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ウルバスク入国編

63.ブドパスを出発するよ

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 ――鍛冶ギルドで武器を打ち始めて1週間後。

「ご報告お待たせして申し訳ございませんでした、閣下。本日装備が整いましたので、妻が帰宅し次第ブドパスを出発致します」
『ご苦労様です、ミズモト=サンタラさん。いえいえ、長い旅路になる以上準備を万全にするのを咎めるわけにはいきませんから。
 それにしても鍛冶ギルドで販売している装備で物足りないとは、ミズモト=サンタラさんの打つ武器に興味が湧きました』
「……あの、それにつきましてはいずれ機会がございましたら……」
『冗談です。興味があるのは本気ですけど、流石にこれから内務省庁舎に寄れなどとは言えませんから。むしろこうして報告をかかさずしてくれる事に安心しているのですよ。あなた方に依頼してよかったと思います』
「勿体ないお言葉です。仕事はしっかりさせていただきますので、ご安心を」

 世界平和のためとかそういうことは全然考えてないけどね! 流石にそれは荷が重すぎると思う……一助になればそれはそれで嬉しいけど。

『それで奥様……サンタラ=ミズモトさんは今どちらに?』
「妻は今中央市場へ買い出しに出ております。そろそろ帰ってくる頃だとは思うのですが……」
「トーゴさん、ただいまー」
「……噂をすれば、ですね。おかえりエリナさん。どうだった?」
「流石にこの時間だとまだたくさん食材があるわね……って、通信用の魔道具? もしかして閣下との通信中でしたか?」
『ご無沙汰してます、サンタラ=ミズモトさん』
「これは失礼致しました、大臣閣下。本日より旅の方を再開致しますので――」
『ええ、ミズモト=サンタラさんよりお話は伺っております。奥様も何卒宜しくお願いしますね』
「はい!」
「それでは閣下、通信を終了致します。本日中に国境に到着するかと思いますので、明日また報告の方させて頂きます」
『はい、宜しくお願いします。それでは良い旅を』

 そう言って、切れる通信。この1週間はずっと旅の準備をしていた関係で、満足に報告の方は出来なかった。……準備と言ってもその大部分はさっきも言及された鍛冶ギルドでの武器制作だったんだけど。
 そんなことを考えつつエリナさんの方を見ると、何やらニマニマしている。……まさか美味しいものでも買い食いしたんじゃあるまいな。

「奥様……奥様だって。キャー!」
「そこ!? いやあのうん、嬉しそうで何よりだよ」

 いい加減1週間もそう呼ばれてるんだから慣れてくれてもいいんだけど。それはともかく放浪再開準備の最終段階、仕上げだ。

「エリナさんには買い出し行ってもらって悪かったね、店で使う食材はともかく自分の分を買ってなかったのは我ながらどうかと思ったよ……まあ、その間に鍛冶ギルドに寄れたからいいんだけど」
「ううん、気にしないで。それより鍛冶ギルドってことは……!」
「ああ、用意しておいた装備を渡しておくよ」

 言って、俺はエリナさんの武器をインベントリから取り出す。思ったより作るの大変だったんだよな、この武器。

「まず剣についてだけど、両刃直刀の打刀、一尺八寸を採用した。抜刀の時はともかく納刀の時に指をケガするといけないから、鯉口の形は少しばかり特殊にしてあるよ。
 製法は日本刀式、鍔と鞘も基本的にはそれに準拠してる。まあ鍔の形は鯉口に合わせて少しだけ変えてあるけど」
「わあ……綺麗な剣! 何か吸い込まれそうなくらいね! しかも鞘からしてとても軽くて、これなら扱いやすそう!」
「ああ、鞘は基本的に木材を使って表面処理にネストドラゴンの鱗を使ってるんだ。柄の方もそうなんだけど、表面処理は鞘の方だけ艶出ししてある。
 それと手入れが大変だと思ったから、防錆と強靭化と撥油脂の魔道具を仕込んである。油脂に関しては手入れ油だけ受け付けるようにして、何か月かに一度軽く磨いて油を交換するだけで大丈夫なようにしてあるから」
「ありがとうトーゴさん! これ凄い! 形は少し違うかもしれないけど、カタナは前世にいた時から私の憧れだったの!」

 凄い喜びようだ……ここまで喜んでくれるんだったら作った甲斐があるってものだな。正直玉鋼が用意出来るかどうかってのだけが問題だったけど……生産エキスパート凄い。何でも作れてちょっと自分で自分に引くレベルだ。

