33 / 47
第一章
22 魔女の功罪
しおりを挟む
セヘルシア滞在四日目の朝。
隣のベッドで健やかに眠るランディの寝顔をひとしきり愛でてから、パウダールームでいつもの身支度。
時間はまだ早いからリビングへ移動して、窓を開けて朝の一服を楽しむ。
「はぁ~……起き抜けの一服たぁまんないわぁ」
せっかくカートンで持ってきたのに、ここ暫くあまり吸えてなかったからね。
ランディは吸わないらしいの。平気だって言ってくれたけれど、嗅覚も人より上みたいだからなるべく減らしてる。
昨日は真面目なお話だったし、お酒もタバコもやめておいたわ。お酒が入っちゃうと吸わずにはいられないのよね、あたし。
「今日も婆さんとこと冒険者ギルドと……。時間があったら魔石や魔晶石のことも聞いてみたいわね」
もう今回は魔石関係は諦めようかしら。
別に急ぎでもないみたいだし、あと二日で帰らなきゃいけないのにまだあの自称勇者の所も行ってないもの。
そうだわ。今日の用事が済んだら行ってみようかしら。
なんて、タバコ片手に色々考えていたら、寝ぼけ眼のランディがのそりとリビングに現れた。
「おはよう……」
「おはよ、よく眠れた?」
「あぁ、ベッドで寝たの久しぶりだ」
「どんな生活してたのよ」
まぁ、それも仕方ないかしらね。
ランディは先月、彼の妹が町で少し目を離した隙に拐われてしまった姪っ子と、その犯人と思われる拐い屋を追って、ロキシタリアにやってきた。
親友と妹の間に生れた、可愛い可愛い四歳の姪っ子ちゃんは彼と同じ『純血者』で、どこかでそれを聞き付けた密売商に狙われてしまったらしいの。
妹のジーナは二人目を懐妊中。そして親友のボルドラートは、大猫族の多く暮らすシュライルンという、ロキシタリアの北西にある国の騎士をしていて、動けない彼の代わりにランディがこうして国を跨いでやってきたんだと、昨日話してくれた。
「顔を洗ってらっしゃい。食堂へ行きましょ」
「わかった」
あたしは日本から持ち込んだ化粧品やらを全てキャリーケースに放り込み、魔法の鞄へ入れてしまう。
だって外出中にお部屋を綺麗にしておいてくれるんだもの。こっちの世界にないような物をそこら辺になんて置いておけないじゃない。
落ち人ということは知られているけれど、面倒の種は摘んでおくのが正解よね。
いつものチョキとスープの朝食を終えて宿を出たあたし達は、足りないというランディのリクエストで朝の屋台をぐるりと巡って買い歩き、メルネ婆さんの屋敷まで食べ歩きしながら向かった。
お肉大好きランディは、魚介のチョキより串焼き肉がいいらしく、朝から二本持ちでニッコニコよ。
若いっていいわねぇ……胃もたれしちゃう。
「入るわよー」
三度目になる魔女屋敷にはもうすっかり慣れたもので、門扉が開くやスタスタと中へ進む。
屋台で買ってきた軽食を手土産に、昨日のギルドでのあれこれを話して聞かせて、婆さんにもバックアップをお願いしたいと頼んでみた。
「面倒なことをさせるじゃないか」
「地域のみなさんにトラウマ植え付けてんだから、お詫びに少しは貢献しなさいよ」
「詫びぃ? はン、ガキどもに魔法の手ほどきをしろと言ってきたのは向こうさ。あたしゃとっくに貢献しとるんだよ」
「手段に問題があったんでしょうよ……」
魔法の素養があっても指先から水や火を出すのが精々で、簡単な生活魔法すら満足に使えない子供達を押し付けられたメルネ婆さんは、子供達を屋敷に閉じ込めて地獄の訓練を施したらしいの。
ただ、ここで学ぶと魔法の腕は確実に上がるということで、当時の領主が半ば強制的にメルネ婆さんのところへ子供を行かせる決めごとを作ってしまったんだとか。
