身代わりの伯爵令息は冷徹公爵の寵愛を得る

ミヅハ

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望んでいない花嫁(ルディウス視点)

 マルグリア伯爵家のご令嬢は天使の如き美しさと慈悲深さを持つとは聞いていたが、まさかあれほどまでとは思わなかった。
 忙しさと煩わしさから貴族主催のパーティなどには不参加で通して来たが、王にそろそろ身を固めろと言われて渋々参加した会場で見かけた彼女は、そこに女神でも降臨したのかと思うほど美しかった。
 彼女以外が霞んで見えるほど輝いていて、初めて女性に対して焦がれるという感情を抱いたものだ。
 まさに一目惚れ。
 ダンスの申し込みどころか話すことさえ出来なかったが、帰宅後すぐに伯爵家へとご令嬢との婚姻を望む手紙をしたため、その数日後には伯爵家からも了承の返事を貰い結婚式の手筈を整えていたのだが、あろう事か彼女は式の一週間前に忽然と姿を消してしまった。
 そんな事があってたまるかと抗議をしたが、伯爵は平身低頭で何度も謝罪を口にし、代替案として何と息子との結婚を持ち上げてきた。
 彼女でなければこの結婚に意味はなく私も望んではいないのだが、今更式をなかった事には出来ず、伯爵からもご令嬢が戻ればすぐに離縁して彼女を娶ってもいいと言われた為、伯爵家との繋がりを残しておく為にもその案を了承した。

 そうしてやって来たのは、姉とは似ても似つかないほど魔力に乏しく、小柄で華奢で地味な青年だった。
 いくら彼女との未来を望んでいるとはいえ、この選択は完全に失敗だ。
 極力関わりを持ちたくないと彼の事は使用人に任せ、私は前以上に仕事に取り組むようになり半月。気晴らしに庭へと出た私の目にフラワーアーチを覗き込む後ろ姿が見えた為に声をかけた。
 本気でこの庭から何かを持って行くつもりなら自警団に引き渡してやろうかと思ったが、彼は目を伏せて否定し小さな身体を更に縮こめる。
 居た堪れなくなったのか、頭を下げて部屋へと戻ろうとする彼に違和感を覚えた私は思わずその腕を掴んで眉根を寄せた。初めて見た時も華奢だと思ったが、今の彼はあまりにも細すぎる。まるで皮と骨のようだ。
 だが力が強過ぎたのか顔を歪めた彼にハッとして腕を離し、一言告げて執務室へ戻るべく背中を向けて歩き出した私は、彼の腕に触れた手を見て舌打ちをした。


 執務室に戻ってしばらく、扉がノックされ応答すると執事長であるオルウェンが茶器の乗ったワゴンを押しながら入って来て頭を下げる。

「お久し振りで御座います、旦那様」
「オルウェン、久しいな。療養はもういいのか?」
「はい、おかげさまですっかり良くなりました。本日よりまた、誠心誠意お仕えさせて頂きます」
「あまり無理はしないようにな」
「お優しいお言葉、ありがとうございます」

 変わらず柔和な笑顔を浮かべるオルウェンは、私の父の代からこの屋敷で執事として働いてくれており、ちょうど結婚式の前日に体調を崩した為年齢の事も考えて療養に出していたのだ。
 オルウェンは紅茶を淹れる準備を始めながらいつものように話し始める。

「お昼に奥様にお会いしましたよ。不思議な魔力をお持ちの方なのですね。確かお年は十六とお伺いしておりましたが」
「ああ、確かに十六だ」
「それにしては些か幼くお見えになると申しますか…おそらくは栄養失調の面も否めないかと」

 それは初めて見た時に私も思った事だが、彼女以外はどうでも良かった為、伯爵家での彼の扱いがどうだろうと私には関係のない話だと気にも留めなかった。
 まぁ魔力がほぼないに等しいのだから、代々強力な魔力持ちを産んできたマルグリア故に想像に難くはないが。
 香り立つティーカップを私の机に置いたオルウェンは、少しだけ迷った素振りを見せ口を開く。

「ところで⋯旦那様は、奥様が客室で寝食をされている事はご存知ですか?」
「……」
「家具の配置も寝具もカーテンも、全て他の客室と揃えで誂えた時のままです。奥さまの為に用意された物など何もございません」
「それはそうだろう」

