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第八章 迷宮行進曲

ざまぁの為なら

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 転生者、石堂いしどうアキラ。元製薬会社研究職、そして現在は全ての力を奪われ迷宮都市アーデンの牢獄に繋がれる一虜囚だ。
 そんな彼のいる独房の扉の鍵がガチャリと音を立てて開く。

 どうやら今日も取り調べの様だ。
 二十年近くかけて集めた魔物の力を奪われた直後は、もう何もする気が起きなかった。
 しかし、人間というのは、いや自分はというべきか、中々にしぶといメンタルの持ち主だったようで、徐々にではあるが落ち着きを取り戻して来ている。
 もしかすると取り調べで衛兵に自分がして来た事を喋る事が、今までの自分を客観視させそれで精神の均衡を持ち直しているのかもしれない。

 そんな事を考え静かに苦笑を浮かべ、看守の後に続きいつもの取調室に向かったアキラだったが、部屋に入って青黒いゴーレムを見た瞬間、彼は我知らず恐怖の叫びを上げていた。

「ああ、ああああああああああッ!!!!」
「おいどうしたッ!? 落ち着けッ!!」
「ああああああッ!! 駄目だッ、奪われるッ!! また俺の全てが奪われてしまうッ!!!!」

 突如、錯乱状態に陥ったアキラにそこにいた看守や衛兵も驚き動きを止めていた。
 そんな中、ミラルダがアキラに駆け寄り杖を鞄から取り出すとそっとその額に当てる。



「万能なる魔力よ、この者の心に安寧と平穏を、静心セデーション
「あ、あ……あ……」
「ミシマ、アキラにゃあ、あんたの姿は毒みたいだ……そうだねぇ、ちょいとロミナにでもなってくれるかい?」
「コホーッ」

 了解だ。

 カシャカシャとその身を変化させる健太郎けんたろうを見て、衛兵達は先程とは別の意味で目を丸くする。



「ほう、人に似せた姿にもその身を変じれるのか……やはり、冒険者に持たせて置くのは勿体ないのう……」

 健太郎達と共に取り調べに立ち会ったミスラは、扇で口元を隠しながら小さく呟いた。
 その呟きに気付く事無く、ミラルダは取調室の床に尻もちをついたアキラの前にしゃがみ、微笑みを浮かべる。

「どうだい? 落ち着いたかい?」
「あ、ああ……お前は確かあの時の……クッ……」
「無理に思い出す必要は無いよ……立てるかい?」
「う、うむ」

 ミラルダは手枷を嵌められたアキラの手を取り立たせると、彼に寄り添い取調室の椅子に座らせてやった。
 改めて石堂アキラを見てみると、年の頃は四十前後、いや、疲れ切ったその様子から老け込んで見えただけで本当は三十前後なのかもしれない。
 茶色い短髪の痩せて少し頬のこけたその容姿は、迷宮に混乱を巻き起こした大罪人とは思えない。

「今からあの娘があんたの頭の中を覗く。そうすりゃ、もう取り調べは受けなくて良くなる」
「……それが終わったら俺は処刑されるのか?」
「……領主様、彼はどうなるんですか?」

 アキラの言葉を聞いたミラルダは、取調室に運び込まれた豪奢な椅子に座っていたミスラを振り返り尋ねる。

「そうじゃのう……お前は転生者で、この世界には無い特殊な技能を持っておると聞いた。それは誠か?」
「……ああ、俺は融合ってスキルを持っている。生物だろうが鉱物だろうが何でも混ぜる事が出来る」
「ふむ……では妾の奴隷となり、生涯その力を使って働くなら罪を減じ生きる事を許してやろう」
「…………一つ条件がある」
「貴様ッ、条件など付けられる立場だと思っているのかッ!?」

 アキラの言葉を聞いた近衛兵が声を荒げた。

「よい……その条件とやら、申してみよ」
「俺の事を……俺があんたの下でした仕事の事を国の内外に広めて欲しい」
「ほう……奴隷に堕ちても自身の功績は残したいか?」
「功績なんぞはどうでもいい。俺はオルニアルの馬鹿共に自分達がどれだけの物を失ったのか知らしめたいだけだ」
「コホーッ?」

 うーん、よく分かんないけど、ざまぁしたいって事かな?

