身代わりの伯爵令息は冷徹公爵の寵愛を得る

ミヅハ

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雪降る庭

 図書室で公爵様と話してから数日。
 ここ最近は部屋から出る事もなく、僕は以前のように窓際のソファに座って花たちの声を聞いてた。
 理由は、公爵様の言葉がずっと頭の中をぐるぐるしてるから。

『いずれいなくなる者の服をそんなに仕立てて、どうするつもりなんだか⋯』

『今お前が遣っている金は、本来ならセレーナが自由に使う為の金だ。ある程度は目を瞑ってやってもいいが、欲しいからとあれこれオルウェンにねだるなよ。お前に無駄遣いをさせるだけの価値はないからな』

「⋯⋯⋯」

 オルウェンさんに褒められた嬉しさからうっかりしていたけど、僕はここでは望まれていない存在だ。
 そんな事も忘れて、オルウェンさんの優しさに甘え、差し出される物を遠慮もなく受け取り身に着けて⋯そもそも僕は〝奥様〟じゃないのに、そう呼ばれるのを否定する事も、拒む事さえもしなかった。
 姉様を心底想っている公爵様が怒るのも無理はない。
 果たして姉様が本当に帰ってくるのか、見つかるのかは分からないけど、本来ならここにはいない僕に相応しいのはこの部屋に閉じこもってる事だ。
 それが一番、誰にも不快感を与えずに済む。

『⋯⋯アル?』
「⋯うん?」
『どうしたの? 今日は元気がないね』

 久し振りに部屋に来てくれたミアを膝に乗せ、ぼんやりと撫でていた僕に痺れを切らしたのか不思議そうに話しかけてきた。
 それに微笑みで返し、顎の下を擽るとミアはゴロゴロと喉を鳴らす。
 ミアがいて、花たちの声が聞こえる今だって充分幸せだ。

「⋯ねぇ、ミア」
『何?』
「僕が違うところに行っても、友達でいてくれる?」
『⋯⋯⋯』

 辺境に行ってしまえば会う事も難しいだろうけど、僕を忘れないでいてくれるならそれを支えに頑張れる気がする。
 ほとんど縋るような気持ちで問いかけたら、ミアは体を起こして僕の頬へと頭を擦り寄せ小さく鳴いた。

『もちろん』

 優しい声に少しだけ泣きそうになったけど、それを隠すように僕はミアを抱き締め目を閉じる。
 ミアと出会えて、ミアがいてくれて本当に良かった。



 時が過ぎて季節が寒冷期を迎え雪がチラつくようになったある日、窓の外を眺めていた僕は白く染まった庭に公爵様がいる事に気付いた。
 生け垣で手元は隠れているから何をしているかは分からないけど、今の時期には何も咲いていない花壇を確認するように歩いてる。不思議に思いつつ眺めてたら、不意に公爵様がよろめいた。

「⋯!」

 慌てて窓を開け辺りを見回したけど、傍には誰もいない事を知った僕は少しだけ躊躇する。でも額を押さえて緩く首を振る公爵様を見てじっとはしていられなくて、ベッドからブランケットを取ると部屋から飛び出した。
 公爵様は僕の顔を見たくないだろうけど、具合が悪そうなのは放っておけない。
 廊下を走る僕に怪訝そうな顔をするメイドさんたちの間を通り、庭に出た僕は雪に足を取られそうになりながらも公爵様がいる場所へと向かう。
 生け垣を抜けた時、再び公爵様がよろける姿が見えた瞬間、腕を伸ばして支えるようにブランケットで包んだ。

「公爵様⋯!」

 体格差から押し負けそうになるのを必死で堪え、ブランケットの上から腕を摩ってたら気付いた公爵様が眉を顰めた。
 でもその顔は赤いし息も荒くて、誰がどう見ても良くない状況って分かる。

「お前⋯」
「体調悪いんですよね? 僕に掴まって下さい」
「何故⋯⋯いや、いい。お前の支えなどいらん、離せ」
「だ、だめですよ⋯っ」

 ブランケットが落ちないよう肩にかけ直す僕の腕を剥がそうとするけど、足元が覚束ない公爵様は舌打ちをして花壇へと視線を向けた。
 今は雪が積もってて草花たちは眠ってるのに、こんな状態でここに何をしに来たんだろう。

「あの、公爵様。外は寒いですし、このままだと倒れてしまいます。花壇も雪で覆われてますから、今はお身体を休めませんか?」
「お前には関係ない。いいからさっさと部屋に戻れ」
「具合が悪い人を放ってはおけません。それに、公爵様に何かあったら、お屋敷の人たちみんな悲しみます」

 公爵様がお屋敷のみんなから慕われてる事は、オルウェンさんからいろいろ聞いたから知ってる。花たちも公爵様はお優しい方だと言ってたし、ここで倒れてみんなを心配させるのは公爵様だって本意ではないはず。
 いつもなら公爵様の顔さえ見れないけど、逸らされている黒色の目を見つめて言えば公爵様はしばらく眉根を寄せたあと息を吐いて僕の肩へと腕を回した。
 それにホッとし、雪で滑らないよう慎重にお屋敷まで辿り着き扉を開けたら、ちょうどオルウェンさんが通りがかり僕たちを見て驚いた顔をする。

「だ、旦那様⋯!」
「早くお医者様を⋯」
「私が呼んで参ります。君たちは旦那様をお部屋へ」
「は、はい!」

 人が集まり、公爵様を支えるようにして慌ただしく廊下の向こうへ消えていく。
 良かった⋯偶然だったけど、外を眺める事を日課にしていて本当に良かった。もし僕が気付けなかったら、公爵様は雪の中で倒れて埋もれてたかもしれないんだから。
 その光景が思い浮かびふるりと身体を震わせたら、肩に新しいブランケットがかけられ見上げるとオルウェンさんが心配そうに眉尻を下げてた。

「こんなに薄着でこの雪の中出られて⋯奥様まで倒れてしまいますよ。すぐに湯を用意しますので、ゆっくり浸かって温まって下さい」
「あ、ありがとうございます」

 言われてみれば、慌てて飛び出したから羽織る事さえ忘れてた。とにかく公爵様が倒れたら大変だって必死だったし。
 それに、マルグリア家では薄着が当たり前だったから。
 部屋まで送ってくれるというオルウェンさんに首を振り、ブランケットを前で合わせた僕はかじかんだ手で開かないよう握り込んだ。

 その後、オルウェンさんが公爵様の容態を教えてくれたんだけど、過労からくる体調不良という事で、大事はなくてみんなホッとしてた。
 でも姉様の事もあるから、無理だけはしないで欲しい。
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