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3 事務所
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「入って、小さい事務所だけど」
マネージャーと名乗る狐塚に、案内してもらったのは小さなビルの三階。
中へと入ると誰もおらず、デスクが並べられた場所に連れてこられた。書類を持ってくるからここに座ってと促されたので、椅子に座り待つことになった。
「なんだが、淡々と物事が進みますね」
「そうだな」
暇そうにしていたマオさんは、手足を軽くパタパタとさせて返事をする。
「みんなからは、見えないんですね」
「魔法で見えないようにはしている。ここの人間はぬいぐるみが喋ると驚くからな、直人みたいに」
「それはそうですね」
ここでマオさんと会話しているつもりだけど、側から見れば独り言に見えるのか。そもそも、ぬいぐるみと話している時点で、変人なので言動には気をつけないと。
「はい、契約書持って来たよ。ここにサインするだけ」
契約書を持って狐塚さんはボールペンをこちらに手渡し、サインするところを指差す。
契約することは決まっているからサインするのは問題ないが、一日で読み切れないほどの契約書。サインする前にパラパラと流すように見せられたが、字も細かくて読みにくい。
「君もこれでアイドルに……」
「お前の名前はなんだ」
「……狐塚小次郎です」
突然、マオさんがいつもよりさらに落ち着いた低い声で狐塚さんに問う。
問われた狐塚さんはその声に驚くこともなく、催眠術にかけられたように虚な目になり、無表情のまま斜め下を向いて淡々と答えた。
何かの魔法をかけたのだ、すぐに理解する。
「お前の仕事はなんだ」
「アイドルのマネージャーとスカウトをしてます」
「何故、それをしなくてはならない」
「定期的に組長に上納をしなくてはならないので、金の稼ぎのためにやってます」
組長に上納? あれ、もしかしてここの事務所。
「親玉みたいなのはいるのか」
「はい。昔から」
「なるほど。これくらいか」
マオさんは納得しているが、俺は体の芯から震え上がる。疑いなく、違法な人達が作った事務所だ。
「あの、マオさん。色々言いたいのですけど、帰りましょう。ここはかなりやばいです」
「だろうな」
「だろうなって、分かっていて俺をここに案内したのですか」
「前も言ったが私の魔法は、そんな便利なものじゃない。叶えると言っても、どう叶えるかは私にも予測不可能だ」
そうだった。キラキラとした奇跡のような魔法ではなく、結構古典的で現実的な魔法だった。
「だとしても、ここは危なすぎます。今からでも遅くないので、違う作戦にしましょう」
「これ以上回り道はしたくない。その間に、相手からどんどん遠のいていくのは困る」
「分かりますけど、まだ、俺死にたくないですぅ」
「誰が死なせるか。不安にならなくとも、この契約書をこちらの好条件に書き直せばいい話だ」
手の内を合わせて2回ポンポンと叩けば、机にあった分厚い契約書は煙のように消えて、天井から一枚の紙が降ってきた。
その紙を手に取ってみると、今度は分かりやすく、はっきりとこちらに得しかない事が書かれていた。
例えば無断欠勤有りとか、やめたくなったらいつでも辞められるなど……契約する意味があるのかを問いたくなる条件ばかり。
「悪魔のような契約書……」
「先ほどの契約書には、失敗すればこちらが借金することになっていた。そちらがそう扱うなら、こちらもその手を使うまでだ」
「色々、聞きたくなかった」
「ここに名前を書くんだ」
丸い手で書く部分を指され、書くまで解放してくれなさそうなので、ボールペンを持って自分の名前を書いた。
「これで契約完了……、どうも、ありがとう」
書き終えれば、狐塚さんはパッと目が覚めるように、虚な瞳に光が戻り、顔を正面に戻しては柔和な笑みにこちらに向けた。書き換えた契約書は違和感を持つことなく、持ってきたファイルに丁重に仕舞う。
「あっ、そうだ。丁度、今日から入るメンバーがいるから紹介するよ」
