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第八章 迷宮行進曲

領主の呼び出し

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 メルディスを故郷に送り返し、ついでに迷宮おじさんの様子を見てその後、街に戻った健太郎けんたろう達は現在、暇を持て余していた。
 領主からの呼び出しを待っているのだが、その呼び出しが一向に掛からないのだ。
 何度か領主の城へ行ったのだが、もう少し待ってくれの一点張りで追い返され足止めされる事、既に三日が過ぎていた。

「コホー」

 ミラルダぁ、依頼は終わったんだし、もうクルベストに帰ろうよ。

「うーん、でも貴族の要請を無視するってのもねぇ……」
「しかし、無為に時間を浪費しているのは頂けん」
「そうだぜッ、俺はもう待つのは飽きたぜぇ」
「私もーッ! ディランは手に入れた剣を売って、クルベストに帰っちゃったしさ……」

 森の木漏れ日亭の一階、食堂のテーブルで健太郎達が腐っていると、衛兵たちが一行に声を掛けてきた。

「クルベストの冒険者、ミラルダとその一党だな?」
「そうだけど?」
「待たせたな、子爵様がお呼びだ。一緒に来てもらおうか」
「ふぅ……やっとかい……じゃあみんな、行くとしようか」
「待ちくたびれてこのまま溶けちまうかと思ったぜ」

 立ち上がり首を回したギャガンに苦笑を向けると、ミラルダは腰を上げうーんと伸びをした。


■◇■◇■◇■


 領主であるブラックウッド子爵の城はクルベストの領主、金髪角刈りおじさんの城に引けを取らない物だった。
 貴族の階級で言えば子爵は伯爵より下だが、迷宮から産出される武具や素材、魔法具等の取引でかなり潤っているらしい。
 まぁ、今回の魔物の大発生で結構な打撃を受けた様だが……。

 そんな訳で呼び出された謁見の間、健太郎達は五人並んで壇上の長椅子に座る子爵と対面した。
 子爵は銀髪ショートの妙齢の女性だった。
 和風というか中華風というか、アジアンテイストな服を着て長椅子にしな垂れかかる様に座っている。



「妾がこの街の領主、ミスラ・ブラックウッドじゃ。此度は迷宮を混乱させた犯罪者の捕縛、誠に大儀であった。謁見が遅れてすまなんだの。首謀者であるイシドウ・アキラなる魔法使いが茫然自失になって、まともに会話が出来んでのぅ」

 ミスラはそう言うと手にした扇で口元を隠した。

「それで、あの、あたし達を呼び出した用件は?」
「ふむ、迷宮の問題はこの街の経済と直結しておる、それを解決したその方らを近衛騎士として取り立てようかと思うての」
「コホーッ!?」

 近衛騎士だってッ!? 冗談じゃないよ、俺はもう会社勤めは御免だよッ!!

「ふむ、それがイシドウ、それに悪魔王デーモンロードを倒したというゴーレムか……見た事の無い型じゃが悪魔王を倒すのじゃ、性能はさぞ良いのじゃろうなぁ」

 腕を振り上げた健太郎にミスラは妖艶な笑みを送った。
 健太郎に興味津々な様子のミスラにミラルダは思わず口を開く。

「あの子爵様、ミシマはあたし達の大切な仲間です。それにあたし達は騎士になるつもりはありません」
「なに? ブラックウッドの近衛はこの街の冒険者の最終目標じゃぞ、それを断ると?」

 眉を顰めたミスラを見たグリゼルダは、皮肉げな笑みを浮かべ言葉を紡いだ。

「ああ、我々はそんな物は求めていない。自由に冒険を楽しみたいのだ」
「まったくだぜ。近衛騎士なんぞになったら、また退屈な生活に逆戻りしちまう」
「わたしもこの街にいるつもりはもうないよッ! ディランを追いかけてクルベストに行かないと!」

 ギャガンはニヤッと牙を見せ応え、パムは両手を握って声を上げた。

「クルベスト……そういえば、お前達はあのアドルフの街の冒険者であったな……領主に似て、無作法な連中じゃ」
「領主様がどうとかは関係ありません。あたし達は所属に関係無く、自分達の力で自分達の居場所を得たいだけです」
「ほう……自分達の居場所とな……」

 ミラルダの答えを聞いたミスラは、興味深そうに瞳を細めた。

「コホーッ!!」

 そうだそうだ!! いいぞミラルダッ!! もっと言ってやれッ!!

