ガラス玉のように

イケのタコ

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5話

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「じゃあ、一ヶ月後には外国に行くって事!?そんな急に、てかもっと早く話せよ」

嘘だろと驚きの声を上げ、一ヶ月しか一緒にいられない事をショックを受けていた。

「言うの隠してたわけじゃないからな、俺も聞いて数日前だから。それに、まだ決めてないし、今後まだ長い付き合いになる可能性があるわけで……タブン」
「一週間か。確かに、あのイケメン君と暮らすの大変そうだな。スズには酷かもしれないけど俺はここに残ってほしいけど」

富田は縋るように俺を見つめる。
勿論ここにいると手を上げたいのは山々。これからの何かが起こりそうな予感、この胸騒ぎは気のせいだろうか。
屋上の柵に捕まり、長いため息を吐くのだった。
教室に帰るにも目線が気になって富田と俺はそのまま屋上にいる事にした。
不安もある今日だが今日の弁当にウキウキしている。
何故かというと、義宗さんお手製の弁当だからである。昨日の夜ご飯を食べたが最高に美味しかったので、期待せざるを得ない。
俺は晴れた空を見つつ、ワクワクしながら風呂敷を広げようとした。

「飯食おうぜ」

わざわざ屋上まで和柄の包みの弁当を目の前に持ってきた三船。俺は唖然とし、富田は驚きすぎて箸で持っていた唐揚げを地面に落とす。
俺たちの反応の気にせず、隣に堂々と腰を下ろす彼は何処までもマイペースなようだ。
 
「朝の話を聞いてた」
「聞いてた」

風呂敷を広げ淡々と弁当を用意していく三船。

「それでも、スズのこと任されたたんだ。任されたからには俺の責任がある」
「いや、それは、言葉の綾というか。義宗さんなりの気遣いな訳であって、ずっと近くにいてあげてじゃないと思う」

弁当の蓋を開ければ、ふわりとした卵焼き、ご飯の上にはほぐした鮭、和え物と和風なテイストの弁当に自然と涎が湧き出てくる。

「あの人、義宗が俺に頼みごとなんて滅多にしないから、スズも弁当食べたら」

美味しそうな卵焼きを綺麗に箸で挟んで身を崩さず口に運ばれる。
見ていた俺のお腹かが悲痛に鳴いていたので、この話に区切りをつけて、3人で黙々と弁当を食べることになった。
やはり、お手製弁当は美味しかった。三船と同じメニューの和風弁当は1つ文句なしだ。
怒られるが、母親より美味いのではないかと思うと、美味しさを噛み締め俺は一人幸せを堪能していた。
すると、静かだった富田が駆け込むようご飯を食べ、何事かと思うと三船に切り出した。

「その……言いにくいんだけど、三船って『あのミフネ』であってる」

富田は震える両手で扇のような形を作ってみせた。船にも見える形、その意味が全く分からず俺は顔を傾ける。
三船には伝わっているようで迷いなく1つ頷き、

「そうだけど」

と淡々と答えた。
『だよな』と長い息を吐くと安心したように富田は手を下ろす。
二人の間で成立する会話が気になって、仕方がなく俺は同じように指先で扇の形を作って、富田に質問をぶつけた。

「なにこれ」
「おっお前そんなことを知らずに、嘘だろ」

転校生が物珍しいから噂になっただけと、思っていた。

「ほら、ミフネって会社知らない。えっと、例えば、この充電器とか」

富田がいつもスマホに指している充電器、その充電器には小船が3つ書かれたロゴは小さく入っていた。
見覚えのあるマーク、最近見たような、だいぶ前に見たような。

「それと、お前がよく飲んでる炭酸も、同じ所だった筈」
「あっそれだ」

この前自販機で買ったラムネの瓶に描かれていたのを思い出し頷く。家電でもこのマーク見たような。

「確かにそのマークとミフネって会社よく見るって、あれっ」

よくよく考えてみると大きな会社なのではないと思う共に、隣の不器用がどんどん大きな存在へと変わっていく。

「おんーっおん御曹司様」
「そうなりたくないけど、そうだって同じ話を繰り返させるな」

空いた口が塞がらず思わず指で人を指す、その指を三船が掴み下ろした。

「だって、そう言う話を一度もしなかったじゃん」
「いちいち、言うわけないだろ。第一知ったところでどうすんだよ」
「確かに……いや、そういう情報は共有した方が絶対いい」
「じゃあ、話してやろうか。一から十まで」
「いや、待って、やっぱりいい」
「どっちだよ」

