魔王様は、子どもを拾って自分好みに育てるようです。

セイヂ・カグラ

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可愛い子には・・・。

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 あれほどまでに過保護に育ててきた青年はひとりでに歩きはじめた。魔王である自分ならば、いつどこにいてもヴァルスを見つけられるし、眺めることもできる。幼い頃は、よくそれで様子を見ていたものだ。しかし、あるときサクライに「そんなことでは嫌われますよ。」と言われ、泣く泣くやめた。

「サァ!クゥ!ラァ!イィィイ!」

 酒を飲みながら、涙でぐしょぐしょに濡れた顔を無様に晒し、部下に泣きついているのは、天使と対等できる魔界の王、魔王ヴェルダルクである。こんな姿を民に見られては、統治に支障が出るだろう。何なら、暴動が起きるかもしれない。

「魔王様︙、そろそろ酒はお仕舞いにして下さい。」

 長年の部下であるサクライは呆れ顔で言った。自分とて、魔王様からすれば小悪魔︙、あの青年を除いては。金髪を靡かせ、美しい顔をした青年は明らかに天使だ。それも、おそらく上級の天使に相当する。頭の良いあの男は何を企んでいるのか分からない、怪しすぎる。しかし、魔王様が気に入ってしまったのだから、我々には口出しできないのだ。

「ううううう。あれからヴァルスは毎日、ひとりで、街に行ってばかりだ。なぜだ! そんなに街がたのしいのかぁ? オレとはもう出掛けてもくれぬのかぁ! そんなのって︙、そんなのって︙。」

 またグスグスと泣き出す魔王様。
 最近は毎日のように酒を飲み、ついには「魔界の酒は弱すぎる!」と人間から密輸した天界の酒をグビグビと飲みはじめた。天界の酒を3本も飲み干せば、さすがの魔王様も酔いが回ったようだった。おぼつかない足でふらふらと歩きながら、魔力を垂れ流す。長年ともにいる私だから大丈夫なものの、普通の悪魔ならそれこそ魔力酔いで倒れるだろう。

「ヴァルス様だって、年頃です。街で気になる女性でもできたのではないですか?」

 案外に純粋な魔王様の夢を壊さぬようにと、恋でもしているのだと言ってみる。  
 それが、失敗だった。
 私は見事に地雷を踏んだようだった。

「女︙、だと?」
 不穏な空気と魔力。
「も、ものの例えですよ!」
「女︙、女︙。
 ヴァルスは街で女を抱いて遊んでいるのか?」
「まさか! ただ街が楽しいのでしょう!」
「お前が言ったではないか!」
「うっ︙︙。」

 制御できていない、すごい魔力。殺されるかもしれないと本気で覚悟したその時だった。

「いやだぁあああああああ!うわああん!」 

 魔王様がこどものように泣き出した。

「だってぇ︙ひぐっ︙︙、オレが見つけて、そだっ、育てたんだぞっ。知らん女に、みすみす︙わ、わたせると、思うかぁ?」

 ゴシゴシと涙を拭いながら、えぐえぐと言う。また酒をごくごくと飲み干し、ぐでんとテーブルに頭をもたげる。赤らむ頬と潤む瞳、唇の隙間から赤い舌が覗く。いつもの威厳が消え、どこか艷やかで幼さを見せるこの魔王とやら男に、小さな情欲を感じてサクライは思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。

「魔王様︙。」

 そっと、顔にかかる髪に触れる。美しい黒髪を梳かしながら、撫でても魔王様は何も言わない。

「︙ん、どうした? サクライ。」

 少し柔らかく微笑み、こちらを見る。
 こんな風に無防備な姿は見たことがない。無意識に首筋を撫で、耳をくすぐった。スリスリと耳の縁を撫で、裏をこすりながら指先を入れる。

「ふぁっ︙、くすぐったいぞ。サクライ、んっ、あ︙︙。」
「魔王様、ベッド︙、行きましょうか。」

「?︙︙! あー‼」
 ぼーとしていた魔王様が突然、起き上がった。それから、すぐに辺りをキョロキョロと見渡しはじめる。途端に地面へ複雑な文字が浮かび上がった。強い魔力に膝を付くと、目の前には背の高い金髪の男がこちらを睨んでいた。

 ああ、そういうことですか。

 サクライは、うっすらと小さく笑った。おもしろいものを見たと、軽く一礼してその場を後にする。今後の楽しみができて、上機嫌である。

「ヴァルス! おかえり! 全く︙、こんな時間までダメなんだぞ。」
「ごめんなさい、ヴェル様。
 さぁ、もう寝ましょう。ベッドまでは僕が連れて行って差し上げますから。」
「んぅ? ヴァルスも、もう寝るのか?」

 ヨレヨレと歩いているとヴァルスにそっと支えられる。大きく力強い角ばった掌が腰を抱く。見上げれば、ふわりと微笑まれた。

 男らしくなったなぁ。

 成長する度にヴァルスはカッコよくなっていく。人間の書物に出てくる、王子様の挿絵はまるでヴァルスのようだ。自分が閨で囁いてきた言葉をヴァルスが言えば、女は喜ぶのだろう。一言「愛している」と言えば、どんな女も男もきっとイチコロだ。

 ヴァルスはもう、女を抱いたことがあるのだろうか。

 胸にじわじわとモヤが広がった。
 なんだか、酷く苦しい。

「さぁ、ベッドに着きましたよ。」

 ぐるぐると考えているうちに、いつの間にかベッドの前にいた。ぼーっとしていると不意に体が浮き上がった。

「わっ、ヴァルス?」

 ヴァルスが軽々と自分のことを抱き上げ、ベッドの上に寝かせた。柔らかさに沈み、頭がぼんやりとしてくる。段々とまぶたが下がり、ずっと見ていたいほど愛しい青年の顔がぼやけてくる。
 
「今夜くらい、いっしょに、寝よう。オレと寝るのは、いやか?」
「嫌じゃないです。でも︙︙、僕きっとヴェル様に酷いことしますよ。」
「ひどい、こと︙?」

 眠りにつく寸前の頭では、その言葉の意味を理解できない。聞き返せば、ヴァルスはにっこりと笑って髪に口吻を落とした。やわらかな感覚が触れる。そのまま唇は首筋に落ち、ちゅっちゅっと音を立てた。くすぐったい感覚にもぞもぞと身をよじる。

「んっ︙ふぁっ︙︙?」
「もう、眠りたいでしょう。おやすみなさい。」
「︙︙ぅん、おや、すみ。」

 眠気に耐えられなくなり、ヴェルダルクは眠りについた。

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