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第八章 迷宮行進曲

鎖の無い猛獣

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「では次は妾になってもらおうか?」
「コホーッ!!」

 いい加減にしろよッ!! 俺は玩具じゃ無いんだぞッ!!

「いい加減にしろよ、俺は玩具じゃ無いんだぞと申しております」
「コホー……」

 うぅ、ミラルダ、元へ戻っておくれよ……。

「ミラルダ、元へ戻っておくれよと申しております」

 迷宮都市アーデンの領主ミスラにミラルダを奴隷にした事、仲間の命も自分の対応次第だという事を聞かされた後、健太郎けんたろうは彼女の部屋に移動させられ、ミスラの言葉に従い彼女の求めるままその身を変形させていた。
 大きな窓から見える街並みは何時しか夜景に変わっている。

「ほれ、早うせよ。妾の姿に化けるのじゃ」
「コホーッ」

 クッ、覚えてろよ。

「覚えてろよと申しております」

 感情の無いミラルダの声を聞きながら健太郎はカシャカシャとその身を変形させ、ミスラを模した姿へとその身を変えた。ただ健太郎の感情が表に出たのかその顔は眉根を寄せ口をへの字にしていた。
 ミスラはそんな健太郎に歩み寄り満足気な微笑みを浮かべる。



「ふむ、表情と関節の荒さは気に入らんが、実によく出来ておる。これなら関節を隠せば十分影武者として使えるな」
「コホーッ!?」

 何の為に影武者が必要なんだよッ!?

「何の為に影武者が必要なんだよ? と申しております」
「迷宮で鍛えられた優秀な冒険者を近衛に加え、妾はいずれ王に挑むつもりじゃ。お前にはその時、妾の代わりに戦場に行ってもらう」
「コホーッ!?」

 王に挑む!? 内乱を起こすつもりかッ!?

「王に挑む? 内乱を起こすつもりか? と申しております」
「そうじゃ。王とはかつてその国で一番強かった者の末裔じゃ。なれば、弱体化すれば代わってもおかしくあるまい」
「コホーッ!!」

 俺は戦争に加担する気はないッ!!

「俺は戦争に加担する気はないと申しております」

 ミスラは楽しそうにホホホッと笑う。

「お前の意思など関係無い、妾がそれを望むなら従う他ないのじゃ。湯あみの用意は?」

 健太郎への言葉の後、ミスラは部屋に控えていた侍女に視線を向け尋ねた。

「出来ております」
「うむ、ミラルダ、ついて参れ。ミシマ、お前はここで待機じゃ」
「コホーッ!!」

 いちいち命令すんなッ!!

「いちいち命令すんなと申しております」
「いい加減、諦めよ」

 ミスラは扇で口元を隠しそう言うと、ミラルダと侍女を引き連れ部屋を後にした。
 部屋に残された健太郎に侍女の一人が気の毒そうに囁く。

「貴方も災難だったわねぇ、でもミスラ様には逆らわない方がいいわよ。仲間の事を考えるんならね」
「コホー……」

 仲間……ミラルダ……ギャガンにグリゼルダ、パム、それに新田や風丸は無事だろうか……。

 健太郎は仲間達を思い浮かべ、彼らがどうしているのか、思いを巡らせた。
 すると視界にウインドウが開き、光点が都合六つ映し出される。

 光点は自分に一番近い物が一つ、次に近い物は三つ集まり、後の二つは少し離れた位置に並んで表示されていた。

 一番近いのがミラルダ、次の三つはギャガン、最後の二つは街にいる新田と風丸かな……。
 うーん、位置が分かってもミラルダを何とかしないと、どうにも出来ないなぁ……。

「コホー……」

 はぁ……どうしたもんかいのー……。

 豪奢な部屋に嘆息交じりの呼吸音が静かに響いた。


■◇■◇■◇■


 同じ頃、宝物庫の管理者ダナンの協力で牢を抜けだしたギャガン達は、健太郎と合流すべくミスラの居室のある最上階を目指していた。
 ダナンは姿隠しの外套の他、宝物庫でパムに見せた魔法の短杖も彼らに渡していた。
 ちなみにダナン自身はギャガン達に昏倒させられたという事にして、グリゼルダが入っていた牢に自ら繋がれた。