と言われて立ち上がり、この部屋から移動することなく、簡単にボードで仕切られた場所に手招きされた。
ボードの向こうを覗けば、端にソファーが二つと真ん中にローテーブルが置いてあった。ソファの上と、テーブルの上にも、食べ終わったお菓子袋と飲み終えたペットボトルが散乱しており、汚い。
そこには若い男が三人座っており、ゲームしていたり、スマホをいじったり、寝てる。各々、暇を潰しているのだが、
「ごめん、ちょっと電話」
とスマホをいじっていた一人が立ち上がっては俺たちの間を抜ける。
「うわ、何このクソ敵。HPちょっとしか減らないじゃん。物理が駄目なのか」
そして、体を揺らしゲームに夢中な青のメッシュ髪の男はこちらを気にしないし、ソファで寝ているパーマ男は論外だ。
分かる。この一幕だけで、売れないアイドルグループだと。
「ごほんっ」
と狐塚さんが咳払いして、やっと二人はこちらに目を向けた。
「あっ、狐塚さん。チースッ」
「ちーすっ、じゃない。少しは綺麗にしろ。とりあえず、二人に紹介したい子がいるんだ」
狐塚さんは俺の背後に回ったと思えば、やんわりと背中を押されて、輪の中心に立たされた。
「その子、誰?」「あれだ。もしかして、新しい子?」
二人はそう言うものの、別の方を見ていて心底興味がなさそうだ。
「えっと、新道 直人って言います。よろしくお願いします」
頭を下げて挨拶をする。なんだか、震えて上手く出来ない気がする。マオさんの力とは言え、迷惑をかけることになるんだ。しっかりやらないと、
「よろ……」「よろぴー」
と思ったが先輩方のだいぶ軽い挨拶に、やっていけるのかが、一気に不安になった。その微妙な空気に耐えきれなくなった狐塚さんは咳払いをしてから今度は二人を紹介する。
「こちらの青い髪が葵(あおい)君で、こっちはテン君。ちょっと、先輩にしては面倒だけど仲良くしてあげてね」
「それ、どういうことですか」葵さんが軽く突っ込むが、狐塚さんは無視をして話を進める。
「もう一人いるんだけど、それは今度紹介するね。今日から直人君も、メンバーの一人だ。マネージャーとしてもっと頑張るか、頑張ろうね」
軽く挨拶は終わり、アイドル? 始動となったわけだが。
ーーー誰か、助けて。
マネージャーと名乗る狐塚に、案内してもらったのは小さなビルの三階。
中へと入ると誰もおらず、デスクが並べられた場所に連れてこられた。書類を持ってくるからここに座ってと促されたので、椅子に座り待つことになった。
「なんだが、淡々と物事が進みますね」
「そうだな」
暇そうにしていたマオさんは、手足を軽くパタパタとさせて返事をする。
「みんなからは、見えないんですね」
「魔法で見えないようにはしている。ここの人間はぬいぐるみが喋ると驚くからな、直人みたいに」
「それはそうですね」
ここでマオさんと会話しているつもりだけど、側から見れば独り言に見えるのか。そもそも、ぬいぐるみと話している時点で、変人なので言動には気をつけないと。
「はい、契約書持って来たよ。ここにサインするだけ」
契約書を持って狐塚さんはボールペンをこちらに手渡し、サインするところを指差す。
契約することは決まっているからサインするのは問題ないが、一日で読み切れないほどの契約書。サインする前にパラパラと流すように見せられたが、字も細かくて読みにくい。
「君もこれでアイドルに……」
「お前の名前はなんだ」
「……狐塚小次郎です」
突然、マオさんがいつもよりさらに落ち着いた低い声で狐塚さんに問う。
問われた狐塚さんはその声に驚くこともなく、催眠術にかけられたように虚な目になり、無表情のまま斜め下を向いて淡々と答えた。
何かの魔法をかけたのだ、すぐに理解する。
「お前の仕事はなんだ」
「アイドルのマネージャーとスカウトをしてます」
「何故、それをしなくてはならない」
「定期的に組長に上納をしなくてはならないので、金の稼ぎのためにやってます」
組長に上納? あれ、もしかしてここの事務所。
「親玉みたいなのはいるのか」
「はい。昔から」
「なるほど。これくらいか」
マオさんは納得しているが、俺は体の芯から震え上がる。疑いなく、違法な人達が作った事務所だ。
