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俺たちには会話が足りない!

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 郁人の伸ばした腕が、指先がナオの首筋に届く。
 すると、ナオはびくりと立ち上がり項を掌で覆った。
 苛立った。
 何かがプツリと音を立て、切れる。

「ぅぐっ?! は︙︙?」

 郁人は、立ち上がったナオをベッドへ沈めた。うつ伏せにして、力任せに抑え込む。先程と立場が逆転した。郁人だって男。拘束が解かれ、酒が抜ければ、それなりに力を発揮できる。なんなら郁人の方が、背が高いので全体重を掛けてしまえば、さすがにナオも動きにくくなる。

「い︙、郁人っ。」

 未だ項を隠すナオの手を乱暴に引き剥がした。
 暴れる腕を一纏めにして、項に掛かる髪をそっとよける。
 
「︙︙っ。はっ、はは。」

 項には、黒子があった。
 郁人の張り付いた喉から乾いた笑い声が漏れた。
 黒子が一体何だと思うだろうか?

 言うなれば『たかが黒子、されど黒子』である。

 いくら似ていても、黒子の位置まで同じ人間などいない。幼馴染の項の左側には、小さな黒子がある。そして、郁人の項の左側にも似たような黒子がある。幼い頃、それに気がついた俺たちは、おそろいだと言って喜んだ。項の黒子は自分たちか、自分たちの親しか知らない。世間様も、もちろん知らない。

あたる︙。」

「︙︙︙ごめん。」

「なんで、こんなこと︙。って、俺が言える言葉じゃ、ない、な。」


 しばらくの間、長い沈黙が流れた。
 お互いどうしようもなく俯いてたと思う。
 郁人が意を決して顔を上げると、目の前には酷くやつれた顔の男がいた。
 その男、あたるは、その綺麗な瞳からボタボタといくつもの大粒の涙を静かに零していた。
 とめどなく流れる涙は、直の頬を濡らした。
 どうしようもなく困り果てた顔で、子供のように肩を震わせて。

「なん、で︙、なんでお前が泣くの。」

 そう言った自分の声が震えていることに郁人は気が付かないふりをした。段々と自分の視界が歪んでいく、瞼に留まることを諦めた水がぽたりと頬を伝った。

「ごめ、ん︙、ごめん。」
「ごめんって、謝られても、おれ、分かんねぇ、よ︙。」
「ごめん︙︙。」

 あたるは、ごめんと繰り返すばかりだ。薄暗いホテルの一室に、成人済の男が二人、裸で泣いているという異常空間が広がった。薄ら寒くて、笑えてくる状況だが俺たちは至って真剣に泣いている。そのうち、お互い落ち着いてきて、鼻水をずるずると啜る音が響く。

 そういえば、小さい頃から泣くときは、二人一緒だった。どちらかが泣き出すと片方も泣き出す。まるで双子みたい。成長してもそれは変わらない。俺は涙もろくて、映画や漫画で感動的なシーンがあるとよく泣く。そんな時、ふとあたるを見ると、いつも涙を堪えていた。耐えきれなくなると、綺麗な顔で静かに涙を流す。表情のない割に素直で優しい、その横顔が好きだった。からかったら、自分もからかわれそうで、お互い気を使って気が付かないふりをした。

 俺たち、なんで泣いてるんだろう。
 そんなふうに思っていると、あたるが口を開いた。

「︙︙好き。」

 たった一言、そう言った。


 思考が止まって、涙が引っ込んだ。
 今、あたる、変なこと言ったよな。
 いや、俺の聞き間違いか?
 いよいよ俺、おかしくなったのか?

「︙︙。」

 俺は、いったん、聞こえなかったふりをした。
 いや、たぶん本当に聞こえてない。

「郁人に、好きな人がいるのはわかってる︙。それでも、諦められなかった。」
「︙は? え?」
「はじめは、ほんの冗談のつもりだった。郁人の誕生日、祝いたくてあの店に行った。」
「えっ? え?」
「すぐ気づくと思ったのに︙。郁人、全然、俺に気づかなくて。ネタバラシするタイミング逃して。そのまま飲んでたら︙︙、郁人が男に恋してるつーから、我慢できなくなった。」
「はっ⁉ えっ、ちょっ。」

 郁人が困惑しているというのに、あたるは、やけに饒舌につらつらと話す。郁人の声など、まるで聞こえていないようだ。

 一体何の話をしているのだろう。
 もう、頭が追いつかない。

「でも︙、でもなんで︙。なんであの日、俺の誘いにお前は乗ったんだ?」

 まっすぐこちらを見る瞳に郁人はたじろいだ。
 何故、あの日、あの誘いに乗ったのか。
 その理由を答えてしまえば、今まで隠してきた全てを吐き出すことになる。
 今度は、郁人の方が黙り込んだ。

「なんで、セフレになろうだなんて、言ったんだよ︙。」

 後悔している。
 俺も、あたるもきっと同じだ。
 どうして、こんなことになったのだろう。

「︙︙ごめん。」

 そして、郁人の方が謝った。
 また、ジワジワと瞼が熱くなる。
 言わなきゃいけない、話さなければならない。
 この恋心を白日のもとに晒さなければならない。
 このまま何も話さなくても、俺達の関係は、もう元には戻らない。
 ならば、同じことだ。

 郁人が、ひそかに心の中で自分を鼓舞したとき、あたるがまた口を開いた。

「郁人、もしかしてのことが好きになったんじゃないのか?」
「へ?」

 思わず、素っ頓狂な声が出る。あたるの言っていることがよくわからない。俺が、ナオさんを好き? それは、つまり、あたるのことが好き︙。いや、でもナオは、直だけど直じゃなくて︙。やっぱり、ナオと直は別々の人ってこと? やばい、なにこれ、哲学?

「郁人がナオのことを好きになっちまったんなら、仕方がないって。郁人の側に居られるなら、郁人に触れられるなら、それでも良い。ナオを演じ続けようって︙、そう思った。︙でも! でも無理だ。郁人が俺じゃない誰かを選ぶことも、本当の俺じゃない、ナオに抱かれてることも、耐えられない。ごめん、郁人。俺、もう郁人に︙ナオを会わせてあげられない。郁人がナオを好きだってのは、分かってる! でも︙︙っ。」

「ちょっと! ちょっと待て、あたる!」

 色々、話が難しくてわけわからんけど、ちょっと待ってくれ!

「俺、別にナオさん? のこと好きじゃないよ。」
「え︙? じゃあ、郁人は︙、好きでもない人とセックスできるってことか?」
「は⁉ いやいや、誰でも良いわけじゃないし!」
「そういえば、経験豊富そうだったよな。はじめてじゃない感じだったし。俺が目を離した隙に︙︙クソっ︙。」

 後半はよく聞こえなかったとして︙、話が変な方向に行ってる気がする! 俺は、あたるから、あらぬ誤解を受けているようだ。いや、これは完全に俺も悪いけど~!

「待て! 待て待て待て! 俺はあの時が初めてだったぞ!」

 そ、そうだ! 
 俺は、コイツに処女をくれてやったんだ!

「郁人︙、さすがにそれは無理があるんじゃ。」

「はぁ⁉ お前、ふざけんなよ! 別に、ナオさんが良かったわけじゃなくて︙っ。なんていうか、ナオさんがっ、お前に︙っ、あたるに似てたからでっ!」

「︙︙俺に似てたから?」
「あ。」
「郁人、それどういう意味。」
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