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第八章 迷宮行進曲

海と迷宮おじさん

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 魔導士メルディスを故郷に送った健太郎けんたろう達。
 彼はずっと会いたかった人の未来を確認し、安心して逝った様だった。

 メルディスはあの人に会いたくて、こんな迷宮まで作ったのか……俺もミラルダと離れ離れになったら同じ事をするだろうか……。

 そんな事を考え健太郎が彼女に視線を送ると、ミラルダはうん? と小首を傾げ笑った。



 その顔を見た健太郎は迷宮を作るとかじゃ無いにしても、きっと彼女に会う為に自分は必死で動くだろうなと思えた。

 そんな事を考えていた健太郎の横で、グリゼルダは再度、迷宮を調整し異界渡りの扉を閉じた。

「これで龍脈の力が満ちても扉が開く事は無い筈だ」
「異界……何だか綺麗な場所だったね」
「そうだね……ミシマ、あれが海って奴なんだろ?」
「コホーッ」

 あの場所が何処かは分かんないけど、多分そうだと思う。

「やっぱりそうかい……キラキラして綺麗だったねぇ」
「ミラルダ、ミシマはなんて言ってんだ?」
「あたし達が見たあの景色は多分、海だって」
「やっぱアレが海なのか……次は本物が見てぇな」
「そうだねぇ、なんせラーグにもギャガンの故郷のロガエストにも本物の海はないからねぇ」

 ミラルダの言葉が示す様に、ラーグもロガエストも大陸内部に位置する為、外海とは面していない。
 なのでどちらの国の民もそのほとんどが海を見ずに人生を終える。

「海か……ラーグから一番近い海なら西の錬金術師の国オルニアルだな」
「錬金術師かぁ……ねぇグリゼルダ、本当に鉛から金って作れるの?」
「さて、ついぞ成功したとは聞かないが……」
「へっ、そんな事が出来るならオルニアルは世界一金持ちな国になってるぜ」
「そうだよねぇ……やっぱり無理なのかぁ、ちょっと残念」

 パムは両手を頭の後ろに回し、唇を尖らせた。

「ともかく、ベック爺さんの依頼もこなしたし、メルディスさんも無事成仏出来た。仕事も終わった事だし街へ帰ろうか?」
「コホーッ」

 そうだな。あっ、街に帰る前にちょっと地下一階に寄りたいんだけど。

「ん? 地下一階に? 何か用事があったかねぇ……?」
「コホー……」

 おじさんの様子が気になって……。

「ああ、迷宮おじさんね。みんな、ミシマがおじさんの様子が気になるらしいんだけど、寄って行っていいかい?」
「あの人嫌いのおっさんか、俺は別に構わねぇぜ。手紙が貰えたのか気になるからよぉ」
「私も構わんぞ、奴がどんな方法で冒険者を迷宮の外に叩きだしているのか気になるしな」
「あっ、わたしもそれは気になるッ! 話だけであの部屋入った事ないんだよね」
「決まりだね。じゃあ地下一階に飛ぶとしようか」
「了解だ」

 今回の迷宮探索でグリゼルダは短距離転移魔法、そして陣を使った長距離転移魔法も会得していた。
 アキラ戦の後、魔物を住処に送り返した長距離の方は魔法使いが数人必要な為、あまり実用的とは言えないが、短距離転移については個人での運用が可能だ。

「では男の部屋の前に飛ぶぞ。みんな掴まれ」

 健太郎達がグリゼルダに捕まると、彼女はおもむろに呪文を唱えた。

「万能なる魔力よ、彼の地と此の地を繋ぐ橋となれ、空間転移シフトスペース

 周囲に青白い光が溢れ、一瞬視界がブレた後、健太郎達の前には見覚えのある扉が出現していた。
 その扉の横には手作りの木箱が設置され、その中には便箋が溢れている。

「コホー……」

 これは……手紙作戦、上手く行ったみたいだ。

「そうらしいねぇ。じゃあ、おじさんに挨拶して迷宮の外に叩き出して貰うとしようか」
「……気になるとは言ったけど、叩き出してもらうの前提で部屋に入るのって、なんだか可笑しいね」
「フフッ、たしかにな」
「おっさんはダチを欲しがってんだし、文通でちょっとは変わったんじゃねぇか?」
「コホーッ」

 そうかもしれないなッ。

 健太郎はギャガンの言葉に頷きを返すと、部屋の扉を叩き、今回の探索でお世話になった迷宮おじさんの部屋に初めて足を踏み入れた。
 部屋の大きさは宿屋の二人部屋程、室内には棚が並び本や生活用品が置かれ、壁際には炊事用の竈が見える。
 そして入り口の正面には回転式の椅子に座った中肉中背で口髭のおじさんが、机からクルリとこちらに向き直り目を逸らしつつ引きつった笑みを浮かべていた。



「やっ、やあ、こっ、こんにちはッ」
「うん、こんにちはだよ。あたしは冒険者で魔法使いの」
「やっ、やっ、やっぱり、いっ、いきなり五人とか無理じゃあッ!!!!」

 ミラルダの挨拶をさえぎり、おじさんはそう叫ぶと短杖をスッと健太郎達に向けた。

「あっ!?」

 次の瞬間、短杖から青白い光が迸り、気が付けば健太郎達は迷宮の入り口近くに立っていた。

「ん? あんたら確かアキラを捕縛した……ここに出て来るって事はおっさんに飛ばされたのか?」
「ハハッ、まあね」

 ミラルダが苦笑を浮かべると話しかけて来た兵士も同様の笑みを浮かべた。

「冒険者たちに聞いた所じゃ手紙で交流はしてるようだが、まだ面と向かって話すのは無理らしいな」
「みたいだねぇ」
「まぁ、あの御仁のおかげで助かってる駆け出しも多いし、ちょっとずつやってくしかないだろう」
「ふむ……あの男の対人恐怖症も中々に根深いようだな」
「だね。でも前よりは交流しようと努力してるみたいだったね」
「コホーッ……」

 うんうん、少しずつでも前に進んでいけば、いつかおじさんも……。

 健太郎はそう言うと空を見上げた。
 その空には満面の笑みを浮かべるおじさんと、故郷の砂浜で消えたメルディスの顔が映し出されている様に健太郎には感じられた。

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