「あの、マオさん。色々言いたいのですけど、帰りましょう。ここはかなりやばいです」
「だろうな」
「だろうなって、分かっていて俺をここに案内したのですか」
「前も言ったが私の魔法は、そんな便利なものじゃない。叶えると言っても、どう叶えるかは私にも予測不可能だ」
そうだった。キラキラとした奇跡のような魔法ではなく、結構古典的で現実的な魔法だった。
「だとしても、ここは危なすぎます。今からでも遅くないので、違う作戦にしましょう」
「これ以上回り道はしたくない。その間に、相手からどんどん遠のいていくのは困る」
「分かりますけど、まだ、俺死にたくないですぅ」
「誰が死なせるか。不安にならなくとも、この契約書をこちらの好条件に書き直せばいい話だ」
手の内を合わせて2回ポンポンと叩けば、机にあった分厚い契約書は煙のように消えて、天井から一枚の紙が降ってきた。
その紙を手に取ってみると、今度は分かりやすく、はっきりとこちらに得しかない事が書かれていた。
例えば無断欠勤有りとか、やめたくなったらいつでも辞められるなど……契約する意味があるのかを問いたくなる条件ばかり。
「悪魔のような契約書……」
「先ほどの契約書には、失敗すればこちらが借金することになっていた。そちらがそう扱うなら、こちらもその手を使うまでだ」
「色々、聞きたくなかった」
「ここに名前を書くんだ」
丸い手で書く部分を指され、書くまで解放してくれなさそうなので、ボールペンを持って自分の名前を書いた。
「これで契約完了……、どうも、ありがとう」
書き終えれば、狐塚さんはパッと目が覚めるように、虚な瞳に光が戻り、顔を正面に戻しては柔和な笑みにこちらに向けた。書き換えた契約書は違和感を持つことなく、持ってきたファイルに丁重に仕舞う。
「あっ、そうだ。丁度、今日から入るメンバーがいるから紹介するよ」
と言われて立ち上がり、この部屋から移動することなく、簡単にボードで仕切られた場所に手招きされた。
ボードの向こうを覗けば、端にソファーが二つと真ん中にローテーブルが置いてあった。ソファの上と、テーブルの上にも、食べ終わったお菓子袋と飲み終えたペットボトルが散乱しており、汚い。
そこには若い男が三人座っており、ゲームしていたり、スマホをいじったり、寝てる。各々、暇を潰しているのだが、
「ごめん、ちょっと電話」
とスマホをいじっていた一人が立ち上がっては俺たちの間を抜ける。
「うわ、何このクソ敵。HPちょっとしか減らないじゃん。物理が駄目なのか」
そして、体を揺らしゲームに夢中な青のメッシュ髪の男はこちらを気にしないし、ソファで寝ているパーマ男は論外だ。
分かる。この一幕だけで、売れないアイドルグループだと。
「ごほんっ」
と狐塚さんが咳払いして、やっと二人はこちらに目を向けた。
「あっ、狐塚さん。チースッ」
「ちーすっ、じゃない。少しは綺麗にしろ。とりあえず、二人に紹介したい子がいるんだ」
狐塚さんは俺の背後に回ったと思えば、やんわりと背中を押されて、輪の中心に立たされた。
「その子、誰?」「あれだ。もしかして、新しい子?」
二人はそう言うものの、別の方を見ていて心底興味がなさそうだ。
「えっと、新道 直人って言います。よろしくお願いします」
頭を下げて挨拶をする。なんだか、震えて上手く出来ない気がする。マオさんの力とは言え、迷惑をかけることになるんだ。しっかりやらないと、
「よろ……」「よろぴー」
と思ったが先輩方のだいぶ軽い挨拶に、やっていけるのかが、一気に不安になった。その微妙な空気に耐えきれなくなった狐塚さんは咳払いをしてから今度は二人を紹介する。
「こちらの青い髪が葵(あおい)君で、こっちはテン君。ちょっと、先輩にしては面倒だけど仲良くしてあげてね」
「それ、どういうことですか」葵さんが軽く突っ込むが、狐塚さんは無視をして話を進める。
「もう一人いるんだけど、それは今度紹介するね。今日から直人君も、メンバーの一人だ。マネージャーとしてもっと頑張るか、頑張ろうね」
軽く挨拶は終わり、アイドル? 始動となったわけだが。
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