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第16話 僕を見て
「…僕を……好きだと言って。」
ダレスの頬を伝う線が窓から差し込む月明かりで光った。
「好きです…、お慕い申しております。」
ウルソンは迷わず口を開いた。拘束が解かれ、自由になった腕を専属騎士は寂しがりな主に伸ばす。女のように小さくも柔らかくもない、大きな掌がダレスの頬を包んだ。太い指先が涙を拭う。あたたかく、穏やかで心地の良い温もり…。この手が何度、凍りそうな自分の心を溶かしただろうか。
∇
ダレスがウルソンと出会ったのは、17歳の時だった。やたらと大きな男がやって来て、専属騎士になると言った。聞けば、とても優秀で人望もあるらしい。そんな19歳の青年が国騎士団への誘いを断ってまでフロート家を選んだそうだ。優秀な騎士が来ると聞いて、はじめは兄上たちに仕えるのだろうとダレスは思っていた。しかし、優秀な騎士が選んだのは優秀な兄上たちではなく、できそこないの自分だった。
遊んでばかりいる僕を教育したいだけの奴はよく来る、父上に金を積まれでもしたのだろう。最近では専属従者すらも僕には、お手上げだと言いはじめた。
「この度、専属騎士としてお仕えすることとなりました。ウルソンと申します。」
ウルソンは、できそこないの主にもご丁寧に片膝を地につけ頭を垂れる。どうせまたすぐ辞めるだろうと思い、ダレスはウルソンを適当にからかった。
「ウルソン。君はとても優秀だと聞いたが、なぜ僕を選んだの? ︙もしかして、僕に恋でもしてるのかな?」
怒ると思った。しかし、青年は頭を垂れたまま動かず黙ってしまった。短すぎる黒髪の旋毛に見飽きて、ダレスは指先でウルソンの顎を捉えた。少し乱暴に、こちらを向かせた顔は、淡く染まっている。視線が交わり、戸惑ったように逸らされる。
ああ、そういうことか。
たまにいるのだ、ダレスを好きだという男が。この国は、跡継ぎさえ残せば、恋愛は基本的に自由だ。けれどダレスは、男にはあまり興味がなく、女の方が良かった。今までにも何人か、ダレスを好きだと言って仕える者はいたが、彼の遊び好きと男への興味が無い故の態度に耐えかね、皆辞めていった。
「︙よろしく、ウルソン。」
ダレスはそっけなくそう言うと、手を離した。一ヶ月もすれば、この男も辞めて行くのだろう。僕を好きだと言いながら、結局は皆離れていく。
ダレスは孤独だった。兄たちとの差は広がるばかりで、追い付けない。周囲からはでき損ないだと言われる、その苦しさや孤独を埋めるようにダレスは女たちと遊ぶことに明け暮れた。酒を飲み、当て付けのように男の使用人や従者、もちろん専属騎士もセックスをする部屋に呼び付け適当に仕事を与える。そんな中でもウルソンの恋情の籠る視線は消えなかった。ついには本宅から追い出され、別宅に隔離されてしまった。けれどそれは、ダレスの孤独をさらに拡大。別宅という自由が女遊びを急速させた。必然的に仕える男は減り、女が増える。専属従者も専属教師も皆辞めて行った、それでもウルソンはダレスに仕えつづけた。
ある日の夜、不安や孤独に耐えきれず酒を煽った。そんな日に限って、女たちは誰も来ない。いるのは一途な大男。美しすぎる月夜は嫌いだ、心が凍えていく。
泣いてしまったのは、不本意だ。
きっと、酒を飲みすぎたんだ。
ダレスはワインをグラスに注ぐのも面倒になって、瓶に直接口を付ける。大きな出窓に腰を掛け、月を仰ぎ見た。
「……ウルソン。」
「はい、お坊っちゃま。」
「…君だけは、……どこにも行かないよね。」
ズルい言い方なのは分かっている。
「お坊っちゃま…?」
「ずっと僕の側に…、居てくれるよね。」
でも、こんな言い方しかできないんだ。
僕は、いつも弱い。
どうしようも無い人間なんだ。
「もちろんです。お坊っちゃま」
専属騎士の大きな手が頬に触れ、指先がやさしく主の涙を拭う。
あたたかな温もりが頭を撫でる。
「何があっても、私は貴方のお側を離れません。」
青年のふわりとした微笑みを月明かりが照らした。冷たくなった胸が温度を取り戻していく、それなのに少し苦しい。ダレスは不思議に思った。やっぱり酒を飲みすぎたのだろう。
「ウルソン、酔った! なんだか苦しい! 俺をベッドまで運んでくれ。」
そう言われたウルソンは、焦ったようにダレスを抱えた。自分も男なのに男に軽々と横抱きにされたのは気に入らない。不服だ、明日からこの騎士を抱えられるよう鍛えよう。その日を境にダレスは、ウルソンに心を許していった。時々、酒を飲もうと誘ったがそれだけは、真面目なウルソンは、いつも断られる。相変わらず、閨事の準備やあと片付けをさせてしまうのはウルソンがいつまでも純潔のままだから…。僕は、ただ面白がっているだけ。いや、本当は……。ダメだ、考えるのは止めよう。
ある日、気まぐれに男を抱いてみた。誘ってきたのは、女のような少年でたまには、悪くないと思ったから。何も考えず、いつものようにウルソンを呼んだ。嫌な顔をしなければいいな、なんて想いながら。
けれど、彼は酷く、傷ついた表情を見せた。女を抱いている時だって、ウルソンは、あまり表情を変えたりしなかった︙。それなのに、ウルソンの表情に垣間見えたのは、深い悲しみや 嫉妬だ。
「全ては、お坊っちゃまのお望み通りに。」
吐き捨てるように言われた気がしたその言葉に無性に腹が立つ。けれど同時に、はじめてウルソンが自分を見てくれたような気もした。
ウルソンはいつも、抱かれる少年を羨ましそうに見ている、この屈強な男は僕に抱かれたいらしい。ダレスは構って欲しい子どもがイタズラをするように、少年を連れ込むのを止められなくなった。閨に男を呼べば、ウルソンは必ず悲しみを見せた。男を抱けば、ウルソンが自分を見てくれる…。そうダレスは覚えてしまったのだ。
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