との間にはやや子もできませんし瘡毒にもなりませんよ」
  この時代では梅毒のことをこう呼んだ。顔にも斑点が出てそこから血が出てそれが瘡蓋になるからであろうか。なおこの時代では死に至る病であった。
 「どうでありんすか、それは」
 「いいじゃねえか。よし、さらに気に入ったぜ」
 「いいでありんすな、あちきで」
 「いいぜ。じゃあこれからも宜しくな」
 「あい、こちらこそ」
  こうして二郎吉はこの朝顔を贔屓にしたのであった。これは江戸時代の吉原での話である。そうして。
  今ではだ。吉原は所謂ソープランドの街になっている。今日も今日とて男達が楽しくやっている。そこのある店で評判の娘がいた。
 「あの朝顔ってのいいねえ」
 「そうだよな」
 「雑誌にも出てるしな」
 「実際に行ってみると最高だったぜ」
  あるソープ嬢のことが話題になっていた。
 「美人だしスタイルもいいし技も確かだしな」
 「しかも性格も気さくだしな」
 「あんないい娘いないぜ」
 「全くだ」
  こう話されていたのであった。そしてその朝顔自身もだ。
 「それは年季が違うからよ」
  噂を聞いてけらけらと笑う。首がやたらと動く。
 「もうね。ずっとここにいるからねえ」
  その彼女が何時から吉原にいるのかは誰も知らない。しかしである。
  その首が時々やたらと長く見えるのは気のせいであろうか。それは誰にもわからない。しかし朝顔というソープ嬢は今も吉原にいる。その吉原にである。
 「今も今でいいものだよ」
 「そうそう」
 「そうだよね」
  そして仲間内でこんな話をするのであった。
 「人間の中で何時までも生きるのも」
 「こうして時々首を伸ばせればそれでいいし」
 「善き哉善き哉」
  朝顔の首は伸びていた。だがそれが伸びる姿は今は誰も見てはいない。そして彼女の仲間は若しかするとすぐ傍にいるかも知れない。ただ首を伸ばしていないだけで。もっとも伸びてもそれでどうにかなるかというとそうでもないのであるが。


ろくろ首   完


               2010・8・26
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