魔王が願いを叶えてあげる

イケのタコ

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卒業の日、まだ桜が咲いていない季節。
 
『絶対に会いに行くから、待っていて』

中学に上がる前にこの町から引っ越していく、国明 広(くにあき ひろ)は俺を強く抱きしめては別れの挨拶をする。

『絶対に行くから』
『うん』

それが国明に最後の言葉だった。
10年経った今、国明は音楽バンドとしてテレビに映るくらいに有名人となり、すっかり物理的にも、精神的にも遠い存在になってしまった。
俺だって、もう大人。子供の時に会いに行くと言われて、信じている歳ではないけれど。
それでも、もう一度会えるのではと街に張られた国明が写る広告を見ると思ってしまう。
どう頑張ったところで、届かない場所に行ってしまった国明。届きそうで、届かない、もどかしさに俺は悩み続けるのだろう。

「じゃあ、会えばいいだろう」

上から降ってくる声に目が覚めた。
体を起こせば、布団からコロコロと何かが転がっていく。
 
ーーー黒いうさぎのぬいぐるみ?

両手くらいのぬいぐるみが畳に転がっていた。いつ買ったのだろうと持ち上げてみれば、

「もう少し、丁寧に扱え」

と喋ったので力が抜けて再び布団の上を転がっていく。

「おい」
「ぬっ、ぬいぐるみが喋った」

静かに怒るぬいぐるみは手足をバタバタとさせては、勢いよく立ち上がり、ちょこんと隣に座る。

「昨日、出会ったというのに。目が覚めてやっと理解が追いついたか」

うさぎのぬいぐるみという可愛い見た目にしては、どこか固い言い方、それに加えて男のように声が低く、見た目と声が合っていない。
それにしても、昨日とはいつだったか。1日バイトして、それから帰って……、あれ、家に帰った記憶はない。公園の階段に座っていたら、後ろから話しかけられたのを思い出した。

「でも、話しかけられたのは男の人だったような」
「それが私だ」
「そんな、夢みたいなことを……、今も夢か」
「願いを聞いたのも覚えないか」
「……確かに、なんでも叶えてやるって言われた……ような」

バイトで疲れていた俺の頭の中は「寝たい」でいっぱいだった。その時に、何を願ったのか全く覚えていない。

「そういうことだ。だから、私がここにいる」
「人からぬいぐるみになるって、宇宙人ですか、それとも妖怪的な」
「また、その話か。まぁ、その質問に答えると宇宙人というか、異世界人の方が合っているな」
 
可愛いマスコットみたいな生物が、願いを叶えてくれる別世界の人間となると、

「俺、フリフリの魔法少女にでもなるの?」
「なりたいのか?」
「いやいや、なりたくないよ。面倒そうだから、って本当に魔法少女になれるの!」
「相変わらずせわしない奴だなーー、今はなれない。私の魔力が貯まらないとそこまで叶えられない」
「魔力?」
「新道 直人(しんどう なおと)の願いを叶えれば叶えるほど魔力が貯まる」

突然、フルネームで名前を呼ばれたからびっくりしたが、曖昧な意識の中で自分から名前を言ったのを思い出し、自分の軽率な言動に頭を抱える。

「願いを叶えれば、叶えるほど魔力が貯まり、もっと大きなことが出来ると言いたいが、そんな便利なものじゃない。ここまで直人を自宅に運ぶということをしたら、魔力が切れてぬいぐるみになっていた」
「そ……そういうこと。ありがとうございます」

だから、帰路の記憶がなかったのか。ふわふわとした記憶の中、俺は階段で寝落ちということだ。

「そうだ、あのお名前は」
「私の名前か……、沢山ありすぎて無いな」
「えっと、最近は呼ばれていた名前は?」
「魔王」
「ぶっ、物騒な。でも名前ないと呼び難いし、じゃあーーー短くしてマオとかどうですか」
「それでいい」
「えっと、よろしくね。マオさん」

腕を組んで「うんうん」とマオさんは頷くと

「お互いの名前を交わした事だし、手始めに軽く願いを叶えてやる。国明という人間に会わせてやる」
「えっ! 何故、知っているんですか」
「昨日話した。とりあえず、行くぞ」
「どこに!?」

マオさんが畳を叩けば真っ黒い渦が出てきて、叫ぶ前に俺を一瞬で飲み込んだ。



「あの、本当にどこなんですか」

黒い霧の中を掻き分けて降り立ったのは海が見える倉庫群。

「知らない」
「知らないって、めちゃくちゃすぎませんか」
「場所は知らない。だが、ここに国明という人間がいるはずだ」
「へっ、へっ、どういうこと」
「直人が会いたいと言ったから来たまでだ」

足元にいる黒兎は、無垢でいて真っ黒な瞳でこちらを見上げる。
起きてからずっと考えていたが、ここに連れて来られて理解した。どうやら俺が国明に会いたいと、口を滑らせたらしい。
ただ、黒兎はそれを叶えたいだけ。

「取り消したい……」
「無理だな。私に名前を言った時点で契約成立したから」
「ううっ、悪徳商法」
「反論はしない。といっても、今回は初めてだからそれほど接近は出来ない。顔を見るくらいじゃないか」

