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どうしたらいい。

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 その日、ヴェルダルクは起きて早々深刻で神妙な顔付きで考え込んでいるようだった。顔を洗い、髪を梳かし、朝食を食べていても唸っている。

「サクライ。」
「はい、魔王様。」
「昨日の記憶がない︙。」
「はぁ︙。魔王様は天界の酒をお飲みになり、珍しく酔ったご様子でした。」

 まさか、記憶が無くなるほど酔っていたとは︙。
 魔王様にしては、本当に珍しいとサクライは少し驚く。

「それでだな︙︙。昨夜、ヴァルスに抱かれる夢を見た。」
「はい、魔王様はヴァルス様に抱かれる夢を︙︙はい⁉」
 真面目な顔で、とんでもないことを打ち明けるヴェルダルク。バサバサバサと音を立て、持っていた書類が落ちていく。あの男は、もはやこの魔王様を抱いたのか、とサクライは内心頭を抱えた。

「だ、抱かれたと︙。しかし、ヴァルス様は今朝もお出かけに︙。はっ! 魔王様の処女を喰らいながら、あの男︙!」

 まさか、抱いたというのに放置して街に遊びに行ったなんて言わないだろうな。

「オ、オレの処女とはなんだ!」
「なんだとは、抱かれたのでしょう? ヴァルス様に。」
「なっ! そういう意味ではないわ‼ たわけ! 第一、オレが子どもに手を出すわけ無いだろう。」

 あの男が魔王様には子どもに見えてることが恐ろしい。まぁ、勘違いなら安心したとサクライは息を吐いた。顔を真赤にしながらぶつくさと怒る魔王様。

「大体、抱かれるなんて屈辱誰が受けるものか。あのような︙、あのようなこと︙。」

 腕を組みながら、黒い髪を揺らしてヴェルダルクが言った。その言葉にピクリとサクライが反応する。

「他にも何かのですか?」
「へっ? そ、そんなこと。」

 ヴェルダルクの視線がうろうろと揺蕩う。隠し事が下手すぎて、子どもみたいだ。何故、魔王になれたのか、この幼さを見ていると、ときどき不思議になる。

「悩みを溜め込むのは良くありませんよ︙。どうです? 長年の付き合いである、このサクライに打ち明けてみては。もちろん誰にも口外致しません。」

 サクライは極めて紳士的にそう言った。安心させるような笑顔は、見る人が見れば胡散臭い。しかし、この魔王様は案外に騙されやすいのだ。サクライがそう言うなら、と頷いてヴェルダルクは呼吸を整えた。

「その︙、ヴァルスに︙︙。」
「ヴァルス様に?」
「なんというか︙、首筋に接吻をだな、される夢を見て︙。とても性的というか、何か︙、捕食されるようで、それでいて︙︙。」
「興奮した?」
 
 勿体ぶるヴェルダルクの言葉に耐えきれずサクライがそう聞くと、小さく頷いた。

「魔王様は、ヴァルス様に抱かれてみたいのですね。」

 大きく目を見開いたヴェルダルクの頬がじわじわと赤らむ。しばし硬直してから唇を噛み締め、困った顔で涙を浮かべた。それから小さく、本当に小さな声で︙。

「サクライ︙︙、どうしよう。」

 まるで縋るように言われて、サクライは正直興奮を覚えた。サクライは昔から強者や自分の力を過信するもの、年長者を辱めるという性癖がある。圧倒的強者である魔王に、この300年間そんな隙きは無く、半ば諦め忠誠だけを誓ってきたが。こうなってくると話は別だ。久々に遊びたくなった。悪魔や魔族とは元来そういうものだ。本能のままに求めていると言っても過言ではない。今、ヴェルダルクは困り果て精神的に弱っている。ヴァルスのことを溺愛していることもあって、余計に惑わしやすそうだ。それに鼻につくヴァルスの反応も期待できる。サクライは笑みを浮かべた。

「そうですか。しかし、困りましたね。ヴァルス様は、街の娘に恋をしているようですよ。噂、聞いたことありませんか? 随分と美しい娘のようで、毎日のように会いに行っているのだとか。」

 もちろん、一人の娘に恋をしているだなんて、そんな噂は聞かない。サクライの大嘘だ。それでも、ヴェルダルクは驚いたようすで妙に納得した顔をした。

「やはりな︙、だから最近毎日のように街に出ていたのか。そうか、街の娘に会うために。」

 ヴェルダルクは俯いた。
 今にも泣きそうだ。

「何か与えて愛を囁やけば皆、閨に喜んで来た。でもあいつは何も欲しがらない、どうすれば良いかわからない。そもそも、抱かれたことなんてない︙。あの子は強さすら求めていない、だってヴァルスはきっとオレより強くなる。だけど、ヴァルスには幸せになって欲しい。こんな気持ちはじめてだ。 どうすればいい!」

 手を握りしめ、ヴェルダルクはサクライに答えを求めた。けれど、サクライは首を横に振り、さらに追い打ちをかけるように言う。

「ヴァルス様はその娘との結婚を考えているらしいです。
 もしも、もしも魔王様が、ヴァルス様の幸せを心から願うのであれば。天界にそれを誓うほどであれば︙。」

「ヴァルスを魔王城ここから逃がしてやる︙︙。」

 吐いた言葉が現実味を増す。自分のような古びた男に迫られてもヴァルスにとっては、気持ち悪いだけだろう。美しい娘と暮らす方がきっと幸せになれる。どんなに自分が願おうと、ヴァルスは自分を好きになったりなどしない。気まぐれに攫ってきて、育てただけの男だ。

「一人になりたい。悪いが部屋を出てくれ。」
「わかりました。何かあれば、いつでもお呼び下さい。」

 静かに扉を閉めて、サクライは、耐えきれず喉の奥でクスクス笑った。





 街にポツリポツリと雨が降り出す。
 毎日の働きで得た金貨を抱え、ヴァルスは呟いた。

「すげぇ、雨。」

 汗が雨水と混ざり、布に染み込む。なんとも不愉快な感覚に眉を潜めた。買い物を済ませたら、早く城に戻ろう。今夜は大切な日。この日のために注文していたものを取りに行く、店でそれを受け取って抱えていた金貨を渡した。帰ろうとした所で、珍しい出店を見つけた。聞けば、今日たまたまこの街で売りに来ているらしい。

「いらっしゃい!」
 
 おっさんが元気に声を掛けてくる。自分の金髪は魔界で嫌われている。だから普段は魔力でブラウンにすることで隠している。ヴェルダルクだけは綺麗だと嬉しそうに触るので魔王城ではそのままだが。この金髪を美しいと言う、そんな魔族は魔王様以外いない。

「おっ、兄さんもしかして恋人に贈り物か?」

「まぁ、そんなところだ。」

 胡散臭い男の笑顔に無愛想に応える。

「なら、ついでに、この香はどうだ? 実を言うと、これは人間から天界のものを秘密裏のルートで︙ーーーー。」


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