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第八章 迷宮行進曲

宝物庫の番人

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 迷宮都市アーデンの領主ミスラの城。その取調室でグリゼルダは書き終えた調書を衛兵の男に手渡した。
 取調室にはもうアキラはおらず、残っているのは取り調べを担当していた衛兵とグリゼルダだけだった。

「これがアキラの記憶を探って分かった今回の件の経緯だ」
「ふむ……動機と行動記録、その時の心理状態まで……報告書としてもよく纏められている……お前は以前にもこういった事の経験が?」

 衛兵はグリゼルダがまとめた調書をめくりながら彼女に尋ねる。

「……」
「まぁいい、一応、内容の詳細を確認する……その間これでも飲んで一息ついてくれ」

 口を閉ざしたグリゼルダに肩を竦めると、衛兵はワゴンに乗ったポットからカップにお茶を注ぎグリゼルダに差し出した。
 ポットもカップも精緻な装飾が施されとても高価そうだ。

「了解だ……うえっ、変わった味のお茶だな?」

 受け取ったカップのお茶を一口すすり、グリゼルダは顔を顰め、舌を出す。



「子爵様のお計らいだ。高級茶葉らしいから良く味わって飲むんだな」
「高級……庶民の口には合わないな」
「残すなよ。一杯で金貨一枚はくだらないらしいからな」
「金貨一枚……ふぅ……貴族は面倒だ」

 グリゼルダはそう言うと独特な風味のお茶を一息で飲み干した。

「味わって飲めといっただろう……お前は暫く水と硬いパンしか口に出来んのだから」

 そう言って笑った衛兵の顔がグニャリと歪んだようにグリゼルダには感じられた。

「なっ……どういう……こと……」

 そこまで言った所でグリゼルダの意識は暗転した。


■◇■◇■◇■


 迷宮都市アーデンの領主ミスラの城。その宝物庫に案内されたギャガンとパムの二人は近衛兵に導かれ、魔剣及び聖剣だという物がガラスケースに入れられ、ずらりと並べられた一角に来ていた。

「フンッ、剣ってのは美術品じゃねぇんだぞ」
「ふわぁ……でもでも、これだけ並んでると壮観だねぇ」
「剣の詳細については管理者であるダナンに聞いてくれ。ダナン、話は通っているだろうが子爵様が褒美を与える冒険者だ。獣人は剣を、小人は魔法具を所望している」

 近衛兵はそう言うとギャガン達に眼鏡をかけ、えんじ色のローブを着た小柄な老人を引き合わせた。

「宝物庫の品を管理しているダナンじゃ。それでどんな剣が入用なんじゃ?」
「硬い物を斬るのに特化した長剣か刀が欲しい。出来れば竜の牙の剣よりも切れる奴がな」
「竜の牙……その竜の種族は?」
「種族……そういやそれは聞いて無かったなぁ」
「切れ味は種族によって違う。一番硬度が高く粘りがあるのは赤竜じゃが……まぁいい。ついて来いお主の希望に沿えそうなのを紹介してやる」

 ダナンはそう言うとヒョコヒョコと魔剣が飾られた通路を歩き始めた。
 その後を追って、ギャガンとパム、そして近衛兵は歩く。

「よぉ、紹介してくれるって奴はどんな剣なんだ?」
「蟲の王の外殻から削り出した剣だという話じゃ。なんでも異国の剣聖が使ったとかなんとか……」
「へぇ、剣聖かぁ……そう呼ばれた人はわたしが知ってるだけでも四、五人いるけど……」
「この大陸の事では無い。迷宮に潜ったお主らなら知っておるじゃろうが、あの迷宮は世界中から魔物や人間を召喚しておる。剣の元の持ち主は海を超えた先、西の魔大陸に住む戦士じゃったそうじゃ」
「魔大陸ねぇ……んで、そいつはどれぐらい切れるんだ?」

 ダナンは歩きながらチラリとギャガンに視線を送ると、視線を正面に戻し口を開いた。

「この街の冒険者が迷宮で得られる最高の防具の一つに聖騎士の甲冑という物がある。それを着こんだ剣士を鎧ごと両断したと言われておる」
「……その聖騎士の甲冑って奴がミシマより硬けりゃ望みはありそうだな」
「ねぇ、ギャガン? なんでギャガンはミシマを斬りたいの? 仲間じゃないの?」
「そりゃ、お前、あれだ……」

