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放浪開始・ブドパス編
35.木工ギルドは相変わらずだったよ
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「というかレニさん、実は俺たちその仲介手数料っていうのが分かってないんですけど……ギルドには支払うものなんですか?」
「失礼ですけど、おふたりはどちらの街から?」
「エステルですけど」
「エステルだと確かに一般の人が聞くことはないかもしれませんね。あそこは国境都市で貿易都市なので、大体の人が何かしらの専門職ギルドに入っていますが、都市運営母体がギルドによる合議制なだけに税金と補助金で全て賄われていると聞きます。
エステルだと専門職ギルドで取り扱うほぼ全ての商品に10%の消費税がかけられていて、年度末に集まった分を各ギルドに分配するという方式をとっているようですが、故郷地帯以外の都市……例えばここブドパスの場合ですが、各ギルドはメンバーへの達成報酬の110%でその成果物を販売することが許可されています。この加算された10%が仲介手数料と呼ばれるもので、税金と違って国や都市に納めなくていいお金になります」
「……だって」
「なるほど、つまりギルドに直接入るか間接的に入るかの差でしかないんですね……」
「で、直接納入する際にはその仲介手数料の半分、ってことは生産者に5%上乗せした額を直接支払うってことになるわけだ」
確かにそうすれば、生産者にも消費者にも一応のメリットはある。……5%っていう微々たる額だけど、取引の額が大きくなるならそれはそれで馬鹿に出来ない。
「はい。ただ直接納入とギルド仲介は、相手を特定するか不特定にするかという大きな違いがありますけど」
……あー、何となく読めてきたな。
「つまりマイルズ商会はその5%ですらケチって払わなかったって事ですね」
「ええ、買い叩かれました……喜び勇んでここまで来て、ほんとバカみたい」
いや、5%だし買い叩かれたっていうほどでもない気がするんだけど……それにしても気にあることはまだある。
「マイルズ商会は茶檀をどうするつもりだったんでしょうね?」
「トーゴさん? それってどういう意味ですか? ギルドの価格で買ったんなら10%上乗せしてうまいこと売るつもりに決まってるんじゃ」
「いやどうだろう……茶檀は確かに高級木材ではあるんだけど、それをやったらマイルズ商会のやってることはギルドと変わらなくなる。あの木材を見る限り何かしら工芸的なアプローチをしなければ使えない材質のようだし、専門職の人間からすれば同じ値段ならギルドで買った方が安全だろう。
それに第一、マイルズ商会自体がそんなギルドを敵に回すような商売をするとは思えないしな……そこのところレニさんは何か聞いてませんか?」
「ええと、自分たちのところの調度に使うつもりだと言ってました。だから恒久的な契約を結ぶつもりはないと。マイルズ商会は木工ギルドの商工会メンバーなので、職人は自前で多数抱えているらしくてですね」
「商工会メンバー?」
名前の響きからすると前世の組合なんかに会ったような法人会員とかと同じような意味合いなのかな……なんて思ってたら、やっぱりそういう感じのメンバーだとレニさんは教えてくれた。
商工会メンバーはギルドに納められた仲介手数料からギルド運営費を引いた額を配当としてもらう事が出来、その代わりより多くの依頼をギルドに回す責任を負うのだという。
それは自分たちの所の作業でも、全然関係のない作業でも構わない。一度きりの作業であっても期間契約であっても構わない。ただし専門職ギルドの業務内容に沿ったものでなければならない、例えば作業場の清掃などの業務は認められない――そんなルールがあるからこそ、ギルドに持ち込まれる依頼は減らないわけだ。
いずれにしてもマイルズ商会は完全に自分らのためにレニさんの持ち込んだ木材を買い叩いたわけだ。しかもギルドの依頼達成報酬と同額にすることにより違法性は回避、そもそも5%の上乗せと言っても規則ではなくあくまで慣例なため無視しても構わない……とまあ、これでもかってくらいケチな話だった。
……なんて話をエリナさんにも聞かせたら、やっぱりというか何というかとても嫌そうな顔をしていた。
