一夜の過ちからはじまる〜妹の推しとつき合うようになったオレの日々〜

白千ロク(玄川ロク)

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 頬擦りをされること何分だろうか。時間は謎だが、大変上機嫌な笑みを浮かべながら離れていったのは理解出来た。いまや幸せそうな雰囲気がもの凄いです。キラキラしてやがるよ、キラキラと。ちらちら覗う里真でさえも、なんだかにやにやしている。いや、よく見るとにやにやではなく、によによしているぞ。あー、イケメン成分を手に入れたというわけか。顔はいいしな、なつめは。なにやらオレだけがいたたまれないというわけらしい。

 テキパキと本当に寝かす準備を整えるなつめに従ったまま布団に入り直すと、ぽふぽふと前髪ごと軽くオレの額を叩きながら「おやすみなさい」とひとことだけつけ加えてきた。数秒の間、優しげなその声が鼓膜を支配する。優しすぎだろと内心慌てたのはそれだけではなく、額にキスされるかと思ったからだ。そうではなかったわけたが。……いや、なにも全然期待してないけど。逆に変なことをされなくてよかったと思うよ、心から。そう、心からな。

「妹に変なことをしたら怒るぞ」
「私は一途なので、そういう問題は起きません」
「嘘つけ」

 そういうことを言うようなモテる奴はな、だいたいそういう問題を起こしてるんだよ。モテるから。モテてしかたがないから! いくら自衛したってな、相手が来てしまうからなあ! 羨ましいことで!

 だからな、くそアイドルなつめよ、妹に変なことをしてみろ。絶対に許さんからな!

 妹を守る思いを確固たるものにすると同時に、襲う眠気に瞼が下がりつつある。最後の抵抗だとして、いいかお前、マジで妹に手を出すなよ? と視線で訴えると、なつめは苦笑した。「信用がありませんね」と肩を竦めながら。そうであってもかっこいいのはアイドルだからか。顔がよい奴はなにをしていても様になるから嫌だよ。自分では一生なれないのだと突きつけられるだけなのだから。

 ――持って生まれたものだとは解っていても、嫉妬の炎は消えやしない。何度も何度も何度も悔しい思いをしたから。好きな子が違う人間を好きだと解った時のあの悔しさや悲しさや虚しさは、体験してみたいと解りっこないだろう。


 ◆ ◆ ◆


「ぁ……」

 掠れた声を出すと、手のひらが額に触れる。冷たさが気持ちよく、もっとと味わうように擦り寄せるようにすると、「かわいいです」と聞こえてきた。くすくす笑いも一緒に。――あ、笑ってるんだと考えたところで、微睡みから覚醒する。が、オレはいまなにをした!? と固まるのもすぐだった。思考も躯も同時に。

 なに甘えてるんだよ、オレ。相手は変態吸血鬼でくそアイドルだぞ!? 危険極まりない男なんだぞ!? 甘える相手は選ばないとさあ! 落ち着け落ち着け。ひーふー息を吸ったり吐いたりしている中で「なにをし始めたのかは解りかねますが、熱は下がったようですね。よかったです」と安堵したような声も届く。

 そうやって優しくするのはやめろ! そう叫びたいのに、声は出せずじまいだ。正確にいえば、「……っ」と言い淀むだけになる。起き抜けすぐだからか、喉が渇いているようだ。そんなオレを見かねたのかなんなのか、なつめは手を離して「飲み物持ってきますね」と背中を見せた。

 なにもかもがスマートすぎるだろ。やっぱり看病に慣れているな、コイツは。きっとオレ以外にも優しく看病しては惚れさせてきたんだろう。解るんだぞ、オレには。人誑しはオレの方ではなく、なつめの方だろうが。性格は悪いけど、それを帳消しに出来るぐらいにはアイドルだし俳優だし、かっこいい。なんなら甘やかしてくれるしな。見逃すにはもったいない人物だと言えよう。吸血鬼を除いて。セクハラ三昧なところがマイナスに振り切っていたりするが、そこだってプラスにする人がいるかも解らない。

 オレにも過度すぎるセクハラをしてくるんだから、女の子だったらどんなことをされることか。なつめのことだから、出会って数秒でホテルに直行かもしれない。そこを考えてしまうと、女の子に近づかせるわけにはいかないだろう。なによりなつめは、ストレス発散で挿入以外はしてくる人間だし。

 部屋に差し込む赤い光とスマホで見た時間でいまが夕方だと理解したが、結構寝ていたみたいだ。まあ、少々寝不足気味だったしな。どうにも寝かせてくれない奴がいるし。すぐ側に。

 どうぞと差し出されたコップの中身を一気に煽ると、決意を新たに決めた。コイツに女の子を近づけさせてはいけないと。見た目的にモテなくなるわけではないだろうが、少しでも被害を減らさなければ!

「オレは決めたぞ」
「なにをですか?」
「お前を女の子に近づけさせないから」
「そうですか。頑張ってほしいですね」

 なつめはオレの言葉ににこりと笑みを溢したのだが、棒読み感が凄いのが腹立つわ。さっきからなんなんだよお前、棒読みが巧すぎるだろ! あと絶対に信じてないよな!?

 いまからオレは危険な吸血鬼から女の子を守る英雄ヒーローになるんだよ! なってやりますよ!

 そう気合を入れ直したオレはといえば、くそアイドルに頭を撫で回されていた。なんだか敗北感が凄まじいからやめてくださいますか!?
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