面倒ごとが嫌いな割に子供に教えるのは吝かでなかった婆さんは、領主からかなりの報酬をふんだくり、更に子供の数に応じて毎年授業料として領主家から金貨を吸い上げているんですって……。
領主家は先祖の過ちを詫び、魔法契約によって結ばれたその取り決めをなくそうと働きかけたらしいのだけど婆さんは頑として譲らず、今も住人や領主家に恐怖を与え続けているという。
……鬼かしらね。
「ヒヒッ」
「面倒見がいいんだか悪いんだかわかんないわねぇ。子供なんて苦手そうな顔してるくせに」
「クソ喧しいガキは嫌いだがね、最初に鼻っ柱を折ってやりゃ後は簡単さ」
「かわいそうに……」
「はン、可哀想なもんかい。誰のおかげで魔王との戦で死ぬガキが減ったと思っとるんだ」
……あぁ、なんだ。この婆さん口では色々言うくせに、やっぱり優しいとこあるんじゃない。
今だって預けた猫を膝の上に乗せてめっちゃモフってるし、小さい生き物が好きなのかしら。
婆さん自身もミニマムだし、もしかしたら何か親近感めいたものを感じてるのかもしれないわね。
「素直じゃないわよねぇ」
「ヒヒッ収入源と道楽が同時に転がり込んで来たんだ。手放したりするもんかね」
「道楽?」
「聞くかい?」
「……遠慮しておくわ」
「そうか聞きたいか」
いいから、いいって言ってるでしょ!?
やめてちょっとそんな嬉しそうな顔でギリギリアウトな話を聞かせないでったら!!
子供達に防御の魔法を覚えさせるために基本を叩き込んだあと有無を言わさず外に並べて魔法を撃ち込みまくったとか!!
町の外に放り投げて魔獣を仕留めてくるまで帰って来させなかったとか!!
魔力が尽きても怪我を負っても婆さんがすぐに回復させてしまうから子供達はそりゃあメキメキ腕を上げたらしいわよ。
そして時折発生する子供連合の、美しいほど練り上げられた戦略をもっての反乱。それを一歩も動かず秒で叩きのめす婆さん……。
それをそんな楽しそうに「道楽」ってあんた頭おかしいんじゃないの!?
「楽しいだろう?」
「どこがよ!!」
「ヒーッヒッヒッヒ!」
「俺、ここの生まれじゃなくて良かった……」
「そうね、あたしも心底そう思うわ……」
そりゃあトラウマにもなるしギルマスだって夢に見ちゃうわよ。
こんな碌でもない婆さんなのに、なぜかあの猫ちゃんめっちゃ懐いちゃってるのよね。
たった一日で何があったのやら……。
「その子そんなに懐いちゃって、手放せるの?」
「いいや、こいつは隣町の野良だったからね、ここに置くことにしたよ」
「もうわかったの? でもそう、野良だったのね」
「探すのなんざ簡単さ」
「……奴らの行方も?」
「そうよ、どうだったの婆さん。あとあの輪も」
「愚問だね」
ぱさりとテーブルに置かれたのは一枚の地図とメモ書き。地図には赤いインクで丸がいくつか。
メモには輪の元所有者と製造者が書かれていた。
「オクトの端にあるのが拐い屋の塒、島にあるのは密売屋の使う船着き場だ」
「凄い……」
「どうやってわかったの?」
「【眼】を使えばそう梃子摺りはせんよ」
本当に凄いわね。
さっきの話を聞いた後で教えを請うのはちょっと気が重いけれど、あたしももっと【真眼】を使いこなしたい。
婆さんに負けないくらい、あたしだって力になりたいのよ。
「ヒヒッ安かないよ?」
「……いいわ。お願い、教えてちょうだい」
「ほれ」
そして渡された一冊の本。中身は当然のように『魔法言語』で書かれた薄い魔導書。
これは婆さんの【魔眼】用にとショタ神様が渡したものなんですって。
「基本は同じさね。ただ恐らく視え方が違う」
「こんなもんあるなら最初から見せなさいよぉ!」
「ヒヒヒッ」
先日は本当に簡単なレクチャーたけだったのがこの魔導書を視てわかったわ。
この婆ぁ、あたしが泣きついてくるのわかってて出し惜しみしてたわね!?
