【完結】大金を手に入れたので奴隷を買った!

セイヂ・カグラ

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side:ローレンス

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 ダンジョンからギルドに戻り、いつものように糸目男のいるであろう壁際を見る。しかし、珍しいことに今日はまだ来ていないようだ。迎えに来なくとも、逃げやしない。逃げようと思うのなら、とっくに逃げている。だというのに、行きも帰りも毎日毎日、飽きもせずよくやる。連日ダンジョンに潜っているおかげか魔力はだいぶ増えてきた。それでも今のオレの魔力では奴隷紋を破壊できない。それに、まだ此処に身を潜めていたい。本当は、あの男を殺せばいいだけ。それだけで簡単に終わる。だが、殺すには勿体ないと思うのだ。アイツにはまだ、利用価値がある。それに…、アイツが作る飯もアイツのいる家も悪くない。

 だが、糸目男はオレが逃げるのをいつも恐れているようだった。毎朝「綺麗だ」と言ってくるあたり、余程この顔にご執心らしい。だというのに自分からはオレに触れようともしない。からかえば、まるで生娘のように恥じらって見せるものだから、つい遊んでしまうのは魔族の性なのだろう。男と二人の生活でも案外飽きることはない。それでも魔力が充分になれば、いつでも逃げるつもりでいる。

 糸目男の存在は、不可解だ。
『いつも通り』が少し崩れただけで、探す必要も、ましてや待つ必要もないはずなのに…。
 
「何故いないんだ……。」

 オレは、男がいつもいる壁際で独り言ちた。
 仕方なく、先に換金だけ済ませておくことにする。
 別に、金に興味はない。
 ダンジョンに潜るのは魔力を得るためだし、魔物を倒すのは遊びのようなもの、暇つぶし…。
 アイツが金を欲しがるから魔石を拾っているだけ。

「ゼンから伝言です。」
「伝言?」

 換金のため、ミールのところに行くと開口一番そう言われた。
 なんだろうかと、眉を寄せる。
 ミールは、興味が無さそうな素振りで淡々と言った。

「『今日は迎えにいけない、ごめん。それから帰りが少し遅くなるが、必ず家に帰ってくるからローレンスも必ず家に帰るように』とのことです。」
「あ?」
「あら、怒るんですね。」

 意外そうな表情でミールが言う。
 一体、どういう意味だ。別に怒っているわけではない。
 アイツが何処で何をしていようと、オレには関係ない。

「…怒ってなどいない。」
「ふふっ、まぁ、そういうことにしておきましょう。とにかく、ちゃんとお家に帰って下さいね。その方がローレンス様の身も安全です。行動をするのなら万全の準備を…」
「案ずるな、そのつもりだ。」

 まだ、その時ではないことは分かっている。
 ただ、糸目男の行動の変化は少し引っ掛かる。
 アイツに友人や知人の気配は感じられない。
 金銭感覚のことも考えると飲みに行くなんてのは、考えにくい。
 一度に大きなものをいくつも買っていたが、それ以降は質素過ぎるくらいの生活だ。
 元々、金を使わない生活だったのか、その辺には厳しい一面もある。
 ならば、気晴らしにどこかへ行ったのだろうか…。 
 いや、アイツはオレの顔を見ていれば満足だ。
 一体、何が目的なのだろう。何をしに行ったのだろう。
 まさか、何かを企んでいるんじゃないだろうな。

「気になりますか?」
「別に。」

 別に良い、放っておけば良いじゃないか。
 オレには関係のないことだ。
 そう思いつつも、ふととある男を思いだした。
 いけ好かない、腹の立つブロンドの男。
 エルフと人間のハーフらしいツェルダは、それなりに顔が良い。
 まぁ、オレほどではないが。

 やたらとアイツに絡んで、時にはまるで子どものようなやり方で注意を引こうとする。面倒な男だ。どう見ても、ただアイツに構ってほしいだけ。足を引っ掛けられても、どんなに自分を貶されても、アイツは…、ゼンはいつもヘラヘラと笑って返す。ただ、それがオレ絡みになると一変、怒りを露にする。喧嘩になっても絶対に勝てない相手だろうに、歯向かう。それが何となくオレに優越感を与えた。


「ツェルダと言ったか…、アイツはいつからああなんだ。」
「…さぁ、いつだったかしら。ゼン、案外人気だからツェルダも必死なんです。ゼンは気が付いていないみたいだけど。本当、呆れるわ、子どもじゃないんだから…。でも彼、一応S級なので、みんな恐れて近付かないんです。最近のゼン、肌艶も良いし身なりも整って、より一層色気が増していますもの……。それにローレンス様を溺愛している様子もみられる。焦る気持ちも分かるわ。まぁ、ゼンを振り向かせるのは、ツェルダには無理でしょうけど。」
「ああ、やはりゼンに気があるのか。」
「誰が見てもはっきり分かりますわ。ゼンが鈍いのは昔からだけれど、可哀想なくらいです。」