 組織に所属したくない健太郎は拳を振り上げミラルダに声援を送る。

「この無礼者共がッ!!」

 そんな健太郎の様子に近衛の一人が腰の剣に手を掛けた。

「へぇ、やるつもりかよ? 剣が無くてもここにいる連中をひねるぐらいは俺達なら余裕だぜ」

 謁見に当たりギャガンの竜の牙の剣は兵に預けていた。しかし彼の言葉に誇張が無い事は健太郎達にも確信が持てた。

「貴様ぁッ!!」
「控えよッ!」
「ギャガンお止めッ!」

 ミスラとミラルダ、二人の女は同時に制止の声を上げた。

「ミスラ様、獣人の一匹や二匹、我々近衛の力を以てすれば……」
「控えよと言うておる……すまんな、獣人」
「ギャガンだ」
「ふむ、ではギャガン、配下の非礼を許してたもれ……今まで近衛になる事を拒んだ者はおらんでな」
「俺はずっと似たような事をしてきて、そういうのには飽き飽きしてんだ。悪ぃが他を当たってくれ」

 ギャガンはそう言って鼻を鳴らした。

「ちょいとギャガン、あんたは何だっていつもそんな風に相手を呷る様な事ばかり言うんだいッ?」

 ミラルダが小声でギャガンを諫めると、彼はどこ吹く風とでもいうように肩を竦めた。

「……では全員、妾の近衛騎士になるつもりは無いのじゃな?」
「ああ、我々は国の枠組みに組み込まれるつもりは無い」
「……さようか。では別の褒美を取らせぬとならんな……望みを申せ、妾に出来る事であれば叶えてやろうぞ」
「望み……えっと、じゃあ、今、取り調べを受けている侍の新田にったと忍者の風丸かぜまるを自由に……」
「ぬ? あの者達はイシドウの証言と合致すればいずれ無罪放免とする。イシドウも観念したのか、僅かずつではあるが喋り始めておるからのう……そう時は掛かるまい」

 そう言うとミスラはゆったりと扇を動かし、自らに風を送った。
 香水の甘い香りが謁見の間にフワリと香る。

「……みんな、何か望みはあるかい?」
「望みか……」
「あっ、わたし、冒険に役立つ魔法具とか欲しいッ!」
「それなら俺はミシマが斬れる魔剣か妖刀が欲しいぜ」
「コホーッ!!」

 だったら俺はギャガンが俺を斬るのを止められる、緊箍児きんこじ的な魔道具が欲しいよッ!!

「ん? なんだい"きんこじ"って?」
「コホーッ」

 緊箍児ってのは暴れ者のお猿に言う事を聞かせる為に、観世音菩薩……神様の一人が偉いお坊さんに授けた金の輪っかだよ。お猿の頭に嵌めて呪文を唱えると輪が締まってお仕置き出来るんだ。

「へぇ、異界にはそんな物があるのかい?」
「コホーッ」

 いや、おとぎ話の中の事なんだけどね。

「なんだい、それじゃあ無いのかい」
「コホー」

 うん、でも有名なお話で大ヒット漫画のモチーフにもなったんだよ。

 健太郎とそんな話をしていたミラルダを見たミスラは、彼女に扇を向け尋ねた。

「ふむ、そこな赤毛、お前はその青いゴーレムの言葉が分かるのか?」
「ええ、まぁ」
「妾には全く分からんが……」
「分かるのはミラルダだけだ。我々にもミシマが何を言っているか、正確な所は分からん。まぁ、私は角を使えばミシマの頭は覗けるが……」
「コホーッ」

 ああ、一回、砂漠でやったアレね。

「噂に聞く魔人の力じゃな?」
「そうだ。ただ、余り深く覗くとこちらも影響を受ける。エルダガンドで禁忌とされたのは、そういう精神汚染を防ぐ意味もある」

 ふむ……そう言ってミスラは扇を口元に当て、何やら考えている様子で視線を宙に彷徨わせた。

「……ミラルダとやら、お前は侍と忍者の解放を求めたな?」

 やがてミスラはパチンと手にした扇を閉じ尋ねた。

「はぁ、求めましたが……?」
「ではそこな魔人がイシドウの頭を覗き、此度の一部始終を暴き出し、二人の証言と合致すればすぐさま解放を認めようぞ」
「はぁ? なんでんな事、グリゼルダがしねぇとなんねぇんだよ?」
「そうですよ、それに深く覗けば精神汚染があるってッ!?」

 声を上げたミラルダ達にミスラは薄く笑みを浮かべた。

「迷宮の事はこの街の生命線じゃ、おざなりには出来ぬ。彼奴あやつのやった事は仔細洩らさず記録しておきたい。それに協力してくれるなら、そこな獣人、ギャガンの望む魔剣、それに小人の望む魔法具も提供しようぞ」
「へっ、わっ、わたしのは別に……」

 慌てるパムを横目に、ミスラの言葉を聞いたグリゼルダは顎に手を当て暫し考え、やがておもむろに口を開いた。

「…………いいだろう。アキラの頭を覗いてやる」
「おい、グリゼルダッ!?」
「気にするな。ミシマが斬れるかどうかは別にして、お前が強力な剣を手に入れればパーティーの戦力が上がる……それに……お前は私の剣なのだろう?」
「……ふぅ……あんま無茶すんなよ」
「分かっているさ」

 顔を顰め頭にポンッと乗せられたギャガンの手に両手を乗せ、グリゼルダは静かに微笑みを浮かべた。
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