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第八章 迷宮行進曲

オレンジの空に溶ける

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「そんな訳で、メルディスさんの故郷に帰りたいって願い事は明日には叶う予定さ」

 アーデンの街、森の木漏れ日亭、一階の酒場兼食堂でミラルダが新田にった風丸かぜまるに現在の状況を説明している。
 新田達は街中という事もあり、鎧や黒装束は身に着けておらず、麻のシャツにズボンというラーグでは一般的な服装だった。



 ちなみに覆面を取った風丸は意外にも黒髪の優男だった。

「さようか……我々も取り調べが無ければ同行するのじゃが」
「まぁ、捕縛されなかっただけましと思うしかねぇな」

 そう言って風丸はチラリと別のテーブルに座っている、金髪と黒髪の目つきの鋭い男二人に目をやった。

 新田と風丸は迷宮入り口の探索者名簿に名前が無かった事で、衛兵から追及を受けた。
 彼らは下手に嘘を吐いて言い逃れをするよりも、真実を話し衛兵に協力する事で大手を振って街を歩く事を選んだ。
 現在はアキラが行った事の詳細を衛兵事務所で説明している。
 目つきの鋭い男二人はそんな新田達を監視する為に付けられた衛兵たちだった。

「しかし、本当に妖刀があるとはなぁ……」
「ん? 妖しい刀だから妖刀じゃないのかい?」
「一般的に妖刀ってのはある大名に仇なした刀が、その刀匠筋の打った刀だったから呼ばれ始めたって話だ。縁起が悪いって事でな」
「じゃあ新田の刀、佐神国守ざじんくにもりもそういう逸話があるのかよ?」

 ギャガンが風丸に視線を向け尋ねる。

「いや、こいつは遠い昔、異界から流れ着いた男、まぁ俺の先祖なんだが、そいつが持っていた刀だ。んでその遠い先祖の話じゃ鬼から貰ったとか何とか、だから妖刀。まぁ眉唾だがな」

 新田が自らの椅子に立て掛けている刀に目をやりながら、風丸は肩を竦めた。

「先祖伝来の刀か……やはりこれはお主が……」
「貸しといてやる。そいつは確かによく斬れるが、ギャガンが言う様に俺には合わねぇからよ」
「……さようか……ではその言葉に甘え、借りておくとしようぞ」
「それで、そっちはどうなんだい?」

 ミラルダは新田達の状況について話を振る。

「アキラがだんまり決め込んでるみたいでよ。俺らの証言との裏付けが進んでねぇらしいんだ」
「情報の信憑性が確定せねば、監視も解けぬし儂らが迷宮に潜る事は叶わんじゃろう」
「なんだか面倒だね。アキラも早く吐いちゃえばいいのに」
「コホー」

 取り調べとか情報のすり合わせとか、意外としっかりしてるんだなぁ。

「確かにね。リゼルの時はそんなの全く無かったもんねぇ」
「なになに? 何の話?」
「いやね、少し前、ギャガンやグリゼルダと出会う前に、あたしとミシマが貴族の坊ちゃんに難癖付けられた事があったんだよ。あんときゃあ取り調べなんて上等な物は無かったなぁって話」

 それを聞いたパムはなるほどと頷きを返した。

「ああ、そういう事かぁ。この街はさ冒険者が多いよね。だから衛兵側もちゃんと法に則って犯罪者を取り締まってるんだよ。不正逮捕とかしたら皆、暴動を起こしちゃうからさ」
「なるほどな、戦える人間がこれだけ多ければ、為政者側も気を使うという訳か」
「そういう事だね。実際、大昔に上位冒険者の一人が冤罪で捕まった時は領主と冒険者達が一触即発になり掛けた事もあったみたいだし」
「コホーッ」

 うーむ、権力者側が一方的に力を持つんじゃなくて、民間人である冒険者の力のおかげで法が歪む事なく運用される……ぶっそうなんだが平和なんだかよく分からん状況だなぁ。

「そうだねぇ……」
「それで、お前達はメルディスの事が終わったら街を出るのか?」
「いんや、今回の件でこの街の領主様に謁見する予定だから、それが終わってからだねぇ」
「さようか……儂らの取り調べもそれまでに片が付けばよいが……」