 そもそもこの結婚自体が契約のようなもので、私ははなから彼に何かをしてやるつもりはなかった。妻の部屋は既に整えてはあるがセレーナの為のものだし、彼だってそれは分かっている。
 オルウェンもそれを知っているはずなのだが、何故それがいけないのか。

「旦那様、私はお伝えしましたよね。セレーナ様でなくとも、結婚する以上は貴方様の妻ですと。例えセレーナ様がお戻りになられた際に離縁されるのだとしても、アルシエ様に罪はございませんから優しくして差し上げて下さいと」
「…あー…オルウェン、それはだな…」
「まさか旦那様が、お部屋の指示をされた訳ではございませんよね?」

 嘘は許さないとばかりの厳しい目で見られ息を吐いた私は、紅茶を一口のみ頬杖をついた。

「部屋の指示は出していない。ただ、夫人用の部屋以外でとは言った」
「指示をされているも同然ではありませんか」

 今度はオルウェンが息を吐き、額を押さえて首を振る。
 だが好きでもない相手が隣の部屋にいるのは気分のいいものではないだろう。ないとは思うが、下手をすれば寝首を搔かれかねない。

「旦那様、アルシエ様のお洋服をご覧になりましたか?」

 そう問われて、私は庭で見た彼の姿を思い浮かべる。
 結婚式の際に整えて貰ったはずの髪は傷んで跳ねていたし、着ていた服も薄汚れてサイズが余っているように感じた。
 振り向いた時に見た顔も、式の時より酷くなっていた気がする。
 だが、それがどうしたと言うのか。

「伯爵家のご令息であるにも関わらず、アルシエ様が着用されている物はどなたかのお下がりです。それが何を意味するか、旦那様ならお分かりですよね?」
「本人が嫌がっていないなら別にいいんじゃないか? どうせすぐに出て行くのだから気にする必要もない」
「嫌がるも何も、着る以外の選択肢がないのですよ。そもそも、本当にメイドたちはアルシエ様のお世話をされているのですか?」
「私は信頼して任せているが?」
「…⋯⋯」

 確かに使用人達に彼の事を一任した。妻としてではないにしろ、伯爵家の息子なのだからそれなりの待遇はされているはずだ。
 我が家の使用人はみな優秀で、いつだって完璧な状態に屋敷を整えてくれていた。そんな彼らが与えられた仕事を放棄するなど、ある訳がない。
 肩を竦める私に息を吐いたオルウェンは緩く首を振り、悲しげに目を伏せる。

「何度も言いますが、アルシエ様に罪はございません。この結婚で一番傷付かれているのはアルシエ様です。旦那様が気に掛けて下さるだけでも違うのですよ」
「……分かった分かった、少しは気にしてやるから」

 こうなると絶対に引かないと分かっているから、話を終わらせる為にも頷くとオルウェンはホッとし笑みを浮かべて頭を下げる。
 何故オルウェンは彼の事をそんなにも気にするのか。

「ありがとうございます。きっとアルシエ様もお喜びになりますよ。もしかしたら、お二人の仲睦まじいお姿を拝見出来る日が来るかもしれませんね」
「どうだろうな」

 何せ私は最初から彼を冷たく突き放した男だ。庭で会った時だって怯えていたし、私の顔を見ようともしなかったからな。
 オルウェンの言うような日はまず来ないだろう。
 すっかり冷めた紅茶を飲み干し仕事を再開した私に、オルウェンは空になったティーカップを下げるともう一度こちらへ向き直った。

「それから旦那様、折り入ってお願いがございます」
「何だ」
「十二分に療養期間は頂いたのですが、身体を慣らす為にもこれまで携わっていた業務の方を少しずつ始めようと思っておりまして…宜しいでしょうか?」
「ああ、別に構わない。オルウェンが倒れてしまう方が大変だからな」
「ありがとうございます」

 オルウェンにはいつまでも息災でいて欲しいものだ。
 会釈してワゴンを押しながら部屋をあとにしたオルウェンを見送りふっと息を吐いた私は、椅子から立ち上がると窓の外へと視線を移し庭を見下ろす。
 彼を気に掛ける…か。

「本当に面倒だ…」

 何故私がそんな事をと思わないでもないが、オルウェンに言われた以上はフリでもしておかないと煩いからな。
 何をしているかを使用人伝に聞くくらいで充分だろう。
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