「何だいミシマ、ざまぁって?」
「そうだッ!! 俺は正にあの錬金術師共にざまぁしてやりたいッ!! それが叶うなら奴隷にでも何でもなって、あんたの望む物を何だって作り出してやるッ!!」

 アキラはミラルダの言葉に反応し、ギラギラと瞳を輝かせながら牙を剥いて吠えた。
 その様子を見ていた健太郎は、ミスラにアキラを預けて大丈夫なのだろうかと一抹の不安を覚えた。

「ふむ、恨みか……良いじゃろ、その条件飲もうではないか。妾も優秀な奴隷を持っておると他領に喧伝出来るでな」
「……契約成立だな……そこの魔人、頭でも何でも覗くがいい」

 アキラは先程とは打って変わって、急に元気を取り戻しグリゼルダに顎をしゃくった。

「分かった。ではやるとしようか」
「グリゼルダ、無理するなよ」
「そうだよ。わたし、別に魔法具なんか貰えなくても構わないから」
「大丈夫だ。ミスラ、情報は迷宮に関する事だけでいいのだな?」
「様を付けんかッ!!」

 いつも通りに話しかけたグリゼルダに近衛兵が怒りの声を上げる。

「構わぬ。相手は異国人の冒険者じゃ、この国の貴族にへつらいたくは無いのじゃろう。それでいぞグリゼルダ」
「承知した」

 薄い笑みを浮かべゆったりと手にした扇を揺らしたミスラに頷きを返し、グリゼルダはアキラに歩み寄る。

「お前がこの街の迷宮で為した事、順を追ってそれを思い浮かべろ。やる事はそれだけでいい」

 そう言うとグリゼルダは椅子に座ったアキラの頭を抱え額から伸びた角をそっと触れさせた。
 アキラの頭に触れた瞬間、角が輝きグリゼルダの脳裏に彼の思い浮かべた記憶が流れ込む。
 それは音と映像のみならず、その時の彼の感情、錬金術師達に対する憎しみ、復讐を為した時得られるであろう喜びも含んでいた。

 およそ五分程だっただろうか、グリゼルダの額の角が光を失うと彼女はアキラの頭から手を放し、少しよろめきながらアキラから離れた。
 そのよろめいたグリゼルダの肩をすかさずギャガンが抱き止める。

「おい、大丈夫かよ?」
「あ、ああ、平気だ。少し奴の感情にてられた……何か書く物をくれ」
「これを使え」

 取調室にいた衛兵がアキラが座っている椅子の前の机に紙とペンを置く。
 グリゼルダはアキラの向かいに腰かけるとペンを取り、彼の記憶から迷宮に魔物が溢れた経緯と手順、起きた事をつぶさに書き出し始めた。

「ふむ……時間が掛かりそうじゃな。時を無駄にする事もあるまい、ギャガンと小人」
「わたしは小人じゃなくてパムだよ、領主様」
「ではパム、お前達は欲しい剣と魔法具でも選んで参れ。二人を案内してやれ」
「ハッ、こっちだ。ついて来い」

 ミスラが近衛の一人に視線を送り命じると、近衛は彼女に頭を下げ、ギャガン達に顎をしゃくった。
 ギャガンはチラリとグリゼルダに視線を送る。彼女は集中している様で一心不乱に紙と格闘していた。

「……んじゃ行くかパム?」
「すっごく集中してるみたいだね、確かに時間が掛かりそう……行こうかギャガン」
「ギャガン、今度は呪われた剣なんて抜くんじゃないよ」
「分かってるよぉ」

 ミラルダの小言に顔を顰めると、ギャガンはパムと共に近衛の後に続き取調室を後にした。

「では妾達も別室で茶でも飲みながら待つとしようぞ」
「コホーッ?」

 グリゼルダ一人を残すの?

「そうだね、領主様、あたし達もこの部屋で待ちたいのですが?」
「ふむ……出来ればお前達には迷宮での事を直接聞きたかったのじゃが?」
「…………分かりました。ミシマ、いいかねぇ?」
「コホー?」

 俺が行っても余り意味は無いと思うけど?

「確かにそうだねぇ……」
「何を話しておる?」
「いえ、ミシマは話す事が出来ませんし、お茶も飲めませんからご一緒しても意味が無いかと……」
「侍と忍者の聞取りではそのゴーレム、ミシマは巨大な箱に変化したと聞いておる。それも妾は見たいのじゃが?」
「はぁ……どうするねミシマ?」
「コホー……」

 変形が見たいねぇ……分かった、行くよ。

「うん。じゃあグリゼルダ、あたし等は領主様に迷宮の事、話してくるから」
「……ああ……」

 上の空で返事をしたグリゼルダを見て、ミラルダは肩をすくめ苦笑を浮かべるとミスラに向き直った。

「では領主様、どちらに参ればよろしいですか?」
「うむ、部屋は既に用意しておる。ついて参れ」

 満足気に頷き椅子から立ち上がったミスラの後を追い、健太郎とミラルダはグリゼルダを置いて取調室を後にした。
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