「新道さん!」と誰かに呼ばれて振り向けば、キャップを被った知らない人だった。

「あの、誰ですか」
「何を言ってるのですか……それより、ペンキをぶちまけてしまったので掃除に行かないと」

困惑している俺を気にせず腕を掴んで、倉庫の方に引っ張っていく。
広い倉庫の中は、荷物ではなくカメラと照明があちこちに置いてあり、ハリボテの壁など、誰が見てもここで何かを撮影しているとわかる。
当然、それなりに人は行き交うが、部外者が入って来られないように警備員も何人かいる。というのに、俺は何故か入れている。

「ここだよ。もう、誰が倒したのか」

案内された場所には、コンクリートの床に赤いペンキがぶちまけてあり、隣にあった衣装にも飛び火していた。もう何人かは忙しなくペンキの片付けに追われていた。

「というか、ペンキなんか持ってきたかな……、まぁいいか。とりあえず、これとこれで綺麗にして、こっちは衣装をどうにかするから」

手に持たされたのは数枚の雑巾とバケツ、よろしくと何も説明せずに去っていくキャップの人。
意味がわからないから、背中に引っ付く者に状況を説明してもらうしかない。

「なぜ、部外者の俺が撮影所に入れているのでしょうか」
「唱えた魔法の影響だな。入る事が禁止されている故に、ここにいる誰かに成り代わっているのだろう」
「もしかして、俺、周りからその人に見えるってこと」
「そう認識されている。相手に疑われ正体がバレると効果はない」
「そっ、それ先に言ってください。結構、現実的な魔法だな」
「別に便利なものじゃないから」

ここで正体ばれると人生が終わる。不審者、変装して撮影現場に入ったか、と見出しを考えただけで吐きそうだ。
ここは模範的に役割に徹しようと、言われた通りに雑巾でペンキを拭いていく。
こびり付いたしつこい汚れを落とし、あれ? 拭くために来たのだったか。そもそも、目的ってなんだっけ。

「頬についてる」

誰かが近くで腰を下ろしては、俺の頬に触れた。離れていく指先には赤いペンキが付いていた。
指先から手首、腕から首、と伝うように目線を追う。そしてその顔見た途端に、息が止まる。

「? 俺にも付いているか」

首を傾げる、目の前の男。
変わらない黒髪に、切れ長な瞳。身長なんか俺より高くなっていて、いつのまにこんなカッコ良くなったのだろうか。
ああ、動いている。それだけで目頭が熱くなってきて、名前を呼びたくなって、自分の名前を言いたくて、喉が震える。
でも、そんなことをすれば魔法が解ける。ぐっと感情を抑えて

「な、なにも。あの、えっと……拭いてくれてありがとう」
「どういたしまして。忙しいのに掃除ありがとう」
「いえ、仕事ですから」

ずっと傍にいたのに、目線が合わせられない。
向こうの方から「ひーろー、代わりの衣装あったって」と国明は呼ばれ「すぐにいく」と返事をする。

「ごめん、すぐに行かないと。また、挨拶する」
「はいっ」

顔を合わせたのは数分、衣装をヒラヒラとさせながら国明は去っていく。
そうだ、全ては魔法の力。俺は幸せな幻想を見ているに過ぎない。

「どうだ。魔法の力は」

すかさず、話しかけてくるマオさん。

「良かったです……、めちゃくちゃ最高です」
「良かったな。分かっていると思うがここまでだ」
「はい……」
「外出てくれ、家に帰す」

潮時だと言われ、放心状態のまま倉庫から出た。背中に引っ付いていたマオさんが下り、来た時と同じようにコンクリートの床を軽く叩く。
黒い渦が出てきては、目を閉じて開いた時には安アパートの部屋に戻っていた。

良かった。幻想だとしても一生の思い出となった。一生無理だと思っていたことが叶ったのだから。

「うっ……あれっ?」

力が抜ける。しみじみとしていると足がふらつき、再びうつ伏せになって布団に寝転んでいた。
動けない。指先すら曲げられない状況は、おかしい。これは風邪とかではない。

「まっおさん……」
「魔法使えば、自身の体力を使う。最初は慣れてないからこんなものだろ」

それを先に言え。

「あっあくま」
「否定はしない。言ったところで君は理解できないだろ。だから、体験させたまでだ」

ふわふわとした見た目に反して脳筋だ、この人。

「バっ、いと」

この後、バイトがあるという無断欠勤は社会人としてやっていけない。
せめて、連絡できたらとスマホに手を伸ばしたが、腕が持ち上がらない。

「バァイトォ」
「何かの鳴き声みたいになっているな。その願いも叶えてやる。バイトは直人の代わりに私が行く」

それって、俺の体力がさらに無くなるだけではと、血の気が引いたが、マオさんがすかさず補足する。

「先ほど貰った分、私の魔力を使うから直人の体力は減らない」

安心しろと背中を手で軽く叩かれた。

「今日はゆっくり休め。おやすみ、直人」

そう言われたら、もう瞼が閉じていた。
 
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