有名な会社の御曹司様がここにいるという爆弾を抱えたまま、粗相したら俺消されると頭に過る。

「てか、進学校でもない普通の学校に来たの」
「スズっ」

富田が馬鹿と言いたげに俺の服を引っ張る。地雷を踏み抜いたと口を塞いだ頃に遅く、三船の冷たい目が頭に降りかかる。

「言おうか」
「いえ、いいです。すみません」

それから三人は一言も喋らず、気まずく昼休みを過ごした。




数ヶ月前に、ミフネの息子が一般生徒に暴行というニュースを思い出した。
暴行事件は話し合いにより双方の合意があったため裁判沙汰にはならず、大きな騒ぎならなかった。
流れ行く季節とともに、その事件の記憶は消滅していた。
今、全てを理解した俺は、何故彼がこの町に来たのか、この学校に転校したのか、訊かなくとも分かっていたはずなのに、大馬鹿をかましてしまった。

無知ほど怖いものはない。

無言で突き進む背中を半泣きで必死に追いかける俺。
先に帰っていてくれていたら良かったのに、三船は律儀に俺を教室から呼んで向かえに来てくれた。
今、最悪な空気の中一緒に帰っている。

「あのさ」

手に力を込めて、出来る限りの言葉を振り絞って話しかけた。

「……」

やはり、返事はなかった。けれど、足を止めて三船は振り返る。

「ごめん。さっきのこと、あまりにも無神経なこと言った。飽きられるのも当然だよな」
「……殴った」
「えつ」
「嫌な奴だったから殴ったそれだけ」

三船は真顔で言い放つ。

「とはいえ、俺が相手を殴ったことは変わらないから、とやかく言われても仕方ないと思ってる。
だから、お前が謝る必要は無い」
「いや、それでも、必要なく傷つけた訳だし」
「確かに腹は立ったが、それは、それだ。俺は義宗にアンタを任された。これぐらいで終わるようなら、俺がまだまだ精神的に未熟って事だ」
「そっそうなの」
「そうだ。何も気にせず、安心して着いてこい」

何もかも気にせず歩き出す三船。もしかして、義宗さん居なかったら、俺殴られてたと、心身恐々としつつ背筋のいい背中を再び追いかける。
たびたび義宗さんの話が出てくるけど、本当に信頼していることが伝わってくる。
義宗さんの話しか聞かないし。

「当たり前なんだけど、義宗さんの事好きですね」
「好きなのか?まぁ、分からないけど、あの事件以降義宗しか俺のこと受け入れてくれなかったからな。
名家の名を傷をつけた、なんだの色々言われたけど、あの人だけが、その話聴いて笑いやがったたんだ『嘘でしょ』って」
「義宗さんなら笑いそう。母のやばい話聴いても笑ってたから」
「あの人頭おかしいけど、無理矢理に俺のスペース作ってくれたんだから、恩は返さないとな」
「俺もそう思う」
「だろ」

夕日に照らされる三船は口角をあげて笑う。それが、色のない顔に初めて見た笑顔だった。

それから、特に話すこともなく、共通の話題も持ち合わせていないので黙々と二人で家に帰る。

「おかえり」

玄関の扉を開ければ、着物を靡かせて義宗さんが出迎えて来てくれた。

「ただいま」

そう言うと三船は涼しい顔して家の中に消えていく、俺から解放されて清々しているのか。

「スズ君もおかえり」
「義宗さん、ただいまです」

義宗さんに促されるように靴を脱ぐ。

「どうだった、ここから行く学校は。何か起きてない」
「全然いつも通りで……す。目立つことなく、1日過ごせて」

語尾が自然と小さくなっていくのは、明日も学校だということにほんの少し絶望している。
その様子に義宗さんは俺の心中を理解したのか苦笑う。

「三船が何かやったみたいだね、ごめんね。気をつけるよう言ったんだけどね」
「いえ全然、義宗さんが気にかけるような事を三船はしてないです。
 ただ、存在が大きすぎるというか、三船が目立つ故に俺の方にも視線が集まるみたいな」
「嗚呼、なるほどね。噂の的になっちゃったか。だから『よろしくね』って朝言ったのに……いや、もしかして僕のせいかな」

そうですとも言えず固まっていると、義宗さんが細く目を瞑り天を見上げた。

「ごめんね。僕の言葉が強すぎるのかな、後でちゃんと言っておくよ」
「別にそんな、俺の方が迷惑かけたというか。嫌われるような事言ったし」
「嫌う?三船がスズ君を」
「地雷を踏んだというか、何というか」

今日は義宗さんの言葉で一緒に歩いてくれたけど、図々しく人のナイーブな事に突っ込んだのだから、明日は冷たくあしらわれるかもしれない。
俺はこの一週間気まずいまま終わるのか、肩に荷が重くのしかかるのを感じる。

「それは大丈夫」
「大丈夫ですか、このまま嫌われそうで」
「安心してよ。嫌いな人間には目を合わせようとしないからあの子」

義宗さんは微笑むが、本当だろうか。彼はただ義宗さんの言葉を守り貫き通すのは恩返しの為であって、俺はその言葉で守られている気がする。
好感度期待できない、いく先不安な居候2日目が終わろうとしていた。

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