 オレに気があるフリをして、ゼンの気を引きたいだけの馬鹿男。
 ツェルダの顔はそれなりに整っているが、きっとゼンの好みじゃない。
 ゼンの中でお前は、ただただ迷惑でしつこいやつ。
 可哀想な野郎だ。

 オレの中を、また優越感が満たす。
 満ち足りる胸の満足感。それから少しの不安。
 知らない感覚が、感情が身体の内部を破壊していくような…。
 




    ■





 『必ず帰る。』そう伝言にあったのに、日が沈みきってもゼンは帰ってこない。いよいよ、いつもなら眠る時間がやってきて湯浴びを済ませベッドに入る。一人きりのベッドは広すぎた。温もりのない、冷たいシーツでは上手く眠れず、ベッドから出て本を開いた。此処には、魔導書ばかりある。きっと前の住人はエルフか魔族だったのだろう。ソファーからはキッチンがよく見える。料理をするゼンの後ろ姿を見るのが癖になっていたようだった。

 次第に文字列がぼんやりとしてくる。
 ウトウトとして、瞼が落ちてきた。
 深夜、夜行性の動物や魔物の鳴き声に耳をすませていた時だった。

 ガチャン……ッ、、バタンッ、、
 
 扉の音でハッと目が覚める。男の帰宅を知らせる音だった。
 ギシギシと木の床板を踏みしめる足音が心なしか重い。

「なんだ…、まだ起きていたのか。寝ていて良かったんだぞ。」

「おい、どうした…?」

 酷く顔色が悪い。疲れきり疲弊した様子だった。
 異様なその姿にソファーから立ち上がり、歩み寄る。
 どうしたのかと、ゼンの頬に手を伸ばしたそのとき。

 パシッ……!

 乾いた音とオレの手に走った小さな痛み。
 後退った、ゼンの身体。

「あ、、悪いっ、、」

 叩かれたのはオレなのに、ゼンの方が傷付いた顔をした。
 
 違和感は次第に大きくなっていく。
 そんなオレの鼻腔を掠めるものがあった。最近、よく嗅ぐ匂い。見知った匂い。
 威圧的なそれは、所謂マーキング。

 その途端、胃をえぐられるような感覚がした。
 ふつふつと迸る苛立ち…。
 どうしようもない感情に、いつもはしまい込んでいられる角や爪、牙までもが剥き出しになる。
 ああ、なんだこれは…、なんなんだっ。
 苛立ちで目の前の男を殺してしまいそうだ。

「ローレンス……」

 名を呼ばれ、我に返る。
 ゼンは、床を見つめたまま動かない。
 掠れるような、蚊の鳴くような、この男からは到底、聞いたことのない声色。

「……抱いて」

 何と言ったか、一瞬分からなかった。
 言葉は分かる。でも意味が、どういう意味なのか分からなかった。
 だから、返す言葉が出てこなくて、少しだけ間が空いてしまったのだ。

「やっぱ違う、冗談。ごめん…、湯浴びしてくる。……ちょっと疲れた。」

 ゼンは、いつもの胡散臭い笑みを浮かべて「おやすみ」と言った。




 部屋に残る、微かな匂い。オレとゼンだけじゃない、別の男の匂い。
 無性に不愉快なその匂いを消して、オレは再びベッドに潜った。

 気にするな。オレには関係ない。
 ゼンが何処で何をしてようと、オレはどうでもいい。
 いずれは、この家からも糸目男からも離れる日が来るのだ。
 オレは、この男を利用しているだけ…。

 頭の中で何度も自分に言い聞かせる言葉を反復する。
 その内、気がつけば眠りについていた。

 その日からゼンは、時折ツェルダと居るようになった。ダンジョンから出てくると、話す二人が見えるだけなのだが…。出会った頃に比べて、肉付きの良くなった身体が、また細くなったような気がする。日に日に、弱体していくようなゼンを見ていられない。それでも、ゼンのオレに対する態度は変わらなかった。

 オレには知る必要もないことだと、目を背けて、素知らぬ顔を続けて気がつけば数週間。
 ゼンがあの日言った言葉が…。
『抱いて』という言葉が、表情が、脳に張り付いて離れない。
  
 ゼンは、どういうつもりで言ったのだろう。
 あの時、オレが何か言葉を返せば、行動していれば、何か違ったのだろうか。
 ただ抱きしめて欲しかったのか…、それとも…。
 そこまで考えて、頭を振る。

 いや、いいだろ、どうでもいい。
 オレは、アイツに何かしてやるつもりはないのだから。
 あんなこと、さっさと忘れてやる。それで良いんだ…。








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