ほんっと碌でもないんだから!
「修行が足りないね。なんならお前さんもうちで学ぶかい?」
「結構よ! ……と言いたいところだけど、魔法の使いどころなんかもできれば知りたいのよねぇ」
「はン、修行も想像力も足りてないね。まぁ仕方ない、お前さんにゃ勿体ないがこいつを貸してやろう」
「こいつ? って、は!?」
婆さんの首に下げられていたお気に入りの兎の脚を、その枯れ枝のような指で摘み上げると急に薄ぼんやりと光りはじめた。
その光は少しずつ大きくなっていって、両手でおさまるくらいのサイズで宙にふよふよと浮かんでいる。
「さぁ『おいで』」
婆さんがそう呪文を唱えると、光の玉はくるりと回ってテーブルの上にしゅたっと着地を決めた。
兎の脚と同じ茶色の毛並みでもっふもふのかわいらしいウサギさんが、なぜか片手を突き上げ後ろ足で立つという、サタデーナイトフィーバーじみたポーズを決めつつ、あたしをじいっと見上げている。
「はあぁぁぁぁ!?」
なに!? なにがどうしてこんな、えぇぇ!?
兎の脚から本体出てきちゃったわよ!? なんで!? どうやったの!?
ていうかそのポーズどこで覚えた!?
「ヒッヒッヒ、かわいかろ?」
「いやそういう問題じゃないわよね!? なにしちゃってんのよあんた!!」
「こいつは魔女の使い魔だと言ったろうに」
「だからなによ!? なんでこんなことできちゃってるの!?」
「魔力を渡して喚び出したのさ、主を失い、眠っていただけだからね」
「あんたが新しい主ってこと!? なんてことしちゃったのよ! かわいそうじゃない!!」
えええぇぇぇやること突拍子もなさすぎでしょこの婆さん……やだもう怖い。
うさちゃんつぶらな瞳でめっちゃかわいい。めっちゃ不憫。
「こいつはお前さんに貸してやるから、さっさともうひとつ持ってきな」
「借りたところでどうしたらいいのよ!? 餌は?」
「ヒヒッ餌の心配かい」
「だって兎なんて飼ったことないもの」
「こいつは精霊みたいなものさ。餌は魔力を与えてやりゃあいいし、普段はこの中で寝とる。ほれ、持っておいきな」
「いやだから連れてってどうすんのよ……」
「こいつはあたしと『同調』させてある。必要なときに知恵を貸してやるさ」
「ねぇ……それって覗き見装置じゃない?」
「ヒッヒッヒ! そうとも言うかねぇ」
んもう信っじらんない!!
体よく出歯亀機能付き使い魔(かわいい)を押し付けやがったわよこの婆さん!
