身代わりの伯爵令息は冷徹公爵の寵愛を得る

ミヅハ

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雨の中での邂逅

 この世界では二つの季節が交互に訪れるんだけど、温暖期には雨季というものがありおよそふた月ほど雨が降る時期がある。
 降雨量はまちまちなものの、この期間は一日中雨が降りしきり太陽は姿を見せない。
 でも小雨程度の時には声が聞こえてくるし、オルウェンさんが雨具を用意してくれたから多少なら降っててもみんなと話をしに行ってる。
 今日も今日とて、雨具を着て庭へと向かった僕は雨に濡れる花たちへと挨拶をして少し話したあと、フラワーアーチをくぐりガゼボの方へと向かった。散歩の許可を貰ってからはもう何度もここに来てて、中のベンチに座って聞こえて来る音にじっと耳を傾けるのが日課になってる。
 晴れの日は吹き抜ける風が気持ちいいし、雨の日は雨の日で雨粒が草や屋根に当たる音が心地いい。
 雨具を脱いで腰を下ろし目を閉じて静かな雨の音を堪能してたら、草を踏む音がして誰かがガゼボの入り口に立った気配がした。

「この雨の中、良く飽きもせず庭に来るな」

 聞き知った低い声が聞こえてパチッと目を開けると公爵様がいて、雨の中傘も差さずに僕を見下ろしてる。でも不思議と濡れてないのは、公爵様の周りに膜のようなものが張られているからだろう。
 魔力が高いと、ああして雨風を凌げるから便利だ。
 どうしてここに公爵様がいるのか、驚いて呆けていた僕は慌てて立ち上がり頭を下げる。

「こ、こんにちは⋯!」
「⋯⋯ここには何もないだろう」
「い、いえ⋯植物がいますから⋯」
「そうか、話が出来るんだったな」
「はい」

 僕の能力は口外されていないけど、さすがに公爵様には伝えられていてそれはオルウェンさんも知ってる。だから素直に頷いたら、公爵様は辺りを見回しながら中へと入ってきた。
 話題が途切れてどうしようか考えてた僕は、公爵様に言わなければいけない事を思い出し顔を上げる。

「あ、あの、お庭をお散歩する許可を下さりありがとうございます。それに、あんなに素敵な紅水晶のお花も⋯凄く嬉しかったです」
「オルウェンに頼まれたからな」
「分かってます。でも、本当に嬉しかったから⋯大切にします」

 もちろん、公爵様が自ら僕に贈りたいと思って選んでくれた物でない事は分かってる。それでも受け取った時に感じた喜びは確かだし、あれがあるおかげで頑張る気持ちが湧いたのも確かだ。
 しみじみと零す僕をしばらく見ていた公爵様は、不意に逸らすと踵を返してガゼボから出た。でも直ぐに立ち止まり、雨空を見上げる。

「⋯⋯⋯いろいろとすまなかった」
「え?」

 雨音に掻き消されるほど小さな声だったから僕は聞こえなくて、聞き返すべきかと目を瞬いてる間に公爵様は歩いて行ってしまった。
 何て言ったんだろう。
 分からないけど、ちゃんと公爵様にお礼が言えたから僕は満足だ。
 再びベンチに座り、空からひっきりなしに落ちてくる雨を眺め息を吐く。
 伯爵家にいた頃はこんなに穏やかな時間を過ごせる事はなかったから、数ヶ月経った今でも不思議な気持ちだ。
 いつまでもこうしていられたらいいのにな。

「⋯そろそろ戻ろうかな」

 少しだけ肌寒さを感じ、腰を上げて雨具を身に着けガゼボから出た僕は、何となく手の平を上に向けて差し出してみた。ポツポツと雫が当たり、ちょっとずつ水溜まりを作っていく。
 そういえば伯爵家にいた時、あまりにもお腹が空いて辛くて、バケツに溜まった雨水を飲もうとした事あったっけ。寸前で堪えたけど、飲んでたらどうなってたんだろう。
 さすがにお腹は壊してたかもしれない。
 そんな事を思い出しつつ一番小さい硬貨が浸るくらい溜まった水を数秒見てからパッと散らし、屋敷内に入れる扉の前で雨具を脱いで軽く払ってから裏返しで畳み、水滴が落ちないよう抱えて部屋へと向かう。
 濡れた雨具は浴室に置いておけばオルウェンさんが乾かしてくれるから、棚へと置いて手を拭き部屋へと戻るとちょうど扉がノックされ、オルウェンさんが入ってきた。

「お帰りなさいませ、奥様」
「た、ただいまです」

 まるで見ていたかのように、僕が散歩から帰るとオルウェンさんは部屋へと訪れこうして言ってくれる。でも僕は言われ慣れていないからいつもどもってしまってた。
 それを気にした様子もなく、ワゴンを押してテーブル近くまで来たオルウェンさんは手早くソーサーやティーカップ、お茶菓子を用意してくれるんだけど、その日は見た事ないお菓子がお皿に乗ってて僕は首を傾げる。

「本日はモンブランをお持ちしました」
「もん、ぶらん⋯」
「栗のケーキです。甘くて美味しいんですよ」

 僕が唯一知ってるケーキは、スポンジに生クリームが塗られてて、さらに平らな面に一箇所盛られそこにイチゴが一粒乗っているものだ。こんな、細い紐みたいなものが何重にもかかって山状になってるものじゃない。
 でも、オルウェンさんがそう言うなら食べてみようかな。

「い、いただきます⋯」
「はい」

 どうやって食べればいいのか、右や左から見たり覗き込んだりして考えた僕は側面にフォークを刺し、紐みたいな部分と隠れてたクリームとスポンジを一緒に掬い口へと運ぶ。
 瞬間、鼻から抜ける初めての風味と濃密な甘さに目を見瞠った。

「⋯⋯⋯美味しい⋯」
「お口に合って何よりです」
「公爵様もお召し上がりになるんですか?」
「いいえ。旦那様は焼き菓子はお好きですが、ケーキは甘過ぎるとお口にされません」
「そう、なんですか⋯」

 だとしたら、このケーキは僕の為に用意されたという事になる。思わず、そんなのもったいないですって口をついて出そうになった。
 オルウェンさんはいろいろしてくれるけど、僕はどうしたって申し訳ないって気持ちが出てきてしまう。だって、今僕に使われているお金はセレーナ姉様の為に仕分けられているものなんだって公爵様は言ってたから。
 僕に使って貰う資格はない。
 でもオルウェンさんにそれを言うと、悲しそうな顔をするから言えなかった。
 オルウェンさんは本当に優しい人だから。

「明日は奥様の好きなお菓子をご用意致しますね」

 こうして向けられる笑顔や言葉も、姉様が戻ってくれば姉様のものになる。
 その時がくるのを心のどこかが嫌がってる事に気付き始めてる僕は、それを振り払うようにモンブランに意識を向けた。
 欲張ったって自分が後悔するだけだ。今まで通り僕は役割を果たす。
 その為にここにいるんだから。
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