「何か……木工ギルドってどこもこんな感じなんですか? 確かエステルでもあわよくばペトラ杉を買い叩こうとしてませんでした? 私たちがペナルティ払わず済んだから目論み通りに行かなかっただけで」
「ああ、そう言えばそんな事もあったね……」
俺たちが杉山村に初めて行くことになったきっかけの依頼だったな。あれから木工ギルドを初めとした色々なギルドに入ることになって、それらの依頼もこなすようになってすっかり記憶の隅に追いやられていたけど。
でも、ここの木工ギルド……というか、木工ギルドの上の人間が同類なのも当たり前っちゃ当たり前な気がする。何せ。
「この国のギルドは国ごとに存在、つまり各街にあるのはいわば支店。総合職ギルドに至っては国と国との間でも深く連携してる……そんなところだから街が変わった程度で中身が変わるわけもないね」
もっともその理屈だと、これだけドケチでろくでもない木工ギルドも国を跨げば多少はまともになるのかもしれない……けど、その木工ギルドはもはやマジェリアのそれとは別組織だし、その国はその国でまたろくでもない別のギルドがおそらく存在する。
結局その辺については、そうなりやすい環境にあるがゆえの必然の一言に尽きる。そんな木工ギルドに登録している俺が言えた義理でもないけど。
「それで、レニさんはこのまま帰るんですか?」
「本当なら、そうしたいところだったんですけど……このまま帰るには少し辺りが暗くなりすぎてしまったので、このままどこかに泊まろうかと。と言ってもマジェリア語が使えないので、泊まれる場所は限られているんですけどね」
……そうか、言葉が分からないってことはつまりそういう事だもんな。ブドパス市内でも高地マジェリア語が通じる場所は探せばあるかもしれないけど、前世と違ってガイドブックなんて期待出来ないし、その情報を手に入れたくても手に入らないか。
なんて話を、レニさんの発言の翻訳も含めてエリナさんに話したら、途端に彼女の顔が青くなった。
「え、それまさかどこかで野宿するとかそんな話じゃ……」
「野宿? ほんとに?」
「いえいえいえいえ!! 流石にそんな事出来ません!! 総合職ギルドの受付で一応高地マジェリア語対応の窓口があるんですよ! そこに宿泊先を紹介してもらうんです!」
聞けば高地マジェリア語は確かにマジェリア語との互換性はないものの、ハイランダーエルフの出身地である北部の言語と若干の互換性が認められるため、その地方出身者を介して総合職ギルドで対応する窓口があるのだという。
もっともそれでも完全に言葉が通じるわけではなく、せいぜい宿の予約や施設のチケット購入、食事の世話といった簡単な業務に限られるそうで、総合職ギルドの依頼を受注したりといった複雑な事は出来ないのだとか。
「マイルズ商会は大きい商会ですし、高地マジェリア語対応も総合職ギルドと同レベルでしてくれたので安心してたんですけど……過ぎてしまったことは仕方がないです、村への説明は後で考えるとして、お風呂に入ってご飯食べて寝たいですよ」
ん? ……おふろ!
「お風呂あるんですか!? ブドパスに!?」
「え? ええ、私もこの街に来たのは初めてなので詳しくはないんですけど……取引していた木工ギルドの方に何度か話を伺ってましたし、お風呂自体は私の村にもありましたので。この国、火山がそれなりにありますから」
「……ああ、それで」
道理で硫黄なんてものが取引されるほど採れるはずだ。あんなものの取引、国内に火山が沢山なければ割に合わない。そして隔絶された高地の村にも湧くほど豊富な温泉ということは……
「エリナさん! 軽食の前に温泉行こう! すぐ行こう!!」
「え、ト、トーゴさん? どうしたんですか、いきなりそんなに目を輝かせて? 船の時よりはしゃいでませんか!?」
ほっといてくれ……もとい、興奮しないでいられるかこれが!
「エリナさん、ひとついいこと教えてあげよう。エリナさんにとってのサウナが命そのものであるように、俺にとってはお風呂が命そのものなんだよ!!」
「お、おー? なるほどー?」
「というわけで行こう! すぐ行こう! ……あ、ところでレニさん」
「な、何ですか?」
「温泉って……水着着用必須ですか?」
――後に俺はこの時の気持ち悪い自分を思い出して自己嫌悪に陥るんだけど、それはまた別の話っていう事で。
---
お風呂は日本人の命、はっきりわかんだね
でもトーゴさん普通にキモいです(
次回更新は12/20の予定です!
「失礼ですけど、おふたりはどちらの街から?」
「エステルですけど」
「エステルだと確かに一般の人が聞くことはないかもしれませんね。あそこは国境都市で貿易都市なので、大体の人が何かしらの専門職ギルドに入っていますが、都市運営母体がギルドによる合議制なだけに税金と補助金で全て賄われていると聞きます。
エステルだと専門職ギルドで取り扱うほぼ全ての商品に10%の消費税がかけられていて、年度末に集まった分を各ギルドに分配するという方式をとっているようですが、故郷地帯以外の都市……例えばここブドパスの場合ですが、各ギルドはメンバーへの達成報酬の110%でその成果物を販売することが許可されています。この加算された10%が仲介手数料と呼ばれるもので、税金と違って国や都市に納めなくていいお金になります」
「……だって」
「なるほど、つまりギルドに直接入るか間接的に入るかの差でしかないんですね……」
「で、直接納入する際にはその仲介手数料の半分、ってことは生産者に5%上乗せした額を直接支払うってことになるわけだ」
確かにそうすれば、生産者にも消費者にも一応のメリットはある。……5%っていう微々たる額だけど、取引の額が大きくなるならそれはそれで馬鹿に出来ない。
「はい。ただ直接納入とギルド仲介は、相手を特定するか不特定にするかという大きな違いがありますけど」
……あー、何となく読めてきたな。
「つまりマイルズ商会はその5%ですらケチって払わなかったって事ですね」
「ええ、買い叩かれました……喜び勇んでここまで来て、ほんとバカみたい」
いや、5%だし買い叩かれたっていうほどでもない気がするんだけど……それにしても気にあることはまだある。
「マイルズ商会は茶檀をどうするつもりだったんでしょうね?」
「トーゴさん? それってどういう意味ですか? ギルドの価格で買ったんなら10%上乗せしてうまいこと売るつもりに決まってるんじゃ」
「いやどうだろう……茶檀は確かに高級木材ではあるんだけど、それをやったらマイルズ商会のやってることはギルドと変わらなくなる。あの木材を見る限り何かしら工芸的なアプローチをしなければ使えない材質のようだし、専門職の人間からすれば同じ値段ならギルドで買った方が安全だろう。
それに第一、マイルズ商会自体がそんなギルドを敵に回すような商売をするとは思えないしな……そこのところレニさんは何か聞いてませんか?」
「ええと、自分たちのところの調度に使うつもりだと言ってました。だから恒久的な契約を結ぶつもりはないと。マイルズ商会は木工ギルドの商工会メンバーなので、職人は自前で多数抱えているらしくてですね」
「商工会メンバー?」
名前の響きからすると前世の組合なんかに会ったような法人会員とかと同じような意味合いなのかな……なんて思ってたら、やっぱりそういう感じのメンバーだとレニさんは教えてくれた。
商工会メンバーはギルドに納められた仲介手数料からギルド運営費を引いた額を配当としてもらう事が出来、その代わりより多くの依頼をギルドに回す責任を負うのだという。
それは自分たちの所の作業でも、全然関係のない作業でも構わない。一度きりの作業であっても期間契約であっても構わない。ただし専門職ギルドの業務内容に沿ったものでなければならない、例えば作業場の清掃などの業務は認められない――そんなルールがあるからこそ、ギルドに持ち込まれる依頼は減らないわけだ。
いずれにしてもマイルズ商会は完全に自分らのためにレニさんの持ち込んだ木材を買い叩いたわけだ。しかもギルドの依頼達成報酬と同額にすることにより違法性は回避、そもそも5%の上乗せと言っても規則ではなくあくまで慣例なため無視しても構わない……とまあ、これでもかってくらいケチな話だった。
……なんて話をエリナさんにも聞かせたら、やっぱりというか何というかとても嫌そうな顔をしていた。
「何か……木工ギルドってどこもこんな感じなんですか? 確かエステルでもあわよくばペトラ杉を買い叩こうとしてませんでした? 私たちがペナルティ払わず済んだから目論み通りに行かなかっただけで」
「ああ、そう言えばそんな事もあったね……」
俺たちが杉山村に初めて行くことになったきっかけの依頼だったな。あれから木工ギルドを初めとした色々なギルドに入ることになって、それらの依頼もこなすようになってすっかり記憶の隅に追いやられていたけど。
でも、ここの木工ギルド……というか、木工ギルドの上の人間が同類なのも当たり前っちゃ当たり前な気がする。何せ。
「この国のギルドは国ごとに存在、つまり各街にあるのはいわば支店。総合職ギルドに至っては国と国との間でも深く連携してる……そんなところだから街が変わった程度で中身が変わるわけもないね」
もっともその理屈だと、これだけドケチでろくでもない木工ギルドも国を跨げば多少はまともになるのかもしれない……けど、その木工ギルドはもはやマジェリアのそれとは別組織だし、その国はその国でまたろくでもない別のギルドがおそらく存在する。
結局その辺については、そうなりやすい環境にあるがゆえの必然の一言に尽きる。そんな木工ギルドに登録している俺が言えた義理でもないけど。
「それで、レニさんはこのまま帰るんですか?」
「本当なら、そうしたいところだったんですけど……このまま帰るには少し辺りが暗くなりすぎてしまったので、このままどこかに泊まろうかと。と言ってもマジェリア語が使えないので、泊まれる場所は限られているんですけどね」
……そうか、言葉が分からないってことはつまりそういう事だもんな。ブドパス市内でも高地マジェリア語が通じる場所は探せばあるかもしれないけど、前世と違ってガイドブックなんて期待出来ないし、その情報を手に入れたくても手に入らないか。
なんて話を、レニさんの発言の翻訳も含めてエリナさんに話したら、途端に彼女の顔が青くなった。
「え、それまさかどこかで野宿するとかそんな話じゃ……」
「野宿? ほんとに?」
「いえいえいえいえ!! 流石にそんな事出来ません!! 総合職ギルドの受付で一応高地マジェリア語対応の窓口があるんですよ! そこに宿泊先を紹介してもらうんです!」
聞けば高地マジェリア語は確かにマジェリア語との互換性はないものの、ハイランダーエルフの出身地である北部の言語と若干の互換性が認められるため、その地方出身者を介して総合職ギルドで対応する窓口があるのだという。
もっともそれでも完全に言葉が通じるわけではなく、せいぜい宿の予約や施設のチケット購入、食事の世話といった簡単な業務に限られるそうで、総合職ギルドの依頼を受注したりといった複雑な事は出来ないのだとか。
「マイルズ商会は大きい商会ですし、高地マジェリア語対応も総合職ギルドと同レベルでしてくれたので安心してたんですけど……過ぎてしまったことは仕方がないです、村への説明は後で考えるとして、お風呂に入ってご飯食べて寝たいですよ」
ん? ……おふろ!
「お風呂あるんですか!? ブドパスに!?」
「え? ええ、私もこの街に来たのは初めてなので詳しくはないんですけど……取引していた木工ギルドの方に何度か話を伺ってましたし、お風呂自体は私の村にもありましたので。この国、火山がそれなりにありますから」
「……ああ、それで」
道理で硫黄なんてものが取引されるほど採れるはずだ。あんなものの取引、国内に火山が沢山なければ割に合わない。そして隔絶された高地の村にも湧くほど豊富な温泉ということは……
「エリナさん! 軽食の前に温泉行こう! すぐ行こう!!」
「え、ト、トーゴさん? どうしたんですか、いきなりそんなに目を輝かせて? 船の時よりはしゃいでませんか!?」
ほっといてくれ……もとい、興奮しないでいられるかこれが!
「エリナさん、ひとついいこと教えてあげよう。エリナさんにとってのサウナが命そのものであるように、俺にとってはお風呂が命そのものなんだよ!!」
「お、おー? なるほどー?」
「というわけで行こう! すぐ行こう! ……あ、ところでレニさん」
「な、何ですか?」
「温泉って……水着着用必須ですか?」
――後に俺はこの時の気持ち悪い自分を思い出して自己嫌悪に陥るんだけど、それはまた別の話っていう事で。
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