あたしは受け取らされた兎の脚を、仕方なくベルトに括り付けた。
こちらの言うことは理解しているみたいで、戻ってとお願いしたらするりと脚に吸い込まれた。
喚び出すときはさっき婆さんがやったように手に触れて呪文を唱えればいいらしく、試しにやってみたら再びひょっこり現れた。
「くっそかわいいぃ……」
「名はエルトだ。ぞんざいに扱うんじゃないよ」
エルト、そう、あなたエルトっていうの。
婆さんに振り回される不憫な者同士、仲良くしましょうね……。
隣のベッドで健やかに眠るランディの寝顔をひとしきり愛でてから、パウダールームでいつもの身支度。
時間はまだ早いからリビングへ移動して、窓を開けて朝の一服を楽しむ。
「はぁ~……起き抜けの一服たぁまんないわぁ」
せっかくカートンで持ってきたのに、ここ暫くあまり吸えてなかったからね。
ランディは吸わないらしいの。平気だって言ってくれたけれど、嗅覚も人より上みたいだからなるべく減らしてる。
昨日は真面目なお話だったし、お酒もタバコもやめておいたわ。お酒が入っちゃうと吸わずにはいられないのよね、あたし。
「今日も婆さんとこと冒険者ギルドと……。時間があったら魔石や魔晶石のことも聞いてみたいわね」
もう今回は魔石関係は諦めようかしら。
別に急ぎでもないみたいだし、あと二日で帰らなきゃいけないのにまだあの自称勇者の所も行ってないもの。
そうだわ。今日の用事が済んだら行ってみようかしら。
なんて、タバコ片手に色々考えていたら、寝ぼけ眼のランディがのそりとリビングに現れた。
「おはよう……」
「おはよ、よく眠れた?」
「あぁ、ベッドで寝たの久しぶりだ」
「どんな生活してたのよ」
まぁ、それも仕方ないかしらね。
ランディは先月、彼の妹が町で少し目を離した隙に拐われてしまった姪っ子と、その犯人と思われる拐い屋を追って、ロキシタリアにやってきた。
親友と妹の間に生れた、可愛い可愛い四歳の姪っ子ちゃんは彼と同じ『純血者』で、どこかでそれを聞き付けた密売商に狙われてしまったらしいの。
妹のジーナは二人目を懐妊中。そして親友のボルドラートは、大猫族の多く暮らすシュライルンという、ロキシタリアの北西にある国の騎士をしていて、動けない彼の代わりにランディがこうして国を跨いでやってきたんだと、昨日話してくれた。
「顔を洗ってらっしゃい。食堂へ行きましょ」
「わかった」
あたしは日本から持ち込んだ化粧品やらを全てキャリーケースに放り込み、魔法の鞄へ入れてしまう。
だって外出中にお部屋を綺麗にしておいてくれるんだもの。こっちの世界にないような物をそこら辺になんて置いておけないじゃない。
落ち人ということは知られているけれど、面倒の種は摘んでおくのが正解よね。
いつものチョキとスープの朝食を終えて宿を出たあたし達は、足りないというランディのリクエストで朝の屋台をぐるりと巡って買い歩き、メルネ婆さんの屋敷まで食べ歩きしながら向かった。
お肉大好きランディは、魚介のチョキより串焼き肉がいいらしく、朝から二本持ちでニッコニコよ。
若いっていいわねぇ……胃もたれしちゃう。
「入るわよー」
三度目になる魔女屋敷にはもうすっかり慣れたもので、門扉が開くやスタスタと中へ進む。
屋台で買ってきた軽食を手土産に、昨日のギルドでのあれこれを話して聞かせて、婆さんにもバックアップをお願いしたいと頼んでみた。
「面倒なことをさせるじゃないか」
「地域のみなさんにトラウマ植え付けてんだから、お詫びに少しは貢献しなさいよ」
「詫びぃ? はン、ガキどもに魔法の手ほどきをしろと言ってきたのは向こうさ。あたしゃとっくに貢献しとるんだよ」
「手段に問題があったんでしょうよ……」
魔法の素養があっても指先から水や火を出すのが精々で、簡単な生活魔法すら満足に使えない子供達を押し付けられたメルネ婆さんは、子供達を屋敷に閉じ込めて地獄の訓練を施したらしいの。
ただ、ここで学ぶと魔法の腕は確実に上がるということで、当時の領主が半ば強制的にメルネ婆さんのところへ子供を行かせる決めごとを作ってしまったんだとか。
面倒ごとが嫌いな割に子供に教えるのは吝かでなかった婆さんは、領主からかなりの報酬をふんだくり、更に子供の数に応じて毎年授業料として領主家から金貨を吸い上げているんですって……。
領主家は先祖の過ちを詫び、魔法契約によって結ばれたその取り決めをなくそうと働きかけたらしいのだけど婆さんは頑として譲らず、今も住人や領主家に恐怖を与え続けているという。
……鬼かしらね。
「ヒヒッ」
「面倒見がいいんだか悪いんだかわかんないわねぇ。子供なんて苦手そうな顔してるくせに」
「クソ喧しいガキは嫌いだがね、最初に鼻っ柱を折ってやりゃ後は簡単さ」
「かわいそうに……」
「はン、可哀想なもんかい。誰のおかげで魔王との戦で死ぬガキが減ったと思っとるんだ」
……あぁ、なんだ。この婆さん口では色々言うくせに、やっぱり優しいとこあるんじゃない。
今だって預けた猫を膝の上に乗せてめっちゃモフってるし、小さい生き物が好きなのかしら。
婆さん自身もミニマムだし、もしかしたら何か親近感めいたものを感じてるのかもしれないわね。
「素直じゃないわよねぇ」
「ヒヒッ収入源と道楽が同時に転がり込んで来たんだ。手放したりするもんかね」
「道楽?」
「聞くかい?」
「……遠慮しておくわ」
「そうか聞きたいか」
いいから、いいって言ってるでしょ!?