 ギャガンは外套を着せたグリゼルダを背負い、パムが先行する形で上を目指す。
 城内は戦争時を考えてなのか非常に入り組んでいたが、ダナンが用意した城の見取り図のおかげで迷う事無く進む事が出来た。

 そんな中、ギャガンの背中で寝ていたグリゼルダが不意に目を覚ます。

「うぅ……ここは?」
「起きたか?」
「この声は……ギャガン?」
「少し静かにしてろ…………パム、グリゼルダが起きた、状況を説明したい。落ち着ける場所はあるか?」

 ギャガンは先行し廊下の角から様子を探っているだろうパムの匂いを辿り近づくと、彼女に囁きかけた。
 三人は外套のおかげで注意を凝らさないとほぼ視認できない。
 鋭敏な感覚を持つ獣人でもない限り発見される心配はないだろうが、流石に相談していれば声で気付かれてしまうだろう。

「ちょっと待って……」
「パムも……いるのか……?」

 グリゼルダの呟きを聞きながらパムは頭に入れた城の見取り図を思い浮かべる。
 牢のあった地下一階から進み、現在は三階、この階はゲストが泊まる客室がある筈だ。

「ついて来て」

 パムはそれだけ言うと頭の中の見取り図に従い、客室に向けて移動を始めた。
 やがて三階の一角、人気の無い部屋の一つを看守の詰め所から取り戻したツールでこじ開けると、扉を開けスルリと室内へ滑り込む。
 ギャガンもそれに続き、貴族の宿泊用の豪華なつくりの部屋へとその身を進めた。

 部屋は作りは豪華だったが、使われていない部屋に当然、明かりは無く真っ暗だった。
 ギャガンは背負っていたグリゼルダを床に下ろし、ふらつく彼女を支えてやる。
 その後、三人はその真っ暗な部屋の床に腰を下ろして外套のフードを取った。
 姿隠しの魔法が解け、暗い部屋に三つの人影が現れる。

「今、どういう状況だ? 私はお茶に一服盛られたようだが……」
「結構強力な薬だったみたいだね。全然起きないから心配したよ」
「そうか……確かにまだ体が痺れている感覚があるな……万能なる魔力よ、この身に流れる不浄なる物を浄化せよ、解毒キレーション……ふぅ……で状況は?」
「……凄いね魔人って」

 感心するパムを横目にギャガンがグリゼルダの問いに答える。

「どうも領主がミラルダと俺達を人質にして無理矢理ミシマを従えているらしい」

 それを聞いたグリゼルダは思い切り顔を顰めた。

「領主、ミスラだったか、あの女は馬鹿なのか? 街一つ簡単に消し飛ばせる相手を人質だけで御しきれるか。鎖無しで猛獣を飼う事の数百倍危険だぞ」
「俺もそう思うぜ。まぁミシマはお人好しだから簡単に暴れねぇとは思うが、それも絶対じゃねぇ。ミラルダを領主が見せしめに殺そうとでもしたら、奴はどんな手を使っても止めるだろう」
「街一つって、ミシマはそんな事も出来るの?」
「ああ、あいつは巨大化出来るんだ。そんで黒い弾を放ってエルフの国の森と山脈の一部を消した」
「……森と山脈ってどのぐらい?」

 ゴクリと喉を鳴らしパムが尋ねる。

「そうだな……あの時は精霊王の力と相殺されていたが、それでも五十メートル程の幅で十キロぐらいは森を抉っていたな」
「そんで最後に山脈を削って大穴を開けた」
「……十キロとか山脈とか個人レベルの力じゃないよね?」
「地形を変える……神話の神クラスだな」
「ヤバいじゃんッ!」
「「ヤバいんだ」」

 パムの叫び答えたギャガンとグリゼルダの声が重なる。

「急ごう」
「だな」
「まったく、貴族という奴はろくな事しか考えん」

 グリゼルダは一瞬、魔人のキュベルやエルフのラハンの事を思い出すと、肩を竦め首を振りつつため息を吐いた。
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