 そう言って新田はチラリとギャガンに視線を送った。
 それを見たグリゼルダはスッと目を細める。

 うーん、黒豹を取り合う魔人と侍かぁ……ファンタジーだなぁ。

 そんな事を考えた健太郎がギャガンを見ると、彼はそんな二人に気付いた様子も無く、もしゃもしゃとフライドポテトを口に運んでいた。

 恐らくギャガンが二人の気持ちに応えるのは、いつか彼が言っていた様に時期が来ればという奴ではないだろうか。
 その時、彼はどちらを選ぶのだろうか。健太郎がそんな事を考えている間にその日の夜は過ぎて行った。


■◇■◇■◇■


 翌日、迷宮の最下層、メルディスの居室で健太郎、ミラルダ、ギャガン、パムの四人は、そしてリッチな亡霊のメルディスに両手を翳し、目を閉じ角を淡く光らせるグリゼルダを見守っていた。
 迷宮の最下層が鳴動し転移術式の構成を書き換えていく。

 やがてグリゼルダの角の光は消え、彼女はゆっくりと目を開けた。

「ふぅ……これでいい筈だ……メルディス、一応、暫くは持つとは思うが、それでも異界渡りに使用する力は膨大だ。扉が開いたらすぐに飛び込め」
"分かった"

「コホーッ」

 分かったって。

「メルディスさんが分かったってさ」
「うむ」
「おっ、なんか出て来たぞ……夕日? それにこりゃ砂漠……いやもしかして海って奴か?」

 健太郎達の前、楕円形の光の輪が現れ、その先にはギャガンの言葉通り夕日に照らされ海と砂浜がキラキラと輝いている。

「メルディス、事前に説明した様に異界への扉の出現位置は、お前の強い想いを利用し会いたい者の側に開く様にした……行くといい」
"……ありがとう……"

 メルディスは健太郎達に頭を下げると光の輪の中に飛び込んだ。
 異界渡りの影響か、メルディスはリッチでは無く姿は人へと戻っていた。
 その様子は霊を見る事の出来ないミラルダ達にもハッキリ見えた。

 光の輪の先には白いワンピースを着た女性と砂遊びをしている子供、そしてメルディスが映し出されている。



 女性は静かに打ち寄せる波に素足を晒し、頬に掛かる長い黒髪をスッと耳に掛けながら夕日に照らされる海を眺めていた。

"優子ゆうこ……"

 その女性はメルディスが声を掛けるとゆっくりと彼の方を向いた。
 しかし、彼女の瞳がメルディスを見る事は無く、その目は彼女に駆け寄った幼い少女に向けられる。

「ママッ!!」
「うん? どうしたの、もう砂遊びはいいの?」
「うんッ! お腹すいちゃった!!」
「そう、じゃあ帰りましょうか?」

"…………そうか結婚したんだな"

 メルディスの声は優子には届いていない様だった。
 しかし娘に微笑みかける彼女を追うメルディスの瞳は優しく細められていた。

"幸せそうで良かった……これで安心して消える事が出来るよ……これからもずっと君の幸せを祈ってる……それじゃあね……"

 想いを遂げたメルディスの体は夕日のオレンジ色の光の中、同じ色の光の粒子となって空に溶ける様に消えていった。
 そうして彼の存在が完全に消えたとの同時に、健太郎達が覗いていた異界渡りの扉はフッと消えた。

「限界か……」
「言葉は分かんなかったが、メルディスの野郎は会いてぇ女に会えたみてぇだな」
「ああ……」
「これで良かったんだよね?」
「会いたい人に会えたんだ、良かったに決まってるさ」
「コホー……」

 会いたい人に会えたか……そうだな、良かったな、メルディス……。

 健太郎の発した呼吸音が主のいなくなった部屋に静かに響いた。
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