やめてちょっとそんな嬉しそうな顔でギリギリアウトな話を聞かせないでったら!!
子供達に防御の魔法を覚えさせるために基本を叩き込んだあと有無を言わさず外に並べて魔法を撃ち込みまくったとか!!
町の外に放り投げて魔獣を仕留めてくるまで帰って来させなかったとか!!
魔力が尽きても怪我を負っても婆さんがすぐに回復させてしまうから子供達はそりゃあメキメキ腕を上げたらしいわよ。
そして時折発生する子供連合の、美しいほど練り上げられた戦略をもっての反乱。それを一歩も動かず秒で叩きのめす婆さん……。
それをそんな楽しそうに「道楽」ってあんた頭おかしいんじゃないの!?
「楽しいだろう?」
「どこがよ!!」
「ヒーッヒッヒッヒ!」
「俺、ここの生まれじゃなくて良かった……」
「そうね、あたしも心底そう思うわ……」
そりゃあトラウマにもなるしギルマスだって夢に見ちゃうわよ。
こんな碌でもない婆さんなのに、なぜかあの猫ちゃんめっちゃ懐いちゃってるのよね。
たった一日で何があったのやら……。
「その子そんなに懐いちゃって、手放せるの?」
「いいや、こいつは隣町の野良だったからね、ここに置くことにしたよ」
「もうわかったの? でもそう、野良だったのね」
「探すのなんざ簡単さ」
「……奴らの行方も?」
「そうよ、どうだったの婆さん。あとあの輪も」
「愚問だね」
ぱさりとテーブルに置かれたのは一枚の地図とメモ書き。地図には赤いインクで丸がいくつか。
メモには輪の元所有者と製造者が書かれていた。
「オクトの端にあるのが拐い屋の塒、島にあるのは密売屋の使う船着き場だ」
「凄い……」
「どうやってわかったの?」
「【眼】を使えばそう梃子摺りはせんよ」
本当に凄いわね。
さっきの話を聞いた後で教えを請うのはちょっと気が重いけれど、あたしももっと【真眼】を使いこなしたい。
婆さんに負けないくらい、あたしだって力になりたいのよ。
「ヒヒッ安かないよ?」
「……いいわ。お願い、教えてちょうだい」
「ほれ」
そして渡された一冊の本。中身は当然のように『魔法言語』で書かれた薄い魔導書。
これは婆さんの【魔眼】用にとショタ神様が渡したものなんですって。
「基本は同じさね。ただ恐らく視え方が違う」
「こんなもんあるなら最初から見せなさいよぉ!」
「ヒヒヒッ」
先日は本当に簡単なレクチャーたけだったのがこの魔導書を視てわかったわ。
この婆ぁ、あたしが泣きついてくるのわかってて出し惜しみしてたわね!?
ほんっと碌でもないんだから!