「で、マインゴーシュについてだけど。正直ナイフでもいいかと思ったんだけど、ソードブレイカーとして使うことを考えるとこっちの方がいいかなと思って作ってみた」
「これは……これも見た事ある! 確かジッテだっけ?」
「十手だけど、どっちかというと兜割だね。鉤と反対側の棒の面をトップ40度程度の鋭角にしてあるから……超近接戦闘が小具足術と格闘術で被っている以上は、両方を生かせるような武器にしておきたかった」

 ナイフ型のソードブレイカーはあれで結構取り回しに不安があるからな……刺突や引き斬りを犠牲にはしてしまうけど、それなりの殺傷力を持たせるという意味ではこれが一番いいはずだ。

「で、これが十手の鞘。鉤の所は露出するけど、棒の部分は完全に覆う形になってる。出歩く時は剣と一緒に腰に付けといて」
「ありがとう! 本当にいい武器作ってくれたのね! 投げナイフは先週買ったものでいいとして……あれ? そうなるとトーゴさんの武器は?」
「ああ、俺の武器はこいつだよ」

 返事をしつつインベントリから今度は自分の武器を出してみせる。俺の方も結局うまい具合の武器がなくて、自分で打つことになったんだよな。まあ魔道具で色々と性質を付与出来るのが幸いだったけど、それでも限度ってものはあるし。

「これは……ハンドアックス、よね。先週もそんなこと言ってたし」
「うん、斧術はこれに合わせて中級まで上げておいたんだ。鎚術は……何かいつの間にか中級になってたけど」

 まさか、武器を作るのにハンマーを握っていたからというわけでもあるまい。いずれにしても総合職ギルドでその事実を聞かされた時には俺も驚いたものだ。
 とにかく、俺は俺で自分の手に合うものを作らざるを得なかった訳で……いやだってハンドアックスはハンドアックスでヘッドがやたらと重い上に、シャフトの部分が木材か金属のぶっとい棒かしかなくて極端なんだよ!

 そんな訳で俺が作ったのは、前世における軍用トマホーク。やや戦闘寄りにする目的で、刀身は幅広で高さは低くハンマーヘッドも付属させた。全長は38センチ程度と短く、さりとて投擲用ではなくしっかり持つことを前提とした斧だ。
 ヘッドの厚みはそこそこに、シャフトは中空で厚みのある金属プレート……というより潰した厚手のパイプを採用。同時にエリナさんのと同じ防錆、強靭化、撥油脂の魔道具をくっつけて劣化を防ぎ、取り回しと耐久性と殺傷能力を全て兼ね備えた理想の武器が出来上がった、と思う。多分。
 まあ、軽くなったと言っても斧としての役割を考えてある程度重さは確保してあるけどね! ちなみにこの世界、軽量化の魔道具は存在しないからそこらへんは工夫が必要だ。

「すごーい……生産のエキスパートってほんとに凄いわね……今まで私もそれなりに斧を見てはきたけど、ここまでのものは初めてよ……」
「そう? っていうか斧を見てきたって」
「ああ、前世も含めてってことね。住んでたのはヘルシンキだったけど、何だかんだで斧を使ったりする機会もあったし」

 ……想像出来なくはないけど、その辺りは別の機会に話を聞くことにしよう。

「さてと、装備も全部揃ったところで出発しよう。ええと、次の目的地はウルバスクだから……国境都市はこっち側がナジャクナ、ウルバスク側がバイロディンか」
「そうね……いくつかあるけど、首都に向かう関係上その組み合わせが一番スムーズで近いと思うわ」
「よし……そうと決まれば、さっそく放浪再開するぞー!」
「おー!」

 俺が号令をかけて、ノリのいいエリナさんがそれに応える。そんな単純なやり取りが、何だか無性に嬉しくて。
 バックミラーに映った俺の顔は、混じりっ気のない満面の笑みだった。



---
撥油脂と防錆と強靭化は日本刀に一番欲しい機能だよね! 普通手入れもなしに斬りまくったらあっという間になまくらになるもんね!
ちなみに軽量化の魔道具が存在しないのには理由があるのか、って疑問あるかもしれませんが……これはメタ的理由でもなんでもなく純粋に「作れないから」です。
なおエリナさんの鈍器軽量化は剣や短い鉄刀扱いのものには反映されません。あくまでヘッドの著しく重いハンマーやアックスが対象ということで。

次回更新は03/14の予定です!
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