 ギャガンを見上げるパムの目は揺らぐ事無く真っすぐ彼を捉えている。
 それはミラルダの家にいる子供達と同じく、いい加減な返事では納得しない物にギャガンには思えた。

「……いいか、他の奴には言うなよ……俺は奴を斬るって名目でミシマ達に付いて来た……今更、めたたぁ言い辛いじゃねぇか」

 ギャガンは腰を屈めパムの耳元で囁くと決まり悪そうに顔を歪めた。

「アハハッ、グリゼルダが言ってた通り、素直じゃ無いんだね」
「うるせぇよ」
「アハハハッ」

 二人がそんな事を話していると、前を歩いていたダナンが唐突に歩みを止めた。

「こいつじゃ」

 ダナンが指差すガラスケースの中に、一振りの長剣が収められている。
 刃渡りは恐らく一メートルは軽く超える、薄い青色の鞘に入れられた刀身は緩やかなカーブを描いていた。

「どれどれ……何だか見た事の無い質感だねぇ」



 体によじ登ったパムを肩車しながら、ギャガンはケース越しに長剣に顔を寄せる。

「抜いてみていいか?」
「勿論じゃ」

 ダナンは鍵束を取り出すとガラスケースを開け、長剣を取り出しギャガンに差し出した。
 パムを床に下ろし差し出された剣を手に取ったギャガンは少し驚いた様子で目を見開く。

「軽いな」
「蟲の王の外殻から刀身だけで無く、鞘、柄に至るまで作られておる。恐らくその所為じゃろう」

 ダナンの言葉を聞きながらギャガンは長剣を抜き放った。
 鞘と同じく淡く薄い青色の刀身は、先端のみが両刃でそれ以外は片刃の作りとなっていた。
 ランプの明かりを反射して輝く刃は軽く触れただけで皮膚を切り裂きそうなぐらい鋭い。

「……いいな……気に入ったぜ。コイツを頂こう」
「他の物は見んのか?」
「あんたはここに置いてある剣を全部知ってるんだろ?」
「まあの」
「剣への造詣も深い」
「それが仕事じゃからな」

 そう言って眼鏡をクイッと持ち上げたダナンを見て、ギャガンはニヤッと笑う。

「この剣を見て、あんたがプロだって事は分かった。そのプロが勧めるんだ。他を見る必要はねぇ」
「……フンッ、儂に世事を言うても得はないぞ」
「持ち上げられて意見を変える様な奴はプロとは呼べねぇ」
「ああ言えばこういう奴じゃ」

 そう言って鼻を鳴らしたダナンだったが、ギャガンの事を気に入ったらしくその口元には微かに笑みが浮かんでいた。

「その剣に決めたのだな。ではそれは一旦こちらで預かろう」

 それまで沈黙を守っていた近衛兵がギャガンに右手を差し出す。

「チッ、別に領主を狙ったりなんざぁしねぇよ」
「規則だ」
「融通の利かねぇ奴だぜ」

 ギャガンは顔を顰めつつも近衛兵に手にした長剣を手渡した。

「さて、次はお前さんの魔法具じゃな。どんな物が欲しい?」
「えっと、盗賊はサポートに回る事が多いから、そうだなぁ……魔物を眠らせる短杖とかかな?」
「眠りの短杖か……ハーフリングは欲が無いと聞くが本当のようじゃな」
「えっ、なんでなんで? パーティーで一番か二番に動けるわたしが眠りの魔法を使えたら色々便利でしょ?」
「確かに便利じゃが、眠りの短杖はそう価値のある物ではない。街の商店でもたまに売り出されるからの」
「うーん……でもなぁ、強力な攻撃魔法とかは使うのちょっと怖いし……」

 うんうんと唸り始めたパムを見て、ダナンは苦笑を浮かべた。

「ついて来い。お前さんにピッタリな品を紹介してやろう」

 そう言うとダナンはパムの返事を待たず、再度ヒョコヒョコと歩き始めた。
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