「修行が足りないね。なんならお前さんもうちで学ぶかい?」
「結構よ! ……と言いたいところだけど、魔法の使いどころなんかもできれば知りたいのよねぇ」
「はン、修行も想像力も足りてないね。まぁ仕方ない、お前さんにゃ勿体ないがこいつを貸してやろう」
「こいつ? って、は!?」
婆さんの首に下げられていたお気に入りの兎の脚を、その枯れ枝のような指で摘み上げると急に薄ぼんやりと光りはじめた。
その光は少しずつ大きくなっていって、両手でおさまるくらいのサイズで宙にふよふよと浮かんでいる。
「さぁ『おいで』」
婆さんがそう呪文を唱えると、光の玉はくるりと回ってテーブルの上にしゅたっと着地を決めた。
兎の脚と同じ茶色の毛並みでもっふもふのかわいらしいウサギさんが、なぜか片手を突き上げ後ろ足で立つという、サタデーナイトフィーバーじみたポーズを決めつつ、あたしをじいっと見上げている。
「はあぁぁぁぁ!?」
なに!? なにがどうしてこんな、えぇぇ!?
兎の脚から本体出てきちゃったわよ!? なんで!? どうやったの!?
ていうかそのポーズどこで覚えた!?
「ヒッヒッヒ、かわいかろ?」
「いやそういう問題じゃないわよね!? なにしちゃってんのよあんた!!」
「こいつは魔女の使い魔だと言ったろうに」
「だからなによ!? なんでこんなことできちゃってるの!?」
「魔力を渡して喚び出したのさ、主を失い、眠っていただけだからね」
「あんたが新しい主ってこと!? なんてことしちゃったのよ! かわいそうじゃない!!」
えええぇぇぇやること突拍子もなさすぎでしょこの婆さん……やだもう怖い。
うさちゃんつぶらな瞳でめっちゃかわいい。めっちゃ不憫。
「こいつはお前さんに貸してやるから、さっさともうひとつ持ってきな」
「借りたところでどうしたらいいのよ!? 餌は?」
「ヒヒッ餌の心配かい」
「だって兎なんて飼ったことないもの」
「こいつは精霊みたいなものさ。餌は魔力を与えてやりゃあいいし、普段はこの中で寝とる。ほれ、持っておいきな」
「いやだから連れてってどうすんのよ……」
「こいつはあたしと『同調』させてある。必要なときに知恵を貸してやるさ」
「ねぇ……それって覗き見装置じゃない?」
「ヒッヒッヒ! そうとも言うかねぇ」
んもう信っじらんない!!
体よく出歯亀機能付き使い魔(かわいい)を押し付けやがったわよこの婆さん!
あたしは受け取らされた兎の脚を、仕方なくベルトに括り付けた。
こちらの言うことは理解しているみたいで、戻ってとお願いしたらするりと脚に吸い込まれた。
喚び出すときはさっき婆さんがやったように手に触れて呪文を唱えればいいらしく、試しにやってみたら再びひょっこり現れた。
「くっそかわいいぃ……」
「名はエルトだ。ぞんざいに扱うんじゃないよ」
エルト、そう、あなたエルトっていうの。
婆さんに振り回される不憫な者同士、仲良くしましょうね……。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
文字変換の勇者 ~ステータス改竄して生き残ります~
カタナヅキ
ファンタジー
高校の受験を間近に迫った少年「霧崎レア」彼は学校の帰宅の最中、車の衝突事故に巻き込まれそうになる。そんな彼を救い出そうと通りがかった4人の高校生が駆けつけるが、唐突に彼等の足元に「魔法陣」が誕生し、謎の光に飲み込まれてしまう。
気付いたときには5人は見知らぬ中世風の城の中に存在し、彼等の目の前には老人の集団が居た。老人達の話によると現在の彼等が存在する場所は「異世界」であり、元の世界に戻るためには自分達に協力し、世界征服を狙う「魔人族」と呼ばれる存在を倒すように協力を願われる。
だが、世界を救う勇者として召喚されたはずの人間には特別な能力が授かっているはずなのだが、伝承では勇者の人数は「4人」のはずであり、1人だけ他の人間と比べると能力が低かったレアは召喚に巻き込まれた一般人だと判断されて城から追放されてしまう――
――しかし、追い出されたレアの持っていた能力こそが彼等を上回る性能を誇り、彼は自分の力を利用してステータスを改竄し、名前を変化させる事で物体を変化させ、空想上の武器や物語のキャラクターを作り出せる事に気付く。
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる